テイルウィンド

双子烏丸

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第十一章 束の間の安寧と、そして――

思い出話

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 すると可笑しそうに、マリンは笑う。
「もちろん! 私だって落ち込むことくらいあるわ。
 ……あれは、初めてシロノに負けた時だったかな。最初は小さい大会からレースを始めて、ずっとそこでは負け知らずだった所、調子に乗って大きなレース大会に初出場した時だったかしら。
 天狗になっていたって言うか、井の中の蛙ね。でも、そこでもいい所まで行って、もう少しで優勝――って所で、シロノのホワイトムーンに追い抜かれて、優勝を逃したの。
 あのレースであそこまでいい勝負をしたのも、そして負けたのも、どっちも初めてだったな」
「確か、ダーククラウド星雲でのレースでしたね。私もあの時レーサーになって間もなかったですから、ずいぶん本気を出したものです」



 シロノも、初めてマリンとレースした時の事は覚えていた。
 一位二位のトップ争いを繰り広げている際に、通信を入れて来た赤毛の女性。
『なかなか良いじゃない! 気に入ったわ。私はマリン、貴方は……シロノって言うのね、名前くらいは憶えてあげるわ!』
 それが彼女の第一声。自分が負けることなど考えない、自信満々な態度。
 シロノも似た部分はあったが、それでも最初の頃は何度か、レースでは敗北を重ね、そこから学んで腕を伸ばして行った所もある。
 つまり彼にとって敗北の経験は多いと言うわけではないが、それなりにあった経験だった。
 だが――最初から高い才能を発揮していたマリンは、最初から負けたことなく、ここまで来ていた。
 どちらも自信家であるものの、根底の部分が異なる二人はダーククラウド星雲でレースを繰り広げ、そして勝利したのはシロノだった。


「あの時の敗北は、今でも衝撃的だったな。負ける事なんて考えていなかった私を追い抜いて行った姿と、授賞式ではシロノが私にこう言ったんだ。
 『良い勝負、ありがとうございます。またいつか――レースをしましょう』って、素敵な笑顔で。あの時……私はシロノに惚れたの」
 思い出を振り返るように、そう呟く。
 シロノは落ち込む事も忘れ、彼もまた、あの時の事を思い浮かべる。 
「あはは……そんな事も言いましたっけ。そして、その後でしたね、マリンがこう言ったのは。
 『もちろん! でも次は、負けないんだから!』、と」
「そうそう! そしたらシロノは、その時も絶対に負けません――って、自信満々な態度で言って来たのよね。あんな事言われたら、つい私もカッとなって、つい言っちゃったの。
 『へぇ、自信満々じゃない? じゃあもし私が勝てたら……その時にはシロノ、貴方は私のものになってよね!』ってね」


 これには苦笑いをしてしまうシロノ。
「思えば、私もバカな事を言ったものです。勢いにのって、それを受けてしまうとは……」
 対してマリンは逆に、可笑しそうに笑っている。
「ははっ! 正直言って私も、本気で受けるとは思わなかったわ。けど、おかげでレースをする楽しみが、増えたって感じね」
 すると――さっきまで笑っていた彼女は、ふと恥ずかしそうな顔になり、こう続けた。
「……でもね、シロノ。確かにあの時あなたに一目惚れしたけど、やっぱり、負けたことに悔しくて、ショックも受けの。
 おかげで、その後出場する予定だったレースの幾らかを取りやめて、しばらくレースから離れてたわけ」
 この告白に、シロノは驚く。
「そうだったとは……初めて知りましたよ」
 マリンは、彼に優しい表情で、こう伝える。
「私が言いたいのは、別に落ち込んだって、レースをやりたくなくなったって――気にしないでいいってこと。
 確かに大きいレースだけど、別に最後のレースって訳じゃないわ。
 だから、もし嫌だったら……無理はしなくてもいいと思うの」



