テイルウィンド

双子烏丸

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第一章 追い風と白い月

それぞれの戦いで

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 リッキーの機体シュトラーダは、アシュクレイ星の空を飛行していた。
 星の半分が砕け散っているアシュクレイ星において、レースで通るコースは、まだ無事に残っている残りの半分の上空である。
 空は一面、無数の小惑星に埋め尽くされている。多少重力があるおかげで、地表に近づけば近づく程、浮かぶ小惑星の大きさは小さく、かつ量も少ない。
 だが地表近くも、上空と同じく、あるいはそれ以上に危険である。幾らまだ星の形が半分残っているとは言え、その地形は鋭い山脈に深い峡谷が複雑に組み合わさり、異常なまでに高低差が激しく、大規模な迷路を思わせるものだった。
 シュトラーダは出来る限り、小惑星の少ない地表付近の空を飛行する。
 障害物が少ない利点もさる事ながら、このコースは星を半周、つまり半円を描いてまた宇宙ステーションへと戻るコースである為、より円の内側を回った方が、その分距離も短くなるからだ。
 だが低く飛べば飛ぶ程、無数にそびえ立つ山脈に阻まれる。
 山脈は高く先は見えず、長く続くせいで突破口を見出しにくい。それを越す為に何度も上昇、下降を繰り返していては、それだけでも相当なエネルギーの浪費に繋がり、場合によっては逆に遠回りにもなる。
 だがそれでも小回りが利きにくいシュトラーダにとって、障害物が桁違いに多い小惑星の上空を飛ぶ事も大変だ。
 そこでリッキーは、そこまで高くも無く、かと言って低くも無い、中間の空を飛行すると決めた。
 


 現在シュトラーダは山脈の中を抜け、星で数少ない平野地帯にいた。
 周囲は高い山脈に囲まれ、上空は小惑星に覆われている。
 無論、リッキーが飛ぶ空にも小惑星は皆無ではない。
 空中に浮かび、時として明後日の方向から飛来する小惑星を何とか避けながら、一面クレータに覆われた星の平野を飛ぶ。
 だがシュトラーダの出力は、ブースター、スラスターともに高い。そのために方向転換の際に振り幅が大きく、エネルギーと時間を幾らか無駄にしがちだった。更に、それによってスピードが相殺され、自慢の高加速も出せずにいる。
 それは先程抜けて来た山脈地帯でも同じく、狭く曲がりくねった山脈の間を飛行するのにも、リッキーは苦労した。
「……やはりこの地形は、シュトラーダにとって厄介だぜ。もう少し、出力を抑えた構造に改造するべきだったか……」
 自身の機体特性を、僅かに後悔しながら彼はぼやく。
 平野にはクレーターの他に、地面全体に数多くのひび割れが見られ、その一つ一つが深い溝となっていた。
 そんな時、リッキーは何かに気づいた。
 レーダーを見ると、そこに映る一つの青い光点が、段々と自分の傍に接近していた。今になって、他の機体が追いついて来たのだ。
 奇妙な事に、その光点はレーダー上に表れたり消えたりしながら移動していた。
 何故こんな事が起こるか不明だが、とにかく自らの首位が危うい事は、リッキーには分かった。
 その機体の位置は、シュトラーダと比べかなり下だ。レーダーの光点と、共に表示される灰色の地形図を照らし合わせると、機体は平野の溝深くを飛んでいると分かる。
 互いの距離は縮み、このまま行けば追い越されるのは確実だ。
 ――予想はしていたが、早すぎる。下手に誰かに越されれば……俺の優勝に響いちまう。冗談じゃない。畜生! させてたまるか! ――
 多少のリスクは覚悟し、リッキーはシュトラーダを、深い溝の中へと下降させる。



 時を同じくして、フウマも星の上空に到達していた。
 小惑星が無数にひしめく空を、彼の機体、テイルウィンドが飛ぶ。
 無論、彼以外の選手達が乗る機体も、辺りに多数飛んでいる。
 ――全く、鬱陶しいな。辺りの小惑星も…………他の機体も! ――
 そう心の中で毒突きながら、フウマは亜高速でテイルウィンドを飛ばす。優れた操縦を用いて、次々と飛来する小惑星を避けて行く。
 他の機体も、それと同様に小惑星を避けているようだが、全てが全て、上手く行っている訳では無かった。
 フウマのすぐ横を飛ぶ機体が、とうとう避けきれずに小惑星に衝突、爆発四散した。
 飛び散る破片に混じり、小さい円筒形のコックピットブロックが、空の彼方へと飛んでいく。
 レースの規定上、万が一に備えて全ての機体には、脱出ポットを兼ねる一定強度のコックピットブロックが備え付ける事が義務付けられている。
 そのお陰で、過去今までの宇宙レースにおいて、機体そのものが爆発し、粉々になる事は日常茶飯事に起こるとしても、レーサー自身が大怪我、死亡する事は稀となっていた。
 あのコックピットブロックは星の外まで飛んで行った後、無事、救助チームによって回収される事になるだろう。
 だが、爆発のエネルギーにより、辺りの小惑星は活発に動きを増した。
 そしてその小惑星一つが、テイルウィンドのすぐ後ろから飛んで来る。
「……くっ!」
 とっさにフウマは機体を右に旋回させ、何とか紙一重で避けた。
 こうして脱落して行く機体は、その一機だけでは無かった。
 他の選手も、度重なる回避運動に耐え切れずに、次々と脱落する。
 あちこちで起こる爆発の光が、宇宙の闇を彩る。
 そんな状況の中、彼は機体の内幾らかが、下の山脈地帯へと降りて行くのを確認した。
 ――へぇ、随分と打って出るじゃないか――
 彼らの目的は、低空で飛ぶ事により、近道をする事にある。幾ら地形が入り組んでいるとは言え、上手く行けば相手より先を行く事が可能だ。
 だが一方、地形に迷い、遅れを取る可能性も十分にあった。いやむしろ、可能性としてはそちらの方がかなり高い。
 正に、賭けであった。
 ――面白い。その方が楽しみ甲斐があるってものさ――
 フウマも同じく、山脈地帯に向った機体の後を追う。
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