王への道は険しくて

N

文字の大きさ
上 下
27 / 38
賛とヒミカ

何者

しおりを挟む
 誰かのために

そんな言葉は嘘だと思っていた。周りからよく見られるために作られた自分でいるための嘘。ヒトというのは非常に自己中心的な生き物で、所詮、自分のため が本心なのだと思っていた。

キラリと光る刃、背筋が凍りつくような低い声。大柄な姿。師匠はいつだってそうだった。


あの時、初めて師匠の命令に背いた。
何千回と正しい答えを探していた。数多の道、その先には幾重にも枝分かれした小道。正直、さらにその先については思考の領域を超越していた。
 もしも、あの時に私が独りだったら迷わず、王選になる前までに、綿密な計画のもと上手く処理していただろう。
でも、どうしてもそれができなかった。
賛さんが、優しくて誠実で、思いやりがあるから余計に、正しい答えが分からなくなった。

選挙が始まって、投票用紙が配られて、現職か賛さんか、村の多くの人は賛に入れたと聞いて、複雑だった。頑張っていたことを知って、賛さんの良さを知っている人が賛さんを応援してくれている。嬉しかった。でも、賛さんが王選に通ってしまうという不安が芽生えた。
震える手で筆を持って、それから先を書けない。正しい答えは何なのか。私の一票にだってそれを変える力があるのだ。そう考え出すと止まらない。カタンと筆を置いて、臥せて選挙人に渡した。

「ヒミカは賛くん?」
「うん、もちろん」
「これ、賛くん通るんじゃない?」
「そうだったら、いいなぁ」
「じゃぁ、ヒミカは女王ってことか」
カンの口調にあわせて気丈に振る舞ったが内心、渦巻く感情に足をとられてまっすぐ進めないもどかしい気持ちでいっぱいだった。


 賛さんと私にはものの見方に大きな差がある。どっちが良いとか悪いとかそんな風に決めるのは乱暴な気もするが、少なくとも私から見ると賛さんの考えというのは素敵だと思う。

賛さんは、よく「人のために」と言う。彼は、ここに住んでいる訳でも、同じ時代を生きているわけでもない。でも、誰にたいしても、優しさを持って接している。前にどうしてそれをするのかを賛さんに聞いたとき、賛さんは、「多少遠回りだったとしても、誰かのためにって思って行動したことは回り巡って、僕に返ってくるから」と言っていた。賛さんの言うことは、本当だった。賛さんが、やっていたこと一つ一つが村の信頼になって、王選という大舞台で勝つという目標を達成させた。

誰かのために が、初めて意味を持った。
無駄じゃない。

私は、賛さんみたいになれるかな…

独りきりの牢屋。

日の光を浴びることも、好きな人の声を聞くことも、家族に話すことも許されないこの地獄で、一筋の光を待った。

嘘のない言葉で、ありったけの思いを賛さんに…

しおりを挟む

処理中です...