王への道は険しくて

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シューとカン

ヒミカとカン

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中間選挙、結果は父上の負け。

それから家族が崩壊するのに時間はかからなかった。
父が処刑。母は自殺。

「まぁ、あんなに若いのに可哀想ね」
「関わると謀反を疑われるから関わらないほうが身のためだ」
「母が自殺とか子供はどんな気持ちなんだろ」
「可哀想」
「まだ成人してなくて仕事もできないのに」

心配?
みんな、私を腫れ物扱いして避けていく。かわいそう、かわいそう、と言いながら多くの人が遠巻きに見ているだけで実際に手を差し伸べようとはしてくれない。
ただ、あの二人を除いて

「お邪魔しまーす、ヒミカも一緒だよ」
「あぁ、上がってくれ」
カンはよく手料理を持ってきてくれた。作りすぎたとか、美味しくできたとか、親戚のお裾分けがあったとか、なにかと理由をつけて来ていた。
「ほら、今日は豆ごはん。豆にあわせてごはんもいっぱいにしたら食べきれなくて」
「そうか。いつも、悪いね」
「シュー様は気になさらないで、今日は私も持ってきたんです」
ヒミカは、ウサギの果実煮込みを持ってきた。
「あ、美味しそうだね。うん、ここからでもいい香りだ」
「カンに教えてもらいながら作ってみたんです」
ちょっと恥ずかしそうにヒミカはカンの方を見た。
「ヒミカは覚えが早くて料理の腕もあっという間に抜かされちゃうかも」
「そうなの?ヒミカ」
「うん!」
正直、二人に会うために日々を生きている感じが強かった。特に、カンが作る料理は味付けなんかが母上の料理に似ていた。
「今度は私が料理を振る舞いたい。是非、来てくれないか?日頃の恩返しの意味も込めて」
「え、良いの?」
「あぁ、こうやって貰ってばっかりではあれだしな」



後日シューからはご丁寧に招待状が送られてきた。
「何その格好、料理人?」
ヒミカと一緒にシューの家に来たが驚いた。シューが、エプロンに三角巾をして登場したのだ。
「まぁね。今日は料理人として厨房に立つよ」
「似合ってます」
普段とは違うシューに目を輝かせるヒミカ。
「そう言ってもらえたら、何より。ヒミカさん」
シューは爽やかな笑顔を覗かせた。
「さ、こちらにおかけください」
案内して、二人を席に座らせる。
「綺麗なお皿」
カンはその大陸から来たであろう装飾の施された皿をまじまじ見る。
「お皿の前に、料理の見た目は?」
「鯨?この、柑橘系のタレと色も良くあってて美味しそう」
フフンと自慢気なシュー。
「実際に美味しいよ。楽しんで。私は、食後のお菓子作ってくるから」
 シューが一度席を離れる。
鯨肉のステーキだったのだが、赤臭みもなくて美味しかった。ちょっぴりかたかったけど全然食べれる。
「美味しいね」
「うん、シューもなかなかやりますなぁ。ね、前々から気になってたけど、ヒミカはさシューのことどう思ってるの?許婚になったは良いけど、全く今までと変わらなさすぎない?」
「シューさんは私には勿体なすぎるくらい凄い人だし尊敬してるけど、祝言をあげてどうこうって感じは正直そこまで。それに、シューさんには別に好きな人もいる
し。ちょっと残念だけど」
カチャンと音を立ててしまう。箸が手から抜け落ちた。
「え?シューって好きな人居んの?誰?この村の人?教えて、教えて」
前のめりになってヒミカに聞く。
「見てたら分かるでしょ」
「えぇぇ」
ショック。まさか、シューに好きな人がいるなんて。
「カンは好きな人居ないの?」
鯨肉を口に運びながらヒミカはそう聞いた。
「あんたの前では絶対に言えない」
だって、私が好きなのはシューだもん!
「言えないだけでいるはいるんだ」
赤らむカンをちょっとからかった口調でヒミカはおちょくる。
「さ、さぁ?居ないかもじゃん」
「居るね、その反応は。何年親友をしていると思ってるんだか」
そこにシューが戻ってきた。
「何を話してたんだい?盛り上がっていたみたいだけど」
「シー、女の秘密」
「分かってるって」
「ますます、気になるなぁ。好きな人の話しとか?」
無駄に鋭い男だ。
「教えない!」
「教えてよ、カン様」
ルール違反のシューの笑顔。



その日の翌々日
辺りはあり得ない光景で埋め尽くされた。
「山賊が火を放ったぞ!」
その声であわてて起きて外へ出ると、そこは昼かと思うくらい明るく、大人の叫ぶ声や、赤ちゃんの泣き声が響き渡っていた。

「カン!ヒミカ!」
そう名前を呼びながら、二人の家を順番に回った。もしも、逃げ遅れていたらどうしよう。そんな不安が重くのしかかる。
 カンの家はもぬけの殻で靴もなかった。避難できたのだろう。良かった。ホッと胸を撫で下ろすが、そうしてはいられない。ヒミカの方に早く行かないと。確か、最近生まれた男の子も居たはずだ。
「ヒミカ!」
家に飛び込むように入ると、そこにはビクビクと震えて丸くなるヒミカが居た。いや、正確にはヒミカとタヨが居た。
「ほら、私と来るんだ。ここは危険だし逃げないと」
動けなくなっているヒミカを強引に連れ出して、避難させた。目下に広がる火の海を二人に見せないように、極力優しい言葉をかけながら誘導する。

