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#2 白い塔、黒い腕輪(ヴェル)
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視界の中央に、微かな靄が揺れる。
次の瞬間、そこからひとりの少女が現れた。
白銀の髪、灰色の瞳、表情を持たない顔で汚れの無い白いコートに身を包んでいる。
機械のように無感情なその少女は、まっすぐ俺たちを見つめていた。
「選別試験終了。観測対象、全条件を満たしました」
その声には抑揚がなかった。
「……誰だ」
俺の声に合わせて翔が小さく身構える。少女は一歩だけ前へ出た。
「私は特務機関〈オーブ〉に属する情報端末型個体です。識別名:ノア」
識別名……いわゆる名前のことだろう。
ノアは自分のことを情報端末型個体と言ったが、その容姿や言動には一切のノイズが無い。
つまり、ノアがホログラムやVRの類ではなく、実体を持ち、現代の技術では到達できない領域で存在していることだ。
床や壁が波打ち、天地の区別がないように思えるこの異質な空間にも平然と適応している。
「オーブは、夢と現実の間に発生する“断層”に対応するための非公開組織です。あなた方は、断層に干渉できる能力を持ち、私たちが待ち望んだ『深層視覚』と『共鳴』を備えた人材であると判定されました」
ノアの瞳が一瞬、淡く光る。
「干渉者候補、スキャン開始」
その言葉と同時に、宙に浮かぶ青白い半透明のウィンドウに光が次々と浮かび上がる。
そこには俺たちの姿、試験中の行動、思考の軌跡が次々と表示されていた。
(……全部、見られてた?)
「個別判定を開始します」
ノアが手をかざすと、まず翔に光が収束する。
「見上翔。干渉者ランク:C。推定能力:感情共振・行動加速」
翔の表情が固まる。
「……感情共振?」
「あなたは“感情”に強く反応し、他者の内面とリンクすることで自身の行動精度を加速させる。精神的な“共振”を媒介とする稀有な素質です」
翔は驚きと納得が入り混じったように頷く。
続いて、俺の前に光が浮かぶ。
「見上修。干渉者ランク:C。推定能力:空間認識強化。観測範囲:広域・動体認識・熱源感知・深層視覚。初回判定において、異例の精度を示しました」
(……俺が、能力者?)
信じられなかった。
けれど、心のどこかで納得している自分もいた。
「また、“共鳴”の波形を観測。兄弟という相関関係から今後、更なる力の習得が期待されます」
ノアの言葉に、俺と翔は顔を見合わせた。
「共鳴……?」
「干渉者同士が、特定の条件下で能力の融合・相互増幅を起こす関係性を“共鳴”と呼びます。貴方たちは、その初期反応を示しました」
翔が照れ笑いのような顔をした。
「なんか、ゲームみたいだね、これ」
「……これからどうなるんだ?」
俺の問いに、ノアは表情を変えることなく応答する。
「あなた方は私と共にオーブへと行き、最高責任者・ネグル様の認定を経て、正式に干渉者となっていただきます」
「拒否したらどうなる?」
ノアの表情は変わらない。
しかし、彼女の指先が一瞬、ほんのわずかに震えたことを俺は見逃さなかった。
「拒否も可能です。しかし、貴方たちは既に『干渉』を行い、日常的に先ほどの敵と同類の異形【残夢】を視認できる状態となったため推奨できません。代替として、現実とオーブの往来を提案します」
「連れてってよ。オーブってところに」
翔が迷いのない声で言った。
「修兄も行くでしょ?あんな奴がずっと見える中で生活するなんて嫌だもん」
俺は何も言わずに、翔の言葉を受け止めた。
ノアが静かに手を掲げる。
天井が割れ、上空に塔のような巨大な構造体が見えた。
それは、翔が夢で見たと言っていた“白い塔”と全く同じだった。
「登録完了。特務機関への転送を開始します」
