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#3 共鳴(シンクロ)
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いつも通りの静かな朝。
だが、見える世界は確実に変わっていた。
ノアが言っていたことを思い出す。
「残夢を視認できる状態となった」
まさにその通りだ。
何をしていても、違和感ではなくハッキリと無数の残夢の姿が視える……視えてしまう。
とてつもない数の妖怪と共に暮らしているような気分だ。
だが、どの残夢も動きは鈍く、襲ってくる様子はない。やはり、時間帯が関係しているのだろうか。
「修兄……視えてるよね?」
朝食を摂りながら、翔が言う。
両親は今日も既に出勤しているので気にする必要はなかった。
「ああ。全然気が休まらない」
「一応、ヴェルに迎撃用のプログラムがあるみたいだけど……いきなり使って何か壊したりしたらマズイよね」
翔が諦めたような声で言った。
「あっちで試してからの方がいい。襲ってきそうな感じは無いし、今日はできるだけ気にせず過ごそう」
「だね。でも、修兄は大丈夫なの?僕より視えてるよね?眠れてないせいもあるだろうけど、すごく顔色悪いよ」
翔が俯き気味だった俺の顔を覗き込む。
「平気だ……机に伏せて寝てればそのうち終わる。お前の方が周りと関わりが多い分、寝不足だとキツイだろ。あんまり無理するなよ」
翔が一瞬、ハッとしたような顔をした。
⸻ 23時過ぎ。
「行こう。修兄」
「ああ」
オーブに向かうため、俺の部屋に2人並んで立っていた。ネグルが言っていた座標のズレが起こらないよう、翔が俺の肩に手を置く。
―― その時
「共鳴発動」
ノアの声が響いた。
それと同時に光に包まれ、オーブへの転送が開始される。
次に目を開けると、俺たちはネグルと話していたあの場所に立っていた。ここへ来る直前、確かにヴェルからノアの声がしたが、今はもう反応していない。
「本当に来れた!」
翔が興奮と安堵の声で言った。
ネグルとノアの姿はない。
「待っていたよ。今回の任務には私が同行する」
その声とともに現れたのは、金の刺繍が入った白のコートを纏った青年。
蒼い瞳と淡い金色の髪が特徴的だ。
「レオ・ユティシアだ。よろしく」
そう名乗った彼の声と佇まいは優しく、プレッシャーを全く与えない。
それでいて隙がなく、身に纏うオーラも怖いほど整っており、筋肉の動きにも一切の無駄がない。
まさに「完璧」という言葉がしっくりくる。
「僕の解析は済んだかい?」
衝撃だった。
俺は、歩いてこちらに近づいてくるレオをほんの数秒見ていただけで、普通なら気にも留めないはずだ。
しかし、レオは明らかに俺に問いかけていた。
「すみません……気になりましたか?」
「いや、ノアからの報告通りか試しただけだよ。期待できそうだ」
レオは一瞬、確認するように翔を見て向き直り、口を開いた。
「まずは制服を支給しよう」
レオがヴェルを操作すると、何もない空間からレオやノアと同じ白いコートが出現した。
俺の方にはデータを象徴するような青の刺繍、翔の方には緑の流線が刺繍されている。
「制服には個別能力ごとにそれを象徴するデザインが施されている。ついでにヴェルの説明も簡単にしておこう」
俺と翔はヴェルに目をやる。
「ヴェルはこの世界での感覚を補完するツールだ。変化が著しい干渉世界で、“視る・測る・守る”を同時に担う。今回の任務は、干渉世界の認識とヴェルの実践的な使用が目的だ。君たちが戦闘を行う必要はない。肩の力を抜いて挑むといい」
俺の横で、翔がホッとした顔をしている。楽しみとは言いつつも、試験での残夢との駆け引きが感覚として残っているのだろう。本人も気づかないうちに多少なりとも恐怖が芽生えている。
俺は、観る癖が着いてしまっているせいで、オーブに来ると頭が痛くなる。
視界に入る全てが「知らない情報」で構成されているこの空間を無意識的に解析しようとしてしまうからだ。眼と脳がフル稼働しているのが分かる。
