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序章
第1話 魔女と騎士と<魔女の刻印>
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「じ、じゃあスカートの中を隅々まで覗いてみればいいじゃないですかっ!?」
魔女学園への入学を待つ生徒とそれを見送る親や友人などでごった返す学園入り口前に一際大きな声が響き、辺りが一瞬にして静まり返った。
……やってしまった。
ああ、僕は一体何を叫んでいるのだろうか。
どうしてこうなった?そう、あれは——三ヶ月前の事だった。
* * * * * *
「よう、カイ。今日も頑張ってるじゃねぇか」
村の外れにある森の中で練習用の木剣を振り回していると後ろから声を掛けられた。
声の主は村長の長男、ハルトだ。
「僕もっ、騎士をっ、目指しているから……ねっ」
僕は振り返らずにそう返事をすると、高い木から吊るしてある練習用の薪をリズムよく叩いた。
最後の一振りは我ながらいい太刀筋だったと思う。
上段から木剣を叩きつけられた薪はカーンという一際高い音を鳴らしながら大きく揺れて後ろにいるハルトへと向かっていく。
「ハルト、ごめんっ! 避けてっ」
「はっ、こんなもの避けるまでもねぇよ。<スラッシュ>!」
ハルトの叫びと共に放たれた【スキル】は向かってきた薪を真っ二つにした。
「す、すごい……」
「おいおい、驚いてる場合じゃないだろ。お前も騎士になりたいんだったらそろそろスキルの一つや二つ覚えないとまずいんじゃねぇか?」
「うぅっ。でももう少し、もう少しでなにか掴める気がするんだ」
僕とハルトは小さい頃から騎士になるのが夢だった。
だから毎日こうして日課の訓練を五年間かかさずに行っている。
それなのに僕といったら低級スキルの一つだって使えない。
ハルトは順調にいくつかのスキルを会得しているからその差はどんどん開いていくばかりだ。
「モンスターとの戦闘で魔女を守れない騎士なんて役立たずもいいところだぞ? まぁこのところモンスターもかなり増えてるっていうから最悪肉壁になら……って何怒ってるんだよ、冗談に決まってるだろ」
「はぁ。ハルトはいいよな、スキルだってすぐ使えるようになったし。それに体付きだって……」
そう、実はスキルが使えない事よりも僕としてはそっちの方が問題だった。
ハルトと同じ訓練をこなしても何故か僕は筋肉が付かないのだ。
身長も頭一つ半くらいハルトの方が大きくていつも見上げる形になる。
それが悔しくて仕方なかった。
「確かに最近じゃリッカの方が筋肉あるんじゃねぇか?ってくらいだわな」
「あぁ、僕はリッカにも負けるのか……」
リッカはハルトと僕と同じ年の女の子だ。
身長は僕より少し小さいくらいで、栗色の髪とお揃いの色をした瞳が正直可愛いんだよね。
僕らが住んでいるのは小さい村だから同じ年の子供は三人しかいない。
だから小さい頃から三人はずっと一緒だった。
将来は僕とハルトのどっちかがリッカと一緒になるんだろう、なんて漠然とそう思っていた。
でもある日、リッカの肩に年頃の女の子にしか発現しないといわれている<魔女の刻印>と呼ばれる痣が現れた。
——魔女の刻印を持つ者は須らく魔女たれ
凶悪なモンスターが蔓延るこの世界の決まり、というか常識である。
モンスターは魔女の魔法を使わなければトドメを刺す事が出来ない。
そのため、魔女の刻印を得ることが出来ない男が騎士となり魔女を守りながらモンスターを討伐するのが一般的だ。
まぁ魔女の中には一人でなんでもやってのける規格外の人もいるらしいけど僕には関係のない話か。
そして魔女の刻印——祝福とも言われるそれを受け取った女の子は十五になる歳に魔女学園という国の学校に入るのが決まりで、学園を出たら騎士と共に魔女としてモンスターを討伐することになる。
つまり、魔女の刻印が現れてからリッカは遠からずこの村を出て魔女になるという事が決まってしまったのだ。
それから五年。
僕とハルトは騎士になるべく、訓練をしてきた。
村には昔騎士をやっていたブロスおじさんがいて、おじさんに指導を受ける事が出来たのはラッキーだった。
でもその結果は、真っ二つになって地面に転がっている薪を見れば分かる。
スキルがない僕にはどうやったって薪を叩き切ることなんて出来ない。
