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第十章 Grand Galaxy Grand prix [Action!〕
レースの終わりに
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――――
中間地点でもあるスカイガーデン・ポリス上層の滑走路に、テイルウィンドは着陸する。
この逆ピラミッド型の空中都市周囲には、スタート地点である惑星サファイアのオーシャンポリスからやって来た。大型客船が空中に停泊していた。
都市も大型船も、重力制御装置のおかげで、あの巨体は空に浮かんでいられる。
科学の力とは、やはりすごいのだ。
ともかくテイルウィンドは、滑走路からエレベーターのような物に乗り、都市内部の格納区画へと降下する。
そして格納区画に到着すると、そこに機体を停めた。
自力で移動できないならともかく、方法や手順としては、オーシャンポリスの時と殆ど変わらない。
テイルウィンドの近くには、先にゴールしたホワイトムーン、そしてブラッククラッカーが停まっていた。
そしてホワイトムーンの傍には、シロノの姿がある。
――ちょっとだけ、挨拶しようかな――
フウマは、テイルウィンドのシステムを停止させた。
レースが始まってから、今までずっと稼働したままだった機体は、これでようやく休息を取れる、と言うわけだ。
機体の外扉を開き、フウマは降りた。
すると、シロノはそれに気づき、降りて来たフウマに顔を向けた。
「おや? お疲れ様ですね、フウマ」
そう言って親しげに微笑みかけ、軽く挨拶をするシロノ。
フウマはそれに、こう応えた。
「結局、またシロノに負けちゃったな。でも……僕なりに頑張ったんだぜ」
「ふふっ、分かってますよ。――フウマはとても、良い試合をしていましたから」
シロノは続ける。
「あそこまで腕を上げるなんて、驚きました。さすが私の、ライバルですね」
「……へへっ!」
ふと照れくさそうに、はにかむフウマ。
「おや? もしかして照れてますか?」
シロノに言われて我にかえった彼は、恥ずかしそうに顔を反らす。
「べっ、別に! 照れてなんて、ないってば」
二人がそんな会話をしていた時――ようやく、ジンジャーブレッドも機体から降りて来た。
「……」
見ると彼はかなり憔悴した様子らしく、フウマとシロノの姿など、目に入ってすらいない。
そして、ジンジャーブレッドは二人の隣を横切ろうとした。
「あの、ジンジャーブレッドさん」
だがそんな事など知る由もなかったシロノは、フウマ同様に挨拶をするために、ジンジャーブレッドを呼び止めてしまった。
「……どうしたのだ?」
呼び止められ、ゆっくりと彼はシロノへと顔を向けた。
その表情は暗く沈み、苦悩の表情までも見て取れる。
ジンジャーブレッドの重い雰囲気に、シロノ、そしてそれを見ていたフウマは、戸惑った。
「その……えっと……」
いつも冷静なシロノらしからぬ、僅かな困惑を浮かべる。
しかし彼はこう、言葉を続けた。
「……ジンジャーブレッドさん、再び貴方と勝負が出来て、光栄でした。
今回のレースも……とても素晴らしかったです、貴方はやはり伝説の――」
「――黙れっ!!」
シロノが言い終わらない内に、ジンジャーブレッドの様子は豹変し、荒々しく彼の襟首を掴み上げた。
あまりに急な出来事に、混乱する二人。
「や……やめて、下さい。……苦しい、ですから」
かなり強力につかみ上げたせいか、息をする事さえ困難なシロノは、苦しそうに呻く。
ジンジャーブレッドは相変わらず、取り乱したままだ。
「違う……違う……! 伝説などではない、私は――」
「ちょっと! 止めてよ、ジンジャーブレッドさん!」
これを見て黙っていられず、フウマも慌てて止めに入る。
それが功を奏したのか、それとも時間が経ったせいか、ようやくジンジャーブレッドは我にかえった。
「……あ、あぁ」
だが、今の自身の行為に、強いショックを覚えたようだ。彼はシロノから手を放し、ヨロヨロとよろめくように、後ろへと下がる。
「うっ、げほっ……げほっ……」
ようやく解放されたシロノは倒れこんで、激しくせき込む。
そんな様子の彼の身を、フウマは案じる。
「大丈夫!? 体は、悪くない?」
何とか、大丈夫そうな素振りを見せるかのように、シロノは微笑んでみせる。