「あの……現実でも残夢がたくさん見えて困ってるんですけど、ヴェルに搭載されてる迎撃プログラムって使っても問題ないんですか?」
翔が俺に目配せをしながら、レオに言った。
レオの表情がわずかに緩む。
「ヴェルの機能について、既にある程度理解しているようだな。迎撃用プログラムは残夢のランクと使用時の環境に合わせて出力が最適化されるようになっている。が、それでも校内や街中では十分目立つ。迎撃に失敗すれば事態が悪化する可能性も高い」
「じゃあ、どうすれば……2人で機能のチェックをしても他に対策として使えそうなものは無かったし……」
翔が困った顔で考え込む。自分のためでもあるが、俺のことを相当心配してくれているのが伝わってきた。
「心配するな。対策はある」
そんな翔の様子を見て、レオが優しく言った。
「そこも含めて、任務の中で教えよう。そろそろ行くぞ」
レオが手を掲げると、床が光を帯びて広がった。
「任務地へ転送を開始する」
⸻
到着したのは、見覚えのあるような住宅街。
だが色が薄く、空は不自然な白。輪郭は滲み、影がない。
「ここが干渉世界。夢と現実の間に生じる断層。選別試験を行ったのも、もちろん本物の干渉世界だ」
レオが静かに告げる。
「残夢はこの空間で生まれ、時に外にまで害を与える。お前たちはそれを排除する存在——干渉者となった」
レオの意識によってヴェルが操作され、空中にマップが浮かび上がる。
「南東にCランク残夢の反応がある。ここに向かおう」
⸻
目的地は公園だった。
ブランコが無風なのに揺れ、ベンチが波打っている。
「ここが侵蝕領域だ」
レオが片手で指示を出す。
「2人とも、ヴェルの拡張モードを起動して。修はヴェルの補助がなくともハッキリ視えているだろうけど」
レオが俺に視線を送る。
「なんか、雰囲気が違う気がするからあそこかな?修兄には何か視えてるの?」
翔が俺を試すように聞いてくる。
「のっぺらぼうの子ども…みたいな」
翔がヴェルを操作すると、視界の中に兄が言ったとおりの曖昧な人影が浮かび上がった。
「ほんとだ!」
何故か少し嬉しそうにしている翔を見ていると、レオが口を開いた。
「Cランク《型落ち遊戯》。子どもの夢に取り残された意識の残滓だ。俺が処理する。だが、その前に……」
レオが俺たちの方に向き直った。
「ヴェルを裏返して付けてみろ」
俺たちは指示通りにヴェルを裏返して装着する。
[BLIND]
ヴェルと空中に浮かぶ半透明のモニターに「BLIND」の文字が表示されると共に視界から残夢が消え、風景の歪みも矯正された。
「それがさっきの質問の答えだ。残夢の視認性を1%単位で調整できる。ちなみに、修のヴェルはノアの計らいで調整できる上限を引き上げている。操作確認ができたらすぐ元に戻せ。ヤツを処理する」
(まさか、こんなに簡単なことで解決するとは……)
そう思いながら、揃ってヴェルを元に戻した。
そして、レオがどこからとも無く光の本を展開し、一言。
「ルディ」
たったそれだけで、残夢は光の粒子となって消えた。
「魔法……」
そのスピードと魔法というあり得ない光景を前に翔が呆然と呟く。
レオが残夢を処理し、一息ついた瞬間。
修の視界の端で、空間の構造がほんの僅かに変化したようなノイズが走った。
その直後——ヴェルが高音の警告音を発する。
「検知が遅れ、申し訳ありません。新たな残夢反応を確認——分類不能、異常値個体!」
ヴェルからノアの声が響く。
「残夢接近。接触まで 4秒」
俺たちの周りにはヴェルによって光の防壁のようなものが展開された。
そして、目の前に現れた残夢は、今まで見たどれとも違っていた。
巨大な黒いカエルのような姿だが、関節は逆に曲がり、顔の代わりに無数の裂け目が浮かんでいる。
情動の波と圧力が直接、皮膚を這うように伝わってくる。
「これは……核夢に近い……何故こんなところに」
レオが瞬時に光の雨で裂け目を中心に攻撃するが、残夢は霧のように形を変え、回避する。
「やはり、コアを動かせるか……」
翔が残夢を見つめながら一歩前に出た。
「翔、何してる!下がれ!」
俺の呼びかけが届かない。
翔は意識を深く集中させているような真剣な顔をしていた、
「修兄……こいつ、泣いてる」
その一言に、残夢が一瞬、震えた。
【共鳴発動】
「感情共振:見上翔」「空間認識:見上修」
《共鳴率:8%》
俺の心には翔の感情が流れ込み、翔の視界には、俺が視ていた残夢の構造が可視化されていた。
「見える……修兄と同じ世界が!」
「翔、右斜め上の裂け目がコアだ!」
俺が座標を固定すると、翔はヴェルの迎撃用プログラムを使って撃った。
「ギァァァァァァ」
残夢は苦しそうに声を上げるが、まだ感情の圧が消えることは無く、それどころか痛みによって怒りが増幅している。
残夢は再び形を変え、コアになっている裂け目を動かす。
俺は即座に再度座標を固定した。
「2人とも良くやった。あとは任せろ」
威厳ある声が俺と翔の耳を震わせた。
振り返ってレオの右手を見ると、眩いほどの光が集まり、白く輝いていた。
⸻ パタン
宙に浮いていた光の本が閉じられる。
そして ――
「浄化の落光」
その声とともに、レオは強力な落雷で残夢のコアを打ち抜いた。
「残夢および共鳴の反応消失を確認しました」
そのノアの一声で一気に緊張が解けた。
⸻
「初任務で共鳴に至るとは、驚いたよ。2人とも良い動きだった。立場上、勝手な判断をしたことを良しとは言えないが、持てる知識・力を活用して冷静な判断で戦えたことは必ず今後に繋がる。
特に最後、修が瞬時に座標を再固定したのは次の連携に自然に行える良い判断だ」
レオが微笑みながら言う。
だが、俺は褒められた経験が無さすぎて上手く反応できずにいた。
翔が俺の肩に手を置く。
「正直さ、恐怖とか不安とかどうでもいいと思えるぐらい…もっと見ていたいと思うぐらい……修兄と同じ世界が見られて嬉しかった!」
柔らかい陽射しのような翔の笑顔には希望と安堵が満ちている。
俺の中で何かが溶けていくのを感じた。
「共鳴発動。《共鳴率:5%》」
俺と翔は顔を見合わせる。
「もしかして修兄に触れてるから?」
翔が俺の肩から手を離すと共鳴が切れた。
「今後、共鳴をコントロールする訓練も行っていく。戦闘時以外はお互いが触れれば発動、戦闘時は感情が同調すれば触れずとも発動するような状態のようだな。
共鳴はお互いの感覚を共有する行為。共鳴率が低い状態や長時間使用は、お互いの脳に大きな負担をかけ、体力的な消耗にも繋がるから注意するんだ」
言い終えると、レオはオーブへ帰還するためヴェルを使って転送した。
⸻
「2人とも今日はこれで終了だ。早めに帰って休むといい。お疲れさま」
レオは俺たちを見て微笑みながら、足早に奥の部屋に入って行った。
俺がヴェルで家に転送しようとした時、翔が口を開いた。
「ねぇ、修兄。現実に戻ったら、父さんと母さんに修兄が僕を支えてくれていたこととか、凄いところとか伝えてもいい……かな?もちろん、こっちの世界のことは内緒だから現実でのことだけ」
「いや、俺は……」
翔は俺の言葉を待たなかった。
「さっき、修兄と同じ世界が見えた時になんとなく分かったんだ。修兄には全部見えてて、全部分かった上で僕のために『空気』になろうとしてたって」
「…………」
「僕は、修兄が『言わなくていい』って言ってたことをそのまま受け取ってた。だけど、それがずっと修兄を苦しめてたんだよね?だから、教えてほしい。本当の修兄を」
翔が真っ直ぐに俺を見ている。今の俺にはそれがあまりにも眩しい。
「……少し……待ってほしい」
まただ……。
ずっと避けてきたはずなのに「空気」であり続けてきたはずなのに、それができない。
俺にとって当たり前だったことができない不安と何かが崩れていく感覚に押しつぶされそうだった。
―― なのに、あたたかい。
もう訳がわからなかった。
ほんの数秒がものすごく長く感じられるほど様々な思考と感情が渦巻き続け、自我を保とうとして目を瞑る。
「ごめん、別に今すぐじゃなくてもいいんだ。どうせお互い側にいるんだからさ」