足元が光で包まれ、体がふわりと浮いた。
「ねぇ、修兄」
「……なんだ」
「僕、今すごくワクワクしてる。だって、修兄と一緒に『何かができる』ってことでしょ?」
「 ………… 」
俺は、そっと翔を見た。
今から未知の世界に行くというのに、その横顔から不安や恐れは全く感じられない。
それどころか、俺が今まで見てきた中で1番嬉しそうな顔をしている。
いつもなら、否定して「側にいる」という認識を薄れさせるべき場面だが……できなかった。
⸻〈オーブ〉中枢・観測室
白い空間。
世界の構造を超えた静寂が、視覚ではなく、感覚として伝わってくる。
気がつくと、ノアが静かに膝をついていた。
「報告を開始します。観測対象:見上修、見上翔。選別試験完了。全条件への適合を確認しました」
俺たちの正面に立っているのが特務機関最高責任者・ネグル。
もちろん、初対面なので分からない。
だが、金の髪を後ろに束ね、夜空に溶け込むような藍のマントを纏うその男は、目は開いているのに、何も“見ていないようで、全てを知っている”ような、まさに只者ではない雰囲気を持っていた。
加えて、ノアが言っていた「ネグル様の認定」という言葉からも真っ先にネグルへ報告するようにプログラムされているはずだ。間違いないだろう。
「個別能力は?」
「見上修。干渉者ランク:C。空間認識強化——動体・熱源・構造に対する精密観測を可能とする『深層視覚』を保持しています」
「見上翔。干渉者ランク:C。感情共振——対象と精神的な接続が可能。共鳴時は反射・行動選択能力の大幅な向上が見込めます」
「共鳴は?」
「自律的に共鳴反応を発動。共鳴率は3%。これは共闘時ではなく、一方の戦闘を目撃した際の数値であり、兄弟という相関性から、今後の訓練及び共闘によって、共鳴率が向上する可能性が極めて高いと推測します」
ノアが一瞬、間を置く。
「加えて、見上修は支援を受けることなく残夢の排除に成功。
対して、見上翔は支援ありで残夢を隔離。こちらは排除には至りませんでしたが、今回が試験段階であること・武装なしであることを考慮し、討伐指示を行っていないため、戦略として的確であったと判断します」
ネグルはわずかに眉を動かす。
「干渉者としての即時認定。残夢制圧部隊指揮官レオ・ユティシアに初任務を指導させよ」
「承知しました。転送準備に入ります」
「待ってくれ」
俺はネグルに向かってはっきりと言った。
これまで一度もこんなに目立つタイミングで口を開いたことなどない。
だが、試験内容からして明らかな危険に身を投じる事になった以上、弟を守れるように情報を得なければならない。
その事実が、これまでの常識を破らせた。
「ノアに付いていくことを選んだのは俺たち自身。さっきの試験である程度の覚悟もしているつもりだ。
だが、事が本格的に始まる前に最低限確認しておきたいことが2つある」
続けろと言わんばかりにネグルが俺を静かに見つめている。
「何を果たせば俺たちは『普通』に戻れるんだ?」
「戻りたいのか?」
予想外の反応だった。突き刺されたような衝撃が走り、思考が一瞬停止しそうになる。
「当然だ」
平静を装ってそう答えると、ネグルは窓の方に向き直って話し始めた。
「干渉世界に散らばる白昼境という特殊な空間。その中に存在する核夢と呼ばれる強力な残夢を倒せば干渉世界は安定し、残夢は生まれなくなると推測されている。
だが、白昼境の存在は非常に不安定で技術の粋を集めて作った観測機器でも発見できない場合が多い。だからこそ君の力を借りたい」
俺はネグルの言葉によってざわついた心を抑えるのに必死だった。
「力を借りたい」なんて言われたことがない。
というより、俺はその言葉を言われてはいけない存在だった。
それが今、急速に変化している。
情報を整理しながらこの状況についていくにはあまりにも気持ちが落ち着かない。
