43 / 122
・・・
しおりを挟む駅の隅に備え付けられたベンチで、何も言わずに2人は肩を並べ座っていた。
少し考えれば哲太が怒っている理由など簡単に解る。授業をサボりわざわざ会いに来てくれていた哲太を「会いに来るな」と簡単な一言で切り離そうとしたのだ。文句のひとつも言いたくなって当たり前だ。
「……お前さ……なんであんなこと言ったの?……」
歩く人波を見るともなく見ながら、哲太が口を開いた。
「……会いに来るなとかさ………送り迎えだから会えないって言ったのも…………嘘だったんだろ……?……オレが会いに行ってたの迷惑だったか?」
「───それはッ……」
正面を向いたまま和志を見ようともしない哲太の冷たい口調に咄嗟に声が出ていた。
──それは違う──
当然そう言いたかった。
嘘など吐いていないと、どんなに短い時間でも構わない、少しでも傍にいたい、ずっとそう望んでいたのだと───
胸の奥に閉まった想いを吐き出したい衝動を押さえ込みながら、和志の奥歯が小さな音を立てた。
「……そんなの……当たり前だろ……」
しかし和志は軽く息を吸い僅かに口角を上げると
「本多の当主である叔父に子供はいない。…だから……僕が正式な跡継ぎなんだよ……?今我慢して叔父の言うことさえ聞いていれば、僕は本多の全てを手に入れることが出来る。その為になら僕はなんでもやる──今更こんな風に会いに来られたって……邪魔なんだよ。一介のラーメン屋の息子と本多の跡継ぎが釣り合う訳ないだろ」
俯いたままそう言葉に変えた。
殴られる覚悟だった。
哲太がどれだけ家族を大切に思っているか、両親があの店を始め、軌道に乗るまで哲太本人もどんな思いをしてきたか、間近でずっと見てきた。朝早くから夜中まで仕事に追われる両親に迷惑を掛けない様に、まだ幼い哲太がどれ程我慢していたか……。
それを『一介のラーメン屋』と言い捨てたのだ。
「…………それがお前の本音か?」
感情の読み取れない冷静な声に、和志は膝に乗せた手を強く握りしめた。
「………そんな嘘吐く必要ある?」
和志は声が震えそうになるのを必死で堪えてる自分が滑稽になった。
日々偽りの中で生き、違う自分を作り出しているのに、こんな簡単な嘘には声が震えてしまうのだ。
「………なら……オレの目を見て『二度と会いに来るな』って、ちゃんと言えよ」
視線の端で哲太がこちらを向いたのが分かった。
今まで聞いたことの無い真剣な声。
哲太を酷く傷付けてしまった。
───バチが当たったんだ……。遠くから見ているだけで良いと思ってたのに……俺が…………傍にいたいって望んだりしたから……
「───和志」
鋭く呼ぶ声に思わず体が震えた。
しかし色が変わる程強く握りしめた両手を見つめると、和志は顔を上げ哲太を睨みつける様に見据えた。
「お前とは二度と会わない。だから……もう僕に近付くな」
真直ぐに見つめる哲太の真剣な瞳に怒りは見て取れない。しかし少しでも気を許したら和志は目を逸らしてしまいそうだった。
哲太が怒っている事が怖いのでは無い。嫌われる事が怖い。こんな台詞を口にしながら、それでも“過去の友達”ですら無くなる事が怖かった。
「……“僕”ね……」
短い沈黙の後哲太はそう言って鼻で笑った。
「お前は…………相変わらず嘘が下手だな」
「───は……!?……なに言って……」
「だって、今言ったこと……全部嘘じゃん」
怒るでも、蔑むでもない、いつも通りの表情が和志に向けられ、少し呆れたように肩を竦めている。
「──嘘じゃないッ!」
「それも嘘だ」
「───違うッ!!──嘘じゃない……」
「じゃぁなんで……そんな顔してんだよ……今にも泣きそうな顔してんじゃねぇか……」
そう言った哲太の顔が辛そうに歪んだ。
自分に「泣きそうな顔」と言った哲太の方が、余程泣きそうに見える。
「………オレはさ……お前が抱えてるモンの正体は解らねぇよ………けどさ……」
哲太の腕が伸ばされ、和志の頬に温かい指が触れた。
「そんな嘘ついてまで離れようとする程……オレは頼りねぇ?」
夜の帳の中で触れられる、自分を蹂躙しようとする手と違う。
温かくて、優しい手だ。
本気で自分を想い、心配してくれている。
「…………そうじゃない………違う…………嘘なんか吐いてない…………」
ずっとこの手に触れたかった。
「…………違…………う…………俺は…………」
「………和志……」
優しい声と指に視界が霞んで見える。
こんな風に名前を呼ばれたのは一体どれくらい振りだろうか。
哲太を巻き込まない為に離れると決めたのに、その決心さえも鈍っていく。
「───嘘じゃないッ………………嘘じゃ……」
哲太のシャツを掴みそれでも必死に言い続ける和志の体を、懐かしく優しい温もりが包み込んだ。
その先に何も待っていない、ただの温もり。
いつもは嫌悪感に変わっていく肌に伝わる体温がひどく心地好く感じさせ、視界を掠めていた雫を次々に溢れさせた。
秀行の元へ行ってから、何があっても泣いたことなど無かった。
一人が堪らなく寂しく感じた時も、初めて身体の隅々まで触れられた夜も、歯を食いしばってやり過ごしてきた。
それが今は、泣いてはダメだと何度自分に言い聞かせても涙が溢れて止まらない。この数年間、纏わりつき身動き出来なくさせていた泥が少しづつ流れ落ちるように、和志は泣き続けた。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
タトゥーの甘い檻
マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代)
どのお話も単体でお楽しみいただけます。
「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」
真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。
それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。
「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。
アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。
ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。
愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。
「……お前のわがままには、最後まで付き合う」
針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。
執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる