テイルウィンド

双子烏丸

文字の大きさ
151 / 204
第十章 Grand Galaxy Grand prix [Action!〕

レースの終わりに

しおりを挟む
 ――――
 中間地点でもあるスカイガーデン・ポリス上層の滑走路に、テイルウィンドは着陸する。
 この逆ピラミッド型の空中都市周囲には、スタート地点である惑星サファイアのオーシャンポリスからやって来た。大型客船が空中に停泊していた。
 都市も大型船も、重力制御装置のおかげで、あの巨体は空に浮かんでいられる。
 科学の力とは、やはりすごいのだ。

 
 ともかくテイルウィンドは、滑走路からエレベーターのような物に乗り、都市内部の格納区画へと降下する。
 そして格納区画に到着すると、そこに機体を停めた。
 自力で移動できないならともかく、方法や手順としては、オーシャンポリスの時と殆ど変わらない。


 テイルウィンドの近くには、先にゴールしたホワイトムーン、そしてブラッククラッカーが停まっていた。
  そしてホワイトムーンの傍には、シロノの姿がある。
 ――ちょっとだけ、挨拶しようかな――
 フウマは、テイルウィンドのシステムを停止させた。
 レースが始まってから、今までずっと稼働したままだった機体は、これでようやく休息を取れる、と言うわけだ。

 
 機体の外扉を開き、フウマは降りた。
 すると、シロノはそれに気づき、降りて来たフウマに顔を向けた。
「おや? お疲れ様ですね、フウマ」
 そう言って親しげに微笑みかけ、軽く挨拶をするシロノ。
 フウマはそれに、こう応えた。
「結局、またシロノに負けちゃったな。でも……僕なりに頑張ったんだぜ」
「ふふっ、分かってますよ。――フウマはとても、良い試合をしていましたから」
 シロノは続ける。
「あそこまで腕を上げるなんて、驚きました。さすが私の、ライバルですね」
「……へへっ!」
 ふと照れくさそうに、はにかむフウマ。
「おや? もしかして照れてますか?」
 シロノに言われて我にかえった彼は、恥ずかしそうに顔を反らす。
「べっ、別に! 照れてなんて、ないってば」

 
 二人がそんな会話をしていた時――ようやく、ジンジャーブレッドも機体から降りて来た。
「……」
 見ると彼はかなり憔悴した様子らしく、フウマとシロノの姿など、目に入ってすらいない。
 そして、ジンジャーブレッドは二人の隣を横切ろうとした。



「あの、ジンジャーブレッドさん」
 だがそんな事など知る由もなかったシロノは、フウマ同様に挨拶をするために、ジンジャーブレッドを呼び止めてしまった。
「……どうしたのだ?」
 呼び止められ、ゆっくりと彼はシロノへと顔を向けた。
 その表情は暗く沈み、苦悩の表情までも見て取れる。
 ジンジャーブレッドの重い雰囲気に、シロノ、そしてそれを見ていたフウマは、戸惑った。
「その……えっと……」
 いつも冷静なシロノらしからぬ、僅かな困惑を浮かべる。
 しかし彼はこう、言葉を続けた。
「……ジンジャーブレッドさん、再び貴方と勝負が出来て、光栄でした。
 今回のレースも……とても素晴らしかったです、貴方はやはり伝説の――」



「――黙れっ!!」
 シロノが言い終わらない内に、ジンジャーブレッドの様子は豹変し、荒々しく彼の襟首を掴み上げた。
 あまりに急な出来事に、混乱する二人。
「や……やめて、下さい。……苦しい、ですから」
 かなり強力につかみ上げたせいか、息をする事さえ困難なシロノは、苦しそうに呻く。
 ジンジャーブレッドは相変わらず、取り乱したままだ。
「違う……違う……! 伝説などではない、私は――」
「ちょっと! 止めてよ、ジンジャーブレッドさん!」
 これを見て黙っていられず、フウマも慌てて止めに入る。