刃のついた剣ならできるのかもしれないけど、ハルトが持っているのも練習用の木剣だから言い訳は出来ない。
僕が居ない所で「ハルトなら騎士になれる」ってブロスおじさんが太鼓判を押しているのを見てしまってから焦りがどんどん増している。
このままだと僕とハルト……いやリッカと離れ離れになってしまうかもしれない。
あの薪のように二つに別れてもう戻らないかもしれない。
「そんなの絶対に嫌だ!」
「おお、急にどうしたんだ!? びっくりしたぞ」
新しい薪を紐に結いていたハルトがギョッとした顔で振り向いてくる。
「ねぇハルト。ちょっと練習試合しようよ」
「……そりゃいいけど。……何ていうか、うーん」
ハルトは頷きながらも渋い顔をしていて乗り気ではなさそうだ。
その理由はもちろん分かっている。僕とハルトの実力の差だ。
ハルトからしたらかなり手加減をしてスキルも使わないようにして、さらに打ち込みも浅くするくらいじゃないと相手にすらならないだろうから。
だから僕はこう言うんだ。
「手加減なしでいいよ」
「お?」
「なんか馬鹿にされてるみたいで嫌だ。僕だって目指しているものはハルト、君と同じなんだ」
僕は決意を瞳に漲らせてハルトを見据える。
確かに僕はまだ実力が足りないかもしれない。
体だって小さいかもしれない。
でもそれを言い訳にしていたら二人は遠い所に行ってしまう。
「そんなの、嫌だからさ。それに今日はなんか掴めそうな気がするんだ」
そう言いながら僕はハルトと距離をとって向かい合う。
「……っしゃ! 分かった。怪我しても恨みっこなしな!」
ハルトも僕の気持ちを分かってくれたようで地面に落ちた薪を拾い上げた。
「じゃあこれが落ちたらスタートな」
そういってハルトは薪を上に投げる。
十分に集中していたからか、僕にはその動きが心なしかゆっくりに見えた。
そして薪が地面に落ちた。
そしてそれとほぼ同時に——僕も地面に落ちた。
一撃死というのはまさにこういう事だろう。
……っ……いっ……。
遠くの方から誰かの呼ぶ声が聞こえる。
っていうかこの声はハルトか。
分かってる、分かってるって、まだ眠いけどもう起きるから……。
「おいっ、大丈夫か!?」
「……ぃたた……」
僕はつい声に出てしまった自分の言葉に少し驚いた。
そうか、僕は薪が落ちたと同時に——やられたのか。
確かに最近、ハルトと練習で剣を合わせる事をしていなかったけどまさか。
まさか二人の間にここまでの差があるなんて思ってもみなかった。
「うん、平気」
ハルトの大丈夫か、という問いかけに自分でもびっくりするくらいの冷たい声が出た。
「なんていうかさ……えっと、たまたまだろ。次はもっと——」
「…………ごめん。今日は先に帰るね」
気を使って誤魔化そうとしてくれたであろうハルトのその言葉に無性に腹が立った。
悪いのは弱い自分なのに。
当たり散らすように僕は幼馴染へ背を向けた。
「おいっ、そっちは村じゃないぞ!?」
僕はハルトの叫び声を背中に聞きながら森の奥へと進んでいく。
何が手加減なしでいいよだ、何が騎士になりたいだ、なれるわけがない。
僕は夢見がちの————バカだよ。
森の奥へ進んでいくと小さな湖があった。
池といってもいいかもしれない。
普段は森の奥は危ないから、とここまで来たことがなかったから知らなかった。
ちょうどいいからここの水で顔を洗おう。
きっと今の僕は、ひどい顔をしているだろうから。
そしてさっぱりしたら戻ってハルトに謝ろう。
謝って、そうしたら騎士ごっこもお終いだ。
リッカとハルトは先へ行って、僕は村に残る。
冷静に考えてみればなんだ、お似合いじゃないか。
そんな事を考えながら湖面を覗き込んだらやっぱりひどい顔の僕がいた。
すぐに洗い流そう、無駄な希望も一緒に流してしまおう。
「…………よしっ!」
顔を洗ってパンパン、と自分の顔を叩いた。
強めに叩いたからヒリヒリしているけど、その痛みでもってようやく気分が落ち着いてきた。
これでひどかった顔もさっぱりしてるだろう。
そう思って湖面を覗きこんだ。するとさっきはなかった違和感がそこにはあった。
何だ?そう思ってよく水面……いや水中に目をこらすと——目が合った。
湖面に映る自分と?いや、違う。これは……。
僕が気付くと同時に湖からザバァと水を割って現れたのは、僕と同じか少し大きいくらいの大きさをもったカエルだった。
そのカエルの額には赤黒くて小さな宝石がついていた。