その優しい声にひどく救われた気がした。
だが、見える世界は確実に変わっていた。
ノアが言っていたことを思い出す。
「残夢を視認できる状態となった」
まさにその通りだ。
何をしていても、違和感ではなくハッキリと無数の残夢の姿が視える……視えてしまう。
とてつもない数の妖怪と共に暮らしているような気分だ。
だが、どの残夢も動きは鈍く、襲ってくる様子はない。やはり、時間帯が関係しているのだろうか。
「修兄……視えてるよね?」
朝食を摂りながら、翔が言う。
両親は今日も既に出勤しているので気にする必要はなかった。
「ああ。全然気が休まらない」
「一応、ヴェルに迎撃用のプログラムがあるみたいだけど……いきなり使って何か壊したりしたらマズイよね」
翔が諦めたような声で言った。
「あっちで試してからの方がいい。襲ってきそうな感じは無いし、今日はできるだけ気にせず過ごそう」
「だね。でも、修兄は大丈夫なの?僕より視えてるよね?眠れてないせいもあるだろうけど、すごく顔色悪いよ」
翔が俯き気味だった俺の顔を覗き込む。
「平気だ……机に伏せて寝てればそのうち終わる。お前の方が周りと関わりが多い分、寝不足だとキツイだろ。あんまり無理するなよ」
翔が一瞬、ハッとしたような顔をした。
⸻ 23時過ぎ。
「行こう。修兄」
「ああ」
オーブに向かうため、俺の部屋に2人並んで立っていた。ネグルが言っていた座標のズレが起こらないよう、翔が俺の肩に手を置く。
―― その時
「共鳴発動」
ノアの声が響いた。
それと同時に光に包まれ、オーブへの転送が開始される。
次に目を開けると、俺たちはネグルと話していたあの場所に立っていた。ここへ来る直前、確かにヴェルからノアの声がしたが、今はもう反応していない。
「本当に来れた!」
翔が興奮と安堵の声で言った。
ネグルとノアの姿はない。
「待っていたよ。今回の任務には私が同行する」
その声とともに現れたのは、金の刺繍が入った白のコートを纏った青年。
蒼い瞳と淡い金色の髪が特徴的だ。
「レオ・ユティシアだ。よろしく」
そう名乗った彼の声と佇まいは優しく、プレッシャーを全く与えない。
それでいて隙がなく、身に纏うオーラも怖いほど整っており、筋肉の動きにも一切の無駄がない。
まさに「完璧」という言葉がしっくりくる。
「僕の解析は済んだかい?」
衝撃だった。
俺は、歩いてこちらに近づいてくるレオをほんの数秒見ていただけで、普通なら気にも留めないはずだ。
しかし、レオは明らかに俺に問いかけていた。
「すみません……気になりましたか?」
「いや、ノアからの報告通りか試しただけだよ。期待できそうだ」
レオは一瞬、確認するように翔を見て向き直り、口を開いた。
「まずは制服を支給しよう」
レオがヴェルを操作すると、何もない空間からレオやノアと同じ白いコートが出現した。
俺の方にはデータを象徴するような青の刺繍、翔の方には緑の流線が刺繍されている。
「制服には個別能力ごとにそれを象徴するデザインが施されている。ついでにヴェルの説明も簡単にしておこう」
俺と翔はヴェルに目をやる。
「ヴェルはこの世界での感覚を補完するツールだ。変化が著しい干渉世界で、“視る・測る・守る”を同時に担う。今回の任務は、干渉世界の認識とヴェルの実践的な使用が目的だ。君たちが戦闘を行う必要はない。肩の力を抜いて挑むといい」
俺の横で、翔がホッとした顔をしている。楽しみとは言いつつも、試験での残夢との駆け引きが感覚として残っているのだろう。本人も気づかないうちに多少なりとも恐怖が芽生えている。
俺は、観る癖が着いてしまっているせいで、オーブに来ると頭が痛くなる。
視界に入る全てが「知らない情報」で構成されているこの空間を無意識的に解析しようとしてしまうからだ。眼と脳がフル稼働しているのが分かる。
「あの……現実でも残夢がたくさん見えて困ってるんですけど、ヴェルに搭載されてる迎撃プログラムって使っても問題ないんですか?」
