タキシードで花束を

海花

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大好きな人

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アパートに戻り、化粧を落とし着替えをすると、まだどこか重たい気持ちのまま俺はソファーへと腰掛けた。
あの教会での話を頭の中で繰り返す。

確かに……残りの時間が限られた人間に「あなたの孫は男と付き合ってます」なんて、告げる必要のない事だ…と頭では解っている。
それなら嘘でも“普通の恋人” としてこのまま嘘を突き通すべきだと……。

結局俺は……自分で辛くなった嘘を、忍のばぁちゃんに押し付けようとしているに過ぎない。

自分が楽になるために…………。

「──先輩……?どうしたんですか……?明かりも点けないで……」

夕方の薄暗くなった部屋で、忍が心配そうに笑って部屋の明かりを点けた。

「……ごめん…………帰ったの気付かなかった……」

「……何か…あったんですか?」

忍は俺の隣に座ると、心配そうに顔を覗き込んだ。

「…………別に……」

「……昼間……ばぁちゃんから電話がありました。今日もミチルさんが来てくれたけど、元気が無かったって……喧嘩でもしたのかって……」

「───忍のばぁちゃんが…………?」

「先輩、時々行ってくれてたんですね……。ばぁちゃん……すごい喜んでました。俺にも……あんな良い人そうそういないから大事にしろって……」

嬉しそうに微笑む忍から思わず目を逸らした。

「───違う…………」

「……先輩…………?」

「俺は良いヤツなんかじゃない……。忍のばぁちゃんとこに行ってたのだって…………ただの……罪滅ぼしで…………」

「先輩…………それ……どういう意味…………?」

忍の顔が不安で曇っていく。

「──だって…………あの日…………俺が酔っ払った勢いで忍に告白なんかしなきゃ…………俺が…………お前を好きになんなきゃ……きっと今だって普通に彼女がいて……そしたら……………俺なんかじゃなくて…………普通に紹介出来て…………」

───そしたら……忍だって……嘘つく必要なかった……。

「………………そんな事……考えてたんですか?」

しかし忍は呆れたように、でもどこかホッとした様に

「あの日……先輩から好きだって言ってもらう前から……俺は先輩のコト好きでしたよ」

俺の顔を覗き込み困った様に笑っている。

「だから……彼女と別れたことも……まして、先輩と付き合ったコトを後悔したことなんて一度だって無いです」

「───忍……」

忍は「はぁ……」と大きく溜息を吐くと

「先輩、こっち来て」

自分の膝をぽんぽん…と叩いた。

「抱っこしてあげます」

「───バッ…カッ!……ふざけたことぬかしてんなッッ──」

一気に熱くなった頬が赤くなっているのが自分でも分かって、つい大きな声を上げた俺をまた困った様に忍が笑う。

「いいから。ほら……」

そしてまた自分の膝を叩く忍をしばらく睨みつけ…………
俺はおずおずと忍の膝の上に大人しく収まった。

「先輩……不安になっちゃったんですね」

優しく、けれどしっかりと抱きしめてくれる忍に、俺も抱きつき温かい肩に顔を隠した。

「おれ……先輩がおれを見つけてくれて……好きになってくれて……本当に良かったって思ってます。先輩を好きになって本当に良かったって……」

その言葉に嘘が無いと分かる。
何故なら俺は……忍がそばにいてくれる様になってから、ずっと幸せだと思えてたから。

───けど、俺は…………

「……でも…………俺は……忍を幸せにできないかもしれないし…………」

忍の服をギュッと掴み、ボソボソと言った俺に忍はまた呆れた様に『はぁ~……』とさっきよりまだ大きな溜息を吐き

「こんだけ好きになった人と一緒にいられるのに……幸せじゃない訳がないじゃないですか」

心底呆れた様な声を出した。

そして……

「……先輩にまで嘘つかせてごめんなさい……辛かったんですよね……」

「ごめんなさい」忍はもう一度呟く様にいって、俺の髪を優しく撫でた。
それがバカみたいに居心地が良くて……忍の声も匂いも全部が俺を安心させてくれた。

それなのに俺は……

あの協会での話がやっと理解出来た様に思える。
大切な人の為の嘘なら……
それが誰かを傷付ける訳じゃないなら……
この嘘を突き通そうと決めた。

「……ばぁちゃんに……全部話します。ちゃんと本当のこと……」

「───え………」

顔を上げると、切ないくらい優しい忍の笑顔が俺を見つめている。

「俺が好きになったのは、このままの先輩で……それに、俺が今守りたいのも、守らなきゃいけないのも……誰でもない、先輩だから」

───あぁ……こんなだから……俺は幸せだと思えるんだ。

「それはダメだ」

そう言って俺は忍の両頬を指でぎゅっと摘んだ。
そうでもしてないと……忍の愛情に泣きそうだったから……。

「弱気になってた。忘れてくれ。──忍のばぁちゃんには嘘を突き通そう」

「…………へんふぁい…………?」

別に俺たちの愛情はその嘘の上に成り立ってる訳じゃない。
俺はそのままの忍が好きで、忍も……こんな俺を好きだと言ってくれる。
だったら……忍のばぁちゃんの笑顔の為に嘘をついたって………良いじゃないか……。

忍が笑ってくれていて……幸せだと言ってくれている。
俺は──それを信じていよう。

ほっぺたを摘まれたまま少し不安そうにする忍から手を離すと、俺を抱っこしたままの大好きな人をキツく抱きしめた。


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