生物の額に小さな宝石。それはつまり——話の中でしか聞いた事のない怪物。
魔女しか倒すことができないと言われている……モンスターだった。
魔女学園への入学を待つ生徒とそれを見送る親や友人などでごった返す学園入り口前に一際大きな声が響き、辺りが一瞬にして静まり返った。
……やってしまった。
ああ、僕は一体何を叫んでいるのだろうか。
どうしてこうなった?そう、あれは——三ヶ月前の事だった。
* * * * * *
「よう、カイ。今日も頑張ってるじゃねぇか」
村の外れにある森の中で練習用の木剣を振り回していると後ろから声を掛けられた。
声の主は村長の長男、ハルトだ。
「僕もっ、騎士をっ、目指しているから……ねっ」
僕は振り返らずにそう返事をすると、高い木から吊るしてある練習用の薪をリズムよく叩いた。
最後の一振りは我ながらいい太刀筋だったと思う。
上段から木剣を叩きつけられた薪はカーンという一際高い音を鳴らしながら大きく揺れて後ろにいるハルトへと向かっていく。
「ハルト、ごめんっ! 避けてっ」
「はっ、こんなもの避けるまでもねぇよ。<スラッシュ>!」
ハルトの叫びと共に放たれた【スキル】は向かってきた薪を真っ二つにした。
「す、すごい……」
「おいおい、驚いてる場合じゃないだろ。お前も騎士になりたいんだったらそろそろスキルの一つや二つ覚えないとまずいんじゃねぇか?」
「うぅっ。でももう少し、もう少しでなにか掴める気がするんだ」
僕とハルトは小さい頃から騎士になるのが夢だった。
だから毎日こうして日課の訓練を五年間かかさずに行っている。
それなのに僕といったら低級スキルの一つだって使えない。
ハルトは順調にいくつかのスキルを会得しているからその差はどんどん開いていくばかりだ。
「モンスターとの戦闘で魔女を守れない騎士なんて役立たずもいいところだぞ? まぁこのところモンスターもかなり増えてるっていうから最悪肉壁になら……って何怒ってるんだよ、冗談に決まってるだろ」
「はぁ。ハルトはいいよな、スキルだってすぐ使えるようになったし。それに体付きだって……」
そう、実はスキルが使えない事よりも僕としてはそっちの方が問題だった。
ハルトと同じ訓練をこなしても何故か僕は筋肉が付かないのだ。
身長も頭一つ半くらいハルトの方が大きくていつも見上げる形になる。
それが悔しくて仕方なかった。
「確かに最近じゃリッカの方が筋肉あるんじゃねぇか?ってくらいだわな」
「あぁ、僕はリッカにも負けるのか……」
リッカはハルトと僕と同じ年の女の子だ。
身長は僕より少し小さいくらいで、栗色の髪とお揃いの色をした瞳が正直可愛いんだよね。
僕らが住んでいるのは小さい村だから同じ年の子供は三人しかいない。
だから小さい頃から三人はずっと一緒だった。
将来は僕とハルトのどっちかがリッカと一緒になるんだろう、なんて漠然とそう思っていた。
でもある日、リッカの肩に年頃の女の子にしか発現しないといわれている<魔女の刻印>と呼ばれる痣が現れた。
——魔女の刻印を持つ者は須らく魔女たれ
凶悪なモンスターが蔓延るこの世界の決まり、というか常識である。
モンスターは魔女の魔法を使わなければトドメを刺す事が出来ない。
そのため、魔女の刻印を得ることが出来ない男が騎士となり魔女を守りながらモンスターを討伐するのが一般的だ。
まぁ魔女の中には一人でなんでもやってのける規格外の人もいるらしいけど僕には関係のない話か。
そして魔女の刻印——祝福とも言われるそれを受け取った女の子は十五になる歳に魔女学園という国の学校に入るのが決まりで、学園を出たら騎士と共に魔女としてモンスターを討伐することになる。
つまり、魔女の刻印が現れてからリッカは遠からずこの村を出て魔女になるという事が決まってしまったのだ。
それから五年。
僕とハルトは騎士になるべく、訓練をしてきた。
村には昔騎士をやっていたブロスおじさんがいて、おじさんに指導を受ける事が出来たのはラッキーだった。
でもその結果は、真っ二つになって地面に転がっている薪を見れば分かる。
スキルがない僕にはどうやったって薪を叩き切ることなんて出来ない。
刃のついた剣ならできるのかもしれないけど、ハルトが持っているのも練習用の木剣だから言い訳は出来ない。
僕が居ない所で「ハルトなら騎士になれる」ってブロスおじさんが太鼓判を押しているのを見てしまってから焦りがどんどん増している。
