鳥籠の花

海花

文字の大きさ
32 / 122

・・・

しおりを挟む

「寝不足か?」

 本を読みながら何度となく欠伸をする和志を気遣うようにそう言うと、梓は涙目になった瞳を覗き込んだ。
 昼休み、いつもの中庭でいつもの様に2人で木陰に座り込んでいる。

「…………昨夜……あんまり眠れなくて……」

 涙を拭くために目を擦りながら答えたすぐ後に視線を逸らした和志に、どこか違和感を感じながら

「そっか……」

それだけ言い、梓は芝生の上に寝転がった。
 和志と連むようになって数ヶ月が経ち、こういう時は『それ以上聞かないで』と言っているのだと、理解るようになっていた。

「……そっちこそ…………また逃げ出したの?」

 今度は和志が梓の顔を覗き込みながら、赤く腫れ上がった頬に触れた。

「昨日は上手くやれてたんだぜ。前に住んでたとこまで逃げてさ……」

 優しく撫でるように触れる和志の手の上から梓は自分の手を当てた。

「それなのに運悪くお巡りに捕まってさ」

 人に触られるのは好きではないが、和志の体温は何故か安心出来る。

「…………補導されたんじゃん」

「まぁな…………そんですぐに連絡されてさ……あのジジィ……お巡りの前では心配したフリしやがっ
て…………」

「それでまた、殴られたの?」

「俺の態度が気に入らねぇってさ……」

 梓が掴む手をそのままに、和志は本を芝生の上に置き、もう片方の手で自分の膝を抱いた。
 梓の家庭の事情は分からない。しかし梓が父親を毛嫌いし、父親も梓に暴力をふるっていることだけは知っている。
 一緒にいたくなくて家出をする度に連れ戻され殴られるのだ。

「でも…………梓はすごいよ……」

 独り言のようにも聞こえる和志の声に、梓は開きかけた口を閉じた。
『お前も一緒に来いよ』そう言おうとしてやめた。置かれた状況に抗う自分とはまた別のやり方で、和志も必死にもがいている様に思えてならなかったからだ。
 そして昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るまで、重ねられた2人の手は離されることは無かった。




 秋の終わりを知らせる冷たい風が窓を叩き、すっかり下ろされた夜の帳とは逆に、テレビからは賑やかなクリスマスソングが流れてきている。
 和志は騒々しくも感じる画面を横目にシャワーを浴びたばかりの身体にもう一度制服に袖を通した。
 城ヶ崎と初めて会ってからまだ3ヶ月程しか経っていないが、他のどの相手より多く会うようになっていた。
 多い時は毎週のように城ヶ崎は和志の元を訪れた。
 その度に最後までする訳では無かったが、和志と言う“おもちゃ”を気に入っているのは確かだった。
 時にはただ和志の身体を弄ぶだけだったり、城ヶ崎が連れてきた他の男と性行為をさせられ、それを見ているだけの時もあった。

 しかし相手が誰であれ、例えそれが人の温もりを持たない道具であっても、自分がすることには変わらないのだと、諦めとも慰めとも分からない溜息が口から漏れた。

───もし…………梓みたいに逃げ出すことが出来たら…………

 不意にそんなことが頭を過り大きな窓を振り返った。中から鍵を閉められるだけの何の変哲もない窓。逃げ出す気になればいくらでも逃げ出せる。
 ガラスに映った自分の顔が緊張で強ばっているのが分かり喉がゴクリと音を立てた。

───もし…………哲太の家まで逃げることが出来たら…………

 ここが以前住んでいた街からそう遠くないことは解っている。子供の和志でも時間さえ掛ければ歩ける距離だ。

───哲太なら……きっと…………

 思わず身体が窓に近付きかけると、テレビから賑やかな笑い声が響き、我に返ったように和志はその声を振り返った。
 男の芸人が大袈裟に転び、それを笑っている周りの姿が目に映った。
 ただそれだけの映像が、頭を冷静にさせ和志は床に座り込んだ。

───そんなの上手くいく訳ない…………

 たとえ上手く逃げられたとしても、まだ中学生の自分が警察にも秀行にも知られずこの先過ごしていくなんて無理だと解る。
 それに哲太にも迷惑を掛けるかもしれない。
 和志は抱えた膝に額をつけ、体を小さく丸めると、一瞬でもバカな事を考えた自分に溜息を吐いた。
 すると部屋のドアを叩く音が聞こえ、和志は僅かに身体を震わせると顔を上げた。

「和志さん…………城ヶ崎先生がお見えです」

 杉本の冷たい声がドア越しに聞こえ、和志はゆっくりと立ち上がった。

「…………今行きます」

 返事をしたのと同時に和志の顔から表情が無くなり、まだ子供らしさが抜けきらない指が制服のボタンを止めた。

「……行かなくちゃ…………」

 そしてそうポツリと声にすると杉本の待つドアへと向かった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

告白ごっこ

みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。 ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。 更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。 テンプレの罰ゲーム告白ものです。 表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました! ムーンライトノベルズでも同時公開。

処理中です...