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#5 想い
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⸻ 7時
「結局、一睡もできなかったな…」
昨夜と同じように姿見の前に立つと、目に隈ができていた。
自らの選択を省みることが、こんなにも苦しいとは思わなかった。
これが後悔の類なのかどうかも今の俺にはわからない。
(俺がやってきたことは間違いだったのか?いや、そうしなければ翔が……)
悶々としながら階段を降りてリビングへ向かうと、既に翔が降りてきていた。
「修兄、おはよう。やっぱり眠れなかったんだね……」
翔は微笑んでいたが、その声には申し訳なさが滲んでいた。
「俺が勝手に悩んでただけだ」
⸻ トンッ
「へぇ。今日は隠さないんだ?」
翔はそう言いながら、俺の前にいつもより色が濃い淹れたてのコーヒーを置いた。
(今の反応は間違っていただろうか……?)
そんなことを考えながら、俺はコーヒーを口に含んだ。
いつもより淡白なコーヒーによって思考が冴えていくのがわかる。
⸻ トン
「翔。お前は……いつから覚えてる?」
俺はカップを置き、呼吸を整え、少し俯きながら口を開いた。
しかし、俺の声は自分が思っているよりも遥かに小さく、意を決して放ったつもりの一言が、宛のない言葉に終わる。
虚しさが胸に残ると同時に、何故か少しだけホッとした。
(やっぱり、今さら無理だよな……)
俺が顔を上げると、翔が砂糖の入ったコーヒーをカタカタと混ぜながら悪戯に笑っていた。
「僕の記憶ってこと?さぁ、いつからだろうね?」
どうやら聞こえていたらしい。
しかし、コーヒーを混ぜる音にかき消されるぐらいの声がどうして聞こえたのだろうか。
「俺は真剣に……」
「わかってる」
俺が言い終わる前に翔が声を重ねた。
「修兄が、本気で変わろうとしてくれてるのはわかってる。だから、その質問には答えなくても良いと思う。だって……」
翔が手を止めて、まっすぐに俺を見る。
「僕が見たいのは、今の修兄だから」
翔の眼差しと声には優しさと確かな決意が込められていた。
俺の体は、寝不足と翔の純粋さに耐えられず火照り始める。
その様子を見て、翔が少し声色を明るくして続けた。
「授業中、寝てていいよ。たまには僕が修兄のためにノート作ってもいいでしょ?」
何気ない会話。
そのはずなのに、俺には翔の笑顔はやけに眩しく感じられた。
⸻ 23時過ぎ。
「今日、行けそう?」
翔は俺の部屋に入るなりそう問いかけてきた。
俺の体調を心配する気持ちとオーブへの好奇心、その両方といったところだろう。
「ああ。大丈夫だ」
もっと何か言おうとした気もするが、上手く言葉にすることができず、いつもの素っ気ない返答になってしまった。
⸻
ヴェルによってオーブの観測室へ転送された俺たちを待っていたのはノアとネグルだった。
「お疲れ様です」
ノアが無表情のまま一礼する。
「昨夜の任務、見事であった」
ネグルの表情には、わずかな満足の色が浮かんでいる。
「初任務における君たちのデータを解析した。予想を上回る成果だ」
ノアが俺たちに近づき、半透明のデータ板を見せた。
【見上 修】
《観測精度80.3%》《解析深度A》《状況判断能力SS》
[特筆事項]敵性体の構造的弱点を0.3秒で特定
俺の戦闘記録が空中に映し出される。残夢との戦闘で、俺が瞬時に敵の本体位置を特定し、翔に座標を伝えた瞬間と、咄嗟に座標を再設定してレオをアシスタントした様子が再生された。
【見上 翔】
《感情共振度85.7%》《反応速度A》《協調性S》
[特筆事項]無武装ながら知識・情報を活用し、残夢の浄化を試行。
戦闘効率は、単独時の180%に到達
翔の記録では、俺との共鳴によって残夢の構造が共有された瞬間が映った。確かに残夢の大まかな構造が共有されていたが、俺が認識している世界よりも明らかに解像度が低く、ノイズも多い。おそらく共鳴率が低いせいだろう。
「では……」
ネグルが一歩前に出て、手が宙に翳す。
すると、光の粒子が二つの流れを成して俺たちの前に集束し始めた。
「君たちの専用武器を支給する」
