4 / 28
第一章 アリス
四話 小人は金髪のアイドル
しおりを挟む
弘樹が無理な姿勢で生じた身体の痛みで目を覚ました。
いつも通り机に突っ伏した状態から体を起こす。
もう朝の六時か。
パソコンにつないだ外付けスピーカーから友人の声が聞こえる。
『ねえ! 何で無言なのよ! ヒロが今日も頑張ってるから付き合ってたけど、朱音もう疲れたよ』
「え? あ、ああ、おはよう」
『はあ? 何時間も黙ってチャットだけ返してきたと思ったら、何寝ぼけてんの?』
「いや、ごめん。また寝落ちしてたみたいだ。すまん」
『寝落ち? いや今日も寝落ちしてないでしょ? 朱音もさ、最近ヒロが寝落ちしないから、凄いびっくりしてんだけど。ていうかプレイが神懸ってて、別人みたいだし……』
「あれ? おかしいな、寝落ちしてないのか?」
『寝ぼけてんの? 自分のランク見てみなよ!』
「ランク?」
弘樹が慌てて自分のキャラランクを見ると、プレイ前より確かに上がっていた。
「ランク、上がってる……」
『……本格的に寝ぼけてるね。まあいいや、朱音は昼からバイトあるからもう寝る。おつかれ!』
友人はそう言うとすぐにログアウトした。
弘樹は訳が分からないまま、とりあえずログアウトしてパソコンの電源を落とす。
友人にはああ言われたが、弘樹はちっとも眠くない。
やはりいつもの様にデスクに突っ伏して寝落ちしていたんだと思い直した。
けれどキャラランクが上がっていたのは事実。
ローテーブルに置かれたお菓子の残骸を見ながら、診断機械で印字された『寝落ちスキル』の特殊効果を考える。
・熟練度がMAX(10レベル)で特殊効果付与。
『寝落ちスキル』特殊効果:『小人の靴屋』
(やりかけたことを助けてくれる高い実力があり、かつスキル所持者の理想の存在を、寝落ちしている間だけ召喚可能。寝落ちから状態回復すると召喚は解除される)
きっと『小人の靴屋』の効果で、小人が召喚されて、ゲームをプレイしているんだ。
おとといは拾ったかんざしを小人が持って帰ったみたいだし、昨日試しに置いたお菓子は今朝見事に食べられていたし。
本当に俺の部屋に小人が来ているらしい。
でも、小人ってどんなのだろう。
喉の渇きを覚えたので一階の台所へ行き、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターの入った二リットルのペットボトルへ直に口を付けた。
「こら! また直飲みして! コップに入れて飲みなさい」
早起きの弘樹の母親が、冷蔵庫の前に立つ弘樹に小言を言った。
「うん」
弘樹は自分が母親に甘え過ぎているのを理解していたが、それでも適当な返事だけしてこの場を去ろうとする。
「そういえば最近、夜中に玄関を出たり入ったりしてるのは何でなの?」
「え? 何それ? 知らないよ」
急によく分からない質問をされて困惑したが、どうせ母親の勘違いだろうと気にも留めずにリビングを出ると、階段を上がって自分の部屋へ戻った。
椅子に座り一息ついたところで、パソコンモニターの枠下右隅に小さなシールが貼られているのを見つけた。
よく見ると金髪の女の子がダブルピースで映っている。
なんだこれ?
写真……いや、プリクラか!
母さんが張ったのかな?
いや、そんなことする訳ないし、そもそも誰なんだこれ……。
弘樹はモニターの端に顔を近づけて、まじまじとプリクラを注視した。
彼の交友関係に金髪女子なんていない。
それも童顔で随分と可愛らしい金髪女子。
金髪を頭の上でお団子にしており、左右のフェイスラインだけはお団子にまとめずに長く垂らしている。
こ、こ、ここここここれ!
胡桃アリスだ!!
今、大人気のゲーム実況動画配信者で、女性で珍しく顔出ししている超有名なアイドル的存在。
胡桃アリスの生プリクラ。
驚愕の事実に弘樹は混乱して、冷静さを欠いた。
変な汗が背中をつたっていく。
そしてあることに気がついたのだ。
プリクラの金髪女子は、弘樹がつい最近見た物を金髪のお団子に挿していた。
黒塗りのかんざし。
誰の物か分からないからと、とりあえずハンカチに乗せてモニターの前に置いた、あの黒いかんざし。
先端が箸のように真っすぐ長く、片側に花の房飾りが付いていて軸が黒光りしていた。
花の房飾りの部分に金の細工と真珠の装飾が入った丁寧な作りで、キラキラと光って美しい物だった。
プリクラなのでそんな細かいところまで弘樹には判別できないが、少なくともあのかんざしであることは間違いないと思った。
弘樹は胸の鼓動が早まるのを感じた。
緊張で息苦しくなり意識して空気を吸う。
さっき水を飲んだのに、一気に喉がカラカラになって生唾を飲み込む。
最近起こった出来事、点と点が瞬時に線で繋がった。
思い付いた想定がもし現実ならば、にわかには信じられないことが起こっている。
小人が家に召喚されているだけでも信じられない事態なのだが、それでも弘樹はそこまで驚いていなかった。
それは今まで、小人が痕跡だけで姿が見えない存在だったから。
単なるおとぎ話の小人を想像していたから。
だけど今は違う。
弘樹は想像してしまったのだ。
自分の部屋にあの金髪の巨乳美女、ゲーム実況アイドルの胡桃アリスが来ていることを。
そしてその想像は、黒塗りのかんざしのお陰で確信に近いものだった。
バイトへ行く準備をしながらも、弘樹は胡桃アリスのことを考えた。
せっかくなら彼女とコンタクトを取りたい。
でも、一体どうやって彼女とやりとりするか。
弘樹が『寝落ちスキル』で寝落ちしたとき、特殊効果『小人の靴屋』が発動してアリスが召喚される。
そして彼が寝落ちから目覚めたときに、『小人の靴屋』の特殊効果は解除され、彼女は元の場所に帰還してしまう。
つまり弘樹が起きている状態で、アリスと会うことはできない。
「起きたまま会えなくても、せめて何かやり取りできないかな……」
つぶやきながらバイト先へ向かった。
◇◇◇
「きたきた! 待ってたよ」
視界が白くなり、ようやく召喚が始まった嬉しさで声を出すが、昨日と同じく慌てて左手で口を押える。
黄色いモコモコしたパジャマ姿のアリスは、床にお尻と太ももを付け左右に足を折り曲げてぺたりと座って転移を待った。
彼女の期待通りにわずかな浮遊感いが発生!
すぐ視界が戻ると同時に浮遊感がなくなって、小さな落下でお尻から床に着地した
「痛っ!!」
別にそこまで痛い訳ではないが、あまりお尻から床に落ちたことがないため、未体験の衝撃で大きな声が出た。
「ちょっと弘樹、遅いんだから静かにしなさい」
一階から女性の声が聞こえて、アリスは驚きに身を縮こませる。
やばいっ。
彼のママかな?
もし弘樹の母親がここに来たら、そう思うとアリスは緊張で身動きができずに固まった。
が、しばらくしても誰かがこの部屋に来ることはなかった。
どうやら注意だけだったらしく、ホッと胸を撫で下した。
ゆっくりと立ち上がると、パソコンデスクで寝落ちしている男の近くに向かう。
素足に冬用の毛の長いスリッパを履いたアリスは、昨日と同じように弘樹の寝落ちを確認する。
「昨日ぶりだね。弘樹」
小声で話しかけた後、机に突っ伏して眠る弘樹の両肩に後ろからそっと触れる。
手を肩に置いたまま、彼の背中へ右頬を当てた。
弘樹の背中、あったかいな。
それに凄いドクドクしてる。
背中からでも君の鼓動が聞こえるよ。
少しの間、アリスは覆い被さるように弘樹の背中に頬を当ててじっとしていたが、一通り彼の体温と鼓動を感じて満足したのか隣に置かれたデスクチェアに移動した。
いつものように弘樹の代わりにゲームをしようと、彼の手からマウスをどかす。
すると、脇に置かれたメモ書きが目に入った。
メモには小人さんへと書かれている。
小人さんへ
俺が寝落ちしてる間に、ゲームを進めてくれてありがとう。
俺の名前は、川上弘樹です。
プリクラ見ました。
小人さんは、もしや胡桃アリスさんですか?