 昼になって、ヒミカの両親が死んだと言う一報がシューに届いた。まだ、動けずにビクビクとしているヒミカにそんなことを言えようか。

「カン?」
すすまみれのカンが近づいてきた。
「日美香的父母都去世了吧?うちが二人を引き取るのはどうだろう?日美香没有可以依靠的亲人」(ヒミカのご両親が亡くなったんだって? ヒミカには頼れる親戚はいない)
「そんな、カンだって大変だろう?ここは、許婚である私が」
「でも、村長は年だし、シューだってまだ幼い赤子の面倒を見れるような余裕はないじゃん。我们互相帮助」
カンはシューの手をとってグッと握る。
「助け合い…」
「你不必试图自己处理所有事情」
「確かに、一人で全てを抱えようとする必要はないかもだけど、我有责任支持他们」
「そっか」

それから、カンの宣言通り二人はカンの家族に引き取られた。もともと、厚意にしてくれていたらしく二人も馴染んでいるようだった。私は私で、ヒミカたちに支援をするようになり、家と仕事を紹介した。でも、そうなると必然的にカンとの時間が短くなってしまった。




気がつくとシューは18になっていた。
「カン!おーい」
カンヘの想いは募る。最近は、田んぼの管理人として水の調節なんかを任されているカンはますます女性らしくなっていた。噂によれば、カンを好きだという男の人は多いらしい。こんなこと、思う必要もないはずなのにちょっと、嫉妬しそうになる。
「あ、シューじゃん。なんか近くに住んでるはずなのになかなか会わないよね」
「あー、うん、そうだね」
「もう、18だったらヒミカと祝言をあげても良いんじゃない?」
「え、まさか、だってヒミカはこれから薬師になりたいみたいだし、きっと、しばらく結婚は嫌がるんじゃないかな?歳の差もあるし」
シューはそう言って笑った。10代の数歳差はなかなか埋まらない。シューの中でヒミカは可愛がっている妹みたいな感じだった。
「でも、周りには結構居るでしょ?それくらいの歳の差があっても結婚してる人」
反対にカンは真剣そうな声。
「まぁそうだけど。いまはそのつもりないな。侃不是好人?16歳になったんだよね」
「うるさいなぁ」
「祝言には呼んでよ、知らない間に結婚してました何てちょっと悲しいからさ」
笑い声が上がった並んで歩く影は、一つが止まってもう一つは少し先で止まった。
「どうしたの?」
「こんなこと親友の許婚に言っていいことじゃないとは知ってる、分かってる。返事はいらない」
「ん?」

「好きなんだよ、シューのこと」

秋の風がフワッと髪の毛を巻き上げる。カンの艶やか髪が風になびく。ドキッとして思わず、カンに「私も好きだ」と言いかけるが、シューは何も言わずに走って家に帰ってしまった。

「不挂断!」
後ろから聞こえる、待って!の声にも振り向かずシューは走った。ごめん、ごめん、カン、ほんとにごめん!



家に着くと、ヒミカが来ていた。美味しそうな香りが廊下にまで広まっているが、料理を作る本人の顔は暗い。
「今日、カンに会えましたか?」
「へ?あ、うん、偶然、そこで」
動揺しまくりのシュー。
「カン、何て言ってましたか?良いですよ、私、二人が付き合うことには賛成なんで。きっと、私じゃシュー様を幸せにすることはできないですし」
うつむいて、料理をするヒミカ。どうやら結構なマジトーン。
「な、なんでそんなことを言うの?私は、幸せは二人で作り上げるものだと思っているから」
「そうじゃない。ずっと、シュー様を私という存在が縛っているような感じがするのが嫌なんです!カンはカンでずっとシュー様のことを好きな気持ちを押し殺して、親友が私のせいで好きな気持ちを諦めないといけないなんて見てられないんです」
ヒミカは言いたいことを言いきって、シューを突き放した。ちょっと理解が追い付かん。ど、どういうこと?嫉妬でもないし、恨みとか怒りとも違うじゃん。と、取りあえず落ち着いてもらおう。
「ごめんなさい。ヒミカがそんな風に思っているってことにも気がつけなくて」
「許婚解消、私はもう記名しましたから後はそれにお名前を書いてくだされば大丈夫です」
そこまで、思い詰めてたのー!?
「ま、待って、ヒミカが薬師になれる道がハッキリと見えるまで許婚でいさせてほしい。許婚という立場を私が持っていれば様々な支援をすることができる。今の収入だけで二人が暮らしていくなんて相当厳しいだろう?許婚であっても、ヒミカには指一本触れないし、カンと交際したりもしない。将来、どの道を選ぼうときちんと判断できる環境を作りたい」
「でも」
「これは私の言動に間違いなく非はある。だから、自分を責めないで」
元はと言えば、許婚がいながらはっきりした態度を取れない俺に問題ありだよな。
 疲弊しきった様子のヒミカをシューは家まで送り届けた。
「タヨくんが大きくなるまで私は支援するつもりだから、焦らなくて良いし、今の体に無理をかけないで」
「はい」
「カンのことだ。きっと、器用に感情の整理をやっているはずだよ。私のことも気にしないで、いざというときに助け合えるのが友達だからさ」
「ありがとうございます」
「うん、またね」
ヒミカの家を後にしたが、カンの言葉とヒミカの表情が魚の骨のようにシューには思えた。引っ掛かりのあるあの感触だ。



結局、シューはカンにその気持ちには応えられないと返事をした。理由を添えようかと迷ったけれど、どう書いても言い訳染みて、優しい理由にはなり得なかった。



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