「……げほ……ええ。……少し、苦しかっただけですから……こほっ。気にかけてくれるんですね……嬉しいですよ」
今度は、責める目つきで、フウマはジンジャーブレッドを睨む。
「一体、何があったのか知らないけど、これはあんまりだよ。
確かにシロノは少しキザな所があって、自信過剰だったりするけど……悪い奴では決してないさ」
「……あの、一言余計ではありませんか?」
シロノはつい突っ込みを入れるも、今度はフウマが聞いていなかった。
「それに、さっきのシロノには、全然悪気だってなかったじゃないか。彼なりには気を遣ってたし…………なのに、こんな事をするなんて、ジンジャーブレッドさんでも酷すぎます」
だが、フウマの言葉に対して、ジンジャーブレッドはまたしてもショックで聞いていないようだった。
しかし――
「……すまなかった。そんなつもりでは……なかったんだ」
蚊の鳴く程度の、呟く言葉でジンジャーブレッドは謝罪した。
そしてその場から、逃げるように去って行った。
「シロノ……立てるかい」
倒れたままのシロノに、フウマは手を差し伸べる。
彼はその手を握ると、ゆっくりと立ち上がる。
「ありがとうございます。やはりフウマは、いい子ですね」
「……やめてよね。そんなつもりは、全くないんだからさ」
こんな目に遭っても相変わらずな様子に、フウマはため息をつく。
「まぁ平気そうなら、良かったよ。
――それじゃあ僕も、これで失礼させてもらうよ。ちょっと近くで、ミオと待ち合わせしているからね、これ以上シロノに構う余裕はないのさ」
それを聞いて、シロノお得意の優しい微笑みを見せる。
「ふふっ、それは素敵です。大切な――フウマの彼女ですものね」
「……当然、当たり前だろ」
強気な様子のフウマだが、それでも……シロノの見る彼の横顔は、心底嬉しそうだった。
「良い顔を、していますね。
――さてと、あまり待たせては悪いでしょう? きっとミオさんも
心配してるでしょうし、早く安心させてあげませんと」
そう言って、シロノはフウマの背中を、ポンと叩く。
「分かってるってば。――それじゃあ、またね」
フウマは軽く手を振り、彼もまた、その場を後にした。
同じく手を振り返し、フウマを見送るシロノ。
そして、一人になったシロノは、改めてさっきの事を考える事になる。
あの時、いきなり激昂して、掴みかかって来たジンジャーブレッド。
――私が何か、気に障る事を、言ってしまったからでしょうか――
しかし、そうだとしてもあそこまでの反応は、明らかに異常だった。
――ジンジャーブレッド……一体彼に、何が起こったのか、気になりますね――
――――
場所はゲルベルト重工の豪華客船、クイーンギャラクシー。
ジンジャーブレッドは、一人、ある場所へと向かっている最中だった。
「ぐっ……かはっ! ……はぁ」
レースの最後、強制的に『量子化次元加速ドライブ』を起動させられた激しい副作用が、先程から彼を強く苦しめていた。
あまりの痛みに、歩くこともままならないジンジャーブレッドは、廊下の壁に倒れかかる。
――この痛みは……慣れないものだ。それでも、今は――
だが、何とか立ち上がると、再び歩みはじめた。
――ようやくたどり着いたのは、とある広い部屋であった。
中央には楕円形の大きな机、そしてそれを取り巻く幾つもの椅子……まるで会議室を思わせる部屋だが、奥の壁と一体と化したモノが、一際異彩を放っていた。
それは幾つもモニターや計器の取り付けられた複雑な機械。
今は殆どの活動が停止しているが、一部動いている計器が示すものは不明であり、その上機械そのものの異様な様は、果たして何に用いられる物であるか……常人には及びもつかないものであった。
そして機械の前に佇む一人の男性、それはゲルベルト重工のオーナー、アーノルド・ゲルベルトである。
「……ゲルベルト……っ!」
目の前のゲルベルトに対し、激しい剣幕で睨むジンジャーブレッド。
しかし、当のゲルベルトは、それを全く気にせず薄ら笑いを見せる。
「ほう、まだ余裕があるようだな。てっきり、ここまで来るのさえ、辛いと思っていたがね」
「そんなことを、よく言えるものだ! ……っつ」
激昂するジンジャーブレッドだが、途端に痛みが走り、倒れそうになる。
何とか机を掴み体を支えるも、それでさえやっとの事だ。
「私のせい、とでも言いたいのか? くくっ……まぁそう怒るな、ほら見ろ、脈拍、心拍数ともに50%の上昇だ」