力強くも落ち着いたネグルの声が響くと同時に俺の前に現れた1本の杖。
銀色の金属でできた柄。先端には透明な水晶のような球体が取り付けられている。球体の内部では、微細な光の粒子が複雑な軌道を描いて回転していた。
「〈ヴェリティ・レイ〉観測・解析能力を武装として昇華させたものだ。対象を観測し、解析が深化するほど攻撃の威力が向上する」
俺は柄を握り軽く振る。
重量バランスは完璧で、まるで俺の腕の延長のように感じられた。
⸻
続いて、翔の前に現れたのは、エメラルドグリーンの光を纏う剣。
銀と緑の二色で構成された細身の剣で、グリップ部分には複雑な回路パターンが刻まれ、それが翔の体温に反応して淡く発光しているようだ。
「〈アフェクト・エッジ〉感情を攻撃に変換する剣だ。形状・切れ味・攻撃パターンなど、全て君の感情に委ねられる」
翔が剣を手に取ると、武器全体がより強く光った。
「おお……なんか、温かい」
「君の感情エネルギーが武器と同調している証拠だ。そして、これらの武装と共に……」
ネグルの視線の先にはレオが立っていた。
「君たちの指導官として、今後も任務に同行させてもらうよ」
レオの口調は優しかったが、どこか責任の重さを感じさせる厳しさが加わっていた。
「さらに……」
ネグルがノアの方を見る。
「あなた方の試験と初任務の結果を踏まえ、共鳴に関する貴重なデータが得られる可能性があることから、私も戦闘員として常に現場に同行することになりました」
「戦闘員として?ノアも残夢と戦えるの?」
翔の問いにノアがいつもの調子で応える。
「私には実体プログラムが搭載されており、戦闘データもインプットされていますので戦闘員としての活動も可能です」
「上層部の決定だ。高い個人能力に加えて、共鳴を持つ干渉者は極めて稀少。その可能性を最大限に引き出すための支援をさせてくれ」
レオの言葉を聞いた翔は、やけに嬉しそうだった。
「よろしくお願いします、レオさん!ノアさん!」
レオがわずかに口元を緩める。
「レオでいい。その方が連携もしやすいだろ?改めてよろしく頼む。君たちがどこまで成長するのか今から楽しみだ」
「私もノアで問題ありません。他のチームに負けない強固な連携を築いていきましょう」
⸻ 〈オーブ〉第2層・作戦室
「では、任務を言い渡そう」
ネグルが円卓に手を置くと、俺たちが住む街の立体的な地図が浮かび上がった。
「任務地:住宅区画3-A。C~C+ランク残夢の排除。推定残夢数:2~4体」
地図上の特定の地点が赤く点滅している。
「君たちの専用武装の実戦テストも兼ねた任務だ。レオの指導の下……」
その時、翔がそっと手を上げた。
「あの……確認したいことがあります」
ネグルの眉が微かに動く。
「何だ?」
翔の表情には迷いと決意が入り混じっている。
「選別試験で僕が閉じ込めた残夢はまだ居ますか?もし居るなら……そこに向かわせてください」
ネグルの表情が険しくなる。
「却下だ」
その一言は、議論の余地を感じさせない重みを持っていた。
「選別試験からの時間経過と試験時の接触により、残夢が凶暴化している。当初Cランクの個体だったが、試験後に突然変異し、Aランク相当まで成長したため、処理班を編成して浄化する」
「でも……」
翔が食い下がろうとする。ネグルは静かに首を振った。
「君たちはまだ初任務、いわばチュートリアルを完了したばかりだ。Aランク残夢の浄化は荷が重すぎる」
だが、翔は諦めなかった。
「僕の責任です。僕が中途半端なことをしたから……」
こんなに諦めが悪い翔を見たのは久しぶりだった。
「……俺も、行きたい」
そのせいか、気がついたときには既に自分の口が動いていた。
ネグルの視線が俺に向く。
「知らなかったとはいえ、事態が悪化する原因を作ったのは俺たちです。それに……」
俺は翔を見た。
「理由があるんだろ?」
翔が一瞬、驚いたようだったが、それはすぐに安堵へと変わった。
「まったく……」
しばらくの沈黙を経て、ネグルが口を開いた。
「条件がある」
俺はネグルに少し鋭く視線を向け、翔は身を乗り出した。
「レオの指示に絶対に従うこと。そして、ノアが君たちの手には負えないと判断した場合も強制的に撤退させるよう、プログラムさせてもらう。いいな?」
