テイルウィンド

双子烏丸

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第一章 追い風と白い月

渓谷での決闘

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 溝の中は、星の光が殆んど入ることが無いせいで暗い。機体正面のライトで照らされて、辛うじてほんの僅かに、辺りが見える程度。溝の幅もとても狭く、機体が一機、通り抜けるのがやっとだ。
 ディスプレイの外部映像は頼りにならず、レーダーの地形情報を頼りに、先を進んでいるのが現状である。
 広範囲のレーダーにより、平野全体に存在する入り組んだ溝を示し、どのコースが回り道をせずに最短距離になるか見極める。
 幸い、その入り組み具合は大した事は無く、こうした事にいささか不慣れなリッキーにとっても、何とかそれを見極められた。
 レーダーで示される地形図はかなり不鮮明で、映像の乱れも見られた。恐らく、この辺りの地質がレーダー波を吸収し易いからだろう。
 どうりでレーダーから反応が消える訳だ。リッキーはそう考えた。



 先ほどの相手は、シュトラーダのすぐ真後ろを飛んでいる。僅かに外の様子が確認出来るディスプレイにも、相手の機体の物と思われる、照明の明かりが見て取れた。
 恐らく相手も最短距離を取るはず、この溝の狭さなら同じコースを飛んでいる限り、追い越される事は無い。これで暫くは時間稼ぎが出来るだろう。
 だが…………、リッキーが予測した最短距離を取ったとしても、そこは大きな回り道となっており、まだ先ほどの様に地上を飛んだ方が早い。
 何故、シロノはそんな場所を飛び、こうも先を行けるのか? それは分からないが、こうして先を塞げば、これ以上越される事は無い。そう彼は考えた。
 しかし、後ろの機体は誰か? リッキーはその機体の識別信号を確認した。
 信号によると…………その機体はホワイトムーン、シロノ・ルーナのホワイトムーンだ。
 ――あの『白の貴公子』が相手か、相手にとって不足なしだ。まぁせっかくだ、少しばかり挨拶してやる――
 リッキーは通信信号を、ホワイトムーンに向けて発信する。



 問題は、相手が通信を受け取るかどうかであったが、そんな心配は無用だった。
 発信するやいなや、通信用ディスプレイに銀髪の青年が現れた。
〈お話出来て嬉しいです、リッキー・マーティスさん。貴方とその機体シュトラーダの活躍は、私もよく存じていますよ〉
 シロノは余裕の込った、にこやかな微笑みを、画面越しに彼へと向けた。
〈持ち前のハイスピードで、多くの栄冠を勝ち取った最速の王者…………。と言っても、今はそのスピード故に、苦戦を強いられている様ですね〉
「はっ! そうでも無いさ。 貴様こそ、ここまで追いかけて来た事は褒めてやるぜ」
〈貴方とレースを共にするのはこれが初めてですね。一度、相手をして見たいと思っていました〉
 それに対し、リッキーはフンと鼻を鳴らし、凄んでみせる。
「随分と大きく出たものだな、若造。『白の貴公子』だか何だか呼ばれているが知らんが、貴様如きが、俺を追い越せるものかよ」
 しかしシロノは意に介した様子もなく、愉快そうにクスクス笑う。
〈それは面白いですね。では、早速試してみましょうか〉
 彼の生意気な様子に、本気でリッキーは腹立った。
「口の利き方には気をつけろ! 幾らシュトラーダがこの地形に向いていないとしても、狭い溝の中で先を越されるのを許す程、俺は間抜けじゃないぞ!」
 確かにシュトラーダは小回りが利きにくい機体である。だが、シロノのホワイトムーンは、機体の横幅がシュトラーダのそれに較べて長い。その点では、まだリッキーに分があった。
 ホワイトムーンがまだ後ろを飛んでいる事は、レーダー画面にはっきりと映っている情報から分かる。
 ――幾ら大口を叩いても、こんなに狭い場所で追い抜ける訳がないだろ――
 そうリッキーは、余裕の様子でレーダーを眺めていた。
 するとレーダー上の機体が、更に溝深くに降下したかと思うと、突然、その反応が消滅した。
 驚いた彼は、ディスプレイで辺りを確認する。
 先ほどまで映っていたホワイトムーンの照明は、もう何処にも見受けられなかった。
 何故、いきなり機体が消えたか分からず、リッキーは再びレーダーに目を移す。
 レーダーには、やはり反応は消えたままだった。と思ったら、消えた時と同じように突然、ホワイトムーンの反応がレーダーに出現した。