一部稼働を続ける、幾つかの計器の値を確認しながらゲルベルトは話す。
「そもそも……君が他のレーサーに負けさえしなければ、あえて使うような事はなかったものの。
まだ未完成の物を使用し、不具合が起こっては、私もたまったものではない」
「……」
ジンジャーブレッドは、沈黙して彼の話を聞く。
「だが君が他のレーサーに敗北する事は猶更避けたい。特に君とブラッククラッカーを観に来た、ギャラリー達の前ではな。
まぁ、幸運なことに、この遠隔コントローラーの実証にもなった。ギャラリー達にも好評だったからな、良しとしよう」
「つまり、全ては私のせい……そう言いたいのか」
ついに耐え切れず、そう問い詰めるジンジャーブレッド。
だが、ゲルベルトは首を振る。
「ははは、まさかな。かつての『ジンジャーブレッド』ならともかく――『君』にはそこまで期待はせんさ」
思わず、ジンジャーブレッドは拳を強く握る。
「やはり完全とは行かないものだが、構わん。
私が君に望むのは、君自身とブラッククラッカーの性能を、レースと言う形でアピールする事に他ならない。
その為の他者との圧倒、そして優勝だ。何、次元加速ドライブを使いさえすれば、敗北しないさ……あの時みたいにな。
誰より先を飛び、優勝を手にしたいのは、君とて同じだろう?」
対するゲルベルト、今度は猫撫で声で言葉をかける。
だが……耳元に顔を近づけると、こう囁いた。
「――だから、下らない意地を張らず、ただ私の望みを叶えることだ。最も……これで分かっただろう? 君にはそれしか、道がないと言うことがな」
ジンジャーブレッドは、僅かに額から汗を流す。
……しかし、あくまで平然を装い。宣言した。
「分かっているとも。私は貴方のために、全力を尽くして飛ぼう。
……だが私は、私のやるようにさせてもらう。その上で――ジンジャーブレッドの名の通り、誰よりも先を行き、優勝してみせるとも」
彼は勇ましく、言い放つ。それはあの伝説のレーサー、ジンジャーブレッドの貫禄、そのものだった。
「そうか……クッ、ククククク……」
だがゲルベルトは、ただ含み笑いを続ける。そして――
「――まぁ、良い。後少しは、機会を与えてやろう。
だが、決して自らの立場を忘れるなよ。なぁ……ジンジャーブレッド?」
その口元には、悪趣味な愉悦の笑みが、べったりと張り付いていた。
中間地点でもあるスカイガーデン・ポリス上層の滑走路に、テイルウィンドは着陸する。
この逆ピラミッド型の空中都市周囲には、スタート地点である惑星サファイアのオーシャンポリスからやって来た。大型客船が空中に停泊していた。
都市も大型船も、重力制御装置のおかげで、あの巨体は空に浮かんでいられる。
科学の力とは、やはりすごいのだ。
ともかくテイルウィンドは、滑走路からエレベーターのような物に乗り、都市内部の格納区画へと降下する。
そして格納区画に到着すると、そこに機体を停めた。
自力で移動できないならともかく、方法や手順としては、オーシャンポリスの時と殆ど変わらない。
テイルウィンドの近くには、先にゴールしたホワイトムーン、そしてブラッククラッカーが停まっていた。
そしてホワイトムーンの傍には、シロノの姿がある。
――ちょっとだけ、挨拶しようかな――
フウマは、テイルウィンドのシステムを停止させた。
レースが始まってから、今までずっと稼働したままだった機体は、これでようやく休息を取れる、と言うわけだ。
機体の外扉を開き、フウマは降りた。
すると、シロノはそれに気づき、降りて来たフウマに顔を向けた。
「おや? お疲れ様ですね、フウマ」
そう言って親しげに微笑みかけ、軽く挨拶をするシロノ。
フウマはそれに、こう応えた。
「結局、またシロノに負けちゃったな。でも……僕なりに頑張ったんだぜ」
「ふふっ、分かってますよ。――フウマはとても、良い試合をしていましたから」
シロノは続ける。
「あそこまで腕を上げるなんて、驚きました。さすが私の、ライバルですね」
「……へへっ!」
ふと照れくさそうに、はにかむフウマ。
「おや? もしかして照れてますか?」
シロノに言われて我にかえった彼は、恥ずかしそうに顔を反らす。
「べっ、別に! 照れてなんて、ないってば」
二人がそんな会話をしていた時――ようやく、ジンジャーブレッドも機体から降りて来た。
「……」
見ると彼はかなり憔悴した様子らしく、フウマとシロノの姿など、目に入ってすらいない。