翔が俺に目配せをしながら、レオに言った。
レオの表情がわずかに緩む。
「ヴェルの機能について、既にある程度理解しているようだな。迎撃用プログラムは残夢のランクと使用時の環境に合わせて出力が最適化されるようになっている。が、それでも校内や街中では十分目立つ。迎撃に失敗すれば事態が悪化する可能性も高い」
「じゃあ、どうすれば……2人で機能のチェックをしても他に対策として使えそうなものは無かったし……」
翔が困った顔で考え込む。自分のためでもあるが、俺のことを相当心配してくれているのが伝わってきた。
「心配するな。対策はある」
そんな翔の様子を見て、レオが優しく言った。
「そこも含めて、任務の中で教えよう。そろそろ行くぞ」
レオが手を掲げると、床が光を帯びて広がった。
「任務地へ転送を開始する」
⸻
到着したのは、見覚えのあるような住宅街。
だが色が薄く、空は不自然な白。輪郭は滲み、影がない。
「ここが干渉世界。夢と現実の間に生じる断層。選別試験を行ったのも、もちろん本物の干渉世界だ」
レオが静かに告げる。
「残夢はこの空間で生まれ、時に外にまで害を与える。お前たちはそれを排除する存在——干渉者となった」
レオの意識によってヴェルが操作され、空中にマップが浮かび上がる。
「南東にCランク残夢の反応がある。ここに向かおう」
⸻
目的地は公園だった。
ブランコが無風なのに揺れ、ベンチが波打っている。
「ここが侵蝕領域だ」
レオが片手で指示を出す。
「2人とも、ヴェルの拡張モードを起動して。修はヴェルの補助がなくともハッキリ視えているだろうけど」
レオが俺に視線を送る。
「なんか、雰囲気が違う気がするからあそこかな?修兄には何か視えてるの?」
翔が俺を試すように聞いてくる。
「のっぺらぼうの子ども…みたいな」
翔がヴェルを操作すると、視界の中に兄が言ったとおりの曖昧な人影が浮かび上がった。
「ほんとだ!」
何故か少し嬉しそうにしている翔を見ていると、レオが口を開いた。
「Cランク《型落ち遊戯》。子どもの夢に取り残された意識の残滓だ。俺が処理する。だが、その前に……」
レオが俺たちの方に向き直った。
「ヴェルを裏返して付けてみろ」
俺たちは指示通りにヴェルを裏返して装着する。
[BLIND]
ヴェルと空中に浮かぶ半透明のモニターに「BLIND」の文字が表示されると共に視界から残夢が消え、風景の歪みも矯正された。
「それがさっきの質問の答えだ。残夢の視認性を1%単位で調整できる。ちなみに、修のヴェルはノアの計らいで調整できる上限を引き上げている。操作確認ができたらすぐ元に戻せ。ヤツを処理する」
(まさか、こんなに簡単なことで解決するとは……)
そう思いながら、揃ってヴェルを元に戻した。
そして、レオがどこからとも無く光の本を展開し、一言。
「ルディ」
たったそれだけで、残夢は光の粒子となって消えた。
「魔法……」
そのスピードと魔法というあり得ない光景を前に翔が呆然と呟く。
レオが残夢を処理し、一息ついた瞬間。
修の視界の端で、空間の構造がほんの僅かに変化したようなノイズが走った。
その直後——ヴェルが高音の警告音を発する。
「検知が遅れ、申し訳ありません。新たな残夢反応を確認——分類不能、異常値個体!」
ヴェルからノアの声が響く。
「残夢接近。接触まで 4秒」
俺たちの周りにはヴェルによって光の防壁のようなものが展開された。
そして、目の前に現れた残夢は、今まで見たどれとも違っていた。
巨大な黒いカエルのような姿だが、関節は逆に曲がり、顔の代わりに無数の裂け目が浮かんでいる。
情動の波と圧力が直接、皮膚を這うように伝わってくる。
「これは……核夢に近い……何故こんなところに」
レオが瞬時に光の雨で裂け目を中心に攻撃するが、残夢は霧のように形を変え、回避する。
「やはり、コアを動かせるか……」
翔が残夢を見つめながら一歩前に出た。
「翔、何してる!下がれ!」
俺の呼びかけが届かない。
翔は意識を深く集中させているような真剣な顔をしていた、
「修兄……こいつ、泣いてる」
