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・・・
しおりを挟む額に流れる汗が赤い髪を伝い落ちたのに気付くと、梓は右腕でそれを拭った。
僅かに冷静さを取り戻した瞳が部屋の中に和志と自分しかいないのを確認すると、枕の上で俯せになっている和志の隣に、梓は倒れ込むように横になった。
「……ベタベタ……」
お互いの身体に着いた白濁を指で弄りながら梓はそう言って笑った。射精するのも、勃起するのすら初めてだった。
自分の性的指向が他人と違うのは、子供心に薄々気付いていた。過去何人か好意を持ったのが男友達だったからだ。
そして恐らく、和志に興味を持ったのも、少なからずそれも左右もしていた。城ヶ崎に向けて和志を『エサ』だと比喩したのもまんざら嘘じゃない。
「なぁ、シャワー浴びようぜ。……こんだけ広いんだからシャワーくらい付いてんだろ?」
枕から顔を上げようとしない和志に向かって、梓はいつもと変わらない口調で口にした。
肌に残る消えかけた幾つもの痣が、昨夜の出来事が和志にとって決して特別では無いのだと物語っている。
しかしそれにも反応を示さない和志の顔を梓は枕のすぐ横から覗き込んだ。すると枕を抱える手に力が入り、余計顔を隠す。
「なぁ!聞いてんの!?」
その様子に梓はわざと和志の耳元で大声を上げた。自分と同じ様に冷静さを取り戻し始めた和志が、自分を責めているのが手に取るように分かったからだ。
少しでもこんな事は“大した事では無い”のだと、嘘でも伝えたかった。
「…………ごめんなさい」
同じ言葉を繰り返す孅い声に、梓は起き上がると細く柔らかい髪を力任せにぐしゃぐしゃと撫でた。
「お前それしか言えねぇの!?」
溜息混じりの言葉にもまだ顔を上げない、痛々しく痣が残る細い身体を見下ろすと、何を思ったか梓は指で擽り始めた。
「────なッ…………ちょっ──やめてッッ」
幼い頃、梓が拗ねると母がよくこうしていたのを思い出したのだ。
そして案の定堪えきれず笑いながら身を捩る和志の身体を無理やり仰向けにすると、また顔を隠されない様に押さえ付けた。
「やぁっと!顔見れた」
それでも俯き逸らされた目の周りが赤く腫れ、頬には涙の後が幾すじも残っている。
「お前さぁ!あいつの話ちゃんと聞いてた!?俺がここに来るように仕向けたのは、俺のクソ親父だろ!?和志じゃない!」
「───でも僕がッ…………梓………的場くんと……友達になりたいと思ったから……」
───あの人の言いつけを守らなかったから…………
行為に感じながら、何度も後悔していた。梓を巻き込んでしまった事に申し訳ないと思いながらも、それでも受け入れ求めた自分の浅ましさが酷く汚らわしく思えてならなかった。
友達を傷付け汚しておきながら、その行為に夢中になっていた。
「へぇ……お前…………俺と友達になりたかったの?」
しかしそんな和志の様子など気にも止めていないような、梓の軽い声が耳に触れた。
「………………え…………」
「だってさ、そんな素振り全然見せなかったじゃん」
「───それは……」
「あ、ま……そっか……お前友達作っちゃダメだったんだっけ」
まるで教室で他愛ない話でもするように話す梓を見つめると和志は眉をひそめた。
「じゃ、ちょうどいいじゃん。俺もお前好きだしさ……これからは普通に友達でいていいって事だろ?」
「───は……?……普通に友達でって……本気でそんな事言ってるの!?……こんな事させられて……僕とまだ友達でいるつもり!?」
「俺はね……お前は嫌なのかよ……」
「──そうじゃなくてッ!……きっとこれからも梓呼ばれるよ!?……それに……城ヶ崎先生の相手だって…………」
そこで言葉を切った和志の頬を両手で挟むと
「けど、お前もいてくれんだろ?」
ニヤッと笑った。
「それにあのじーさんに気に入られりゃ、クソ親父もそう簡単に殴ってこれねぇだろうし……」
「………………梓……」
それでも辛そうに顔を歪める和志の手を取ると、梓は勢いよくベッドから起こした。
「とりあえず今はシャワー浴びようぜ。俺もお前も精子臭い」
和志の細い手首を掴んだ手に、意図せず力が入る。梓にもこの異常な状況が怖くない訳がなかった。この先を思えば、自分を売った父親への怒りを吐き出したい衝動すら抱えていた。
しかし自分が取り乱せば和志が余計傷付くと容易に解る。
高級ホテルのようなシャワールームへ共に入ると、今にも泣き出しそうな和志に、梓は丁寧にお湯を掛けた。
別段、最初からそこまで和志に惹かれていた訳では無い。確かに綺麗な顔をしているとは思ったが、その程度だった。
あの日見た体の痣と、クラスメイトと適度に付き合いながら、そのくせ独りで過ごす和志に、ただ好奇心を抱いただけだった。
或いは“心を許せる者がいない”辛さを共有出来る仲間が欲しかっただけかもしれない。
それが側で過ごすうちに、実はよく笑うところにも、思った事をすぐ口にするところにも、惹かれるようになった。
「……熱くないか?」
気遣う梓の言葉に、和志は黙って頷いた。
そして今は───
「俺が……そばにいるから」
母と和志を重ねていた。
大手ゼネコンの社長と、その愛人の子供。
梓が生まれてすぐに与えられた立場だった。
父親と過ごした記憶は殆ど無い。母は本気で父を愛していたが、父は恐らくただ『使える女』と思っていただけだと梓にも分かる。
接待と称した『セックス』
梓の幼い頃から、それが梓の母の役割だった。数年前心が壊れるまで、それが母なりの父への尽くし方だったのだ。
そして使えなくなった母は精神病院へ閉じ込められ、他に身寄りのない梓は父親の元へ引き取られた。
愛情も何も無い、冷たい家に。
「お前はもうひとりじゃないから……」
自分より僅かに小さい和志の体を、梓は優しく抱きしめると、まるで自分へ言い聞かせるように口にした。
「俺が…………そばにいるから……」
そう言いながら、心のどこか隅の方で
───もうひとりじゃない───
そう聞こえた気がした。
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