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第二章 ティーブレイク・タイム
メンテナンス
しおりを挟む「あーあ、こんなにこの子を痛めちゃって。回路の一部が焼け焦げているし、エネルギー循環系はボロボロだし…………」
テイルウィンドの後部は一部分解されており、作業服の少女と、作業アームがいくつも伸びる円筒型の修理ロボットが複数機、その修理にあたっている。
惑星エアケルトゥングの宇宙港の一画にある貸しドックは、30メートル近い全長を持つテイルウィンドを納められる程に大きかった。
「仕方ないさ、ミオ。本気でレースをすれば、こうもなるよ」
フウマもミオと一緒に、機体の修理の手伝いをしていた。
作業服のポケットには、修理に使う様々な工具を差し込んでおり、亜麻色の髪は帽子の中へと入れている。
ミオはフウマより一才年下の幼なじみであり、メカニックをしていた。そして身長は同年代の少女の中では高い方であり、小柄なフウマと較べても、彼女の方がほんの少し身長が高い。女の子としての可愛さよりはむしろ、ボーイッシュ的な可愛さが特に際立っている。
ただ彼は今、ほんの少し、どこか上の空だった。
「もしかして、またシロノの事で落ち込んでるの? そう落ち込まなくても、また次があるじゃない」
この様子を気にかけたミオに対して、フウマは首を横に振る。
「落ち込んでなんかいないさ。……まぁ負けたことは、少しは気にしているけど、今の気持ちはその反対。僕が気にしているのは…………『次のレース』についてさ。まだ一ヶ月も先なのに、すごくワクワクして、待ち遠しいんだ」
そう話すフウマの様子は、嬉々としている。
「フウマが前に話していた、グランド何とかって大レースの事? 確かにあんなに大きいレース、初めてだもんね。でもワクワクしているからって、あまり無茶はしないでよ?」
「まぁ、出来る限りね」
フウマの中途半端な返事に、ミオは頬を膨らませる。
「もうっ! フウマってば……、少しは、修理する私の身にもなってよね。大体はロボットがしてくれるけど、ロボットが出来ない仕事は、人間がするしかないんだから」
「だからこうして、修理を手伝っているだろ?」
「自分の機体くらい、修理するのは当たり前よ。全く、仕方ないんだから…………」
こう言いながらも、彼女は世話焼きのするような笑みを浮かべた。
「けど……修理もだいぶ進んだし、ちょっと休憩しようか。 丁度、私が買って来たお菓子もあるしね」
そしてミオはクッキーの箱を取り出し、フウマに軽くウインクしてみせた。
箱の中には、ほのかに生姜の香りが漂う人型のクッキー、ジンジャーブレッドマンが沢山入っていた。
二人はテイルウィンドの右ブースターに腰掛け、そのクッキーを味わっていた。
「なかなか美味しいな。一体、どこで買った訳?」
「ほら、アシュクレイ杯のレースを見に行った帰りに、つい可愛くて美味しそうだったから、宇宙ステーションの売店で買ったの。……良かった、フウマの口に合って」
すると、何かを思い出したのか、ミオは話す。
「あっ! そうそう! 今から一ヵ月後の何とかレース、半年前に出場者を募集し始めていた割には、今になってもまだ半数しか出場が決まっていないみたい。今度のレースでフウマと、そしてフウマがライバル視しているシロノさんが出場権を獲得したって聞いたけど…………やっぱり、出場条件が厳しいのかしら?」
「ふふっ、当たり前だろ? 何しろ、十年に一度だけ行われる『グランド・ギャラクシー・グランプリレース』、宇宙一のレーサーを決める大レースだからね」
フウマは修理の手を止め、ミオに得意げに説明する。
「だから『グランド・ギャラクシー・グランプリレース』、略して『G3レース』は当然、銀河中から最高のレーサーを、出場選手として選りすぐらなくちゃいけないって訳。そこでG3レース出場権獲得の条件として、レースが始まるまでの半年間で、指定されたレースで優勝を四回、準優勝以上の成績を三回、計七回の好成績が必要なのさ。いくら一流のレーサでも、半年の間にこれ程の成績を残すなんて至難の業さ」
