秀才くんの憂鬱

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出発前 です。

母の友達 です。

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  寝苦しい気温に湿度。目が覚めて、なんとなく、ベランダへ出る。夜と言えども、十分に熱気をはらんでいる空気。
 空には星が輝く。天の川もくっきりと認識できる程に、辺りは暗く、夜というのは静かで嫌いではない。
 魏では寮生活であったこともあって夜に出歩くことが許されなくて、こうやってじっくりと星空を眺めることはなかった。
「賛さんもカイキさんも、こうやって眺めてたのかな…」
僕と、彼らの決定的な差は、分かっている。僕には、王という大役を背負えるほどの勇気がないのだ。口先で、取り繕ってきた勇気や地位というのは、心からそう願った者には敵わない。
 カイキさんが、どうして王を一日も満たないで辞したのか、なんで、賛という人物は名を消されなければならなかったのか、分からないことがありすぎなんだ。先人を追って学ぶのは、僕が弱いからだろうか。
 こんな、僕でも人の役に立てるだろうか。また、逃げ出してしまうんじゃないだろうか。
いや、自分を信じてやらないでどうする。

ペチッと自分の頬に手を当てた。
夜というのは、ひどく壮大で的はずれな思考が加速するみたいだ。

翌朝

「兄上、ここの問題教えて」
2歳ばかり年の離れた妹が、教材を持ってやってくる。妹は、一般学校を卒業してから、衛生部(国民の健康を増進させることが目的の政府の部門)での採用を目指して勉強に励んでいるようだった。
「うん?見せて、えっと、どこまで分かったのか教えて」
数字の羅列。数学は得意だ。
「ここの、途中式まではわかったけど、なんで、この次の式でこうなるの?」
「ちょっと、筆と紙を持ってくるから待ってて」
ユウは問題を書き写して、ツラツラと式を書き始めた。
「え、凄い!」
「この、式のここの部分を括り出して、こっちの値が一緒になるから、ここを、適当な文字に置き換えて」
それはまるで、鮮やかな手品のようだと人は言った。模範解答よりも美しい解き方。
「兄上は、将来何になるの?魏にいたときは、長官学校に通ってたんでしょ?だったら、やっぱり幹部役人?」
「残念なことに、魏とこっちでは制度も違うから、こっちでの採用は受けないかな。それに、中退になっちゃったし」
「お兄ちゃんくらい何でも出来たら、どこでも雇ってくれそう」
「どうだろうな?」
「色々、噂聞いたよ。私の自慢の兄なんだから、シャッキリしてよ」
「そうか、将来のことやっぱり考えないとダメだよな」
王子でも王になれないなら就活が必要である。
「じゃあ、ありがとね。また、分からない問題あったら聞きに来る」
「ちょっと、待って、僕も明後日から警学校に行くんだから。暇じゃないよ~」
タッタッタと駆けて行く妹の背中。いつまでも、小さな妹という訳ではないらしい。 僕より、小さいのに、もう将来のことをしっかりと見据えている妹。将来のことなんか、先回しにしながら「今」を追いかけてきた兄。
 ユウの場合はいつもそうだ。
「流石です」「賢いね」「こんなこともできるのか凄いじゃないか」そう言われた後にはこう続くのがお決まりだ。
「これができるなら、あの学校に行けるよ」「じゃぁ、これくらい、出来るんだろうな」
その要望には、足りない部分は努力で補い、過去の経験の貯金を切り崩しながら体裁を整えて、応えてきた。それが、望まれる姿であったし、褒められるのは嬉しかった。でも、結局は、そうやっているうちに、「やりたいこと」が分からなくなっている。

コンコンと戸をノックされて、開けに行く。
「はい」
母は本当に、女王かどうか疑わしいほどの、簡単な服を着ている。
「ユウ、今日、お母さんの地元に行くんだけどついてくる?」
「公務?」
「ううん、私的な方で。ここに居ても暇でしょ?」
「えー」
「良いでしょ、ちょっとは、外に出ないと脚が腐るよ」
「はいはい。準備するから、扉閉めて」
女王と王子の会話も、10代の子がいる普通の家庭と何ら変わらない口調に、態度が伴うものだ。


地元までは、徒歩で一刻程かかる。

「あ、ヒミカ、久しぶり」
ヒミカというのは母のことである。ヒミカという人など、余程、幼い頃から親しかった者だけだ。
「カン、疲れたー」
カンとは、サワの母である。
「こんな日が高い時間に来るからじゃん。ユウくんも久しぶり、遠かったでしょ」
「はい、カンさんもおかわり無さそうで」
会話をしながら、カンの家に行く。

