カフェ・ロビンソン

夏目知佳

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第3章

事情

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上手く話せるかは分からない。
けれど私の内なる感情と疑問は、外に出たいと叫んでいる。
すごく個人的な話になってしまうんですが、そう前置きして私は語り始めた。
「私の会社の先輩で宇都さんという方がいるんです。その方が娘さんとご自分のご実家に1泊したいという事で、チロルを……宇都さんの愛犬を私が預かる事になったんです。宇都さんのご両親はペット禁止のマンションに住んでいらっしゃるらしくて連れて行けないからと」
「大事なワンちゃんを預けるという事は、それだけ親しい先輩後輩の関係という事ですね?」
マリさんの問いに頷く。
「ええ。仲が良い方でした。困ったことがあれば相談に乗ってくれるし、逆に宇都さんが相談する事もありました。元々勝ち気で明るい方で、セクハラまがいの事を言う男性社員や上司にガツンと言ってくれたり……。助けて下さる事も多々あって、感謝していました」
だから、と私は続ける。
「チロルを預かって欲しいと頼まれた時、私は喜んで引き受けたんです」
チロルのドックフード、いつも使っているお皿、お気に入りに玩具は宇都さんが持って来てくれた。
やる事リストをメモ帳に書いて来てくれて、もし出来るならとお願いされた。
「お散歩が好きな子だから、お散歩にも行ってくれると助かると。大型犬ではないからそこまで長時間運動させなくても大丈夫と言われて。私もその日は特に用事もなく、チロルの相手が出来たので15分~20分くらい、近所を散歩したんです。宇都さんの言う通り、手のかからないいい子で。お肉屋さんの前を通った時コロッケの匂いに誘われたのかちょっとリードを引っ張ったくらいで、後は私の歩くスピードに合わせて歩いてくれました」
場所が変わってもトイレで失敗しなかった。玩具で遊んであげるととても喜んだ。お手もお座りもちゃんと出来る。無駄吠えもしなかった。
「トイプードルってあんなに可愛くて賢いんですね。つぶらな目で見つめられると、構ってあげたくなっちゃう。犬がいる生活もいいもんだな、って思いました」
つつがなく1日が終わったと思った。
翌日、宇都さんがチロルを迎えに来た。
「ありがとう。すごく助かった」
仲のいい先輩に感謝されて、すごく嬉しかった。
なのに。
「その後、宇都さんの態度がおかしくなって。話しかけてもそっけなくて、怒っているかの様な。初めはどうしてそんな態度を取られるのか分からなかった。でも、話を聞いてみると……」
チロルが散歩に行かなくなった。あんなに散歩が好きな子だったのにー……。
「そう責められて」
「宇都さんは……島田さんがチロルを預かっている間に、何か散歩に行かなくなる様な事をしたと思っている?」
「はい。はっきりとそう言われました。何かチロルにストレスがかかる様な事をしたんじゃないかとか、叩いたりして怖がらせたんじゃないかとか」
「ひどいッスね」
柊真君が眉を寄せる。
「島田さんは善意で預かったのに。そんな事を言うなら、いっその事ペットホテルに預けるべきだったんじゃないですか?」
マリさんが彼の言葉に同意した。
「そうね。普通は1日くらいならペットホテルに預けるのが妥当かも。宇都さんはどうしてペットホテルの利用をしなかったんでしょう?」
「前に1度預けた時に、満足のいく対応をしてもらえなかったらしくて。赤の他人に預かってもらうよりは信頼できる知り合いに預けた方が安心できると言っていました」
「成程。それで白羽の矢が立ったのが島田さん」
「ええ。今思えば、簡単に引き受けるべきではなかったと思います。でも、その時はまさかこんなトラブルになるとは思わなくて。宇都さんの役に立つならと……考えなしでした」
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