そして彼は、夢見心地に一人つぶやく。
「……自分でも、出場権を手にしたのが今でも信じられないぜ。それに、今度のレースには、あの『ジンジャーブレッド』が出場するんだ」
「ジンジャーブレッド? それってこのお菓子の事?」
ミオは指につまんだクッキーの一つを、フウマに見せた。
彼はそれに対して、クスッと笑った。
「そっちのジンジャーブレッドじゃないさ、レーサーの名前だよ。けど、本名じゃなくて、ただのニックネームだけどね。確かその由来は、ええっと……」
するとミオは、ある事をひらめいた。
「もしかして、童話のジンジャーブレッドマンからじゃないかしら? ほら、『どんなに速く走っても、誰にも僕を追い越せはしない』って、あの話よ」
彼女は指先で、つまんだ人型のクッキーに、走っているかのような動きをさせる。
「そう! まさにそれだよ。彼は三十年も前に活躍した、僕が憧れる伝説のレーサーさ。現役として活躍していた間、常にレースで優勝し続けて、一度だって優勝を逃した事はなかった。信じられるかい? そう、物語のジンジャーブレッドマンのように……誰も彼を追い越せはしなかったんだ。ほらほら、これが現役時代の彼の映像だよ」
フウマは上着のポケットからタブレット端末を取り出し、映像を起動させてミオに見せる。
映像に映っていたのは、ジンジャーブレッドが現役当時のレースであった。
宇宙空間を飛ぶ多数の機体。そしてそんな中、一機の機体が先頭を飛んでいた。
機体の外観はトランプカードのダイヤ、つまりひし形である。しかもその色が小麦色である事から、さながらある物を連想させる。
「ふふっ、まるでクッキーみたいね」
ミオは正直な感想を口にして、含み笑いをする。
「その見た目どおり、機体の名前もずばり『クッキー』、なかなかユーモラスだろ? けど性能は、ホワイトムーンに引けを取らない程に高いよ。そしてジンジャーブレッドの天才的な技術と才能が合わされば、もはや敵なしって訳」
ジンジャーブレッドの駆るクッキーは、他の追随を許す事なく高速で飛び続け、大差で圧勝した。
クッキーがゴールインした所で、次の映像へと切り替わる。
その映像では、クッキーのコックピットから長身の男が降り立ち、周囲の観客に対して、にこやかな笑みを見せていた。
二十代中頃と見られる男は、茶色い短髪に不敵な面構え、そこから感じられるのは高い自信と、堂々さだ。
「彼が伝説のレーサー、ジンジャーブレッドさ。その自信満々な雰囲気はまさしく、レースの王者だね。
…………でも現役として活躍していたのは、たったの三年間だけ。レーサーとしてデビューしてから三年後、ジンジャーブレッドは何も理由を告げずに、突如宇宙レース界から姿を消した。まだ若い天才レーサーの原因不明の引退は、当時ではあまりにも大きすぎるショックだった」
そしてフウマは、目を輝かせて立ち上がる。
「けど、そんな事はどうでもいいのさ! 二十七年ぶりにジンジャーブレッドがレーサーに復帰して、宇宙一の大レース、G3レースで闘えるんだからね! 憧れのジンジャーブレッドと共にレースなんて……夢みたいだよ」
フウマが純粋に喜んでいる一方、ミオは少し思い悩む。
――そうは言うけど、どうして今になって復帰したのかな? それに、引退の理由も分からないし、何だか…………変な感じ――
「ほらほら、休憩も済ませたし、そろそろ仕事を再開しようぜ」
フウマにそう言われて、彼女はハッとした。
「あっ……! うん、そうね。まだ修理は残っているしね」
ミオは考え込むのを止めて、テイルウィンドの修理を再開する。
もはや、先ほどの疑問は、綺麗さっぱり忘れていた。
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