そして、ジンジャーブレッドは二人の隣を横切ろうとした。
「あの、ジンジャーブレッドさん」
だがそんな事など知る由もなかったシロノは、フウマ同様に挨拶をするために、ジンジャーブレッドを呼び止めてしまった。
「……どうしたのだ?」
呼び止められ、ゆっくりと彼はシロノへと顔を向けた。
その表情は暗く沈み、苦悩の表情までも見て取れる。
ジンジャーブレッドの重い雰囲気に、シロノ、そしてそれを見ていたフウマは、戸惑った。
「その……えっと……」
いつも冷静なシロノらしからぬ、僅かな困惑を浮かべる。
しかし彼はこう、言葉を続けた。
「……ジンジャーブレッドさん、再び貴方と勝負が出来て、光栄でした。
今回のレースも……とても素晴らしかったです、貴方はやはり伝説の――」
「――黙れっ!!」
シロノが言い終わらない内に、ジンジャーブレッドの様子は豹変し、荒々しく彼の襟首を掴み上げた。
あまりに急な出来事に、混乱する二人。
「や……やめて、下さい。……苦しい、ですから」
かなり強力につかみ上げたせいか、息をする事さえ困難なシロノは、苦しそうに呻く。
ジンジャーブレッドは相変わらず、取り乱したままだ。
「違う……違う……! 伝説などではない、私は――」
「ちょっと! 止めてよ、ジンジャーブレッドさん!」
これを見て黙っていられず、フウマも慌てて止めに入る。
それが功を奏したのか、それとも時間が経ったせいか、ようやくジンジャーブレッドは我にかえった。
「……あ、あぁ」
だが、今の自身の行為に、強いショックを覚えたようだ。彼はシロノから手を放し、ヨロヨロとよろめくように、後ろへと下がる。
「うっ、げほっ……げほっ……」
ようやく解放されたシロノは倒れこんで、激しくせき込む。
そんな様子の彼の身を、フウマは案じる。
「大丈夫!? 体は、悪くない?」
何とか、大丈夫そうな素振りを見せるかのように、シロノは微笑んでみせる。
「……げほ……ええ。……少し、苦しかっただけですから……こほっ。気にかけてくれるんですね……嬉しいですよ」
今度は、責める目つきで、フウマはジンジャーブレッドを睨む。
「一体、何があったのか知らないけど、これはあんまりだよ。
確かにシロノは少しキザな所があって、自信過剰だったりするけど……悪い奴では決してないさ」
「……あの、一言余計ではありませんか?」
シロノはつい突っ込みを入れるも、今度はフウマが聞いていなかった。
「それに、さっきのシロノには、全然悪気だってなかったじゃないか。彼なりには気を遣ってたし…………なのに、こんな事をするなんて、ジンジャーブレッドさんでも酷すぎます」
だが、フウマの言葉に対して、ジンジャーブレッドはまたしてもショックで聞いていないようだった。
しかし――
「……すまなかった。そんなつもりでは……なかったんだ」
蚊の鳴く程度の、呟く言葉でジンジャーブレッドは謝罪した。
そしてその場から、逃げるように去って行った。
「シロノ……立てるかい」
倒れたままのシロノに、フウマは手を差し伸べる。
彼はその手を握ると、ゆっくりと立ち上がる。
「ありがとうございます。やはりフウマは、いい子ですね」
「……やめてよね。そんなつもりは、全くないんだからさ」
こんな目に遭っても相変わらずな様子に、フウマはため息をつく。
「まぁ平気そうなら、良かったよ。
――それじゃあ僕も、これで失礼させてもらうよ。ちょっと近くで、ミオと待ち合わせしているからね、これ以上シロノに構う余裕はないのさ」
それを聞いて、シロノお得意の優しい微笑みを見せる。
「ふふっ、それは素敵です。大切な――フウマの彼女ですものね」
「……当然、当たり前だろ」
強気な様子のフウマだが、それでも……シロノの見る彼の横顔は、心底嬉しそうだった。
「良い顔を、していますね。
――さてと、あまり待たせては悪いでしょう? きっとミオさんも
心配してるでしょうし、早く安心させてあげませんと」
そう言って、シロノはフウマの背中を、ポンと叩く。
「分かってるってば。――それじゃあ、またね」
フウマは軽く手を振り、彼もまた、その場を後にした。
同じく手を振り返し、フウマを見送るシロノ。
そして、一人になったシロノは、改めてさっきの事を考える事になる。
あの時、いきなり激昂して、掴みかかって来たジンジャーブレッド。
――私が何か、気に障る事を、言ってしまったからでしょうか――
しかし、そうだとしてもあそこまでの反応は、明らかに異常だった。
