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57・撒き餌
しおりを挟むヘルム達三人が飛び出した地面に飲み込まれる様子を対岸の木陰からジッと見つめる男が居た。
「ホラホラやっぱりじゃん?他にもやっぱり仲間が居たじゃん!」
「スゲ~ヨ!サスガダ!テンサイカ!?」
太く低い声と甲高い声が男が身を隠す木陰から漏れてくる。暫くして其処からノッソリ姿を現したのは一人の男だ、不思議な事に他に人影は無い。
長い手足と高い背丈、酷く痩せているせいで実際よりもその背は更に高く見える。頬が痩け、前髪に隠れた虚な眼光が朝方の街角に崩れる酔っ払いを連想させる。
「やっぱり?やっぱり僕って天才だった!」
「テンサイ!シュウサイ!バカジャナイ!」
興奮気味な言葉とは裏腹に男の表情は何一つ変わらない。感情が消えた様な表情で言葉だけが高揚する様は側から見ると酷く歪で気味が悪い。
その無表情が語る目線の先には、小さい子供をあやす為に不器用なお父さんが初めて作った様な…酷く不恰好で歪なーー人形を模した手袋、マペットが右手に填められていた。
男は唇を閉じたまま人形の歪んだ口をパクパク動し腹話術士の様に甲高い声を出している。 そう、男は自分の右手に填めた人形と会話しているのだ。
「死んだかな?もう見に行ってもいいよね?」
「イイサ!イイトモ!ミニイコウッ!」
何かの皮で作られたその人形に余程の愛着があるのか、何度も継ぎ接ぎした修理跡が見える。
バサバサした長い髪は、男と同じ様にその目元を隠しているが、偶に覗く鋭い眼光はとても作り物とは思えない程に爛々として悪意に満ちていた。
「サァ イコウ!アタラシイ ソザイ!シカバネ ノ モトヘ!」
ーー人形の目は確かに笑った。
◇
戦場にて狙撃手が行う戦法の一つに、敵兵が救助活動している所を狙って攻撃する戦法がある。
これは、一人の敵兵の足などを撃ち抜き、その後敢えてコレを放置する事で救助に集まってきた複数の敵兵を纏めて排除するという仲間意識を逆手に取った「撒き餌」と呼ばれる戦法だが、無表情な男が行ったのは正にコレだ。
「人形と話す男」
そこだけ聞けば、可愛いマペットを操って楽しい会話で周りを盛り上げる大道芸の様なイメージがしなくもないが…その実は、一時間以上弱っていく女性を遠くから観察し、獲物がかかるのを待つ残虐極まりない精神の持ち主である。
「さぁ、今度はどんな風になってるかな~?」
「チマミレ!ツブレテ!ペッチャンコ!」
男は土魔法で川に細い橋を架けると、大きなヤジロベエがユラユラ揺れる様に両手でバランスを取りながらフラフラと川を渡って行く。
そうして三人を飲み込んだ土塊の前まで行くと不思議そうに首を傾げた。
「あれあれ?血が滲み出て無いね?肉が飛び出て無いね?…僕あれが好きなのに!もしかして深く埋め過ぎちゃった?」
「シッパイ!ザンネン!アホンダラ!」
男は人形を自分の目線まで持ち上げると虚な表情のまま人形に悪態を突き始めた。
「酷いよ!さっきは上手く出来たんだからそんな事言わなくてもいいじゃん!」
「サッキハマグレ!コレガジツリョク!ハンニンマエ!」
「何おう、偉そうに!…でも確かにさっきのは凄く良かったよね!下半身を狙ったのが良かったのかな、素敵な声が聞けたもの!」
「タスケテ!ドウシテ!ユルシテ!」
男走るそっと目を閉じ先程の記憶を呼び起こす。焚き火に集まり食事を取る姿、一時の団欒に微笑む姿、突然体を潰され足掻く姿、血泡を吹きながら助けを呼ぶ姿、恐怖に見開く目!目!目!
「あぁ、さっきのに比べたら確かに今回は失敗だ!つまらないったらつまらない!ーーん?」
残念そうに人形と会話をしていた男が背後に感じる気配に振り返ると、そこには小柄な巻き毛の男が此方を見上げ立っていた。
「アレはお前がやったのか……」
「ーーあれあれ? 君どうやって…まさか双子じゃないよね?」
「ナンダ?ナンデ?ドウヤッテ?」
此方を見上げる顔は青白く、噛み締めた唇からは血が滲み、握りしめた拳は爪が食い込み、目には涙が溜まっている。
「アレはお前がやったのか!」
「何だい…君泣いてるの? あぁ分かった!きっと大事な人を亡くしちゃったんだね!」
「アノコカナ?ドノコカナ?ドッチモ?」
ドスンッ!と地面に音が響き、右足に鈍痛が走る。見れば足に土槍が刺さっている!?
「あ"ぁッ!」
「イタイ!イタイ!ヒドイ!」
突然の痛みに思わずその場を離れようとするが、突き刺さった土槍が深く地面に足を縫い止めている為動く事が出来ない!
「お前がッ!お前がやったのかっ!!」
ーードスンッ!
「土板ーーあがぁッ!」
「チクショウ!チクショウ!チクショウ!」
二発目の土槍が足目掛けて落とされるのを察知した男が急いで魔法を発動させるが間に合わない。土槍は男の右足の甲に続き今度派右膝を砕いた!
「何だよお前!ーー何で、何でそこに居る? さっき僕が潰してやった筈だろう!」
「ナンデ!ドウシテ!シンデナイ!」
そこには先程地面に飲み込まれた筈のサイラスが、憤怒に染まる目で男を睨みつけていた。
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