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第十一章 束の間の安寧と、そして――
互いのひと時
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こうして、無事ブラッククラッカーは、ジョセフと銀河捜査局の手によって取り戻された。
だが、あの海賊騒動のせいでレースの再開は数時間後に延期、スカイガーデン・ポリスの行政府や銀河捜査局、そしてレースの運営は被害状況や混乱の収拾に努めていた。
しかし今は、それすらも終わりに近い。
リッキーはワールウィンドのすぐ横で、家族写真を眺めていた。
――ここまで来たんだ、俺はみんなのためにも――
そう彼が、心の中で呟いている、その近くでは。
「お姉ちゃん、私、頑張るから……」
隣にはフィナのアトリがあり、そこには二つの小さい人影。
「ああ! 俺も観客として応援してるからさ!」
人影はフィナとティナ、どうやらそろそろレースが始まるらしく、別れを伝えに来たらしい。
「ありがとう、私だってレーサーだから、お姉ちゃんの分まで飛びますから」
「そうそう! その意気さ! さすが、俺の妹だぜ」
「うん。……あっ、リッキーさん」
するとフィナはリッキーに気づいたように、手を振る。
「おう! これは双子ちゃんじゃないか」
リッキーも二人に、そう声をかける。
「ははっ! リッキーこそ、張り切っているみたいじゃないか」
「そりゃあな。だが、ルビーでは俺のせいでリタイヤになり、悪かった」
前半戦の最中、リッキーと戦ったフィナとティナ、だがその最中でリッキーのワールウィンドとティナのヒバリが衝突、大破したために……彼女は一人リタイヤとなったのだ。
そんなリッキーの謝罪に対し、ティナは……。
「あんなの、俺が未熟だったせいさ。リッキーは、悪くないとも。……ま、今度一緒にレースするなら、同じようにはいかないがな!」
ティナは気にしてないどころか、もう先の事を考えていた。負けた勝負はもう忘れ、次のレースへと気持ちを向ける。それが彼女の性格、だったが。
「まぁ、その前に妹のティナとの勝負だな。何せ、今からG3レース、後半戦だからな。
俺ももう少し、見ていて楽しむことにするさ」
そう言って、ニッと笑う彼女。
――ふっ、こうして見てくれるんだ、やっぱり下手なレースは出来ないな――
ティナだけでなく、他にも大勢レースを観戦する、観客も存在している。
家族の為はもちろん、そんな観衆をガッカリさせることもしたくない、リッキーは改めて実感した。
――――
「さて、後半戦はもうすぐだが、調子はどうかな?」
スカイガーデン・ポリスのロビーにて、クラウディオとシロノはそんな会話をしていた。
ちなみにアインは今、ホワイトムーンの調整で、機体の元にいる。
「……ええ、問題ありません。私は大丈夫です」
シロノはそう言うものの、それでも少し、表情には影が差していた。
「本当に、平気かね? ……何か悩んでいるようにも見えるが」
さすがにクラウディオも、何かを察したようだが、シロノは首を横に振る。
「もちろん平気です。少し、考え事をしていた、だけですから」
「君がそう言うなら、これ以上は聞くまい。だが……アインの話では、機体にもかなり負担がかかっていたようだ。
何しろジンジャーブレッドとその機体、ブラッククラッカーは強敵だ、もし敵わなくとも、誰も責めんよ」
クラウディオはそうなだめるも、シロノはふっと軽く微笑む。
「クラウディオさん……ありがとうございます」
「それでは、私はこれで失礼するとも。――どうか、健闘を祈るよ」
そう最後に伝え、去り行くクラウディオを、シロノは手を振って見送る。
……だが、その胸の内では。
――健闘……ですか。しかし私は、もう――
シロノの脳裏に浮かぶのは、ジンジャーブレッドの事だ。
彼がレースで行ったであろう事……そして、その裏で何かが行われている事。
――これ以上、このレースを行う意義は……あるのだろうか――
彼が力なく肩を落としていた、そんな時に――
突然、視界が誰かの両手で覆われ、真っ暗になる。
「なっ!」
シロノがいきなりの事で驚くと、後ろから声を掛けられる。
「だーれだっ」
その声は、彼に聞き覚えがあった。
シロノは後ろにいる誰かに、こう答える。
「はぁ、変なイタズラをするものですね……マリン」
途端、覆われた手が外された。
振り向くとそこにいたのは、やはりニコニコ笑うマリンの姿があった。
「大正解! さすが、私のシロノね」
「貴方の声くらい、すぐに分かりますよ」
シロノはそう言って、いつものように微笑んでみせる。
……しかし。
「もう、無理しちゃって。何を考えているか知らないけど、シロノの暗い顔……見ていると私も、辛くなっちゃうな」
何かを察したのかマリンも、心配そうに話す。
シロノは少し、驚いたような、気恥ずかしい表情を浮かべた。
「参りましたね。――まさかマリンにまで、心配されるなんて」
対してマリンは得意げな様子。
「これでもシロノの事、本気で好きなんだから。
好きな人の気持ちくらい、分かって当然よ!」
と、彼女は近くのベンチに、腰を下ろす。
「まずはシロノも座って落ち着こう? ちょっとは、気持ちも軽くなるかもよ」
「……ええ」
シロノはマリンに促され、彼女のすぐ横の、空いているベンチに腰掛ける。
横を見ると、マリンが優しく彼に微笑みかける。
何だか、今は少し、心地よく落ち着く。……シロノの表情は、思わず緩んだ。
「うん、良い顔ね! さっきの暗いのより、ずっと素敵だな!」
マリンは彼の顔を見て、まるで自分の事のように嬉しがる。
「さてと、少しは落ち着いたかしら?」
彼女の言葉に、シロノは頷く。
「はい、少しは……ね」
確かに落ち着きはした。だが、やはり未だ、悩みは消えていない様子であった。
そんな彼に、マリンはこう伝える。
「何か悩んでいるみたいだけど、良かったら、少しでも教えてくれたら嬉しいな。
お節介かもしれないけど、ちょっとは、シロノの助けになりたいのよ」
彼女は、本当にシロノの事を――気にしていたのだ。
「いえ、私は悩みなんて……」
彼はこう言おうとしたものの、やや躊躇ったように沈黙した。
そして、一呼吸置いて気を取り直すと、改めて――話す。
「……と、言いたい所ですが、やはり少し……色々と考えてまして。
上手くは言えないのですが、このレースはもう……続けたいとは、思えなくなってしまい、ね」
シロノは俯きながら、力なく微笑む。
「うーん、シロノがレースをしたくない、か。……難しい話ね」
「ははは、今までレースに関しては、こんな風に思ったことなど、ありませんのに。『白の貴公子』と呼ばれた私が……お笑いです」
再び、沈み込むシロノ。
「……シロノ」
彼女の知る限り、いつも自信に溢れ、こんな様子など一度も見せたことがなかった。
理由を聞こうにも、この様子では難しい。……だが。
「えっ」
シロノは頭の上で、暖かい感覚を感じる。
それは、マリンが彼を、優しく撫でているからだった。
その綺麗な銀髪に触れながら、彼女は話す。
「私が幼い頃、小さい妹が何かあって泣いていた時に、よくこうして慰めてたんだ。
どうしてなのかは聞かないけど、辛いなら、止めたっていいと思うの。私も一度、そんな経験があるから」
マリンの告白に、思わずシロノも反応する。
「まさか。――マリンがそんな事を思うなんて、意外です」
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