そんな素敵な人が俺の部屋に来てくれてたら嬉しいです。
急いで部屋を掃除しました。
少しでも居心地がいいように。
俺は君を見ることができず残念です。
また来てくれたら何か残してくれると嬉しいです。
アリスは頬を染めて、にへらと笑みを浮かべた。
弘樹もアリスを歓迎していると分かったからだ。
それと同時に、自分は弘樹を見たり触れたり感じたりできるのに、彼は自分が接触したことに無自覚なんだと改めて認識した。
彼を起こして話がしたい、そう強く思ったが、彼女には予測がついていた。
きっと彼を起こすと自分は家に戻ってしまうだろうと。
毎回、明け方に弘樹が身じろぎして目覚めそうになると、アリスは自分の部屋に戻ってしまうから。
ここ数日は、毎日弘樹の家に転移していた。
それでも、明日来られる保証はない。
ずっと昼間から逢いたくて逢いたくて、ようやく今また逢えたけど……。
でもたぶん、弘樹を起こしたら私は自分の部屋に戻ってしまう。
そんなの嫌!
だってまだ、弘樹のぬくもりを感じ足りないから。
まだ大好きな弘樹を補充できていないから。
弘樹の横のデスクチェアで三角座りしたアリスは、寂しそうに彼の右側へ寄りかかった。
しばらくそうしていたが、やりかけで止まっているゲームの他に、別に起動しているチャットアプリに気づく。
口角を上げて何か企んだように笑みを浮かべた。
>おーい?
>とうとう今日は寝落ちしたみたいね?
>じゃあアカネも少ししたら抜けるよ
毎日一緒にプレイしているアカネがログインしているので、いつものように入力を始める。
>いや、まだ抜けないで
>あ? 復活した
>うん、もう平気
>じゃあ、先進もう
>ちょっと待って
>なに?
やはりやめようかと戸惑う。
しかし、何か自分が居た痕跡を弘樹に残したいという思いが勝って、チャットの入力を続ける。
>今日はチャットじゃなくて音声にしない?
>いいけど。っていうか私は本来音声派
>カメラオンにするね
>カメラ? なんで? アカネはしないよ
アリスは大きく息を吸い込む。
ゲームの生配信よりも緊張した彼女は、どんな口調でアカネと会話するか迷った。
ゲーム実況アイドルのアリスにとって、アカネはネットを介して接するリスナーに該当するからだ。
ならば地の自分よりは配信時のキャラ、つまり胡桃アリスの口調で話そうと決める。
パソコンの横に束ねられていたWEB会議用の簡易カメラをモニターの上枠に取り付けて、USB端子をパソコンに接続する。
「こんにちは」
『え……ええっ? だ、誰!?』
「アリスでーす。最近、弘樹の代わりにプレイしてまーす」
『ア、ア、アリス?? え、誰? 何? どゆこと?』
「あちゃあ、最近ちょっと有名になったと自惚れとったよ私。ごめん、胡桃アリスといいます。よろしくねぇ」『く、く、く、胡桃アリス!! あれ? 朱音はどうやって胡桃アリスに繋がったの!?』
「違うの違うの。アカネは弘樹のパソコンと繋がってんの。んで、私が弘樹の代わりに操作しとる。ほらここに弘樹、寝とるっしょ?」
『ほんとだ……』
「ねぇ、アカネ。私、お願いあるんだけどよい?」
『な、何ですか……』
「あとで弘樹に見せたいから、この動画通話を録画させて! お願いだよ、別に配信しないよ」
『ま、まあヒロに見せるだけならいい……のかな?』
「やったぁ! ありがとアカネ」
アリスは礼を述べると早速通話の録画を開始する。
モコモコした黄色いパジャマ姿の彼女は、ふわふわの左袖を寝ている彼の右腕に絡めて密着すると、カメラに向かって笑顔でVサインした。