その一言に、残夢が一瞬、震えた。
【共鳴発動】
「感情共振:見上翔」「空間認識:見上修」
《共鳴率:8%》
俺の心には翔の感情が流れ込み、翔の視界には、俺が視ていた残夢の構造が可視化されていた。
「見える……修兄と同じ世界が!」
「翔、右斜め上の裂け目がコアだ!」
俺が座標を固定すると、翔はヴェルの迎撃用プログラムを使って撃った。
「ギァァァァァァ」
残夢は苦しそうに声を上げるが、まだ感情の圧が消えることは無く、それどころか痛みによって怒りが増幅している。
残夢は再び形を変え、コアになっている裂け目を動かす。
俺は即座に再度座標を固定した。
「2人とも良くやった。あとは任せろ」
威厳ある声が俺と翔の耳を震わせた。
振り返ってレオの右手を見ると、眩いほどの光が集まり、白く輝いていた。
⸻ パタン
宙に浮いていた光の本が閉じられる。
そして ――
「浄化の落光」
その声とともに、レオは強力な落雷で残夢のコアを打ち抜いた。
「残夢および共鳴の反応消失を確認しました」
そのノアの一声で一気に緊張が解けた。
⸻
「初任務で共鳴に至るとは、驚いたよ。2人とも良い動きだった。立場上、勝手な判断をしたことを良しとは言えないが、持てる知識・力を活用して冷静な判断で戦えたことは必ず今後に繋がる。
特に最後、修が瞬時に座標を再固定したのは次の連携に自然に行える良い判断だ」
レオが微笑みながら言う。
だが、俺は褒められた経験が無さすぎて上手く反応できずにいた。
翔が俺の肩に手を置く。
「正直さ、恐怖とか不安とかどうでもいいと思えるぐらい…もっと見ていたいと思うぐらい……修兄と同じ世界が見られて嬉しかった!」
柔らかい陽射しのような翔の笑顔には希望と安堵が満ちている。
俺の中で何かが溶けていくのを感じた。
「共鳴発動。《共鳴率:5%》」
俺と翔は顔を見合わせる。
「もしかして修兄に触れてるから?」
翔が俺の肩から手を離すと共鳴が切れた。
「今後、共鳴をコントロールする訓練も行っていく。戦闘時以外はお互いが触れれば発動、戦闘時は感情が同調すれば触れずとも発動するような状態のようだな。
共鳴はお互いの感覚を共有する行為。共鳴率が低い状態や長時間使用は、お互いの脳に大きな負担をかけ、体力的な消耗にも繋がるから注意するんだ」
言い終えると、レオはオーブへ帰還するためヴェルを使って転送した。
⸻
「2人とも今日はこれで終了だ。早めに帰って休むといい。お疲れさま」
レオは俺たちを見て微笑みながら、足早に奥の部屋に入って行った。
俺がヴェルで家に転送しようとした時、翔が口を開いた。
「ねぇ、修兄。現実に戻ったら、父さんと母さんに修兄が僕を支えてくれていたこととか、凄いところとか伝えてもいい……かな?もちろん、こっちの世界のことは内緒だから現実でのことだけ」
「いや、俺は……」
翔は俺の言葉を待たなかった。
「さっき、修兄と同じ世界が見えた時になんとなく分かったんだ。修兄には全部見えてて、全部分かった上で僕のために『空気』になろうとしてたって」
「…………」
「僕は、修兄が『言わなくていい』って言ってたことをそのまま受け取ってた。だけど、それがずっと修兄を苦しめてたんだよね?だから、教えてほしい。本当の修兄を」
翔が真っ直ぐに俺を見ている。今の俺にはそれがあまりにも眩しい。
「……少し……待ってほしい」
まただ……。
ずっと避けてきたはずなのに「空気」であり続けてきたはずなのに、それができない。
俺にとって当たり前だったことができない不安と何かが崩れていく感覚に押しつぶされそうだった。
―― なのに、あたたかい。
もう訳がわからなかった。
ほんの数秒がものすごく長く感じられるほど様々な思考と感情が渦巻き続け、自我を保とうとして目を瞑る。
「ごめん、別に今すぐじゃなくてもいいんだ。どうせお互い側にいるんだからさ」
その優しい声にひどく救われた気がした。
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