鳥籠の花

海花

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 闇の中ですら、隅々まで磨かれたのがわかる程の光沢を放つ高級車が門から出るのを確認すると、秀行は窓際から離れ、座り慣れたソファーへと体を沈めた。
 テーブルに置かれた、ブランデー入りの紅茶が鼻腔の奥に届き、秀行は皮肉めいた微笑を浮かべると、その香りごと静かに口に含んだ。

 杉本からの報告を受けるまでも無く、和志が上手くやって退けたのだと分かる。

 すると慣れ親しんだノックの音が響き、返事を待たずに杉本がドアを開けた。

「城ヶ崎先生が、無事お帰りになられました」

 思った通りの言葉に、秀行は僅かに瞼を伏せると

「そう」

短く返した。

「随分ご機嫌に帰っていきましたよ」

 どこか棘のある杉本の言葉に、秀行は満足そうに笑った。

「相変わらず口が悪いね。和志に戻って“先生”も安心したんだろ?」

「……元の…か……。モノは言いようだな」

 目の隅で動いた影が、やがて無遠慮に目の前のソファーに座った。

「もしかして……怒ってるの?」

「お前……本気で和志を壊すつもりか……?」

 今までとは違う杉本の鋭い声に、秀行はようやくそちらへ視線を向けた。
 あの一件以来、少なくとも秀行の前で和志への情を隠そうとはしない杉本に、苛立ちだけが募る。

「薬の量を調整しただけだろ?そのお陰で和志が“幻覚”視ることも無い。それに──それは和志も納得してる。お前より……和志の方が遥かに現状を理解してるんだよ」

「現状を理解していたとしても、あいつは先のことを解っていない。このまま続ければ、いずれ和志の心か身体……或いはその両方ダメになるぞ」

「……だったらなに?……そうしたら、今度は僕が見捨てる立場になればいい」

「───秀行……」

 咎めるような杉本の声色に、秀行の表情が一瞬で変わった。

「───そんなに和志を助けたい!? お前は僕の秘書でしょ!?僕の為にそばにいるって、そう言っただろ!?なのに……なんで和志のことばかり庇うんだよッ!僕だってずっと同じように生きてきたのにッ!」

 瞼を閉じれば、今でも初めて会った時の秀行の姿を思い浮かべることが出来る。
 それから一体どれ程の時間、親友として傍で過ごしただろうか。

「僕が……どんな思いで薄汚い年寄り共に抱かれてたか解る!?ただ──兄さんの為だよッ!」

 いつも微笑っていた。朗らかで、聡明で、裏にこれ程深い闇を飼っているなど、微塵も感じさせなかった。

「──それなのに兄さんは僕を捨てた!………振り返りもしないで……僕を…………」

 秀行の中に和臣がいると解ってからも、その闇に触れてしまった後ですら、どうしようもない程、秀行を愛していた。

「…………秀行……」

「……あの女と……和志がいなければ………兄さんは僕の傍にいてくれたのに……」

 その肌に触れることが無くても

「……和志が……僕から兄さんを奪ったんだ……」

 柔い唇に、触れる夢を見続けるだけだとしても、伸ばされた手を、とらずにはいられない。

「…………それでも……仮に和志が、苦しみ死んだとしても……お前の心は晴れないだろ……」

 それ程、秀行の心が上げる悲鳴が、以前より遥かにハッキリと聞こえるのだ。

「俺が助けたいのは……お前だよ……秀行……」

 初めて口にした本音だった。

 和志に向ける憎しみが強くなればなる程、秀行が掛けていくのが見える。

 辛そうに掠む声に、秀行の伸ばされた指が縋るように頬に触れた。

「…………だったら……僕だけを見て……」

 その言葉の呪縛が

「……僕だけの為に生きてよ………」

 共に背負うと決めた罪が

「お前は……僕を…………捨てないで…………」

 いつか罰に変わることを心の隅で願いながら、昔より細くなった指を、秀行は強く握りしめた。
 




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