鳥籠の花

海花

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「───真守ッ!」

 着慣れないスーツの所為か、酷く居心地の悪い、明治時代に建てられたとは思えない程、煌びやかで美しいパーティールームの隅に立つ真守は、久しぶりに聞く聞き慣れた声に顔を上げた。

「──和臣さん!いつロンドンから戻ったんですか!?」

 ごった返す人を掻き分けるように側に来た顔に、自然に笑顔になる。

「今朝帰ったばかりだよ……。全く……突然誕生パーティーをするから帰ってこいなんて……父さんの思いつきで振り回されてばかりだよ」

 和臣は手にしていたグラスを一気に空にして側を歩いていたウェイターに空のグラスを手渡すと、真守のすぐ隣で壁に寄り掛かり大きな溜息を吐いた。

 日本で大学を卒業した後、和臣は修士号を取る為にイングランドへ留学していた。

「大学生活はどうだ?慣れてきたか?」

 しばらくぶりに会う従兄弟の、随分と大人びた姿を眺めると和臣はニヤリと笑った。

「合コンばっかりしてるんじゃないのか?」

「まさかッ!医学部なんて選ぶんじゃなかったって後悔してますよ……遊ぶ暇もない…」

 そう言うと真守は大袈裟に肩をくすくめて見せた。実際、2年になってからは実習も増え、秀行の元を訪れる回数も減っていた。

「和臣さんこそどうですか?ロンドンの大学は」

「こっちも毎日忙しいよ。日本の大学より全然レベルが高いし……ついていくのに必死だ。そんなことより…珍しいじゃないか……真守が父さんのパーティーに顔を出すなんて…」

「義理と立場の差を見せつける為の招待状になんて興味ありませんよ。今日はじいさんの代わりに仕方なくです」

 真守も空になったノンアルコールのグラスをウェイターに渡すと、また肩を竦めた。

 少し前、形だけ母にも届いたこのパーティーの招待状に、真守は端から関心など無かった。
 秀行は好きだが、伯父に当たるその父親はどうしても好きになれない。相変わらず秀行を訪ねて家にも行っていたが、顔を合わせたところで明白あからさまに嫌な顔をされる。
 個人病院にしては大きな病院を経営している義父ならまだしも、一介の町医者に嫁いだ義妹の息子など、秀行たちの父にしたら付き合うに値しない人種なのだろう。
 それに加え真守の方も、伯父からの秀行への態度が気に入らなくて仕方ないのだから、お互い伯父と甥といっても、関係が良くなる訳が無かった。

「お爺様の代わり?」

「なんか……友達の葬式と被ったみたいで……」

「そうか……どうりで姿が見えないと思った……。お爺様はどんなに馬鹿げたパーティーでも、必ず来てくれるから探してたんだ」

 ガッカリしたように肩を落とすと、和臣は賑やかな会場を見渡した。

「……媚び諂って笑っているか それを馬鹿にするように笑ってる……ここで見るのはそんな顔ばっかりだ。俺だって…………自分の父親でなければ、こんな意味の無いパーティーに参加したりしない……。それでもお爺様がいつも来てくれるのは……秀行が心配だからだ……」

「…………秀行が?」

「真守も分かってると思うが……秀行は父さんの言いなりだ……昔から…今でもそれは変わらない」

「……それは……」

 確かに、それは薄々気付いていた。
 初めて会った時から、秀行には微かな違和感を抱いていた。やったことが無いような口振りで、サッカーは楽しいのかと聞いてきたり、同じ学校、同じ学年にも関わらず、全く見覚えが無かったり……。
 友人として付き合うようになって暫くは、それらが全て“身体が弱い”せいなのだと思っていた。
 身体が弱いから、学校も休みがちで体育の授業も受けられないのだろう、と。
 しかし、それも数年経つと、再び微かな違和感が付き纏いだした。
 真守の前で、秀行は熱を出していたことも無ければ、具合が悪そうにしていたことも、なにかの発作を起こしたことも無いのだ。
 いつ家に行っても、笑顔で出迎えてくれる。
 学校でもそうだ。早退する姿を見たことがない。普通に過ごし、ある日突然休む。
 勿論、秀行が患っている病気が、そういう症状が無いものなのかもしれない。
 しかしどうしても、喉に刺さった小骨のように、その小さな違和感が拭えないのだ。
 
───体調が悪いのではなく、なにか別の理由があるのではないか──

 そう考え出すと、何故かそれがひどくしっくりくる。そしてもし、それが事実だとしたら伯父が関わっているのだろうと思えてならない。

「秀行もそれを良しとしている……。少し、反抗でもしてくれれば……あの家から抜け出す手助けも出来るんだが……」

 苦虫を噛み潰したような和臣の表情に、真守は顔を上げた。

「───それは和臣さんの為に……」

「理解ってる……。それも昔から変わらない……」

 そう言って吐かれた、小さな溜息に真守は僅かに顔を歪めた。
 和臣は気付いていないが、秀行が和臣へ抱いているのは、兄弟としての愛情だけではない。

「けど───お前がいてくれて本当に良かったよ」

「……え?」

「秀行は真守を信頼してるし……とても大事に思ってる」

「……そんなことないですよ……俺なんか……」

───だって……秀行は和臣さんのことが……

「いや、本当にさ……。俺だって……いつまでも秀行の側にいられる訳じゃない」

 声の調子に、真守は無意識に和臣に視線を向けた。
 何故か胸が騒つく───

「実はさ……彼女に子供が出来たんだ」

 遠くで起こった笑い声が、耳のすぐ側で聞こえたようで、真守は眉をしかめた。

───今……子供が出来たって…言ったか……?

 秀行から、“兄さんに彼女ができた”と聞かされたのを、よく覚えている。
 同じ日本からの留学生で、大変でも彼女がいるから頑張れる。そう話してくれたと笑っていたその笑顔を、きっと一生忘れられないと思った。

 人はこんなにも辛そうに笑うことがあるのだと、その時真守は初めて知った。

「それは………おめでとうございます……」

 真守は無理に笑うと、一番無難と思える言葉を口にした。
 秀行は、それを知っているのだろうか。もう聞いていたとしたら、今頃どうしているのだろうか。真守の中を、秀行の泣きそうな笑顔が埋め尽くした。

「ありがとう。……って言っても……これから父さんに話すから…………相当揉めるだろうけどな」

「………そう……なんですか……?」

 和臣の言葉が一切頭に入ってこない。

「彼女は、父さんの言う“一般人”だからさ……。俺や父さんと、何も変わらないのに…………否定から始まるのが目に浮かぶよ」

 話の中身とは裏腹の、逞しくも思える笑顔が、子気味よく話す声が、頭の中のただでさえ泣きそうな笑顔を崩していく。

───秀行は…………?

「説得はするけど……いざとなったら、俺は彼女を選ぶつもりだ」

 話し続ける和臣に悟られないように、真守は目でパーティールームを見渡した。少し前までは客の相手をしている秀行を何度か見掛けた。

「──それ……秀行には…………」

 それが今は───何処にもその姿が見えない。


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