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#4 天才と空気
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⸻ 1時半過ぎ。
昨夜と違い、部屋のドアがノックされることは無かった。
俺のさっきの様子を見て気を遣ってくれたのだろう。
「教えてほしい。本当の修兄を」
(本当の俺……今さらそんなものがあるのだろうか?)
そう思いながら、姿見の前に立っていた。
月明かりのせいか、はたまた気持ちが揺らいでいるせいなのか、鏡に映る自分がどことなく別人に見えた。
まるで、変わっていく自分自身を引き止めているかのように。
……うん。きっと俺は何にでもなれたんだろう。
思い返してみると、小さい頃の俺は褒められてばかりだった。
成績も面倒見もよく、人と話すことだって得意だったし、やってみれば何だってできていた。
そう、見れば何だって完璧にできてしまった 。
そんな俺と翔はずっと比べられてきた。
その気になればいつだって求められる結果を出せてしまう俺と。
小学1年の頃、1年間だけ兄弟揃ってサッカーとピアノを習っていた。
両方ともゼロからのスタートだったが、俺は観察・翔はセンスで課題を難なくこなしていた。
だが、難易度が上がれば上がるほど翔に焦りが見えた。
質問の回数が増え、失敗が増え、自主練が増えて、俺との会話が減っていった。
そして、2人でサッカーの試合に出ていたあの日。俺は「空気」になると決めた。
試合前半、俺は相手チームの選手からボールを奪ってそのままゴールを決める。
そんな作業を繰り返していた。
《視線》《筋肉の動き》《選手配置》
見ていれば、奪うことも、抜き去ることも、点を取ることも。
そのどれもが造作もなかった。
弟がやっているから。
サッカーもピアノも俺はそれだけを理由に続けていた。
⸻ そして、ハーフタイム。俺の人生が決まった。
翔が汗だくでベンチに座り、ボトルを煽る。
その横で、水を一口含もうとした時。
「修兄……楽しいってなんだろうね?」
ゾッとした。
弟がいるから一緒にやる……それが浅はかだったのだ。
俺がつまらないだけじゃない。
楽しさ
達成感
熱さ
その全てを翔の分まで奪い取っている自分に気づいた。
そして、俺は習い事を辞めて「空気」になることを決めた。
初めは上手くできなかった。
どれだけ観察し、目立たないようにしても、これまでの自分と「兄」という肩書きが足を引っ張る毎日。
そうしている間にも、翔が飼い慣らしている劣等感はどんどん大きくなっていく。
(弟の人生まで奪ってしまう……)
そう思った時、閃いた。
翔の陰にいることを。
その後は簡単だった。
俺が消してしまっただけで、翔には圧倒的なセンスがあるのだから。
少し手を貸しただけで、あっという間に「天才」が生まれた。
あとは俺が、少しずつ成績を下げて、成長とともに暗い自分を演じ、積極性を削ぎ落とし続けるだけ。
そして、俺の過去は風化し「空気」になれた。
⸻ 教えてほしい。本当の修兄を ⸻
あの時の翔の表情と声が焼き付いて離れない。
育ち続ける劣等感と焦燥感を抑え込むことに必死だったあの頃の翔にはきっと、自分の外側など見えていなかっただろう。
喰らいつけてしまうほどのセンスを持っていたからこそ、一番近くにいる者が【異常】であることに気づかず、それが【普通】で、ついていけなくなった自分が劣っている。
そう思わせてしまったんだ。
絶対に元に戻るわけにはいかない。
「もう何も……奪いたくない」
そう呟いて、俺はベッドに横たわった。
昨夜と違い、部屋のドアがノックされることは無かった。
俺のさっきの様子を見て気を遣ってくれたのだろう。
「教えてほしい。本当の修兄を」
(本当の俺……今さらそんなものがあるのだろうか?)
そう思いながら、姿見の前に立っていた。
月明かりのせいか、はたまた気持ちが揺らいでいるせいなのか、鏡に映る自分がどことなく別人に見えた。
まるで、変わっていく自分自身を引き止めているかのように。
……うん。きっと俺は何にでもなれたんだろう。
思い返してみると、小さい頃の俺は褒められてばかりだった。
成績も面倒見もよく、人と話すことだって得意だったし、やってみれば何だってできていた。
そう、見れば何だって完璧にできてしまった 。
そんな俺と翔はずっと比べられてきた。
その気になればいつだって求められる結果を出せてしまう俺と。
小学1年の頃、1年間だけ兄弟揃ってサッカーとピアノを習っていた。
両方ともゼロからのスタートだったが、俺は観察・翔はセンスで課題を難なくこなしていた。
だが、難易度が上がれば上がるほど翔に焦りが見えた。
質問の回数が増え、失敗が増え、自主練が増えて、俺との会話が減っていった。
そして、2人でサッカーの試合に出ていたあの日。俺は「空気」になると決めた。
試合前半、俺は相手チームの選手からボールを奪ってそのままゴールを決める。
そんな作業を繰り返していた。
《視線》《筋肉の動き》《選手配置》
見ていれば、奪うことも、抜き去ることも、点を取ることも。
そのどれもが造作もなかった。
弟がやっているから。
サッカーもピアノも俺はそれだけを理由に続けていた。
⸻ そして、ハーフタイム。俺の人生が決まった。
翔が汗だくでベンチに座り、ボトルを煽る。
その横で、水を一口含もうとした時。
「修兄……楽しいってなんだろうね?」
ゾッとした。
弟がいるから一緒にやる……それが浅はかだったのだ。
俺がつまらないだけじゃない。
楽しさ
達成感
熱さ
その全てを翔の分まで奪い取っている自分に気づいた。
そして、俺は習い事を辞めて「空気」になることを決めた。
初めは上手くできなかった。
どれだけ観察し、目立たないようにしても、これまでの自分と「兄」という肩書きが足を引っ張る毎日。
そうしている間にも、翔が飼い慣らしている劣等感はどんどん大きくなっていく。
(弟の人生まで奪ってしまう……)
そう思った時、閃いた。
翔の陰にいることを。
その後は簡単だった。
俺が消してしまっただけで、翔には圧倒的なセンスがあるのだから。
少し手を貸しただけで、あっという間に「天才」が生まれた。
あとは俺が、少しずつ成績を下げて、成長とともに暗い自分を演じ、積極性を削ぎ落とし続けるだけ。
そして、俺の過去は風化し「空気」になれた。
⸻ 教えてほしい。本当の修兄を ⸻
あの時の翔の表情と声が焼き付いて離れない。
育ち続ける劣等感と焦燥感を抑え込むことに必死だったあの頃の翔にはきっと、自分の外側など見えていなかっただろう。
喰らいつけてしまうほどのセンスを持っていたからこそ、一番近くにいる者が【異常】であることに気づかず、それが【普通】で、ついていけなくなった自分が劣っている。
そう思わせてしまったんだ。
絶対に元に戻るわけにはいかない。
「もう何も……奪いたくない」
そう呟いて、俺はベッドに横たわった。
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