翔が勢いよく頷いた。
「はい!ありがとうございます!」
レオが俺たちに歩み寄り、強い眼差しを向ける。
「正直、僕も反対だが……期待はしている。ただし、初任務の時のような勝手な判断は厳禁だ。それだけ危険な場所に向かうと理解してくれ」
「分かりました」
俺と翔は同時に答えた。
⸻
ノアがオーブ中枢にあるメインコンピュータ内で座標の指定や残夢の解析などを行っている間、周辺に浮かぶ半透明のモニターには無数の情報群が流れ続ける。
俺はその情報群を無意識に観ていた。
もちろん、人間の目で追い切れるスピードでは無いが、俺の目と脳は観察を止めることを許さなかった。
《Eraser》《Enemy》《Error》
やけにこの3つが目についた
「転送を開始します」
ノアの声を合図に白い光が俺たちを包み込む。
⸻
到着したのは、見覚えのある校庭。
だが、以前とは明らかに様子が違う。
校舎全体が薄紫色に染まり、空気が重く澱んでいる。窓ガラスは全て黒く塗り潰されたように見えず、校舎そのものがゆっくりと脈動していた。
【警告】
《異常残夢反応。推定ランク:A+。注意:敵性体が空間そのものに拡散している可能性あり》
宙に浮かぶ半透明のモニターにそう表示された。
翔は顔を強張らせながら自責の念に駆られているようだった。
「翔なら……過去に勝てる」
俺はそう呟いて〈ヴェリティ・レイ〉を構え、校舎を観測し始めた。
(校舎の構造……異常。本来の建物の形状と大きく乖離している。まるで……生物のような有機的な変形?)
観測データが蓄積され、水晶の青白い光が増していく。
「修兄、何か見える?」
「校舎全体が一つの巨大な残夢になってる。でも、本体は……」
3Dスキャンをしたかのように脳に浮かぶ校舎の構造。
その中で1箇所だけ、赤黒い光が蠢く。
「音楽室だ」
「やっぱり……」
翔が思い詰めた顔で呟く。
「では、音楽室を目指そう。ただし……」
レオが俺たちを見据える。
「この校舎全てが敵だ。常に警戒を怠るな」
俺と翔は揃って静かに頷いた。
校舎の入口に近づくと、俺たちを待っていたかのように自動で扉が開いた。
それと同時にレオが光の剣を展開する。
「僕が先頭を行く。修は後方から観測、翔は中間で両者をサポート。ノアは先回りして残夢や危険物の確認を。何かあればすぐに報告してくれ」
「了解」
ノアは宙に浮いて飛びながら先に校舎内を進んでいった。
後に続いて俺たちも校舎内に足を踏み入れた。
その瞬間、異変が起きる。
床が波のように揺れ、壁が呼吸するように膨らんだり縮んだりしている。
「なんか、暑い?」
翔の顔に汗が滲む。
俺は観測を継続する。
(廊下の構造……規則的な変形パターンがある。これは攻撃というより……)
水晶の光がより強くなる。観測データの蓄積が進んでいた。
「レオ、この残夢は俺たちを消化しようとしているみたいだ」
「消化?」
「ああ。温度がどんどん上昇して、胃酸のような腐食性の液体が壁から分泌され始めている」
実際、壁面から薄い霧のような気体が立ち上り始めていた。
「タイムリミットはどれぐらいか分かるか?」
レオが少し歩調を速めながら俺に聞いてきた。
「この温度上昇と粘液濃度、体内運動速度だと……おそらく10分が限界だ」
その時、ヴェルからノアの声が聞こえた。
「報告。残夢は床下を通って移動中。まもなく接触が予想されます」
俺たちは一斉に臨戦態勢をとった。
「結局、一睡もできなかったな…」
昨夜と同じように姿見の前に立つと、目に隈ができていた。
自らの選択を省みることが、こんなにも苦しいとは思わなかった。
これが後悔の類なのかどうかも今の俺にはわからない。
(俺がやってきたことは間違いだったのか?いや、そうしなければ翔が……)
悶々としながら階段を降りてリビングへ向かうと、既に翔が降りてきていた。
「修兄、おはよう。やっぱり眠れなかったんだね……」
翔は微笑んでいたが、その声には申し訳なさが滲んでいた。
「俺が勝手に悩んでただけだ」
⸻ トンッ
「へぇ。今日は隠さないんだ?」
翔はそう言いながら、俺の前にいつもより色が濃い淹れたてのコーヒーを置いた。
(今の反応は間違っていただろうか……?)
