村で慰み者にされていた私を出世した幼馴染(年下)が強奪に来る

柿崎まつる

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5.トーマス視点・上

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 トーマスは村で一番恵まれた少年だ。
 村長の一人息子で次代の村長としての将来を約束されている。十三歳のときには大人と変わらないくらいの背丈があり、力持ちで村の女の子からもよくモテた。
 二歳年下のイーヴォは正反対だった。家は貧しく兄弟が多い。身体も小さくて大人しいから、よく女の子と間違えられた。だが、トーマスにはない『計算が早い、賢い』という理由で、大人たちに重宝される。
 トーマスはイーヴォのことが嫌いで、会うたびに取り巻き達と一緒に彼を虐めた。すると、村一番の美少女のディートリンデが当然のように庇いに来る。イーヴォは二つ年上の彼女にべったりで、ディートリンデも弟のようにイーヴォを可愛がっている。そのことが、トーマスのイーヴォ嫌いに拍車をかけた。

 そのイーヴォが、村を出る日が来た。その賢さを領主に買われ、街に住み学校へ通うこととなったのだ。トーマスは面白くなかったが、同時にチャンスだった。イーヴォが好きなディートリンデを、トーマスのものにしてやる。だが、トーマスがいくら誘っても、ディートリンデは全くなびかなかった。
 ディートリンデの父親のエーブラムは早くに妻を亡くし、男手一つで娘を育てた。大柄なうえウエイトがあり剛腕で、ぎょろっとした目つきのごつい髭面で見るからにおっかない。ディートリンデを狙うたいていの若者はその父親を見るや、逃げ出すのが常だった。トーマスも例外ではない。
 
 ディートリンデの濡れ羽色の髪と瞳ときたら、星々が輝く冬の夜空を彷彿とさせる。対照的に肌はきめ細かく真っ白なのだ。誰もがその髪を撫で、肌を触りたくなる。だが、彼女の良いところは母親譲りの美貌をひけらかすわけでもなく、素直で朗らかな所だ。彼女の笑顔を見ると、誰の心にも花が咲く。最初はイーヴォへの嫌がらせから彼女を誘っていたトーマスも、次第と彼女自身にのめり込んでいった。

 トーマスが十八歳になり成人すると、二つ隣の村長の娘と結婚の取り決めをした。彼女が成人するまであと五年、トーマスは自由の身だ。同い年のディートリンデは相変わらず一人だった。何人の男にプロポーズされても、決して首を縦に振らない。そんな彼女をお高く留まった嫌な女とささやく声はあったが、トーマスは知っていた。彼女はイーヴォが迎えに来るのを待っているのだ。愚かだ。街に出たイーヴォがこの小さな村に帰ってくることはあり得ないのに。身分の低い若い男が出世したかったら、金持ちの婿に入るしかないのだ。
 イーヴォの影も消えた今、トーマスはどうやってディートリンデを手に入れるか、そればかり考えるようになる。
 
 ――あいつの親父が、邪魔なんだよ。
 
 その晩、村長である父親が酒を飲みながら愚痴を吐いていた。
 
「領主様に納める年貢のチョロまかしがエーブラムの奴にバレて、村の皆に洗いざらい話せとか言いやがる。そうなったら、村長の地位を失うどころかうちの家族はこの村にはいられんぞ」
「なー、オヤジ。ディートリンデの親父、ヤっちゃわん?」

 どうやって? と尋ねる父親の耳元で囁く。すぐ近くで自分によく似た中年顔がにやけた。
 
「そりゃ、いいな。俺はチョロまかしを続けられるし、おまえはディートリンデを自分の女にできる。一石二鳥じゃねぇか」

 トーマスの父親は村長の地位を傘にして、独裁を敷いている。その姿を傍で見てきたトーマスも、いずれ自分が村のを継承することをつゆとも疑っていなかった。
 自警団の長であるエーブラムは毎日夕方になると、村の周囲を巡回する。巨漢が棍棒を手にしていようと、盗賊団がヤるのは簡単だった。彼らに払った報酬はそれなりに痛かったが、結果には満足している。エーブラムは死に、ディートリンデは一人になった。

「トーマス……? 何の用?」

 ディートリンデの家を訪れると、目元をパンパンに腫らした顔が現れた。父親の葬式から一週間もしないうちに一回り痩せた気がする。ドアの隙間から覗き見た食卓には葬式で使われた祈祷書や鞄が置かれたままで、換気もしていないのか部屋も空気が淀んでいた。

「おまえ、まともに飯食ってんのかよ?」
「食欲が湧かなくて……あの」

 トーマスは彼女を押しのけるやずかずかと部屋に乗り込む。埃の被った食卓の上を片付けると、そこに持参したシチューを置いた。
 
「ほら、食えよ。おふくろがおまえに持っていけって」
「あ、……ありがとう。……優しいのね、トーマス」

 弱ったディートリンデは、いつもの塩対応を忘れているようだった。椅子に座って、温くなったスープを少しずつ啜りはじめた。その様子は稚けなくて頼りなくて、今にも崩れ去ってしまいそうだ。

 ――可哀そうに。誰に、こんなにされちまったんだ?
 