 シロノは彼女の言葉に、何かを感じ取ったらしい。
 そして彼は、ふっと微笑んで――。
「無理しないでいい、ですか。そう言ってくれると少し心が、軽くなりましたよ」
 先ほどまでは、思い詰めていた様子だったシロノ。
 まだ完全に悩みは消えてないものの、さっきより、ずっと楽になった。
「ふふっ! まだ悩んでいるっぽいけど、さっきよりも良い顔になったわ。さすが、私のシロノね」
 これにはマリンも、安心したように、はにかむ。
「ありがとう、マリン。正直、まだ決心はついていませんが、後はもう私一人でも大丈夫です」
「どういたしまして。シロノの悩みの理由は分からないけど、私も応援しているから。
 同じレーサーとしても、ファンとしても、そして……私が恋した相手として」


 すると、マリンはベンチから立ち上がる。
「さて、まだレースまでには時間があるから、良かったら一緒に、街の喫茶店に行かない?
 あそこに店、美味しいって評判みたいだし、シロノと行きたいって思ってたんだ!」
 いつものように天真爛漫で、そして少し強引な彼女。
「ははは、マリンは相変わらずですね。
 ――でも、喜んで。自分勝手かもしれませんが、その……もう少し、あなたと一緒にいられれば……なんて」
 思わず、そんな我ながら恥ずかしいような想いを、ついシロノは呟いた。
 自分で言いながら恥ずかしく思ったのか、少し顔を赤くして、彼は自身の頬を掻く。
「なら決まりね! ところで――今の所、シロノはどう?
 もし、もうこれ以上レースに参加したくないと思うんだったら……」
 彼女はこう言うも、シロノは首を横に振る。
「いえ、あと少し、レースは参加することにします。
 やっぱり、私はレーサーですから。飛びながら、色々と気持ちを整理したいのです」
 まだハッキリとは、決心はついていない。しかしそれでも、マリンのおかげであと少し、せめてレースが終わるまでは続けたいと、そう思えるようになった。
「うん。シロノらしくて、一番いい答えね」
 そんな彼の様子に、マリンもまるで自分の事みたいに、嬉しく思った。
 
 

「……じゃあ、いつまでも此処にいるのもアレだし、そろそろ行きましょうか。
 そうね、シロノって好きな女性のタイプって、あったりするかしら?」
 マリン、シロノは共に話しながら、市街地へと向かう。
「ん? どうしてまた、そんな話を」
「ふふっ、ちょっとね。あなたが私のモノになったら、それに合わせたいな、なんて」
 多分、その時の事までも想像しているのか、ムフフとした表情をマリンはしている。
 するとついシロノは、小声でこんな事を……。
「そんな事ですか。別に私は、今のマリンが一番――」
「あら? 何か言ったかしら?」
 さっきのセリフを聞いてか聞かなかったか、マリンから声をかけられる。
 まさか聞かれていたとは思わなかった彼は、つい視線をそらしながら、答える。
「いえ。別に何でも、ありませんよ」
 何だか不自然とも思える、受け答え。
 だがマリンは、ふーんと言った様子で、彼の様子を受け流した。
 しかし彼女もまた、こんな一人言を呟く。
「――シロノってば、あんな態度をされたら……胸が、キュンとなるわね。ふふっ」


 二人はそんな様子で歩いている時、前から誰かが歩いて来た。
 ――おや、あれは――
 一瞬すれ違い、シロノが気になり振り返ると、くたびれたトレンチコートのたなびく、後ろ姿が見えた。
 何処か見覚えのある、その姿。
 ――確か、レースにも出ていた……ジョセフ、でしたっけ――
 レーサーとしても優秀であるものの、G3レース前半戦で、リタイヤになっていた。
「ねぇシロノ、どうしたの?」
 マリンにそう聞かれて、シロノは少し考えるも……。
「あはは、ちょっと見たことある姿が、ありましたから。まぁ、大したことではありませんよ」
 ――まぁ、よく考えればここにいても、珍しくないですものね。これ以上気にしても、仕方ないですし――
 だが、そこまで重要なことだと考えなかった。
 シロノはこの事について考える事を止め、自らの機体がある格納区画へと、マリンとともに向かうことにする。
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