このままだと僕とハルト……いやリッカと離れ離れになってしまうかもしれない。
あの薪のように二つに別れてもう戻らないかもしれない。
「そんなの絶対に嫌だ!」
「おお、急にどうしたんだ!? びっくりしたぞ」
新しい薪を紐に結いていたハルトがギョッとした顔で振り向いてくる。
「ねぇハルト。ちょっと練習試合しようよ」
「……そりゃいいけど。……何ていうか、うーん」
ハルトは頷きながらも渋い顔をしていて乗り気ではなさそうだ。
その理由はもちろん分かっている。僕とハルトの実力の差だ。
ハルトからしたらかなり手加減をしてスキルも使わないようにして、さらに打ち込みも浅くするくらいじゃないと相手にすらならないだろうから。
だから僕はこう言うんだ。
「手加減なしでいいよ」
「お?」
「なんか馬鹿にされてるみたいで嫌だ。僕だって目指しているものはハルト、君と同じなんだ」
僕は決意を瞳に漲らせてハルトを見据える。
確かに僕はまだ実力が足りないかもしれない。
体だって小さいかもしれない。
でもそれを言い訳にしていたら二人は遠い所に行ってしまう。
「そんなの、嫌だからさ。それに今日はなんか掴めそうな気がするんだ」
そう言いながら僕はハルトと距離をとって向かい合う。
「……っしゃ! 分かった。怪我しても恨みっこなしな!」
ハルトも僕の気持ちを分かってくれたようで地面に落ちた薪を拾い上げた。
「じゃあこれが落ちたらスタートな」
そういってハルトは薪を上に投げる。
十分に集中していたからか、僕にはその動きが心なしかゆっくりに見えた。
そして薪が地面に落ちた。
そしてそれとほぼ同時に——僕も地面に落ちた。
一撃死というのはまさにこういう事だろう。
……っ……いっ……。
遠くの方から誰かの呼ぶ声が聞こえる。
っていうかこの声はハルトか。
分かってる、分かってるって、まだ眠いけどもう起きるから……。
「おいっ、大丈夫か!?」
「……ぃたた……」
僕はつい声に出てしまった自分の言葉に少し驚いた。
そうか、僕は薪が落ちたと同時に——やられたのか。
確かに最近、ハルトと練習で剣を合わせる事をしていなかったけどまさか。
まさか二人の間にここまでの差があるなんて思ってもみなかった。
「うん、平気」
ハルトの大丈夫か、という問いかけに自分でもびっくりするくらいの冷たい声が出た。
「なんていうかさ……えっと、たまたまだろ。次はもっと——」
「…………ごめん。今日は先に帰るね」
気を使って誤魔化そうとしてくれたであろうハルトのその言葉に無性に腹が立った。
悪いのは弱い自分なのに。
当たり散らすように僕は幼馴染へ背を向けた。
「おいっ、そっちは村じゃないぞ!?」
僕はハルトの叫び声を背中に聞きながら森の奥へと進んでいく。
何が手加減なしでいいよだ、何が騎士になりたいだ、なれるわけがない。
僕は夢見がちの————バカだよ。
森の奥へ進んでいくと小さな湖があった。
池といってもいいかもしれない。
普段は森の奥は危ないから、とここまで来たことがなかったから知らなかった。
ちょうどいいからここの水で顔を洗おう。
きっと今の僕は、ひどい顔をしているだろうから。
そしてさっぱりしたら戻ってハルトに謝ろう。
謝って、そうしたら騎士ごっこもお終いだ。
リッカとハルトは先へ行って、僕は村に残る。
冷静に考えてみればなんだ、お似合いじゃないか。
そんな事を考えながら湖面を覗き込んだらやっぱりひどい顔の僕がいた。
すぐに洗い流そう、無駄な希望も一緒に流してしまおう。
「…………よしっ!」
顔を洗ってパンパン、と自分の顔を叩いた。
強めに叩いたからヒリヒリしているけど、その痛みでもってようやく気分が落ち着いてきた。
これでひどかった顔もさっぱりしてるだろう。
そう思って湖面を覗きこんだ。するとさっきはなかった違和感がそこにはあった。
何だ?そう思ってよく水面……いや水中に目をこらすと——目が合った。
湖面に映る自分と?いや、違う。これは……。
僕が気付くと同時に湖からザバァと水を割って現れたのは、僕と同じか少し大きいくらいの大きさをもったカエルだった。
そのカエルの額には赤黒くて小さな宝石がついていた。
生物の額に小さな宝石。それはつまり——話の中でしか聞いた事のない怪物。
魔女しか倒すことができないと言われている……モンスターだった。
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