 トーマスの胸に昏い喜びが広がり、口元が勝手に緩む。逸る期待に胸を焦がした。

 *
 
 ディートリンデの家の扉を閉めたとき、彼は愉快でたまらなかった。初めてイーヴォに勝ったのだ。エーブラムの殺しを依頼し、彼女には借金があると嘘の脅迫をした。トーマスは自分のしたことを格別悪いとは思わない。村のは端から彼の持ち物だから、どう扱おうと自由なのだ。騙される方が悪い。
 ディートリンデがトーマスの囲われ者になった事実が、村の隅々まで広がるのに半日もなかった。もちろん、トーマス自身が噂を撒いたのだ。ディートリンデは嫌がったが、数回家に通って金を渡すと大人しくなった。
 それから、二年後。イーヴォが帰ってきたのだ。
 
 八年ぶりに見たイーヴォは、まるで貴族のように洗練されていた。憎らしいほどの美男子ぶりで、村の女の視線を釘付けにした。だが横も縦も身体の厚みさえも、トーマスには及ばない。

 ――痩せぽっちめ。軍隊も大したことないな。

 「おまえ見たんだろ? 俺が林でディートリンデとやってるとこ。言っとくけど、二年前からあいつは俺のものだぞ。教えてやろうか? あいつ、初めて俺に突っ込まれたとき、泣きながらおまえの名前を呼んでたんだぜ。助けてやれず、残念だったな」

 家に押しかけても顔色一つ変えなかったイーヴォの眉間に、しわが寄る。その顔は驚きに始まり、混乱に続き憤りや悔しさを経て、ついには絶望にたどり着いた。

 ――これだ。俺は、ずっとこの顔が見たかったんだ。

 イーヴォを負かしてやった。トーマスは、言い知れぬほどの勝利感に酔いしれた。
 だが、すぐにイーヴォの秀麗な顔から強い感情は消え、冷たい人形のような表情に戻る。

「僕はよく知らないけれど、お互い気持ちよくなるのがセックスじゃないのかな。どうみても、君のは一方的な暴力だよ。女の子はオナニーの道具じゃないから」

 逢わなかったこの八年。貞操を貫いているのはディートリンデだけではなかった。
 
「はっ、この童貞が分かったようなこと言うんじゃねぇ!」

 ――早く負けを認めろ。そして、尻尾丸めて村から出て行け。

 トーマスのにとってイーヴォは招かれざる客だった。唾を飛ばす勢いで迫ると、相手はあろうことか鼻で笑う。
 
「よくもまあ、聞いてもないことをべらべらと。そんなことより、やってくれたよね。トーマス」
「は? なんのことだ?」
「先日、王都近くで盗賊団が捕まったんだ。彼らは二年前のことをよく覚えていたよ。君ら親子がディーの父親の暗殺を依頼したんだってね。ディーには黙っていてあげるよ。これ以上君のことを考えてほしくないから」

 優勢に立ったはずが一気に逆転された。トーマスは、世界が暗転するのを感じる。自分の身に起きるはずないことが起きようとしている。

「そもそも僕が村を出たのは、ディーのお父さんに認めてもらうためだったんだ。なのに、君はディー欲しさにそのお父さんを殺してしまった。これじゃあ僕の頑張り損じゃないか」

 イーヴォはこれみよがしにため息をついて見せた。

「数日もしないうちに、領主の兵士が君たち親子を捕まえに来るよ。心の準備をしておいて」
 
 トーマスはそれを最後まで聴いていられなかった。青年に背を向けると、足早に村の中心街を目指す。背後からむかつく笑い声が聞こえたが、無視した。
 
「くそっ」

 チョロまかしもディートリンデの父親の死の真相も、国に知られた。おそらく、自分は村長にはなれないだろう。それどころか、牢獄へ入れられ死刑になるやもしれない。
 トーマスは勝利の頂から昏い底なしの穴に堕とされた気分だった。こんな目に遭わせるイーヴォが憎かった。
 
 ――あいつが、死にたくなるようなことは何だ?
 
 せめてもの報いにイーヴォを道連れにしてやりたかった。石畳を足の裏で叩きながら歩き、たまり場でタバコを吸いながら談笑している一団の前に仁王立ちとなる。一、二、三……七人いる。不足はなかった。

「おまえら、今からディートリンデを輪姦まわして来いよ。金やるから」

 村のチンピラたちから、どよめきがあがる。
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