 それが功を奏したのか、それとも時間が経ったせいか、ようやくジンジャーブレッドは我にかえった。
「……あ、あぁ」
 だが、今の自身の行為に、強いショックを覚えたようだ。彼はシロノから手を放し、ヨロヨロとよろめくように、後ろへと下がる。
「うっ、げほっ……げほっ……」
 ようやく解放されたシロノは倒れこんで、激しくせき込む。
 そんな様子の彼の身を、フウマは案じる。 
「大丈夫!? 体は、悪くない?」
 何とか、大丈夫そうな素振りを見せるかのように、シロノは微笑んでみせる。
「……げほ……ええ。……少し、苦しかっただけですから……こほっ。気にかけてくれるんですね……嬉しいですよ」
 
 

 今度は、責める目つきで、フウマはジンジャーブレッドを睨む。
「一体、何があったのか知らないけど、これはあんまりだよ。
 確かにシロノは少しキザな所があって、自信過剰だったりするけど……悪い奴では決してないさ」
「……あの、一言余計ではありませんか?」
 シロノはつい突っ込みを入れるも、今度はフウマが聞いていなかった。
「それに、さっきのシロノには、全然悪気だってなかったじゃないか。彼なりには気を遣ってたし…………なのに、こんな事をするなんて、ジンジャーブレッドさんでも酷すぎます」
 だが、フウマの言葉に対して、ジンジャーブレッドはまたしてもショックで聞いていないようだった。
 しかし――
「……すまなかった。そんなつもりでは……なかったんだ」
 蚊の鳴く程度の、呟く言葉でジンジャーブレッドは謝罪した。
 そしてその場から、逃げるように去って行った。



「シロノ……立てるかい」
 倒れたままのシロノに、フウマは手を差し伸べる。
 彼はその手を握ると、ゆっくりと立ち上がる。
「ありがとうございます。やはりフウマは、いい子ですね」
「……やめてよね。そんなつもりは、全くないんだからさ」
 こんな目に遭っても相変わらずな様子に、フウマはため息をつく。
「まぁ平気そうなら、良かったよ。
 ――それじゃあ僕も、これで失礼させてもらうよ。ちょっと近くで、ミオと待ち合わせしているからね、これ以上シロノに構う余裕はないのさ」
 それを聞いて、シロノお得意の優しい微笑みを見せる。
「ふふっ、それは素敵です。大切な――フウマの彼女ですものね」


「……当然、当たり前だろ」
 強気な様子のフウマだが、それでも……シロノの見る彼の横顔は、心底嬉しそうだった。
「良い顔を、していますね。
 ――さてと、あまり待たせては悪いでしょう? きっとミオさんも
心配してるでしょうし、早く安心させてあげませんと」
 そう言って、シロノはフウマの背中を、ポンと叩く。
「分かってるってば。――それじゃあ、またね」
 フウマは軽く手を振り、彼もまた、その場を後にした。
 同じく手を振り返し、フウマを見送るシロノ。
 


 そして、一人になったシロノは、改めてさっきの事を考える事になる。
 あの時、いきなり激昂して、掴みかかって来たジンジャーブレッド。
 ――私が何か、気に障る事を、言ってしまったからでしょうか――
 しかし、そうだとしてもあそこまでの反応は、明らかに異常だった。
 ――ジンジャーブレッド……一体彼に、何が起こったのか、気になりますね――


   
 ――――
 場所はゲルベルト重工の豪華客船、クイーンギャラクシー。
 ジンジャーブレッドは、一人、ある場所へと向かっている最中だった。
「ぐっ……かはっ! ……はぁ」
 レースの最後、強制的に『量子化次元加速ドライブ』を起動させられた激しい副作用が、先程から彼を強く苦しめていた。
 あまりの痛みに、歩くこともままならないジンジャーブレッドは、廊下の壁に倒れかかる。
 ――この痛みは……慣れないものだ。それでも、今は――
 だが、何とか立ち上がると、再び歩みはじめた。
 