次回、「心通わせて」
いつも通り机に突っ伏した状態から体を起こす。
もう朝の六時か。
パソコンにつないだ外付けスピーカーから友人の声が聞こえる。
『ねえ! 何で無言なのよ! ヒロが今日も頑張ってるから付き合ってたけど、朱音もう疲れたよ』
「え? あ、ああ、おはよう」
『はあ? 何時間も黙ってチャットだけ返してきたと思ったら、何寝ぼけてんの?』
「いや、ごめん。また寝落ちしてたみたいだ。すまん」
『寝落ち? いや今日も寝落ちしてないでしょ? 朱音もさ、最近ヒロが寝落ちしないから、凄いびっくりしてんだけど。ていうかプレイが神懸ってて、別人みたいだし……』
「あれ? おかしいな、寝落ちしてないのか?」
『寝ぼけてんの? 自分のランク見てみなよ!』
「ランク?」
弘樹が慌てて自分のキャラランクを見ると、プレイ前より確かに上がっていた。
「ランク、上がってる……」
『……本格的に寝ぼけてるね。まあいいや、朱音は昼からバイトあるからもう寝る。おつかれ!』
友人はそう言うとすぐにログアウトした。
弘樹は訳が分からないまま、とりあえずログアウトしてパソコンの電源を落とす。
友人にはああ言われたが、弘樹はちっとも眠くない。
やはりいつもの様にデスクに突っ伏して寝落ちしていたんだと思い直した。
けれどキャラランクが上がっていたのは事実。
ローテーブルに置かれたお菓子の残骸を見ながら、診断機械で印字された『寝落ちスキル』の特殊効果を考える。
・熟練度がMAX(10レベル)で特殊効果付与。
『寝落ちスキル』特殊効果:『小人の靴屋』
(やりかけたことを助けてくれる高い実力があり、かつスキル所持者の理想の存在を、寝落ちしている間だけ召喚可能。寝落ちから状態回復すると召喚は解除される)
きっと『小人の靴屋』の効果で、小人が召喚されて、ゲームをプレイしているんだ。
おとといは拾ったかんざしを小人が持って帰ったみたいだし、昨日試しに置いたお菓子は今朝見事に食べられていたし。
本当に俺の部屋に小人が来ているらしい。
でも、小人ってどんなのだろう。
喉の渇きを覚えたので一階の台所へ行き、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターの入った二リットルのペットボトルへ直に口を付けた。
「こら! また直飲みして! コップに入れて飲みなさい」
早起きの弘樹の母親が、冷蔵庫の前に立つ弘樹に小言を言った。
「うん」
弘樹は自分が母親に甘え過ぎているのを理解していたが、それでも適当な返事だけしてこの場を去ろうとする。
「そういえば最近、夜中に玄関を出たり入ったりしてるのは何でなの?」
「え? 何それ? 知らないよ」
急によく分からない質問をされて困惑したが、どうせ母親の勘違いだろうと気にも留めずにリビングを出ると、階段を上がって自分の部屋へ戻った。
椅子に座り一息ついたところで、パソコンモニターの枠下右隅に小さなシールが貼られているのを見つけた。
よく見ると金髪の女の子がダブルピースで映っている。
なんだこれ?
写真……いや、プリクラか!
母さんが張ったのかな?
いや、そんなことする訳ないし、そもそも誰なんだこれ……。
弘樹はモニターの端に顔を近づけて、まじまじとプリクラを注視した。
彼の交友関係に金髪女子なんていない。
それも童顔で随分と可愛らしい金髪女子。
金髪を頭の上でお団子にしており、左右のフェイスラインだけはお団子にまとめずに長く垂らしている。
こ、こ、ここここここれ!
胡桃アリスだ!!
