王への道は険しくて

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賛とヒミカ

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 賛が王になって数ヶ月後。この頃になると、お互いに好きだと認識していて、手を繋いだり、一緒に帰ったり、恋人らしいことをできる恋人関係になっていた。賛さんが「二千年前の人に恋をしている」と言ってくれた。多分、今までの人生史において一番幸せな瞬間だった。愛しく思う人の側に居て必要とされている。

賛から珍しく食事のお誘いがあった。
「嬉しい」
「僕も、行ったことはないんだけど、美味しいって評判なんだって」

お店に入って、料理を食べる。賛さんは相変わらずお酒を飲まない。
出汁の効いたスープがからだに染み渡る。
なんとなく、今日の賛さんはいつもより私を見ている時間が長いような気がして、目がよくあう。
賛は私の普段を知りたがっているようだった。
「弓矢とかどこで練習してたんですか?」
本当は成立屋だけど
「暇があったら練習するくらい。父に教えて貰ってました」

「王宮で困っていることとか無いですか?」
「お世継ぎ、お世継ぎと、言われています」
賛を手招きして、隣に座らせる。耳をスッと撫でてみる。普段は触れないところを触って、ちょっと、からかってみた。賛は酷く驚いているというか、若干、拒絶された。
「す、すみません!ほら、僕たち子供だし、あの、王宮では僕の考えを広く共有できるようにします」
子供  そっか、まだ、賛さんの中で私たちは子供なんだ。大人になれたと思っていたのは、私だけだったんだ。
賛さんと見えている景色が違う気がして、二千年の厚い壁を賛との間に感じる。


 店を出ると、外には綺麗な星空が広がっていた。隣に立つ、賛は目を輝かせて空を見上げた。なんて、綺麗な目をしているんだろう。今日は、このまま、もっと一緒に居たいな。賛さんにもっと私を知ってほしい。賛さんのことをもっと知りたい。

「賛さん、私の大切な所に来てくれませんか?」
「ヒミカさんの大切な所だったら、僕、行きたいです」
賛の笑顔が照らし出される。賛は手を差し出した。
「こんなに暗かったら、迷子になるかもしれないから」
私は、照れる賛の手を握った。



「ここです」
父と母の墓。墓と言っても陰気な所ではない。多分、このクニで一番美しい空間だ。花が咲き誇り、そこはまるで、神が降臨したかのような神々しさすら帯びている。
「綺麗な所ですね」
ジワッと心が痛む。綺麗な所であることはそうなのだが、父と母の死を嫌でも受け入れなければならないところ。遺骨すら帰ってこなかった。心のどこかで、生きているんじゃないかって期待するけれど、日を追うごとにそれははかない妄想に過ぎないことを悟ってしまう。こんな気持ちを誰かに分かって欲しいと言いたいだけじゃない。ただ、賛さんが側にいれば少しはここを好きになれると思った。
不安が顔に出ていたのだろうか?賛が覗き込む。
「大丈夫、何回も来てるから。ここ、両親のお墓なんだよね。綺麗だけど苦しい所かな。私もここに咲く花になってしまいたいって思ってしまう」
不意に名前を呼ばれる気がするのだ。振り向けば父と母が手を振っている。優しく微笑んで、私との再会を喜んでくれる。でも、いざ近付こうとすると、それは消えてしまう。
賛は少し時間を置いて、声を出した。
「僕は頼りがいないけど、ヒミカさんが笑顔で居てくれると嬉しくて、だからヒミカさんと幸せも、辛いも共有したいです」
何か偉大な愛の言葉でも、その場しのぎのテキトーな言葉でもない。賛から紡ぎだされた言葉にヒミカの心は動かされてしまう。大丈夫 そんな風に、周りからも自分からも言い聞かせて、心が壊れないように守ってきた。でも、賛は違う。
ふと、賛と目があった。暗闇でも一点の光を集めたようなその瞳が、ジリッと迫る。風に行く末を委ねた。私に覆い被さるように移動した賛は、そっと私の頬に口付けをした。人生ではじめてだった。タヨ以外の男性にこんなことをされるのは。ゆっくりと、戸惑いつつも賛の背中の方に手を回した。
いつも、優しいから忘れかかってたけど、賛さんって大きいな。この手と背中で大きなものを背負ってこのクニを支えている。

ゲームをして、賛の本音を聞き出したかった。「好きだ」と言わせてみたかった。ただ、それだけなのに

「ヒミカさんは犯罪を犯したことはありますか?」

バンと強く脈打つ心臓。
なんで…そんなこと聞くの?やったよ。何回も、誰かに毒を盛ることも、罠をかけたり、賄賂の受け渡し、違法な組織からの金銭の授受。言い訳にもならないけど、最近はさ、成立屋辞めて真っ当に薬師してるんだよ。でも、過去の罪は償うまでぬぐわれない。そんなこと、分かってる。だから、辛いんだよ。賛さん、ごめんなさい…
真っ直ぐと見つめてくる賛。言い訳をさせる雰囲気でも、逃がすわけでもなく、真実を求める者の目だった。
「僕、他の人に言わないし、ヒミカさんはヒミカさんだから、」
ヒミカは、賛の言葉をじっくりと聞いてから、そっと口を開けた。今まで、独りで背負ってきたことの全て。
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