整理整頓が行き届いた綺麗な家だ。この辺りの一番のお屋敷。
「ね、魏ってどんな感じだった?」
サワの母でお母さんの親友のカンさんは、魏出身の渡来人。母国に興味を持つのは普通だ。
「活気のある商店が並んだところの近くに寮があって、それで、やっぱり、このクニに比べたら貨幣制度がしっかりと導入されていたりする関係で、経済は潤ってそうでした。でも、町の綺麗さはこっちが上です」
「へぇ~、町の綺麗さはこっちが上かぁ。え、学校とかも?この間、渡来人が、警学校に視察に来たときにサワに、「多么美丽的教室啊!」言ったらしいんだよね」
"なんと綺麗な教室なのでしょう!"か確かに、昨日、久々に行った警学校は床も机も綺麗だったな。
「僕は長官学校に通っていたのですが、そこでも結構、床は汚くて」
カンはフンと腕を組む。
「魏も負けてられないな」
「カンって、未だに渡来人と交流あるんだ。だって、こっちに来たのって、カンが4歳くらいでしょ?」
渡来人には訪問型と定住型がある。カンは、定住型の定型パターン。
「うん、もちろん。女王様はご存じない?」
「そっか、このらへんには渡来人が少なかったね」
「まぁ、ここは田舎だからね、一面、田んぼ」
「でも、田んぼがないと、このクニはやっていけないから」
「よくお気付きで」
「見える範囲の田んぼ全部、無償で貸し出してるんでしょ?」
「凄い?」
「噂は王宮まで聞こえてくるよ、あそこのカンとかいう人の田んぼで作る米はうまいって」
「水のこだわりが違うんだから、当たり前じゃない」
えっへんと胸を張るカン。

コンコンと玄関がノックされる。
「ヒミカ、来てるの?」
靴をちらっと見て、そう言ったのは、サワの父で、シューさん。右頬を縦断するようについた大きな傷が特徴だ。
「おかえりー、そうだよ、ユウくんも一緒」
ちらっと、ユウを見てペコッとお辞儀する。
「帰ってきたのか、ユウくん」
「あ、どうも、こんにちは。お久しぶりです」
「そうなんです、一週間くらい前に」
「そうだったんだ。ヒミカも久しぶり」
「お邪魔してます」
母とカンとシューは幼馴染み。年に数回、今でもあっている。シューに対して母が敬語なのは 昔からそうだったから らしい。


お菓子やお茶なんかが出されて、会話は一層に盛り上がる。
「サワが昨日、ユウくんに会ったって話してたから、ね、何、話したの?」
「まぁ、ちょっと、いろいろと。図書館で見つけた本を読み聞かせ、みたいな」
「読み聞かせ!?いったい、サワは何歳なんだか」
いちいち、リアクションが大きいのがカンの特徴で、サワと親子だなぁと思わせる。
「あの、それで、聞きたいことがあって」
「うん?私に分かるかな」
聞くのは今しかない。急にそんな風に思った。
「賛って誰ですか?」
口に含んだお茶を吹き出すのではないかと思わせるほど、むせるカン。
「ヒミカ、言ってなかったの?」
「もう、昔の話だもん」
「いや、でも、教えてあげなよ。だって、ユウくんを王にしないって決めたのは、賛くんの考えがあったからでしょ?」
僕が王になれない理由を作った人物…
「賛くんは、超努力家で、この国家の礎を築いた人なんだよ。細かいことは、ユウくんのお母ちゃんに聞いた方がいいけど」
カンは、ヒミカに視線を投げた。
「どういうこと?お母さん」
「平和主義、民主主義、教育改革、貨幣導入、衛生向上、医療制度の拡充、累進課税、裁判制度、権力分立、全部、賛さんっていう、お母さんの夫が王様になったときに構想を練ったものなの」
母の政治で評価を受けている分野は、賛という人が礎を築いたってこと?
「なんで、そんな凄い人の記録が残ってないの?」
シューが口を開いた。
「ユウくん、それは、賛くんたっての希望なんだ。彼にはいろいろ、考えがあったみたい」
「え、」
自分勝手な王様だなぁ。記録を全て消すということは、後世へ危険を残すことになる。
「賛さんは、世襲に関して否定的だったの。政治を司る人は、国民に選ばれた人が良いって言っていた。平等な選挙で選ばれる人が、クニで一番王にふさわしい人物だって」
当たり前と言えば、当たり前のことだった。形式的な王では、王ではないのだ。でも、それは、間接的に僕が王に相応しくない、国民に選ばれないと言われているような感じがして、グッと下唇を噛んだ。

「ただいまー、ねぇ、おかーさん、今日学校で、」
居間に入ってきたのは、学校を終えたサワ。大きな鞄だ。教科書なんかが中に入っているのだろうか。
「ん?なんで、ユウが居んの?」
「お母さんに連れられて」
「ってか、なんか、元気なくない?外に出て新鮮な空気吸った方が良いよ」
サワは、強引にユウの腕を引っ張った。


 サワの家を出ると、太陽に雲がかかっていて一雨来そうな臭いがしていた。
サワは空を見上げる。
「私は、ユウが王様も見てみたいけどなぁ」
話、聞いてたんだ。
「…いや、僕が王様なんかきっと向いてないよ。将来、やりたいこともないのに、このクニのためなんか広すぎて」
10代の肩には重すぎる。「将来」ほどざっくりしているものはない。
「私も、ないよ。将来やりたいことなんて、みんな、そんなもんじゃない?無理に作る必要もないし。きっと、歴代の王様だって、案外適当だったんじゃない?家族とか友達とかの為に思って考えたら、いつの間にか王様でした、みたいな。クニなんか表だけだよ」
ジャリっと、サワが草鞋と地面を擦る音が聞こえた。
「それ、女王の息子に言うか?」
「ユウにだから、言うんだよ」

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