今、大人気のゲーム実況動画配信者で、女性で珍しく顔出ししている超有名なアイドル的存在。
胡桃アリスの生プリクラ。
驚愕の事実に弘樹は混乱して、冷静さを欠いた。
変な汗が背中をつたっていく。
そしてあることに気がついたのだ。
プリクラの金髪女子は、弘樹がつい最近見た物を金髪のお団子に挿していた。
黒塗りのかんざし。
誰の物か分からないからと、とりあえずハンカチに乗せてモニターの前に置いた、あの黒いかんざし。
先端が箸のように真っすぐ長く、片側に花の房飾りが付いていて軸が黒光りしていた。
花の房飾りの部分に金の細工と真珠の装飾が入った丁寧な作りで、キラキラと光って美しい物だった。
プリクラなのでそんな細かいところまで弘樹には判別できないが、少なくともあのかんざしであることは間違いないと思った。
弘樹は胸の鼓動が早まるのを感じた。
緊張で息苦しくなり意識して空気を吸う。
さっき水を飲んだのに、一気に喉がカラカラになって生唾を飲み込む。
最近起こった出来事、点と点が瞬時に線で繋がった。
思い付いた想定がもし現実ならば、にわかには信じられないことが起こっている。
小人が家に召喚されているだけでも信じられない事態なのだが、それでも弘樹はそこまで驚いていなかった。
それは今まで、小人が痕跡だけで姿が見えない存在だったから。
単なるおとぎ話の小人を想像していたから。
だけど今は違う。
弘樹は想像してしまったのだ。
自分の部屋にあの金髪の巨乳美女、ゲーム実況アイドルの胡桃アリスが来ていることを。
そしてその想像は、黒塗りのかんざしのお陰で確信に近いものだった。
バイトへ行く準備をしながらも、弘樹は胡桃アリスのことを考えた。
せっかくなら彼女とコンタクトを取りたい。
でも、一体どうやって彼女とやりとりするか。
弘樹が『寝落ちスキル』で寝落ちしたとき、特殊効果『小人の靴屋』が発動してアリスが召喚される。
そして彼が寝落ちから目覚めたときに、『小人の靴屋』の特殊効果は解除され、彼女は元の場所に帰還してしまう。
つまり弘樹が起きている状態で、アリスと会うことはできない。
「起きたまま会えなくても、せめて何かやり取りできないかな……」
つぶやきながらバイト先へ向かった。
◇◇◇
「きたきた! 待ってたよ」
視界が白くなり、ようやく召喚が始まった嬉しさで声を出すが、昨日と同じく慌てて左手で口を押える。
黄色いモコモコしたパジャマ姿のアリスは、床にお尻と太ももを付け左右に足を折り曲げてぺたりと座って転移を待った。
彼女の期待通りにわずかな浮遊感いが発生!
すぐ視界が戻ると同時に浮遊感がなくなって、小さな落下でお尻から床に着地した
「痛っ!!」
別にそこまで痛い訳ではないが、あまりお尻から床に落ちたことがないため、未体験の衝撃で大きな声が出た。
「ちょっと弘樹、遅いんだから静かにしなさい」
一階から女性の声が聞こえて、アリスは驚きに身を縮こませる。
やばいっ。
彼のママかな?
もし弘樹の母親がここに来たら、そう思うとアリスは緊張で身動きができずに固まった。
が、しばらくしても誰かがこの部屋に来ることはなかった。
どうやら注意だけだったらしく、ホッと胸を撫で下した。
ゆっくりと立ち上がると、パソコンデスクで寝落ちしている男の近くに向かう。
素足に冬用の毛の長いスリッパを履いたアリスは、昨日と同じように弘樹の寝落ちを確認する。
「昨日ぶりだね。弘樹」
小声で話しかけた後、机に突っ伏して眠る弘樹の両肩に後ろからそっと触れる。
手を肩に置いたまま、彼の背中へ右頬を当てた。
弘樹の背中、あったかいな。
それに凄いドクドクしてる。
背中からでも君の鼓動が聞こえるよ。
少しの間、アリスは覆い被さるように弘樹の背中に頬を当ててじっとしていたが、一通り彼の体温と鼓動を感じて満足したのか隣に置かれたデスクチェアに移動した。
いつものように弘樹の代わりにゲームをしようと、彼の手からマウスをどかす。
すると、脇に置かれたメモ書きが目に入った。
メモには小人さんへと書かれている。
小人さんへ
俺が寝落ちしてる間に、ゲームを進めてくれてありがとう。
俺の名前は、川上弘樹です。
プリクラ見ました。
小人さんは、もしや胡桃アリスさんですか?