――ジンジャーブレッド……一体彼に、何が起こったのか、気になりますね――
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場所はゲルベルト重工の豪華客船、クイーンギャラクシー。
ジンジャーブレッドは、一人、ある場所へと向かっている最中だった。
「ぐっ……かはっ! ……はぁ」
レースの最後、強制的に『量子化次元加速ドライブ』を起動させられた激しい副作用が、先程から彼を強く苦しめていた。
あまりの痛みに、歩くこともままならないジンジャーブレッドは、廊下の壁に倒れかかる。
――この痛みは……慣れないものだ。それでも、今は――
だが、何とか立ち上がると、再び歩みはじめた。
――ようやくたどり着いたのは、とある広い部屋であった。
中央には楕円形の大きな机、そしてそれを取り巻く幾つもの椅子……まるで会議室を思わせる部屋だが、奥の壁と一体と化したモノが、一際異彩を放っていた。
それは幾つもモニターや計器の取り付けられた複雑な機械。
今は殆どの活動が停止しているが、一部動いている計器が示すものは不明であり、その上機械そのものの異様な様は、果たして何に用いられる物であるか……常人には及びもつかないものであった。
そして機械の前に佇む一人の男性、それはゲルベルト重工のオーナー、アーノルド・ゲルベルトである。
「……ゲルベルト……っ!」
目の前のゲルベルトに対し、激しい剣幕で睨むジンジャーブレッド。
しかし、当のゲルベルトは、それを全く気にせず薄ら笑いを見せる。
「ほう、まだ余裕があるようだな。てっきり、ここまで来るのさえ、辛いと思っていたがね」
「そんなことを、よく言えるものだ! ……っつ」
激昂するジンジャーブレッドだが、途端に痛みが走り、倒れそうになる。
何とか机を掴み体を支えるも、それでさえやっとの事だ。
「私のせい、とでも言いたいのか? くくっ……まぁそう怒るな、ほら見ろ、脈拍、心拍数ともに50%の上昇だ」
一部稼働を続ける、幾つかの計器の値を確認しながらゲルベルトは話す。
「そもそも……君が他のレーサーに負けさえしなければ、あえて使うような事はなかったものの。
まだ未完成の物を使用し、不具合が起こっては、私もたまったものではない」
「……」
ジンジャーブレッドは、沈黙して彼の話を聞く。
「だが君が他のレーサーに敗北する事は猶更避けたい。特に君とブラッククラッカーを観に来た、ギャラリー達の前ではな。
まぁ、幸運なことに、この遠隔コントローラーの実証にもなった。ギャラリー達にも好評だったからな、良しとしよう」
「つまり、全ては私のせい……そう言いたいのか」
ついに耐え切れず、そう問い詰めるジンジャーブレッド。
だが、ゲルベルトは首を振る。
「ははは、まさかな。かつての『ジンジャーブレッド』ならともかく――『君』にはそこまで期待はせんさ」
思わず、ジンジャーブレッドは拳を強く握る。
「やはり完全とは行かないものだが、構わん。
私が君に望むのは、君自身とブラッククラッカーの性能を、レースと言う形でアピールする事に他ならない。
その為の他者との圧倒、そして優勝だ。何、次元加速ドライブを使いさえすれば、敗北しないさ……あの時みたいにな。
誰より先を飛び、優勝を手にしたいのは、君とて同じだろう?」
対するゲルベルト、今度は猫撫で声で言葉をかける。
だが……耳元に顔を近づけると、こう囁いた。
「――だから、下らない意地を張らず、ただ私の望みを叶えることだ。最も……これで分かっただろう? 君にはそれしか、道がないと言うことがな」
ジンジャーブレッドは、僅かに額から汗を流す。
……しかし、あくまで平然を装い。宣言した。
「分かっているとも。私は貴方のために、全力を尽くして飛ぼう。
……だが私は、私のやるようにさせてもらう。その上で――ジンジャーブレッドの名の通り、誰よりも先を行き、優勝してみせるとも」
彼は勇ましく、言い放つ。それはあの伝説のレーサー、ジンジャーブレッドの貫禄、そのものだった。
「そうか……クッ、ククククク……」
だがゲルベルトは、ただ含み笑いを続ける。そして――
「――まぁ、良い。後少しは、機会を与えてやろう。
だが、決して自らの立場を忘れるなよ。なぁ……ジンジャーブレッド?」
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