君の手の温もりが…

海花

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葵の想い

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「お前本当バカなの!?」
夕飯を作る俊輔を葵が罵っている。
俊輔がため息をつく。
家に着き結衣からの話を葵に伝えてからずっとこの調子だ。
自分でもバカだと思っていた。
湯船にすらまともに入れないのにプールの誘いを受けるなんて…。
溺れたり発作を起こせば周りにも迷惑をかける。
俊輔が再びため息をつく。
最後に大きな発作を起こしたのは中3の秋だ。
受験のストレスもあったのか、浴槽にたっぷり入ったお湯を見ただけで呼吸がおかしくなり、過呼吸を起こして動けなくなった。
いち早く気付いた葵に助けてもらうまで浴室でどうしていいか分からなくなっていたのだ。
「お前さあ、いいカッコし過ぎ!ダメなものはダメって言えよ!」
いいカッコしてるつもりは無いが、確かに人から頼まれると断れない性分だ。
「あいつも何でプールなんか誘うんだよ!俊のこと知ってるハズだろ!?あいつのそういとこムカつくんだよ!何でもかんでも俊に言えば良いと思って…」
怒りはもちろん結衣にも及んでいる。
「まぁ…そう言うなよ。結衣だって最初は断ったって言ってたし…」
結衣の申し訳なさそうな顔が頭に浮かぶ。
葵が俊輔を睨みつける。
「俊がそうやって甘やかすからあいつは昔からああなんだよ!」
葵が廊下への扉をあけ「俺は行かねーぞ!知らねーからな!」
そう言って階段を上って行った。
俊輔は大きくため息をつく。
葵と結衣が仲良くなれば…とOKしたが、逆効果でしかない様な気がした。
もはや葵が結衣を好きなのかも…というのも勝手な思い込みだったのかもしれない。
まあ、そこはどうであれ2人が仲良く…せめて罵り合わない程度になってくれれば有難たかった。
しかし…葵が行かないとなれば、この話自体無くなるかも…。
発端は北村あずみが葵を誘いたくて出た話だし、葵が行かないとなれば自分が行く必要も無くなる。
明日、結衣に電話をして「やっぱり葵行かないって」と言えば終わりになるだろう。
俊輔は1人納得して夕飯を作り終え皿によそい始めた。

葵は力任せに部屋のドアを閉めた。
俊輔が結衣の言いなりになっているようで本気で腹が立っていた。
葵は何度も俊輔の『発作』を見てきた。
毎回死んでしまうのではないかと不安になる。
大切な人のそんな姿を見るのがどれだけ怖いか俊輔は解っていないのだ。
ベットに仰向けに倒れ込み子供の頃の事を思い出した。
まだ小学3年の頃。
公園で俊輔とその友達とサッカーをして遊んでいた。
その公園には大事にされている桜の木があって絶対登ったりしてはいけないと、ご丁寧に子供向けの立札まであったのに、結衣と数人の子が登って遊んでいた。
ちょうど結衣が登った時、細い枝が折れ凄い音と共に見事に地面へと落ちた。
木登りをしていた子達は蜘蛛の子を散らすように逃げ、結衣だけが残された。
俊輔が慌てて結衣を助け起こすと、結衣は泣きそうな顔で
「どうしよう…桜の木折れちゃった…」
と言ったのだ。
今思い出しても腹が立って仕方がない。
俊輔の性格を知っていて『どうしよう』と…。
音を聞きつけて出てきた近所の人に誰がやったのかと聞かれた時も結衣は俊輔の後ろに隠れた。
結局俊輔が『僕がやりました』と言ったのだ。
その後親まで呼び出され、俊輔は大人達にこっぴどく怒られた。
それだけじゃない。
中学の時も俊輔は白瀬高校の特進コースを目指していた。
ギリギリいけるかいけないか…の瀬戸際で家ではずっと勉強をしていた。
何とかテストの点も上がり特進コースの合格圏内に入りすごく喜んでいたのを覚えている。
それが…受験少し前から結衣の勉強に付き合うようになって俊輔の点数が落ちた。
結局最終の話し合いで特進コースを諦めたのだ。
「あいつは俊の疫病神なんだよ」
葵は忌々しげに呟やくとスマホがラインの着信を知らせる。
俊輔から『メシ』とだけ送られてきた。
葵は起き上がりため息をつくと部屋を出た。

重い空気の中、服の摩れる音が妙に響いている。
葵は自分の部屋からおりて来てからは何も言わない。
俊輔が視線を夕飯の麻婆豆腐に残したまま
「明日結衣に葵が行かないって伝えるよ。そうすれば俺だって行く必要が無くなる」
そう言った。
葵が食べるのをやめ
「それでも行くってなったらどうすんの?」
俊輔を見つめる。
「まさか…。北村さんが葵と遊び行きたいって言ったのが発端だし、それはないだろ」
葵は俊輔の鈍感さに呆れた。
結衣が俊輔を好きだと全く気付いていないのだ。
「そんなの分かんねぇじゃん。もし行くってなったらどうすんの?」
「それは…」
俊輔が言葉を詰まらせた。
確かに葵が行かないとなったからといって絶対話が無くなる保証は無い。
葵が大きなため息をついた。
「俺も行くよ。お前が発作起こしたら誰も対処できないだろ」
そう言うと再び食べ始める。
俊輔が驚いて葵を見つめた。
まさか葵があの剣幕から行くと言うとは思ってもなかった。
「その代わり!絶対俺から離れるなよ!知らないところで発作起こしても助けらんねぇからな!」
葵が箸を俊輔に向ける。
「…はい」
俊輔が大人しく頷く。
「後…ケーキな!」
そう言いながら不貞腐れた顔で食べ続ける葵に
「分かった」
と俊輔は笑顔で答えた。
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