 しかも驚くことに、それはリッキーよりも先回りした地点に現われたのだ。
〈やぁ、驚きましたか。どうです、見事に追い越してみせましたよ〉
 ディスプレイ上に再び現われたシロノは、リッキーに対して、うやうやしく一礼してみせる。
 リッキーは巨大な拳を、椅子のひじ掛けに叩き付けた。
「くそっ! どんな手を使いやがった! 俺は確かに、先を越されないようにした筈だぞ!」
〈確かに見事でしたよ、流石と言いたいですね。しかし――辺りをよく観察するべきでしたね〉
「どう言う事だ!」
〈そうですね……もう少し下に降りてみて、レーダー波の範囲を狭め、その精度をより精密化して、地下を集中的に照射するのはどうです?〉
「……?」
 シロノの言う事は、初めはリッキーに理解出来なかった。
 だが、試しに彼はすぐに、言われた事を試みてみた。
 レーダーの精度は、その範囲の広さと反比例する。範囲を狭め、レーダー波を地下に照射すれば、その様子はより分かり易くなる代わりに、必然的に地上全てを把握し難くなるだろうが、それも覚悟の上だ。
 機体を下降させ、レーダーで辺りを調べると…………ある事が分かった。
 今までは分からなかったが、溝の底には無数の穴が存在し、それがトンネルのように他の地点を繋いでいた。レーダーの効果が薄いこの地形、シュトラーダのレーダー機器では、こうでもしなければ存在に気づかなかっただろう。
 これを上手く使えば、より近道が可能という訳だ。――先ほどシロノが見せたように。
 だがそれらの地下トンネルの配置は、地表から見える溝全体のそれより遥かに複雑であり、近道をするには相当高性能なレーダーを使い、より広く、より正確に地形を把握する必要がある。当然それは、レーダーの性能はさる事ながら、パイロットの高い空間認識能力、そして暗く狭いトンネルを無事に抜ける事の出来る、卓越な操縦技術が不可欠だ。
 ブースター、動力炉等の出力系は高いが、レーダー機能はさほどでは無いシュトラーダと、幾らプロのレーサーとは言え、それらの技術において不十分なリッキーにとっては到底不可能な芸当である。
〈コースを十分に把握し、それを最大限に活用する…………これ程有効な戦術はありませんよ。貴方も、よく覚えておく事ですね〉
 シロノはクスクスと笑いながらそう言い残すと、通信を閉じた。
 そしてレーダー上には、ホワイトムーンが先へと遠ざかるのが見える。
 だが更に衝撃的だったのは、上空の映像をディスプレイで確認した時だった。
 そこには――何機もの機体が、溝の隙間から見える狭い空の上を、通り過ぎるのが映っていた。 
 それに驚いたリッキーは、再びレーダーを広範囲に切り替えた。地上にもレーダー波の照射を再開すると、いつの間にか他の選手の機体が次々と追いついて来ているのが分かる。
 リッキーが溝に潜ってから、彼が気づかぬ内に遅れが生じていたのだ。理由は勿論、不利な地形のせいでスピードが落ちたからである。
「ええい……やはり慣れない事は……すべきじゃないって事かい!」
 悔しげ捨て台詞を吐くと、リッキーは急いで機体を上昇させ、元の上空へと戻る。
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