そんなことを考えながら、俺はコーヒーを口に含んだ。
いつもより淡白なコーヒーによって思考が冴えていくのがわかる。
⸻ トン
「翔。お前は……いつから覚えてる?」
俺はカップを置き、呼吸を整え、少し俯きながら口を開いた。
しかし、俺の声は自分が思っているよりも遥かに小さく、意を決して放ったつもりの一言が、宛のない言葉に終わる。
虚しさが胸に残ると同時に、何故か少しだけホッとした。
(やっぱり、今さら無理だよな……)
俺が顔を上げると、翔が砂糖の入ったコーヒーをカタカタと混ぜながら悪戯に笑っていた。
「僕の記憶ってこと?さぁ、いつからだろうね?」
どうやら聞こえていたらしい。
しかし、コーヒーを混ぜる音にかき消されるぐらいの声がどうして聞こえたのだろうか。
「俺は真剣に……」
「わかってる」
俺が言い終わる前に翔が声を重ねた。
「修兄が、本気で変わろうとしてくれてるのはわかってる。だから、その質問には答えなくても良いと思う。だって……」
翔が手を止めて、まっすぐに俺を見る。
「僕が見たいのは、今の修兄だから」
翔の眼差しと声には優しさと確かな決意が込められていた。
俺の体は、寝不足と翔の純粋さに耐えられず火照り始める。
その様子を見て、翔が少し声色を明るくして続けた。
「授業中、寝てていいよ。たまには僕が修兄のためにノート作ってもいいでしょ?」
何気ない会話。
そのはずなのに、俺には翔の笑顔はやけに眩しく感じられた。
⸻ 23時過ぎ。
「今日、行けそう?」
翔は俺の部屋に入るなりそう問いかけてきた。
俺の体調を心配する気持ちとオーブへの好奇心、その両方といったところだろう。
「ああ。大丈夫だ」
もっと何か言おうとした気もするが、上手く言葉にすることができず、いつもの素っ気ない返答になってしまった。
⸻
ヴェルによってオーブの観測室へ転送された俺たちを待っていたのはノアとネグルだった。
「お疲れ様です」
ノアが無表情のまま一礼する。
「昨夜の任務、見事であった」
ネグルの表情には、わずかな満足の色が浮かんでいる。
「初任務における君たちのデータを解析した。予想を上回る成果だ」
ノアが俺たちに近づき、半透明のデータ板を見せた。
【見上 修】
《観測精度80.3%》《解析深度A》《状況判断能力SS》
[特筆事項]敵性体の構造的弱点を0.3秒で特定
俺の戦闘記録が空中に映し出される。残夢との戦闘で、俺が瞬時に敵の本体位置を特定し、翔に座標を伝えた瞬間と、咄嗟に座標を再設定してレオをアシスタントした様子が再生された。
【見上 翔】
《感情共振度85.7%》《反応速度A》《協調性S》
[特筆事項]無武装ながら知識・情報を活用し、残夢の浄化を試行。
戦闘効率は、単独時の180%に到達
翔の記録では、俺との共鳴によって残夢の構造が共有された瞬間が映った。確かに残夢の大まかな構造が共有されていたが、俺が認識している世界よりも明らかに解像度が低く、ノイズも多い。おそらく共鳴率が低いせいだろう。
「では……」
ネグルが一歩前に出て、手が宙に翳す。
すると、光の粒子が二つの流れを成して俺たちの前に集束し始めた。
「君たちの専用武器を支給する」
力強くも落ち着いたネグルの声が響くと同時に俺の前に現れた1本の杖。
銀色の金属でできた柄。先端には透明な水晶のような球体が取り付けられている。球体の内部では、微細な光の粒子が複雑な軌道を描いて回転していた。
「〈ヴェリティ・レイ〉観測・解析能力を武装として昇華させたものだ。対象を観測し、解析が深化するほど攻撃の威力が向上する」
俺は柄を握り軽く振る。
重量バランスは完璧で、まるで俺の腕の延長のように感じられた。
⸻
続いて、翔の前に現れたのは、エメラルドグリーンの光を纏う剣。
銀と緑の二色で構成された細身の剣で、グリップ部分には複雑な回路パターンが刻まれ、それが翔の体温に反応して淡く発光しているようだ。
「〈アフェクト・エッジ〉感情を攻撃に変換する剣だ。形状・切れ味・攻撃パターンなど、全て君の感情に委ねられる」
翔が剣を手に取ると、武器全体がより強く光った。
「おお……なんか、温かい」
「君の感情エネルギーが武器と同調している証拠だ。そして、これらの武装と共に……」
ネグルの視線の先にはレオが立っていた。
「君たちの指導官として、今後も任務に同行させてもらうよ」
レオの口調は優しかったが、どこか責任の重さを感じさせる厳しさが加わっていた。
「さらに……」
ネグルがノアの方を見る。
「あなた方の試験と初任務の結果を踏まえ、共鳴に関する貴重なデータが得られる可能性があることから、私も戦闘員として常に現場に同行することになりました」
「戦闘員として?ノアも残夢と戦えるの?」
翔の問いにノアがいつもの調子で応える。
「私には実体プログラムが搭載されており、戦闘データもインプットされていますので戦闘員としての活動も可能です」
「上層部の決定だ。高い個人能力に加えて、共鳴を持つ干渉者は極めて稀少。その可能性を最大限に引き出すための支援をさせてくれ」
レオの言葉を聞いた翔は、やけに嬉しそうだった。
「よろしくお願いします、レオさん!ノアさん!」
レオがわずかに口元を緩める。
「レオでいい。その方が連携もしやすいだろ?改めてよろしく頼む。君たちがどこまで成長するのか今から楽しみだ」
「私もノアで問題ありません。他のチームに負けない強固な連携を築いていきましょう」
⸻ 〈オーブ〉第2層・作戦室
「では、任務を言い渡そう」
ネグルが円卓に手を置くと、俺たちが住む街の立体的な地図が浮かび上がった。
「任務地:住宅区画3-A。C~C+ランク残夢の排除。推定残夢数:2~4体」
地図上の特定の地点が赤く点滅している。
「君たちの専用武装の実戦テストも兼ねた任務だ。レオの指導の下……」
その時、翔がそっと手を上げた。
「あの……確認したいことがあります」
ネグルの眉が微かに動く。
「何だ?」
翔の表情には迷いと決意が入り混じっている。
「選別試験で僕が閉じ込めた残夢はまだ居ますか?もし居るなら……そこに向かわせてください」
ネグルの表情が険しくなる。
「却下だ」
その一言は、議論の余地を感じさせない重みを持っていた。
「選別試験からの時間経過と試験時の接触により、残夢が凶暴化している。当初Cランクの個体だったが、試験後に突然変異し、Aランク相当まで成長したため、処理班を編成して浄化する」
「でも……」
翔が食い下がろうとする。ネグルは静かに首を振った。
「君たちはまだ初任務、いわばチュートリアルを完了したばかりだ。Aランク残夢の浄化は荷が重すぎる」
だが、翔は諦めなかった。
「僕の責任です。僕が中途半端なことをしたから……」
こんなに諦めが悪い翔を見たのは久しぶりだった。
「……俺も、行きたい」
そのせいか、気がついたときには既に自分の口が動いていた。
ネグルの視線が俺に向く。
「知らなかったとはいえ、事態が悪化する原因を作ったのは俺たちです。それに……」
俺は翔を見た。
「理由があるんだろ?」
翔が一瞬、驚いたようだったが、それはすぐに安堵へと変わった。
「まったく……」
しばらくの沈黙を経て、ネグルが口を開いた。
「条件がある」
俺はネグルに少し鋭く視線を向け、翔は身を乗り出した。
