テイルウィンド

双子烏丸

文字の大きさ
53 / 204
第五章 深紅の炎

クリムゾンフレイムとマリン

しおりを挟む
 それは、少し前の出来事だった。
 一面に流れるガス気流……。その青い景色を背にして、クリムゾンフレイムは深紅の船体をきらりと光らせる。
 クリムゾンフレイム、そしてパイロットであるマリン・フローライトの順位は二位、あのジンジャーブレッドに次ぐ順位だ。
 しかし……
 ――やっぱり、さすがはジンジャーブレッドね。ここまで来て、まだ私が追い付けないなんて――
 マリンは、ディスプレイ上に映るも、いまだに距離が縮まらない、ブラッククラッカーの後ろ姿を、しげしげと眺めていた。
 ――いくら二位だって言っても、すぐ後ろにはほら……それなりに機体がついて来てるし――
 別のディスプレイの後部映像には、確かに4、5機程、後ろを飛行する姿が見て取れた。
 そして……この時、マリンは意識していなかったが、そこには既にここまで追いついて来た、ホワイトムーンの姿もある。
 ――やっぱり、一筋縄では行かないか。ガス惑星でのレースは今まででも多かったから、慣れていたはずなんだけど……他のレーサーも追いついて来ているかもだし、ジンジャーブレッドには追い付けないし…………もう!――
 今までは、ここまで苦戦したことはなかったのかもしれない、マリンはかなり不満そうにむくれている。
 彼女は今までの経験をもとに、高確率で船にとって強い追い風となり、なおかつ近道で効率の良い気流に乗り、ここまでリードして来た。
 多分、後ろのレーサーも、大体は同じようにしたのだろう。
 でも……今のままではジンジャーブレッドに追いつけない。
 もちろん、ここで無理に、彼に勝利する必要はない。
 ――けど、レースしているからには、やっぱり勝つために全力を尽くしたいよね――
 マリンはそう、気持ちを切り替えると、どうすれば彼に追いつけるか考えた。
 ディスプレイに映る惑星の様子は、いくつものガスの流れが、上下、そして四方を覆っていた。



 どこを見ても、様々な流れを見せる、青、青、青……、そして渦。惑星を構成するガスの中を飛んでいるせいで、どの方向を、どれくらい飛んでいるのかは分かりにくい。
 そこで、多くのレーサーは、そんな中でもレースの様子を撮影している、無人機を目印にしている。
 この無人機は、コースの範囲を囲い込むように、その中央から上下左右に四機一組で、コース全体に等間隔で配置されている。
 それは、レースの撮影のみならず、全無人機がネットワークを形成することで発生させる、特殊レーダーフィールドにより、機体がコースから外れたどうか、監視する役割を持つ。
 その境界は映像に映るものではないが、もし少しでも外れればそれを感知、有無を言わさずリタイヤとなる。
 映像全体に見える気流の速さは、遅いも早いも様々だ。そして、その流れがどの方向に、どこまで続くかは、乗ってみなければ分からない。
 そんな気流の中には、一度乗ったらレース機体でも、そこから抜け出すのが難しいほどに、かなり急激な流れもある。
 クリムゾンフレイムのディスプレイにも、そんな流れがいくつも見える。景色は全て青いが、流れるガスの速度を見れば分かる。もしそれに乗れば、逆転のチャンスはあるかもしれない。



 だが……、流れがどこに、どこまで繋がっているかも分からず、流れの終わりまでそこから出れないことを考えれば、リスクはかなり高い。
 もしそれが遠回りになれば、更にはコースの逆走になることも考えられ、最悪、そのコースからも外れてリタイヤになる可能性まである。
 加えて、そこまで急激な流れなら、他の流れとの衝突による、渦の数も強さも多い。渦に巻き込まれて足止め……リタイヤ。ガス惑星の奥にまで引きずりこまれて遭難し、こんな狭い空間で、シャワーも浴びれずに何日も救助を待たなければいけない羽目になるかもしれない。
 ――ううっ……。そんな事になるなんて、私は嫌だな―― 
 遭難など最悪の場合に備えて、携帯食料と水、酸素の用意は義務付けられているため、死ぬようなことはないが…………、宇宙空間での遭難なんて、正直良い体験とは言えない。 
 彼女は性格に反して、高い操縦技術と観察眼に裏打ちされた、堅実なレースプレイを得意としていた。
 普通なら、こんな賭け事をする事はない。しかし――
 ――けど、選手紹介であんな事やっちゃったし、今更怖気づくなんて出来ないよね。……
よし! ここは一か八か――
 覚悟を決めたマリンは、高速で流れる気流の中から、比較的安全で、なおかつ近道になりそうな気流を選んだ。
 ――さてと、慣れないことだけど、鬼が出るか蛇が出るか……運試しね!――
 こうしてマリン、そしてクリムゾンフレイムは、惑星の大気に急激に流れる、気流の一つにその身を委ねる。



 ――――
〈……と、まぁ、こうして貴方の元までたどり着いたわ。ふふっ、慣れないことでも、やってみるのはいいものね〉
 ジンジャーブレッドはセンサーからの外部映像の情報に加え、赤毛の若い女性の姿とその声を認識していた。
 通信を許可し、こうして現れたのが彼女、マリン・フローライトだった。
「なるほど、あの高速気流に乗ってここまで来たのか。運が良いと言うべきか……パイロットの実力、機体の性能によるものと言うべきか……」
〈お褒めに預かって、光栄だわ、ジンジャーブレッド〉
「だが、それらは全て、私が上だ。君の快進撃はここまでだと、断言しよう」
 するとマリンは、挑発的な笑みを見せる。
〈どうかしらね? 幾ら昔に活躍したからって、お高く留まっていると足元をすくわれるかもよ?〉
「ふっ……、そこまで言うなら試してみるか?」
〈……上等じゃない!〉
 ――ふむ、随分と骨のあるレーサーだ。所詮は前哨戦だが、なかなか頑張るじゃないか――
 そんなジンジャーブレッドの余裕、それはクリムゾンフレイムが接近したと言っても、彼の機体であるブラッククラッカーとの距離は、せいぜいディスプレイに映り通信が可能なギリギリの距離。接戦には程遠い。
 ――それにしても予選の……確かリッキーだったか、さらに廊下ですれ違ったシロノに、そしてマリン。長年ぶりに復帰しただけで、随分と良いレーサーがいるものだな。
 さて、彼女はどこまで私と渡り合えるか……見ものだな――
 ジンジャーブレッドはそう、ほくそ笑んだ。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...