「君には、『あれ』が見えるか?」
ネグルが指差したのは窓の外。
空間の大きな白い裂け目から階段らしきものが見えている。
「あんなに大きい裂け目が見えないわけないだろ。階段はどこまで続いているんだ?」
ネグルが目を丸くしている。
「僕には靄がかかってるようにしか見えないよ?形は分かるかな……なんとなくだけど」
「修くんはこの距離でも内部構造まで視えているのか。想像以上だ。翔くんも視認できているのならば視る力は十分高い。大半の者は普通の空が続いているようにしか見えない。あれが白昼境の1つ。あのような場所を見つけ、中にいる核夢を倒してほしい。
ただ、白昼境は増え続けているという話もある。調査を進め、根本的な解決法を見つける必要があるのだ」
「だから、視える人材を探して試験をしたってことか」
途方もない話だが、理解はできた。俺は続けてネグルに問う。
「次は、活動時間についてだ。ここにいる時間が長引けば、現実の方で不審に思われてしまう。此処が非公開組織なら、家族や教員に事情を話すわけにはいかない。つまり、ノアが言っていた通り『現実とオーブの往来』が必要だ。俺たちは、いつ・どうやってここに来ればいい?」
ネグルは俺たちの方を見て、わずかに笑みを浮かべた。
しかし、不慣れなのかその笑みは張りついているように見える。
「そのことなら心配はいらない。これを君たちに授ける」
ネグルが空中でタクトを振るような仕草をすると、黒い腕時計のようなものが俺と翔の手首に巻きついた。
薄く、重さは無い。戦闘の妨げにならないように設計されているのだろう。機器の熱を冷ますためなのか常に少し冷たく感じられる。
「それは干渉者専用端末『ヴェル』だ。ゲートを開けるイメージで腕を上に上げれば現実とオーブの行き来ができるようになっている。来るタイミングは毎晩来てもらえると有り難いが、君たちに一任しよう。ただし、必ず同じ時間・同じ場所から2人揃ってアクセスしてくれ。でなければ、座標がズレてそれぞれ違う場所へ飛ばされてしまう可能性がある」
サラッと恐ろしいことを言われた気がするが……来るタイミングに縛りがないのは有り難い。
俺は一瞬、翔とアイコンタクトで確かめ合った。
「わかった。質問は以上だ」
わずかな沈黙の後、ネグルが口を開いた。
「話が長くなってしまったな。初任務は次回にして、今日は帰るといい」
⸻
ヴェルを使って現実世界に戻ると、俺は自室のベッドにいた。時刻はすでに4時を過ぎ、静寂に包まれた住宅街には朝の気配がかすかに漂い始めている。
疲れていた。だが、眠れるはずもない。「常識」から外れたことが一度に起こりすぎている。
俺は左手首に巻かれたヴェルを眺める。
ヴェルの存在が今日の事象は全て現実だと証明している。
⸻ トントン
部屋のドアがノックされる
「修兄、起きてる?」
翔の囁きが聞こえた。
「入っていいぞ」
そっとドアが開き、翔が俺の部屋に入ってきた。
「やっぱり眠れないよね。朝まで時間あるし、話さない?」
「そうだな」
いつものように短く答える。
だが、なぜかいつもより少しだけ口が自然に動いた気がした。
「あの世界、本当にあったんだよね」
翔は机の椅子を回転させてこちらを向きながらそう言った。
「信じられない。でも、ヴェルがある以上、現実なんだろう」
「修兄の観察力、あそこまですごいものだったなんて知らなかった。試験の時、かっこよくて見入っちゃったもん!僕には見えていない世界が修兄には見えてるんだね」
「いや、別に……」
「すごくない?」
俺の言葉が終わる前に翔が割って入った。
「どうして修兄はそんなに認められることが嫌なの?」
まさか、これを聞かれる日がこんなに早いなんて想像もしていなかった。
「自分でも……よく分からない」
何も言えない。その中で返した精一杯の言葉だった。
