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しおりを挟む初夏の夕方らしく、少しの湿り気と美しい夕焼けの光が部屋を満たし、ベッドの上の秀行の顔も美しく照らし出した。
陶器のように白い肌と、薄桃色の唇。長い睫毛はいつも何かを思うように憂いを含んで見える。
しかし、その薄い美しい唇が僅かに歪み、堪えきれないように笑いだした。
「…………何笑ってんだよ……」
「……だって…………」
背中を揺らし本気で笑っている秀行を睨みつけると、真守は面白くなさそうに椅子の背もたれに無遠慮に背中を預けた。
「あの時の……真守の顔って言ったら………」
「うるせぇなぁ……毎回毎回飽きもしねぇで、同じネタで笑いやがって……」
体調を崩し、学校を休んでいる秀行の顔を見る為に寄ったことを僅かに後悔しながら、真守は先程家政婦の光恵が持ってきてくれた紅茶を口に含んだ。
初めて会った時、秀行のことを完全に“女の子”だと勘違いしたことを、時々こうしてネタのように話題にしては秀行は笑うのだ。
「あの頃のお前は、どう見ても女子だったよ!一緒にサッカーしてた奴らだって、お前が男だって言ったらビビってたじゃん!」
これも毎回繰り返される言い訳だ。
「それでもさ……顔真っ赤にしちゃってさ……」
そう言い終わらないうちに“ククク…”と、また笑いだした秀行を、真守は真っ赤な顔で睨みつけた。
確かに、あの日のことは今でも鮮明に覚えている。
初めて誰かに対して『綺麗』だと思った。
肩に掛かる程度の細く艶やかな、男にしては長い髪も、微かに潤んで見える鈴を張ったような瞳も、少年へと移りゆく真守の目を釘付けにするには充分過ぎた。
今ならそれが『色気』と言った方がしっくりくると解る。
今でも秀行は男の真守から見ても色気がある。
どこか儚げで、それでいて艶かしい。
こうして秀行の部屋を訪れるようになり二年以上経つ今でも、時々その色っぽさに惑わされそうになる程だ。
「───ったくッ!その話ばっかすんなら、もう来ねぇからな」
これも決まり文句になりつつある台詞を口にして、真守は紅茶の横の皿に置かれたチョコレートを口にした。
すると2人の戯れ合いを遮るように、秀行の部屋のドアが乾いた音を立て、誰かの訪問を伝えた。
「…………はい…」
すると、それまで笑っていたとは思えない程、秀行は重い声で返事をした。
真守が訪れた時にも必ず出される、部屋に来る者を怖がっているようにも聞こえる声だ。
「ただいま。──今、光恵さんから聞いたけど、また体調を崩してるって?」
ドアを開けながら覗いた笑顔に、秀行の顔が花びらを散らしたように笑顔になった。
「──おかえりなさい!和臣兄さん」
「ただいま。秀行、体調はどうだ?」
実弟の嬉しそうな笑顔に、和臣もよく似た笑顔を返し、ベッドの近くまで来ると
「真守も久しぶり。高等部での選択は決まったのか?」
傍にいた真守にもニコリと微笑んだ。
高等部に上がるにあたり、理系文系を選ばなくてはならなかったが、少し前に会った時、真守はまだ決め兼ねていたのだ。
「お久しぶりです。……一応希望は理系にするつもりです。じいさんが……“それ以外は認めん!”……って」
真守も久しぶりに会う秀行の兄に笑顔を返すと、お互いの母方の祖父の口真似をして、肩を竦めてみせた。
「医者を継がせたいか……神部のお祖父さまも相変らすだな」
「相変わらずなんて……年々元気になってますよ。……秀行には甘いくせに……」
「秀行はお祖父さまのお気に入りだからな」
和臣はそう言って笑うと、2人の話を黙って聞いていた秀行の頭を優しく撫でた。
あの日校舎の中庭で偶然会った真守と秀行が、実は従兄弟同士だと知ったのは、あれから半年ほど経った頃だった。
中等部にあがって間も無く、母から“会ったこともない伯母の、会ったことも無い従兄弟”に会いに行ってやってほしい、そう頼まれたのだ。
最初は勿論断った。母の姉と言っても面識が無いのだから、それはもう“赤の他人”だ。その息子がいくら同い歳で、同じ学校に通っていると言われたところで、それすら初めて聞かされた。
真守にすれば、会う義理もなければ、今更何故そんなことを言われるのかすら理解出来ない。
しかも、その同い歳の従兄弟が『体が弱くて学校を休みがち』で『だからなかなか友達が出来ない』のだ……と、聞かされれば、申し訳無いが余計会いたいとは思えない。
『日本で有数の“金持ち”の家の“虚弱体質”の子供』
この話を聞いて、会いたいと思う者がいるだろうか?
だから当然真守も、頑なに拒否した。
しかし、まだ中等部に上がりたての子供に、母の願いを完全に拒めるだけの決定権など持ち合わせている訳もなく、目の前にぶら下げられた『小遣いアップ』と共に受け入れてから、既に二年以上の月日が経っていた。
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