「レオの指示に絶対に従うこと。そして、ノアが君たちの手には負えないと判断した場合も強制的に撤退させるよう、プログラムさせてもらう。いいな?」
翔が勢いよく頷いた。
「はい!ありがとうございます!」
レオが俺たちに歩み寄り、強い眼差しを向ける。
「正直、僕も反対だが……期待はしている。ただし、初任務の時のような勝手な判断は厳禁だ。それだけ危険な場所に向かうと理解してくれ」
「分かりました」
俺と翔は同時に答えた。
⸻
ノアがオーブ中枢にあるメインコンピュータ内で座標の指定や残夢の解析などを行っている間、周辺に浮かぶ半透明のモニターには無数の情報群が流れ続ける。
俺はその情報群を無意識に観ていた。
もちろん、人間の目で追い切れるスピードでは無いが、俺の目と脳は観察を止めることを許さなかった。
《Eraser》《Enemy》《Error》
やけにこの3つが目についた
「転送を開始します」
ノアの声を合図に白い光が俺たちを包み込む。
⸻
到着したのは、見覚えのある校庭。
だが、以前とは明らかに様子が違う。
校舎全体が薄紫色に染まり、空気が重く澱んでいる。窓ガラスは全て黒く塗り潰されたように見えず、校舎そのものがゆっくりと脈動していた。
【警告】
《異常残夢反応。推定ランク:A+。注意:敵性体が空間そのものに拡散している可能性あり》
宙に浮かぶ半透明のモニターにそう表示された。
翔は顔を強張らせながら自責の念に駆られているようだった。
「翔なら……過去に勝てる」
俺はそう呟いて〈ヴェリティ・レイ〉を構え、校舎を観測し始めた。
(校舎の構造……異常。本来の建物の形状と大きく乖離している。まるで……生物のような有機的な変形?)
観測データが蓄積され、水晶の青白い光が増していく。
「修兄、何か見える?」
「校舎全体が一つの巨大な残夢になってる。でも、本体は……」
3Dスキャンをしたかのように脳に浮かぶ校舎の構造。
その中で1箇所だけ、赤黒い光が蠢く。
「音楽室だ」
「やっぱり……」
翔が思い詰めた顔で呟く。
「では、音楽室を目指そう。ただし……」
レオが俺たちを見据える。
「この校舎全てが敵だ。常に警戒を怠るな」
俺と翔は揃って静かに頷いた。
校舎の入口に近づくと、俺たちを待っていたかのように自動で扉が開いた。
それと同時にレオが光の剣を展開する。
「僕が先頭を行く。修は後方から観測、翔は中間で両者をサポート。ノアは先回りして残夢や危険物の確認を。何かあればすぐに報告してくれ」
「了解」
ノアは宙に浮いて飛びながら先に校舎内を進んでいった。
後に続いて俺たちも校舎内に足を踏み入れた。
その瞬間、異変が起きる。
床が波のように揺れ、壁が呼吸するように膨らんだり縮んだりしている。
「なんか、暑い?」
翔の顔に汗が滲む。
俺は観測を継続する。
(廊下の構造……規則的な変形パターンがある。これは攻撃というより……)
水晶の光がより強くなる。観測データの蓄積が進んでいた。
「レオ、この残夢は俺たちを消化しようとしているみたいだ」
「消化?」
「ああ。温度がどんどん上昇して、胃酸のような腐食性の液体が壁から分泌され始めている」
実際、壁面から薄い霧のような気体が立ち上り始めていた。
「タイムリミットはどれぐらいか分かるか?」
レオが少し歩調を速めながら俺に聞いてきた。
「この温度上昇と粘液濃度、体内運動速度だと……おそらく10分が限界だ」
その時、ヴェルからノアの声が聞こえた。
「報告。残夢は床下を通って移動中。まもなく接触が予想されます」
俺たちは一斉に臨戦態勢をとった。
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