筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

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56・虎鋏【トラバサミ】

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 川辺で治療を続けるヘルムは、細かなパズルのピースを組み立てる様な、そんな繊細な作業を経てどうにか女性の砕けた顎の骨を元の形に収める事に成功した。

「ーーおい女、話せるか? 何があったか詳しく話せ」
「無理ですよ、まだ骨を正常な位置に戻しただけですから…無理に話せば崩れる可能性があります」

 ヘルムが回復魔法で麻酔をかけてはいるが、女性の痛みは尋常では無いだろう。問い掛けに一切反応出来ない女性の苦し気な態度に、サイラスは「ふぅー」っと一つ長い溜息を吐く。そして何処からか取り出した毛布を女性の肩に掛けると呟いた。

「チッーー平民は平民らしく慎ましく暮らしていれば良いものを…己が立場を忘れ、過ぎる力に浮かれ騎士団になど入るからこうなる…」
「第三騎士団は実力主義ですからね。それに平民だろうが使えるモノを起用しないのは愚策でしょう。プライドだけ高くて使えない駒よりよっぽど有用だと思いますが?」

 第三騎士団が守るべき国境線はとにかく広い。一切れのピザの様な三角形をかたどるサーシゥ王国、その長い西と東の国境線を防衛する為には膨大な人数が必要となる。

 勿論、その人材の多くを負担しているのは国境沿いを領地とする領主達の私兵であるが、王国直轄である第三騎士団の面々も数名ずつ各都市に配置される事になっている。

 それは、隅々まで騎士団を配置する事でが他国の動向を素早く把握する為である。

 個人の主観が入った人づての情報程当てにならないものはない。更に、利権が絡む情報は貴族達が捻じ曲げたり隠蔽する事も懸念されるし、裏切りの可能性もなくは無い。残念ながら王国とて一枚岩では無いのだ。
 騎士団を各都市に配属するのは『王の目』として貴族達の監視、牽制する意味を持つ。

 そんな重要な役割を持つ騎士団員だ、それ相応の実力が無くては務まらない。
 また、その人材が特定組織や貴族に偏る事を危惧した王国が、騎士入団試験時に身分の壁を取っ払っらい、広く門戸を開いたのは当然とも言える。



「何だと……貴様はだと思ったのだがな?飛んだ勘違いだった様だ」
「…『貴族主義』の事ですか? 私は血よりも効率を優先しますから。それに血の影響が実力と関係無い事は我が団の平民と貴族の比率を見れば明確です」

「ーーチッ、分かった様な口を聞く。貴様も貴族の端くれならば少しは自分の血に誇りを持て!」
「回復魔法士になって何人もの血を診てきましたが、貴族も平民も同じでしたよ?」

「そういう事では無いッ!!ーー血とは歴史だ!我々は高貴なーーな、何だ?」

 ズズンーー地面が…揺れる!

 地面から何かが蠢く様な振動を感じたサイラスは咄嗟に辺りを警戒する。次第に大きくなる振動は三人の周囲を螺旋状に囲んでゆく、と同時にいくつもの土槍がタケノコみたいに地面からボコボコと空に向かって芽吹いた。

 それはまるで田畑に生えた稲の様に等間隔に生え揃い、腰ほどの丈まで伸びてーー止まった。

 辺りを見渡す二人……どちらも分隊の参謀を担う聡い者同士だ、これから起こるであろう事態は想像に容易い。

 これは間違いなく、こちらの足を止める為に発動した魔法ではないッ!

「こ、これは…不味い!」
「嫌な予感しかしませんね…」

ーー嫌な予感程、予想を裏切らないのは何故だろう?

「チッ、来るぞッ!」

 サイラスが叫んだと同時に、三人の周囲の地面が巨大な虎鋏とらばさみを踏んだ様に一斉に跳ね上がるっ!

 ーーバクンッ!

 それはまるで大きな獣が獲物を飲み込む様だった。無数の土槍が直立する地面は獣の牙になり、三人を噛み砕くあぎとと化したのだ。

 一瞬だ、一瞬で地面に飲み込まれた三人。付近に舞い上がる大量の土煙が晴れると、そこには乱雑に積み上げた岩の塊がただただ聳え立っていた。





 ミードが襲撃者と対峙しているそばにはまだ、肩を押さえて悶えるヨイチョが居た。ヨイチョは二人の戦闘に巻き込まれ無い様、ジリジリと川辺の方へ移動する。

 「ウグッ…棘を…棘を抜かなきゃ」

 刺さる棘を抜こうと手を伸ばす、しかし、少しでも触れる度に骨の髄まで響く激痛がヨイチョを襲う。

(一瞬だ、我慢して抜いてさえしまえば痛みは一瞬で終わるんだ!……多分)

 そう意を決し、深く深呼吸したヨイチョは左腕の袖口を強く噛んだ、そうやって棘の刺さった左肩が動かぬ様に固定し、歯を食い縛る事でこれから起こる激痛に耐えようとしたのだ。
 そしてヨイチョは右手でその棘を掴むのではなく、ーーなんと左肩を下に思い切り背中から地面に向かって倒れ込んだ!

「むぐぅぅーー!!」

 目が飛び出たかと思う程の激痛と引き換えに、肩を突き抜け飛び出た棘の先端は地面に押され20cmはあるその半分を肩から抜く事に成功した。 転げ回りたい痛みを堪え、ヨイチョは飛び出た棘を掴むと残りを一気に引き抜いた!
 
 「あぐぅぅーーッ!!」

 先端に向かって細くなっていた棘はズルリと抜けた。

「ハァハァ、ま、まだだ…し、止血しなきゃ」

 皮肉な事にあれだけの苦痛をヨイチョに与えていた棘は、その傷を塞ぐ事で止血にもなっていたのだ。それを抜いてしまった肩からはドクドクと血が流れ肩を真っ赤に染めてゆく。

 傷口は広く無いが、何せ骨をも貫通している。ヨイチョはまず水魔法を使って傷口を洗い流し異物を取り除くと指で圧迫し止血する。

「何だコレ…砂?ーーあの棘…砂で出来てるのか?」

 何故か洗い流した傷口からは黒い砂が出てくる。引き抜いた棘を改めて確認するとザラザラとした黒い砂で生成されているのが分かる。

「アイツ、土魔法士で幻術魔法と死霊魔法も使える…トリプルって事!?…あり得ないっ」

 複数系統の魔法を操る魔法士は別に珍しいものではない、しかしそれが希少な幻術魔法と死霊魔法となれば別だ。
 特に死霊魔法はその特殊性から禁忌魔法[レベル3]に該当され、その素質を持つ使い手は国家レベルで監視される程である。

 そんな希少な使い手が襲撃者の中に居る事にヨイチョは驚愕する、それはつまり…山賊程度の相手では無いと言う事だからだ!

「は、早くヘルムの所へ…この事を知らせないと!」

 ヨイチョは、ヘルム達が別の襲撃者に襲われている事をまだ知らない。
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