そんな素敵な人が俺の部屋に来てくれてたら嬉しいです。
急いで部屋を掃除しました。
少しでも居心地がいいように。
俺は君を見ることができず残念です。
また来てくれたら何か残してくれると嬉しいです。
アリスは頬を染めて、にへらと笑みを浮かべた。
弘樹もアリスを歓迎していると分かったからだ。
それと同時に、自分は弘樹を見たり触れたり感じたりできるのに、彼は自分が接触したことに無自覚なんだと改めて認識した。
彼を起こして話がしたい、そう強く思ったが、彼女には予測がついていた。
きっと彼を起こすと自分は家に戻ってしまうだろうと。
毎回、明け方に弘樹が身じろぎして目覚めそうになると、アリスは自分の部屋に戻ってしまうから。
ここ数日は、毎日弘樹の家に転移していた。
それでも、明日来られる保証はない。
ずっと昼間から逢いたくて逢いたくて、ようやく今また逢えたけど……。
でもたぶん、弘樹を起こしたら私は自分の部屋に戻ってしまう。
そんなの嫌!
だってまだ、弘樹のぬくもりを感じ足りないから。
まだ大好きな弘樹を補充できていないから。
弘樹の横のデスクチェアで三角座りしたアリスは、寂しそうに彼の右側へ寄りかかった。
しばらくそうしていたが、やりかけで止まっているゲームの他に、別に起動しているチャットアプリに気づく。
口角を上げて何か企んだように笑みを浮かべた。
>おーい?
>とうとう今日は寝落ちしたみたいね?
>じゃあアカネも少ししたら抜けるよ
毎日一緒にプレイしているアカネがログインしているので、いつものように入力を始める。
>いや、まだ抜けないで
>あ? 復活した
>うん、もう平気
>じゃあ、先進もう
>ちょっと待って
>なに?
やはりやめようかと戸惑う。
しかし、何か自分が居た痕跡を弘樹に残したいという思いが勝って、チャットの入力を続ける。
>今日はチャットじゃなくて音声にしない?
>いいけど。っていうか私は本来音声派
>カメラオンにするね
>カメラ? なんで? アカネはしないよ
アリスは大きく息を吸い込む。
ゲームの生配信よりも緊張した彼女は、どんな口調でアカネと会話するか迷った。
ゲーム実況アイドルのアリスにとって、アカネはネットを介して接するリスナーに該当するからだ。
ならば地の自分よりは配信時のキャラ、つまり胡桃アリスの口調で話そうと決める。
パソコンの横に束ねられていたWEB会議用の簡易カメラをモニターの上枠に取り付けて、USB端子をパソコンに接続する。
「こんにちは」
『え……ええっ? だ、誰!?』
「アリスでーす。最近、弘樹の代わりにプレイしてまーす」
『ア、ア、アリス?? え、誰? 何? どゆこと?』
「あちゃあ、最近ちょっと有名になったと自惚れとったよ私。ごめん、胡桃アリスといいます。よろしくねぇ」『く、く、く、胡桃アリス!! あれ? 朱音はどうやって胡桃アリスに繋がったの!?』
「違うの違うの。アカネは弘樹のパソコンと繋がってんの。んで、私が弘樹の代わりに操作しとる。ほらここに弘樹、寝とるっしょ?」
『ほんとだ……』
「ねぇ、アカネ。私、お願いあるんだけどよい?」
『な、何ですか……』
「あとで弘樹に見せたいから、この動画通話を録画させて! お願いだよ、別に配信しないよ」
『ま、まあヒロに見せるだけならいい……のかな?』
「やったぁ! ありがとアカネ」
アリスは礼を述べると早速通話の録画を開始する。
モコモコした黄色いパジャマ姿の彼女は、ふわふわの左袖を寝ている彼の右腕に絡めて密着すると、カメラに向かって笑顔でVサインした。
次回、「心通わせて」
26
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
俺は陰キャだったはずなのに……なぜか学園内でモテ期が到来した件
こうたろ
青春
友人も恋人も居ないボッチ学生だった山田拓海が何故かモテだしてしまう。
・学園一の美人で、男女問わず憧れの的。
・陸上部のエースで、明るく活発なスポーツ女子。
・物静かで儚げな美術部員。
・アメリカから来た金髪碧眼でハイテンションな留学生。
・幼稚園から中学まで毎朝一緒に登校していた幼馴染。
拓海の生活はどうなるのか!?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編7が完結しました!(2026.1.29)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが
akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。
毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。
そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。
数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。
平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、
幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。
笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。
気づけば心を奪われる――
幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる