王への道は険しくて

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シューとカン

初恋

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作中きっての仲良し夫婦
シューとカンの出会いをえがく物語である。


初めて出会った日は、シュー  6歳、カン 4歳まで遡る。

「シュー、こちら、今日から西南村で農業のご指導をしてくださる渡来人の方々だ。中には、まだシューと歳も近い女の子も居るから優しくするんだよ」
父が家に連れてきたのは背が高く屈強な男たちだった。ちょっとした威圧感があって、シューは初めて見たときは上手くやっていけるか不安だった。言葉の勢いも日本語とは違っていたし、上から目線の物言い。
「はい、父上」
男たちの足の間からひょっと顔を覗かせた女の子。父上が言っているのはあの子か。渡来人ってことはなんか凄いこととか出来るのかな?

興味本位で、シューはその女の子にいろいろ話しかけに行った。物珍しい渡来人という存在にシューは気になることを確かめずにはいられない性格だった。
「ね、お名前なんて言うんですか?」
「…」
初っぱなから無視かぁ。
う~ん、私の言葉が分からなかったのかな。

「母上、渡来人の言葉を学ぶためには何をすれば良いですか?」
分からないなら私が話せば良いんだ。
「学校に通うのよ。そこで、たくさんお勉強をすればわかるようになるわ」
「へぇ、じゃぁ、私勉強します!」
シューは自己流ながらメキメキと力をつけて、特に語学に関してめざましい成長を遂げた。

確か、この時間ならあの子はこの田んぼでお手伝いしてるはず。やってみるか!
「嘿,你,过来和我说话!告诉我你的名字」
こっちに来て、お話しようよ。お名前教えてよ。
まるでナンパ文句である。当然、そんなつもりで言ったのではない。
女の子は、ちょっとおどおどとしながらシューに寄ってきた。毎日のように下手な中国語で話しかけるシューに興味がないわけではなかった。こっちのクニでの初めてのお友だちになれるかもしれない。
やった、こっちに来てくれた!ちょっとは、答えてくれるのかな。
「我叫シュー、孫我是市长的孙子」
私の名前はシュー。村長の孫だよ。
簡単な自己紹介。
「我叫侃」
「カン、 你怎么写?」
どうやって書くの?
カンは地面に指で「侃」と書き記した。決して上手い字というわけではないが、なんとなく字の全容は分かる。その漢字の意味はよく分からないで、取りあえずそれがカンと読むということは頭に叩き込んだ。(意味/性格が強く、心正しいさま。)
「你怎么写?」
シューは慣れ親しんだ大衆文字を指で書く。
|||: :三 |-
点と線でしか表現できない音を示す文字。それも、幼い手で書くと若干歪んでいる。なんか、字面の負け感が半端ない。
「シューってこうやって書くんだけど、 这很好,因为如果它是汉字,它就有意义」
漢字だと意味を持つから良いよね。
「我不明白」
どうやら、まだ漢字に意味があってそれを組み合わせていることはよく分かっていないらしい。
「そっかぁ。また、教えてよ。私にいろいろ。我想更多地了解移民」
「うん、シューさん アリガト、話し出来てヨカタ」
「このクニに来てそんなに経ってないのに上手你在这里很会说话」
「アリガト、あなたも、上手」

カンとそれからは頻繁に話すようになった。同年代で中国語が分かる人がいないことを本当は寂しく感じていたらしい。シューも漢文の勉強になるからと、よく一緒に遊んでいた。と、言いつつも、カンは周囲が日本人まみれなので日本語ならペラペラになった。そこで、特に仲良くなったのがヒミカ。ヒミカとシューはもともと兄と妹のような関係性で、三人が打ち解けるのに時間はかからなかった。



