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第五章 深紅の炎
埋まる事ない差
しおりを挟む通信ではあんなに威勢の良かったマリン。
しかし、ここまで追いつけたは良いが、それ以上は先頭のブラッククラッカーに、接近出来る気配すらない。
――ああっ、もう! 全然近づけないじゃない! どうなってるの、反則でしょ!?――
クリムゾンフレイムは最高加速で、ブラッククラッカーを追跡する。
機体の大型の加速ブースタから、派手な勢いで真紅の推進エネルギーを吹き出す。
そして、パイロットのマリンは、その加速度で操縦席に身体を押し付けられていた。
肉体は重く、呼吸すら困難な、そんな状況の中で、彼女はかなり苛立っていた。
今、二機が飛ぶ空間は、巨大なガス気流の中。
マリンが乗った高速気流は、運よくこの巨大気流へと合流するものであり、こうして追いつくことが可能だった。
大規模な気流の内部にいる事もあり、空気の流れには乱れは見られず、常に一定の方向に、安定して流れている。
環境的な条件では互いにほぼ互角、そして今のところは同じ流れに沿って飛ぶだけ、パイロットの技術の差も、そこまで出ないはず。
そう考えたからこそ、マリンはクリムゾンフレイムの出力を全開にして、ブラッククラッカーを追い抜こうとしていた。
彼女の機体は、その形状と、機体後部のほぼ全体を占める程に大規模な、たった一基の強力加速ブースターにより、直線的な加速にはかなり強い機体だ。
それは今までのレース大会でも高く評価され、『直線の加速なら、クリムゾンフレイムとマリン・フローライトに敵はない』とまで言われていた。
気流も今は曲線を描くことなく、まっすぐに流れている。機体の性能も悪くない、この条件なら幾らか無理をすれば、相手の期待性能が多少高くても……、そう考えていた。
だが――二機の距離は、一向に縮まる様子はない。それどころか、次第に距離が離れているようにさえ見える。
つまり、その事から考えられるのは……相手の機体性能、クリムゾンフレイムの持ち味と言われた加速性能さえも、上回っていると言うことだ。
――ジンジャーブレッドの機体は、私のクリムゾンフレイムより上らしいわね。でも
……あそこまで高性能なんて、正直有り得ないわ――
彼女自身、自分の機体には、強い自身を持っていた。
それがこんな形で打ち砕かれたのは、マリンにとって、精神的に大きなショックとなる。
パイロットのマリン、そしてその機体クリムゾンフレイムの加速をもってしてでも、ジンジャーブレッドとブラッククラッカーの、足元に及ばないのか……。
いや、確かにクリムゾンフレイムは出力を最大にしている。
しかし、これは本当の限界ではない。まだ手は、一つ残っていた。
――本当なら、私の切り札は、本番まで取って置きたかったけど…………少しだけだったら!
絶対に、驚かせてあげるわ、ジンジャーブレッド!――
コントロールパネルの左下にある、赤色の大きな、何かあるのではと簡単に察しがつくスイッチ。
マリンは手を伸ばし、そのスイッチを、強く押した。
瞬間、操縦席から装甲材が伸縮しパイロットの身体を覆い固定し、上からはヘルメットが伸び、自動でマリンの頭に被せる。
顔全体を覆うヘルメット。それには加速に耐えるための呼吸マスクが備え付けられ、バイザーには、ディスプレイの映像が映し出されている。
左右に首を振って状態確認すると、それに反応して右と左の映像も映される。
〈システム・スパークラーの作動を確認。作動時間はどうしますか、マスター?〉
機体の制御コンピューターが、マリンにそう聞いて来る。
「時間は一分で十分。それだけあれば、何とかいい勝負をしてみせるわ」
〈了解、作動時間は一分。動力機関、出力、推力系の全リミッターを一時的に解除、検討を祈ります〉
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