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足を組みソファーに座った男は、扉が開いたのが分かると顔だけを音がした方へ向け微笑んだ。如何にも慣れたその堂々とした態度に秀行の頭の隅がチリチリと焦げるように痛みが走る。
「お久しぶりです。城ヶ崎先生」
それを微塵も感じさせることなく、秀行は優艶に微笑んだ。
しかしそれが意図的なものでは無く、長年刷り込まれてきた“ただの習性“だということが、頭の隅を余計痛ませる。
「秀行くん──元気そうでなによりだ。君とこうして会うのは何年ぶりかな?」
“城ヶ崎”と呼ばれた男は立ち上がるでもなく僅かに座る場所をずらした。
『隣に座れ』と言っているのだ。
「……兄がまだいた頃ですから……もう大分前になりますね。……隣に座っても?」
「勿論だよ」
城ヶ崎は品の良い笑顔を向けると、隣に浅く腰掛けた秀行の腰に腕を回した。
「……君は相変わらず美しいね」
「先生は相変わらずお上手ですね」
近付けられた唇を指で止めると、秀行は少し困った様に笑って見せた。
「私は世辞は言わない。知っているだろう?……君は昔と何も変わらない……10代の頃のままだ」
唇に触れた指を握ると、城ヶ崎は敢えてその指に口付けた。
確かに、この男が人にお世辞を言うところなど見た事がない。今でこそ表舞台に立つことは無いが、秀行が出会った頃はこの国を動かす実力者の一人だった。少なくとも媚びを売られる方であって、売る側の人間では無い。
「久しぶりに………どうかな?」
握られた指に触れている唇が、再び品の良い笑みを携えた。
しかし秀行はそこからゆっくりと指を離すと
「冗談でも光栄です。……しかし………僕はもう先生の嗜好には合いません」
にっこりと微笑んだ。その笑顔には昔とは違う“本多家当主”としての風格を携えている。
「どうやら………私は振られた様だね」
城ヶ崎は大袈裟に溜息を吐くと秀行の腰に回した腕を解いた。
「…それで…………君の代わりの新しいおもちゃを用意してくれたと言うことかな?」
秀行を“おもちゃ”と言った城ヶ崎の言葉に、扉のすぐ横で立っている杉本の顔が僅かに歪んだ。
「…………僕の代わりと言う訳ではありませんが……きっと先生は………気に入って下さると思います」
秀行がそう言い終わるのと同時に、客室の扉を叩く、乾いた音が聞こえた。
既に表情を消した杉本がその扉を開けると、スーツ姿の一人の男と、その陰に隠れるように制服姿の和志が立っているのが見える。
「入りなさい」
秀行の言葉にスーツ姿の男が退くように体をずらすと、和志は一人客室に足を踏み入れた。
見るからに子供らしからぬ顔色をしているが、俯くことはせず近くまで来た和志を満足そうに見届け、秀行はソファーから立ち上がった。
「ほう……」
「甥の和志です」
秀行の言葉に和志はソファーに座ったままの城ヶ崎に向かって頭を下げた。
「………お目にかかれて…光栄です」
「やあ、和志くん」
伸ばされた手にそっと手を重ねると、誘われるままに和志は城ヶ崎の隣に座った。
「こんなに可愛らしい子を隠していたなんて……君もなかなか策士だね」
秀行に向けたのとはまた少し違う、期待と好奇が含まれた眼差しが和志を見つめた。
普段は食べられない、豪華な料理を前にした者の目を想像させる。
「隠すだなんて……先生もお口が悪い」
そう言うと今度はテーブルを挟んだ向かい側のソファーへ移動し、秀行は深く座った。
「私が初めてというわけでは無いのだろう?」
「先生は何も出来ない人形では、満足されないと思いまして………違いますか?」
「いやいや……君には敬服するよ。ちゃんと私の好みまで覚えていてくれたとは……」
「当然です。当時………先生には特別お世話になりましたから」
そう言って微笑む秀行の顔が、一層妖艶さを増した。
「君は昔から人を嬉しがらせるのが得意だね……。しかし……それなら“筧くん”にもお披露目はしたのかな?」
城ヶ崎が口にした名前に、秀行の表情が刹那に凍りついた。
頭の隅で燻っていた痛みが全体に広がる。
「筧くんは君のことがいたくお気に入りだっただろう?一時は、君に本気になっているんじゃないかと心配した程だ」
それに気付いていないのか、それとも気付いていてわざとか、城ヶ崎は続けた。
「それに今はこんな老いぼれではなく、筧くんの機嫌取りの方が重要じゃないかな?」
紳士的な穏やかな笑顔を崩す事無くそう言った城ヶ崎に、秀行は何も無かったように微苦笑を浮かべた。
口では『老いぼれ』と言いながら、未だ現役のフィクサーであることを自覚しての言葉だと解る。
「筧さんと……城ヶ崎先生を比べる程………僕は世間知らずではありません」
「…………“筧さん”か……。君は本当に私を嬉しがらせるのが上手い。──では心置きなく楽しませてもらおうかな」