その日は急に訪れた。父の部屋に呼ばれて、戸を開けると開口一番父は言った。
「ヒミカさんとお前は許嫁だ。良いな、向こうの御両親とも合意している。二人は仲も良いし断る理由も特にはないだろう?」
中間選挙を控えた父は、きっと、落選したときに戦争になってもおかしくないことを知っていたのだろう。そうなったときに、両親が共に軍人のヒミカを守れるように考え出した苦肉の策なのかもしれない。それとも、単に歳が近いそこそこの家柄の子女として迎え入れたかったのかもしれない。
「え?父上、ヒミカが許嫁ってそんな」
当然、ひどく動揺した。だって、ついさっきまで遊んでいた友達が急に許婚になるのだから。もちろん、この時代では珍しいことではないし、どこの誰とも分からない見ず知らずの人よりは良いかもしれないけど。
「なんだ、嫌なのか?それでは、ヒミカさんに失礼だろう」
父はとても残念そうな顔をした。
「ヒミカは、ヒミカは何と言っているのですか?」
「頷いたようだ。あとは、シューだけだ」
ヒミカはまだ幼くてなんの事かきっと分かってないんだ。
「すみません、父上、考える時間を私にください」
周りではそういうは話が無かった訳ではないけど、その当時まだヒミカは9歳。シューは14歳。正直、恋愛対象ではないし遊んであげている的な雰囲気も強かった。


その日には答えを出せないまま、シューは学校に行ってその帰り道、魚釣りをしていたカンに会って朝の話をしていた。

「って、ことがあってカンはどう思う?まぁ、確かにヒミカは悪い人じゃないし別に断る理由もないんだけど…」
「シューもそんな風に悩むんだ」
「悩むよ、一生に関わることだからな」
シューはカンを横目に見る。相変わらず、綺麗な横顔だ。夕日に照らし出された横顔は少し哀しさをはらんでいるように見えた。
「あたしは、その話、受けてもいいと思う」
カンはすぐにそう答えた。
「え?」
「世の中にはいっぱい悪い人が居て、その中の誰かとかと一緒になるんだったら止めるけど、家族想いで、友達想いで、優しくて、ニコニコして真面目で面白いヒミカなんだよ。いい縁談じゃん。断るなんて勿体ないよ」
カンはそういうと釣糸を引き上げて、「今日は全然だったな」と言って立ち上がった。
その瞬間に突き放されたような感じがした。自覚もせずに、いつも一緒にいるうちに、カンに惹かれていく自分が心の中にいたからだろう。でも、カンが言うようにヒミカと許婚になることのデメリットもない。むしろ、メリットが多いくらいだ。


「シュー、それでヒミカさんとはどうすることにしたんだ?」
翌週の夜、父が部屋に来た。
「はい、許婚になります」
悩みに悩んだ結果はを伝えただけだった。
「おぉ、そうかそうか。立派だな」
父も母も喜んで、その場にあった笑顔を取り繕った。

その話を聞いたカンはちょっと複雑な感情だった。取られたとは違うけど、シューが離れた所に行ってしまう感じがして悲しかった。
「这很好。ヒミカを大切にしなかったらあたしが怒るよ!」
カンはそう言ってから頬を綻ばせた。
「うん、大切にするに決まってるよ」
そうか、カンは私とヒミカが許婚になって良かったと思っているのか。
「よろしい」
「这对侃有好处吗?」
「なんで、あたしにそんなこと聞くの?そりゃ、ちょっとは寂しい感じもするけど仕方ないよ。两个人开心就好」
二人の会話には二人の独特な中国語と日本語のミックスが使われていた。自分がしっくり来る表現や、ちょっと周囲には聞かれたくないことなんかを中国語にしていた。
「そっか、私たちが幸せな方が良いってなんか、カンっぽいな」
「どういうこと?カンっぽいって」
「そのままの意味だよ。じゃぁ、お仕事頑張って」
「そっちも学校頑張って、お父さんにも頑張ってって伝えといて、今日でしょ、中間選挙」
「你明白了吗」
分かったよ、と返事してシューは学校に向かった。







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