 ――ようやくたどり着いたのは、とある広い部屋であった。
 中央には楕円形の大きな机、そしてそれを取り巻く幾つもの椅子……まるで会議室を思わせる部屋だが、奥の壁と一体と化したモノが、一際異彩を放っていた。


 それは幾つもモニターや計器の取り付けられた複雑な機械。
 今は殆どの活動が停止しているが、一部動いている計器が示すものは不明であり、その上機械そのものの異様な様は、果たして何に用いられる物であるか……常人には及びもつかないものであった。
 そして機械の前に佇む一人の男性、それはゲルベルト重工のオーナー、アーノルド・ゲルベルトである。
「……ゲルベルト……っ!」
 目の前のゲルベルトに対し、激しい剣幕で睨むジンジャーブレッド。
 
 
 しかし、当のゲルベルトは、それを全く気にせず薄ら笑いを見せる。
「ほう、まだ余裕があるようだな。てっきり、ここまで来るのさえ、辛いと思っていたがね」
「そんなことを、よく言えるものだ! ……っつ」
 激昂するジンジャーブレッドだが、途端に痛みが走り、倒れそうになる。
 何とか机を掴み体を支えるも、それでさえやっとの事だ。
「私のせい、とでも言いたいのか? くくっ……まぁそう怒るな、ほら見ろ、脈拍、心拍数ともに50%の上昇だ」
 一部稼働を続ける、幾つかの計器の値を確認しながらゲルベルトは話す。
「そもそも……君が他のレーサーに負けさえしなければ、あえて使うような事はなかったものの。
 まだ未完成の物を使用し、不具合が起こっては、私もたまったものではない」
「……」
 ジンジャーブレッドは、沈黙して彼の話を聞く。
「だが君が他のレーサーに敗北する事は猶更避けたい。特に君とブラッククラッカーを観に来た、ギャラリー達の前ではな。
 まぁ、幸運なことに、この遠隔コントローラーの実証にもなった。ギャラリー達にも好評だったからな、良しとしよう」
「つまり、全ては私のせい……そう言いたいのか」
 ついに耐え切れず、そう問い詰めるジンジャーブレッド。
 だが、ゲルベルトは首を振る。
「ははは、まさかな。かつての『ジンジャーブレッド』ならともかく――『君』にはそこまで期待はせんさ」



 思わず、ジンジャーブレッドは拳を強く握る。
「やはり完全とは行かないものだが、構わん。
 私が君に望むのは、君自身とブラッククラッカーの性能を、レースと言う形でアピールする事に他ならない。
 その為の他者との圧倒、そして優勝だ。何、次元加速ドライブを使いさえすれば、敗北しないさ……あの時みたいにな。
 誰より先を飛び、優勝を手にしたいのは、君とて同じだろう?」
 対するゲルベルト、今度は猫撫で声で言葉をかける。
 だが……耳元に顔を近づけると、こう囁いた。
「――だから、下らない意地を張らず、ただ私の望みを叶えることだ。最も……これで分かっただろう? 君にはそれしか、道がないと言うことがな」
 

 
 ジンジャーブレッドは、僅かに額から汗を流す。
 ……しかし、あくまで平然を装い。宣言した。
「分かっているとも。私は貴方のために、全力を尽くして飛ぼう。
 ……だが私は、私のやるようにさせてもらう。その上で――ジンジャーブレッドの名の通り、誰よりも先を行き、優勝してみせるとも」
 彼は勇ましく、言い放つ。それはあの伝説のレーサー、ジンジャーブレッドの貫禄、そのものだった。
「そうか……クッ、ククククク……」
 だがゲルベルトは、ただ含み笑いを続ける。そして――
「――まぁ、良い。後少しは、機会を与えてやろう。
 だが、決して自らの立場を忘れるなよ。なぁ……ジンジャーブレッド?」
 その口元には、悪趣味な愉悦の笑みが、べったりと張り付いていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...