鼻につく腐臭を放とうとする記憶の瓶に蓋をすると、秀行はにっこりと微笑んだ。
「お久しぶりです。城ヶ崎先生」
それを微塵も感じさせることなく、秀行は優艶に微笑んだ。
しかしそれが意図的なものでは無く、長年刷り込まれてきた“ただの習性“だということが、頭の隅を余計痛ませる。
「秀行くん──元気そうでなによりだ。君とこうして会うのは何年ぶりかな?」
“城ヶ崎”と呼ばれた男は立ち上がるでもなく僅かに座る場所をずらした。
『隣に座れ』と言っているのだ。
「……兄がまだいた頃ですから……もう大分前になりますね。……隣に座っても?」
「勿論だよ」
城ヶ崎は品の良い笑顔を向けると、隣に浅く腰掛けた秀行の腰に腕を回した。
「……君は相変わらず美しいね」
「先生は相変わらずお上手ですね」
近付けられた唇を指で止めると、秀行は少し困った様に笑って見せた。
「私は世辞は言わない。知っているだろう?……君は昔と何も変わらない……10代の頃のままだ」
唇に触れた指を握ると、城ヶ崎は敢えてその指に口付けた。
確かに、この男が人にお世辞を言うところなど見た事がない。今でこそ表舞台に立つことは無いが、秀行が出会った頃はこの国を動かす実力者の一人だった。少なくとも媚びを売られる方であって、売る側の人間では無い。
「久しぶりに………どうかな?」
握られた指に触れている唇が、再び品の良い笑みを携えた。
しかし秀行はそこからゆっくりと指を離すと
「冗談でも光栄です。……しかし………僕はもう先生の嗜好には合いません」
にっこりと微笑んだ。その笑顔には昔とは違う“本多家当主”としての風格を携えている。
「どうやら………私は振られた様だね」
城ヶ崎は大袈裟に溜息を吐くと秀行の腰に回した腕を解いた。
「…それで…………君の代わりの新しいおもちゃを用意してくれたと言うことかな?」
秀行を“おもちゃ”と言った城ヶ崎の言葉に、扉のすぐ横で立っている杉本の顔が僅かに歪んだ。
「…………僕の代わりと言う訳ではありませんが……きっと先生は………気に入って下さると思います」
秀行がそう言い終わるのと同時に、客室の扉を叩く、乾いた音が聞こえた。
既に表情を消した杉本がその扉を開けると、スーツ姿の一人の男と、その陰に隠れるように制服姿の和志が立っているのが見える。
「入りなさい」
秀行の言葉にスーツ姿の男が退くように体をずらすと、和志は一人客室に足を踏み入れた。
見るからに子供らしからぬ顔色をしているが、俯くことはせず近くまで来た和志を満足そうに見届け、秀行はソファーから立ち上がった。
「ほう……」
「甥の和志です」
秀行の言葉に和志はソファーに座ったままの城ヶ崎に向かって頭を下げた。
「………お目にかかれて…光栄です」
「やあ、和志くん」
伸ばされた手にそっと手を重ねると、誘われるままに和志は城ヶ崎の隣に座った。
「こんなに可愛らしい子を隠していたなんて……君もなかなか策士だね」
秀行に向けたのとはまた少し違う、期待と好奇が含まれた眼差しが和志を見つめた。
普段は食べられない、豪華な料理を前にした者の目を想像させる。
「隠すだなんて……先生もお口が悪い」
そう言うと今度はテーブルを挟んだ向かい側のソファーへ移動し、秀行は深く座った。
「私が初めてというわけでは無いのだろう?」
「先生は何も出来ない人形では、満足されないと思いまして………違いますか?」
「いやいや……君には敬服するよ。ちゃんと私の好みまで覚えていてくれたとは……」
「当然です。当時………先生には特別お世話になりましたから」
そう言って微笑む秀行の顔が、一層妖艶さを増した。
「君は昔から人を嬉しがらせるのが得意だね……。しかし……それなら“筧くん”にもお披露目はしたのかな?」
城ヶ崎が口にした名前に、秀行の表情が刹那に凍りついた。
頭の隅で燻っていた痛みが全体に広がる。
「筧くんは君のことがいたくお気に入りだっただろう?一時は、君に本気になっているんじゃないかと心配した程だ」
それに気付いていないのか、それとも気付いていてわざとか、城ヶ崎は続けた。
「それに今はこんな老いぼれではなく、筧くんの機嫌取りの方が重要じゃないかな?」
紳士的な穏やかな笑顔を崩す事無くそう言った城ヶ崎に、秀行は何も無かったように微苦笑を浮かべた。
口では『老いぼれ』と言いながら、未だ現役のフィクサーであることを自覚しての言葉だと解る。
「筧さんと……城ヶ崎先生を比べる程………僕は世間知らずではありません」
「…………“筧さん”か……。君は本当に私を嬉しがらせるのが上手い。──では心置きなく楽しませてもらおうかな」
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