「そっか。ねぇ、今日の夜、また行くでしょ?」
何の答えも得られていない。気になって仕方がないはずなのに、俺の気持ちを汲んで追求せずに引き下がってくれる。俺は弟のこの対応に何度も救われてきた。陰でいることを良しとしてくれるおかげで、俺は生きていることが許される……そんな気すらしていた。
「そのつもりだ」
「やった!任務に行けるの楽しみだなぁ」
翔が俺の方を見ながら微笑んでいる。
「ゲームみたいで楽しいのか?あんな怪物と戦うことになるんだ。絶対に油断するなよ」
「それもあるけど……」
翔が珍しく間を置いた。
「『いつもと違う修兄が見られる』楽しみの方が大きいかな」
その時の翔はいつに無く弟らしく見えた。
「そういえば、修兄は聞こえた?残夢の声」
翔が真剣な顔で聞いてきた。
「……いや。俺にはただの音というか、雄叫びを上げているようにしか聞こえなかった。お前は……聞こえたのか」
「うん。『トモダチ』って。あいつ、僕を呼んでた気がするんだ。僕の力は感情に強く反応するってノアが言ってたけど、それが影響してるのかな?」
翔は少し俯き、思い出すようにしながら言った。
その表情はわずかに曇っている。
「そうかもな。辛くないか?」
翔は思考を終え、真っ直ぐに俺を見て微笑む。
「大丈夫。ただ、あんな怪物にも感情があるんだなって思って」
翔はそう言いながら椅子から立ち上がる。
そして、俺のベッドに座り直して話を続けた。
「この『ヴェル』ってやつもう触ってみた?機能が分かってさえいれば思っただけで動かせるってすごいよね!せっかくだからいろいろ試してみようよ」
翔の声は好奇心に満ちていた。
それから俺たちは、ヴェルの機能を確認しながら、これからのことを語り合った。
気がつくと窓の外は完全に明るくなり、鳥のさえずりが聞こえ始めていた。
次の瞬間、そこからひとりの少女が現れた。
白銀の髪、灰色の瞳、表情を持たない顔で汚れの無い白いコートに身を包んでいる。
機械のように無感情なその少女は、まっすぐ俺たちを見つめていた。
「選別試験終了。観測対象、全条件を満たしました」
その声には抑揚がなかった。
「……誰だ」
俺の声に合わせて翔が小さく身構える。少女は一歩だけ前へ出た。
「私は特務機関〈オーブ〉に属する情報端末型個体です。識別名:ノア」
識別名……いわゆる名前のことだろう。
ノアは自分のことを情報端末型個体と言ったが、その容姿や言動には一切のノイズが無い。
つまり、ノアがホログラムやVRの類ではなく、実体を持ち、現代の技術では到達できない領域で存在していることだ。
床や壁が波打ち、天地の区別がないように思えるこの異質な空間にも平然と適応している。
「オーブは、夢と現実の間に発生する“断層”に対応するための非公開組織です。あなた方は、断層に干渉できる能力を持ち、私たちが待ち望んだ『深層視覚』と『共鳴』を備えた人材であると判定されました」
ノアの瞳が一瞬、淡く光る。
「干渉者候補、スキャン開始」
その言葉と同時に、宙に浮かぶ青白い半透明のウィンドウに光が次々と浮かび上がる。
そこには俺たちの姿、試験中の行動、思考の軌跡が次々と表示されていた。
(……全部、見られてた?)
「個別判定を開始します」
ノアが手をかざすと、まず翔に光が収束する。
「見上翔。干渉者ランク:C。推定能力:感情共振・行動加速」
翔の表情が固まる。
「……感情共振?」
「あなたは“感情”に強く反応し、他者の内面とリンクすることで自身の行動精度を加速させる。精神的な“共振”を媒介とする稀有な素質です」
翔は驚きと納得が入り混じったように頷く。
続いて、俺の前に光が浮かぶ。
「見上修。干渉者ランク:C。推定能力:空間認識強化。観測範囲:広域・動体認識・熱源感知・深層視覚。初回判定において、異例の精度を示しました」
(……俺が、能力者?)
