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一章 魔女学園入学篇

第12話 ハルトの行方①

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 僕は目を閉じると、寝る前に見た小さなを思い出してしまってなかなか眠れなかった。
 それでも少しは眠れたのでコレットが起きる前に、と服を着替えて待っていた。

「ふぁ……イニス、おはよ」
「ああ、おはようコレット」

 コレットは僕が既に着替え終わっている姿を見てとると「あれ、もしかしてあんまり眠れなかった?」と心配してくれた。

「ちょっと、ね。枕が変わったからかな……」

 僕はそう誤魔化しながら日課になった髪を梳かす作業を始める。

「ああ、待って。すぐに着替えるから! 私にやらせてっ」

 コレットはそういうと、大胆にもその場で服を脱ぎはじめた。
 ちょっと待ってよ、コレットは着けない派なんだろう!?
 僕は間一髪、目を閉じるのが間に合ったので、そのままじっと暗闇で待っていた。

「あれ、何してるの?」
「うん、今更ちょっと眠くなってきてね……」

 やっぱり少し寝る?というコレットに「大丈夫だよ」と返すと、促されるままに椅子へ座った。


「あぁ、やっぱりこの髪ってば最っ高……」

 頭の後ろからそんな素直に喜んで良いのか分からない言葉が聞こえてくる。
 今日の僕はどんな髪型になるのだろうか。


「よし、これで完成っ! もう見ていいよ」
「あ、さっぱりしてていいね」

 前から見ると、サイドの髪が後ろでまとめられてスッキリとしていた。
 昨日の三つ編みも良かったけどこういったシンプルなのもいいね。

「いやいや、後ろが凄いんだよぉ」

 そういいながらコレットは、僕の後ろに鏡を持ってくる。
 すると僕の持っている懐鏡に自分の後頭部が映った。

「わぁ、後ろの髪がちょうちょの形になってるんだね!」
「へへーん。私が一番得意なリボンハーフアップだよぉ」
「すごーい、可愛いね。ありがとっ」

 それは僕の本音だった。
 女の子の格好をはじめてからというもの、僕は可愛いものに興味を持つようになってしまった。
 もちろんそれが悪いことではないんだろうけど……いつか身も心も女の子になってしまいそうで、それがほんの少しだけ怖かった。

 髪をセットしている間に<ポーン>と朝食のお知らせがあったので、髪型のセットが終わった僕はコレットと食堂で朝食をとった。
 今日は街までハルトを探しに行くんだからたくさん食べて元気を出さないとね。



「こちらが仮の学生証になります」

 朝食をとった僕らは、本館にあるという学生課の受付に行った。
 外出申請をして許可を貰うためだ。
 申請はすぐに済んで、僕らは一枚の薄い板を受け取った。

「お帰りの際に、こちらへ返却して下さい。門限は夕刻までとなります。それではお気をつけて」

 僕らは受付のお姉さんに見送られて学生課を出ると、門に向かって歩いていく。
 近づいてくる門を見て、僕はむず痒い気持ちになってきた。
「スカートの中を覗けばいいじゃない」なんて、なんであんな事を言ってしまったんだろう。
 でもあれがなければ僕の入学はまだ認められていなかったかもしれない、と自分を慰めた。

 そんなちょっとほろ苦い出来事を思い出しながら僕は門を潜って学園の外に出た。
 門の外を守っていたのは——たしかディーラトンだったか、あの時の騎士だった。

「あっ……」

 どうやら向こうも気付いたらしい。
 僕は「あの時はありがとう」の気持ちを込め、にっこり微笑むと学園を後にする。
 背中から「か、かわいい」なんて声が聞こえてきたけど、それは完璧に無視をすることにした。


「さて、それじゃあ治安官詰め所に行きましょう」

 コレットに先導されながら僕は街を歩いていく。
 一日ぶりの街はやっぱり大きくて、綺麗で、輝いて見えた。
 ハルトもこの街の景色を見ていたらいいんだけど。

 しばらくの間、「こっちに行ったら美味しいパン屋があるよ」、「ここは私がお気に入りの服屋さん」などコレットの街案内を受けながら歩いて行くと目的の場所に着いた。

「ここが治安官詰め所よ、早速入りましょ」

 そういって中に入るコレットに続いて僕も中に入った。
 詰め所の中は——男臭かった。
 なんだろう……女子寮の匂いに慣れてしまったのか酷く鼻についた。
 そして気付いたのはそれだけではなかった。
 なんだか物々しい騒々しさがそこにはあった。

「お嬢様方、ご用事はなんでしょう?」

 カウンターに座っていたまだ若そうな青年が声を掛けてくる。

「あの、人探しなのですけれど……」

 僕はカウンターの奥で走り回る人達を見ながら控えめにそういった。

「失踪人ですね? それでは特徴を教えて下さい。と、いっても取りかかれるのはちょっと先になってしまうかもしれませんが……」
「あの、何かあったんですか?」

 そんな僕の問いかけに青年は声のトーンを落として教えてくれた。

「また盗賊団が出ましてね……これで三件目ですよ」
「ええっ、それは大変ですね」

 コレットが驚いたような顔でそういうと青年はうなずいた。
 どうやらこの王都へ向かう馬車を狙った盗賊団が出たのだそうだ。
 今回襲われた商隊はそれなりの規模で、かなりの怪我人が王都に駆け込んできてその対応に追われているらしい。

「二ヶ月くらい前から続いてましてね。段々と狙うも大きくなってますし、お嬢様方も街を出る事がありましたらご注意下さい」
「あら、ご心配ありがとうございます」

 コレットが聞き上手なのか色々な事を教えてくれた青年は、ハルトの特徴を僕から聞きき取ると、紙に書き込んでいった。
 途中で壮年の治安官に声を掛けられると「見つかったらご連絡します」と言って、聞き取りが終わると同時に慌てて席を立ってしまった。

「忙しそうだし、いこっか」

 コレットにそう言われて詰め所を出ることにした。


「それにしてもびっくりしちゃった」
「え、何が?」
「だってイニスってまるでハルトくんに会ったことあるみたいに喋るんだもの」

 あ、しまった……そんな僕の焦りは顔に出ていなかっただろうか。
 コレットの目を気にせずにちょっと皮肉屋で、意地っ張りで……などおよそ捜索に関係のない事まで熱弁してしまったのだ。

「あ、ええと……昨日コレットがおかわりのガーリックトーストを取りに行っている間に聞いておいたんだよ」

 ちょっと無理があるだろうけど、これで納得してもらうしかない。
 いや厳しい、かな?と僕がより良い言い訳の上書きを思案していると、

「……イニスは凄いね。あの時にもうハルトくんを探す手伝いをしようと思ってたんだ? 呑気にガーリックトーストをおかわりしてた自分が恥ずかしいよ」

 と、コレットは自分を責めだした。

「そ、そんな事ないって! 聞いたのだって興味本位というかさ。コレットも今手伝ってるんだからおんなじだって」

 僕は慌ててそう繕うのだった。

 こんなによくしてくれるコレットに嘘を吐き続けている僕の方が——よっぽど恥ずかしいよ。
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