王家の星影

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お出掛け②

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 庭園に着いて、ツキヨは雪の手を繋ぎ、いろいろ観察をする。地面に落ちた紅い葉も、池のさざ波も、高い空と紅葉のコントラストも、本当に特別なものを見るような純粋そのもののツキヨの眼差し。雪とどちらが子どもであるか、同じに見える。
栄の宮はその様子を見ながら尊星に話しかけた。
「雪がこんなに懐くなんて滅多に無いことなのにな」
「ツキヨさんには、弟と妹がいるそうなので、もしかするとそういう年下との付き合いが馴れているところが、雪さんに安心感を与えている要因かもしれませんね」
「そうだな、ツキヨさんは良い母親になりそうだ」
「はい」

 庭園の真ん中辺りから、楽器の音が聞こえてきた。演奏者は台に胡座をかいて笛を吹くもの、お腹の前に持ってきた太鼓を打ち鳴らすもの、一つの曲をつくるのに皆が、のびのびと演奏をしているようだ。お揃いの赤い衣装を着て、頭に白い鉢巻。この空間の主人公が一気に彼らになる。
フュィー、ドッ、ゴッ、フャフィー  笛と太鼓が音楽を奏で、そっちへわらわらと人が集まっていく。紅葉と曲が調和し、趣深い。
「行こうか」
「目立ちません?」
「構わないよ、こういう所で、皆さんの顔を見るのも大事、そうだろう?」
栄の宮はもっともらしい理由をつける。
「本当は聞きたいからでしょう?」
「なんだ、バレたか」
「兄上の音楽好きはみんな知ってますから」
栄の宮は、わざわざ大陸から楽器を取り寄せ、演奏するくらいの音楽好き。楓の宮妃の笛の音が美しく好きになったと言うくらいだ。

私は栄の宮とともにその音楽団の近くに行く。
 こういう場では、音に合わせて歌を詠むのが教養を示すとともに、その空間に趣深さを生み出す。私は、これがド下手くそで、あまり好きじゃない。ただ、音楽に寄っていけばそういうことをしないといけない。

「尊星さま」
後ろから声をかけられる。
「あ、ツキヨさん」
人混みを掻き分けてやって来たらしいツキヨが立っていた。
「離れてしまって、焦りました。人も多いですし、一声、かけてもらっても良いですか?」
ちょっぴり不服そうな顔をしたツキヨ。右手に、雪の手を握っている。
「すみません、兄上との会話に夢中で」
「ごめんね。月夜の宮妃、私が尊星を借りていたんだ」
そんな風に言われたら、私は何も他に言えなくなってしまう。尊星さまはずるいお方です。と、喉元まででかかった言葉をグッと堪える。楓の宮妃は、家族に挨拶してくるとか行って、なかなか戻って来ないし、この全く知り合いも居なければ、知らない場所の広い公園で、ただでさえ、尊星さまたちが頼りなのに。

「月夜の宮妃も、共に、歌詠みを楽しもう。楓から腕はなかなかのものだと聞いている」
「そ、それは、楓の宮妃の教え方が上手いからにございます。」
「はは、そうか」
栄の宮は笑った。
「まぁ、歌が詠めれば問題はないな。共に、歌詠みを楽しもう」


栄の宮はスーッと息を吸う。トントンと言う太鼓の音を捕まえる。
ビューっと冬の息を纏う風が吹き抜けて、紅葉がカサカサと音を立てて宙を舞う。風が衣を身につけて、形を現したみたいな、私の目にはそう写った。

紅波あかなみ
    道をも隠す
   夢の中
  巡り駆け行く
  子の影を追う」

やっぱり、上手いなと思う。よく、こんな歌がスラスラと出てくるものだ。
栄の宮は、ペコリと大衆に頭を下げた。拍手が起きる。栄の宮は「いえいえ」と言いながらその拍手に応える。まんざらでも無さそうだ。
「流石、お役人様は違うなぁ」
「紅波とは、この紅葉をよく表現した言葉だ」
「詠み馴れていらっしゃる、お役人様は凄いなぁ」
あちらこちらからそんな風に栄の宮の歌を褒める言葉が聞こえる。まぁ、役人ではなく王子であることは伏せておくとして、栄の宮の歌はこんなに多くのものに刺さっているのか。
「お前も吟じよ」
「え、ちょ、兄上?」
「良いではないか」
栄の宮は、私に、歌を詠めなんて無茶振りをしてくる。
「私は歌詠みはそんなに…」
「そんな改まった場でもない。肩の力を抜いて、一首くらい。ね?」
私が断れないことを知っておきながら。
「ツキヨさん、私が上の句を詠むので、下の句を合わせてくれませんか?私の頭では、下の句までは到底思い付きそうにないので」
ツキヨは少し戸惑ったような顔をしたが、快諾した。

私は渋々、歌を詠む。

「欠け月の
    光る紅葉を
    眺め見る」

私が詠み終えると、ツキヨは口を開く。
「我が…」
ツキヨが下の句を詠みきるよりも先に、ここから丁度、真反対。一番遠い辺りの男が、声を張り上げ、ツキヨの声に被せるように下の句を言い放った。
まだ変声期の途中のような、スッキリとしない声であった。ここからハッキリと姿は見えないが、恐らく若いのだろう。ここは、一つ、席を譲るとしよう。

「姉去りし夜に
  声は虫のみ」

一気に舞台をかっさらうような少年の歌に、群衆は沸いた。特別な修辞法も何もないが、その時の情景が鮮明に浮かび上がる。
「うまい子だな。姉上は今も帰っていないのだろうか?」
栄の宮は私にそう尋ねるように訊いてきた。
「どうでしょう?」  
音楽は盛り上がりを見せる。しんみりとしているはずなのに、明らかな主人公を浮かび上がらせてくる。
「会えていると良いな」
「はい」

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