信じられなかった。
けれど、心のどこかで納得している自分もいた。
「また、“共鳴”の波形を観測。兄弟という相関関係から今後、更なる力の習得が期待されます」
ノアの言葉に、俺と翔は顔を見合わせた。
「共鳴……?」
「干渉者同士が、特定の条件下で能力の融合・相互増幅を起こす関係性を“共鳴”と呼びます。貴方たちは、その初期反応を示しました」
翔が照れ笑いのような顔をした。
「なんか、ゲームみたいだね、これ」
「……これからどうなるんだ?」
俺の問いに、ノアは表情を変えることなく応答する。
「あなた方は私と共にオーブへと行き、最高責任者・ネグル様の認定を経て、正式に干渉者となっていただきます」
「拒否したらどうなる?」
ノアの表情は変わらない。
しかし、彼女の指先が一瞬、ほんのわずかに震えたことを俺は見逃さなかった。
「拒否も可能です。しかし、貴方たちは既に『干渉』を行い、日常的に先ほどの敵と同類の異形【残夢】を視認できる状態となったため推奨できません。代替として、現実とオーブの往来を提案します」
「連れてってよ。オーブってところに」
翔が迷いのない声で言った。
「修兄も行くでしょ?あんな奴がずっと見える中で生活するなんて嫌だもん」
俺は何も言わずに、翔の言葉を受け止めた。
ノアが静かに手を掲げる。
天井が割れ、上空に塔のような巨大な構造体が見えた。
それは、翔が夢で見たと言っていた“白い塔”と全く同じだった。
「登録完了。特務機関への転送を開始します」
足元が光で包まれ、体がふわりと浮いた。
「ねぇ、修兄」
「……なんだ」
「僕、今すごくワクワクしてる。だって、修兄と一緒に『何かができる』ってことでしょ?」
「 ………… 」
俺は、そっと翔を見た。
今から未知の世界に行くというのに、その横顔から不安や恐れは全く感じられない。
それどころか、俺が今まで見てきた中で1番嬉しそうな顔をしている。
いつもなら、否定して「側にいる」という認識を薄れさせるべき場面だが……できなかった。
⸻〈オーブ〉中枢・観測室
白い空間。
世界の構造を超えた静寂が、視覚ではなく、感覚として伝わってくる。
気がつくと、ノアが静かに膝をついていた。
「報告を開始します。観測対象:見上修、見上翔。選別試験完了。全条件への適合を確認しました」
俺たちの正面に立っているのが特務機関最高責任者・ネグル。
もちろん、初対面なので分からない。
だが、金の髪を後ろに束ね、夜空に溶け込むような藍のマントを纏うその男は、目は開いているのに、何も“見ていないようで、全てを知っている”ような、まさに只者ではない雰囲気を持っていた。
加えて、ノアが言っていた「ネグル様の認定」という言葉からも真っ先にネグルへ報告するようにプログラムされているはずだ。間違いないだろう。
「個別能力は?」
「見上修。干渉者ランク:C。空間認識強化——動体・熱源・構造に対する精密観測を可能とする『深層視覚』を保持しています」
「見上翔。干渉者ランク:C。感情共振——対象と精神的な接続が可能。共鳴時は反射・行動選択能力の大幅な向上が見込めます」
「共鳴は?」
「自律的に共鳴反応を発動。共鳴率は3%。これは共闘時ではなく、一方の戦闘を目撃した際の数値であり、兄弟という相関性から、今後の訓練及び共闘によって、共鳴率が向上する可能性が極めて高いと推測します」
ノアが一瞬、間を置く。
「加えて、見上修は支援を受けることなく残夢の排除に成功。
対して、見上翔は支援ありで残夢を隔離。こちらは排除には至りませんでしたが、今回が試験段階であること・武装なしであることを考慮し、討伐指示を行っていないため、戦略として的確であったと判断します」
ネグルはわずかに眉を動かす。
「干渉者としての即時認定。残夢制圧部隊指揮官レオ・ユティシアに初任務を指導させよ」
「承知しました。転送準備に入ります」
「待ってくれ」
俺はネグルに向かってはっきりと言った。
これまで一度もこんなに目立つタイミングで口を開いたことなどない。
だが、試験内容からして明らかな危険に身を投じる事になった以上、弟を守れるように情報を得なければならない。
その事実が、これまでの常識を破らせた。
「ノアに付いていくことを選んだのは俺たち自身。さっきの試験である程度の覚悟もしているつもりだ。
だが、事が本格的に始まる前に最低限確認しておきたいことが2つある」
続けろと言わんばかりにネグルが俺を静かに見つめている。
「何を果たせば俺たちは『普通』に戻れるんだ?」
「戻りたいのか?」
予想外の反応だった。突き刺されたような衝撃が走り、思考が一瞬停止しそうになる。
「当然だ」
平静を装ってそう答えると、ネグルは窓の方に向き直って話し始めた。
「干渉世界に散らばる白昼境という特殊な空間。その中に存在する核夢と呼ばれる強力な残夢を倒せば干渉世界は安定し、残夢は生まれなくなると推測されている。
だが、白昼境の存在は非常に不安定で技術の粋を集めて作った観測機器でも発見できない場合が多い。だからこそ君の力を借りたい」
俺はネグルの言葉によってざわついた心を抑えるのに必死だった。
「力を借りたい」なんて言われたことがない。
というより、俺はその言葉を言われてはいけない存在だった。
それが今、急速に変化している。
情報を整理しながらこの状況についていくにはあまりにも気持ちが落ち着かない。
「君には、『あれ』が見えるか?」
ネグルが指差したのは窓の外。
空間の大きな白い裂け目から階段らしきものが見えている。
「あんなに大きい裂け目が見えないわけないだろ。階段はどこまで続いているんだ?」
ネグルが目を丸くしている。
「僕には靄がかかってるようにしか見えないよ?形は分かるかな……なんとなくだけど」
「修くんはこの距離でも内部構造まで視えているのか。想像以上だ。翔くんも視認できているのならば視る力は十分高い。大半の者は普通の空が続いているようにしか見えない。あれが白昼境の1つ。あのような場所を見つけ、中にいる核夢を倒してほしい。
ただ、白昼境は増え続けているという話もある。調査を進め、根本的な解決法を見つける必要があるのだ」
「だから、視える人材を探して試験をしたってことか」
途方もない話だが、理解はできた。俺は続けてネグルに問う。
「次は、活動時間についてだ。ここにいる時間が長引けば、現実の方で不審に思われてしまう。此処が非公開組織なら、家族や教員に事情を話すわけにはいかない。つまり、ノアが言っていた通り『現実とオーブの往来』が必要だ。俺たちは、いつ・どうやってここに来ればいい?」
ネグルは俺たちの方を見て、わずかに笑みを浮かべた。
しかし、不慣れなのかその笑みは張りついているように見える。
「そのことなら心配はいらない。これを君たちに授ける」
ネグルが空中でタクトを振るような仕草をすると、黒い腕時計のようなものが俺と翔の手首に巻きついた。
薄く、重さは無い。戦闘の妨げにならないように設計されているのだろう。機器の熱を冷ますためなのか常に少し冷たく感じられる。
「それは干渉者専用端末『ヴェル』だ。ゲートを開けるイメージで腕を上に上げれば現実とオーブの行き来ができるようになっている。来るタイミングは毎晩来てもらえると有り難いが、君たちに一任しよう。ただし、必ず同じ時間・同じ場所から2人揃ってアクセスしてくれ。でなければ、座標がズレてそれぞれ違う場所へ飛ばされてしまう可能性がある」
サラッと恐ろしいことを言われた気がするが……来るタイミングに縛りがないのは有り難い。
俺は一瞬、翔とアイコンタクトで確かめ合った。
「わかった。質問は以上だ」
わずかな沈黙の後、ネグルが口を開いた。
「話が長くなってしまったな。初任務は次回にして、今日は帰るといい」
⸻
ヴェルを使って現実世界に戻ると、俺は自室のベッドにいた。時刻はすでに4時を過ぎ、静寂に包まれた住宅街には朝の気配がかすかに漂い始めている。
疲れていた。だが、眠れるはずもない。「常識」から外れたことが一度に起こりすぎている。
俺は左手首に巻かれたヴェルを眺める。
ヴェルの存在が今日の事象は全て現実だと証明している。
⸻ トントン
部屋のドアがノックされる
「修兄、起きてる?」
翔の囁きが聞こえた。
「入っていいぞ」
そっとドアが開き、翔が俺の部屋に入ってきた。
「やっぱり眠れないよね。朝まで時間あるし、話さない?」
「そうだな」
いつものように短く答える。
だが、なぜかいつもより少しだけ口が自然に動いた気がした。
「あの世界、本当にあったんだよね」
翔は机の椅子を回転させてこちらを向きながらそう言った。
「信じられない。でも、ヴェルがある以上、現実なんだろう」
「修兄の観察力、あそこまですごいものだったなんて知らなかった。試験の時、かっこよくて見入っちゃったもん!僕には見えていない世界が修兄には見えてるんだね」
「いや、別に……」
「すごくない?」
俺の言葉が終わる前に翔が割って入った。
「どうして修兄はそんなに認められることが嫌なの?」
まさか、これを聞かれる日がこんなに早いなんて想像もしていなかった。
「自分でも……よく分からない」
何も言えない。その中で返した精一杯の言葉だった。
「そっか。ねぇ、今日の夜、また行くでしょ?」
何の答えも得られていない。気になって仕方がないはずなのに、俺の気持ちを汲んで追求せずに引き下がってくれる。俺は弟のこの対応に何度も救われてきた。陰でいることを良しとしてくれるおかげで、俺は生きていることが許される……そんな気すらしていた。
「そのつもりだ」
「やった!任務に行けるの楽しみだなぁ」
翔が俺の方を見ながら微笑んでいる。
「ゲームみたいで楽しいのか?あんな怪物と戦うことになるんだ。絶対に油断するなよ」
「それもあるけど……」
翔が珍しく間を置いた。
「『いつもと違う修兄が見られる』楽しみの方が大きいかな」
その時の翔はいつに無く弟らしく見えた。
「そういえば、修兄は聞こえた?残夢の声」
翔が真剣な顔で聞いてきた。
「……いや。俺にはただの音というか、雄叫びを上げているようにしか聞こえなかった。お前は……聞こえたのか」
「うん。『トモダチ』って。あいつ、僕を呼んでた気がするんだ。僕の力は感情に強く反応するってノアが言ってたけど、それが影響してるのかな?」
翔は少し俯き、思い出すようにしながら言った。
その表情はわずかに曇っている。
「そうかもな。辛くないか?」
翔は思考を終え、真っ直ぐに俺を見て微笑む。
「大丈夫。ただ、あんな怪物にも感情があるんだなって思って」
翔はそう言いながら椅子から立ち上がる。
そして、俺のベッドに座り直して話を続けた。
「この『ヴェル』ってやつもう触ってみた?機能が分かってさえいれば思っただけで動かせるってすごいよね!せっかくだからいろいろ試してみようよ」
翔の声は好奇心に満ちていた。
それから俺たちは、ヴェルの機能を確認しながら、これからのことを語り合った。
気がつくと窓の外は完全に明るくなり、鳥のさえずりが聞こえ始めていた。
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