113 / 287
113・融合
しおりを挟む人は一体どんな時に恐怖を感じるのだろうか?
例えばそれは頭に銃口を突きつけられた時、もしくは首無しでも襲ってくる兵士に出会った時……。
ーーいずれも人が恐怖を感じるには十分な理由だろう……しかし、それが自体が恐怖の本質では無い。
頭に銃口が向けられるのが怖いのでは無く、その先の死が怖いのだーー死は、死んだ者しか分からないから。天獄地獄、もしくは永遠なる無なのか、死の正体を知る生者は居ないーー間も無く自分に訪れるであろう未知なる未来に人は恐怖を覚えるのだ。
首無しで襲って来る兵士が恐ろしいのでは無い、「首無しは死んでいる、決して動く事は無い」と思っている予想に反し、動き続ける事に恐怖を感じるのだ。
つまり、多くの人にとっての恐怖とは自分が知らない事、そして自分の常識外にある事だ。暗闇が怖いのも、見えない闇の中が分からないから怖いのである。
ーー知らない事、理解出来ない事、常識外の事は恐ろしい。
それは幾度の戦場を渡り歩いた傭兵のゾレイにも当て嵌まる。
「な、何だテメェは…………何で死なねぇ!?」
数多くの死を見てきたゾレイが、死んだ、殺したと確信したにも関わらず、未だあの暴虐の黒い靄の中で人の形を保っているーーそれだけでも理解不能であるのに、それは未だ動いて何事かを呟いている……そんな光景を体験し恐怖を覚えない者が居るだろうか?
ーー有り得無い!
『壊滅』の魔法がどれ程出鱈目な威力を持っているかゾレイは知っているーー第六工兵部隊が作り上げたあの壁を撫でる様に塵に変えたのだ、複数分隊が連続して攻撃しても耐え切る程の硬さを持つあの壁を!
その攻撃を見たゾレイはすぐさま抵抗を諦め逃げに徹した。
ーー絶対に抗え無いと理解したから
逃げるか立ち向かうか、その決断を今までの経験から瞬時に割り出すーーその結果の逃げだ。
それはある意味『壊滅』の魔法に絶対な信頼を寄せたとも言える。そしてその魔法の威力を逆手に取り、攻撃手段として使うのは狡猾なゾレイならではの作戦であろう。
だが、そんな圧倒的破壊力を持つ靄の中であの男はーーまだ生きているッ!
「ば、化け物がっ!」
言い様の無い恐怖と焦りに駆られたゾレイは魔力が少ないにも拘らず半ば無意識に靄の中へと魔法を撃ちまくる。
「黒棘ッ! 黒棘ッ! 黒棘ッ!」
初めて殺意を持って人を殺す時、その殆どが相手が確実に死んだか判断でき無い為に必要以上に攻撃を加えると言う。
ーーあの化け物はどれ程の攻撃を与えれば死ぬ? 正に今のゾレイも同じ気持ちなのかもしれない。
だが、ゾレイの魔法の全ては当然の様に靄に阻まれるーー靄を使って男を殺すつもりが、皮肉な事にその靄のお陰でゾレイの攻撃は届かない。
「クソッ! クソッ! コレならどうだ! 黒槍ッ!」
埒が開か無いと、直接攻撃を試みるゾレイーーその手には砂鉄で出来た長い槍が握られる。槍を生成し続けながら突けば届くのではーーと、ゾレイが黒槍を掲げたその時!
頭上から物凄い轟音と閃光が目の前にーー落ちてきた。
ーーバリバリッ! バリバリバリッ!!
「ーーッ!!」
ーービエルの砂塵嵐が遂に空に浮かぶ雷球に接触したのだーー。
◇
今や今やと解放を待ち侘び狭い球体の中で蠢いていた雷龍、その側面を遂にビエルの魔法が捕らえた。
魔法攻撃は、その反属性の魔法で相殺する事が可能だが、魔力が同等以上で無ければ打ち負けてしまう。逆に反属性で無くとも、その魔法の何十倍もの魔力を込めた攻撃であれば、その魔法を呑み込む事が出来る場合もある。
焚き火を消す為には水を掛けるのが適当だが、掛ける水量が少なければ火を消す事は出来ない。また、焚き火に風を送れば火は更に燃え上がるが、それが突風ならば火は吹き消えるだろうーー魔法も同じ道理である。
中級威力の魔法を何度も繰り返し蓄積させる事で作り上げた雷帝ではあるが、ナルの魔力とビエルの魔力では差は歴然。
圧倒的な魔力量を誇るビエルの砂塵嵐が雷帝の発動を抑え、呑み込んでしまうのは当然であった。
しかし、砂塵嵐がここまでに破壊してきた土壁や巻き上げた地面の中には、磁力魔法士であるゾレイが意図的に集めた砂鉄が大量に含まれているーーその事が原因で思わぬ事態が起こる。
なんと雷帝は砂塵嵐の魔力に呑み込まれる事無くーー融合したのだ!
ーーそれは時間にすれば一分も無かっただろう。
大量の砂鉄が吹き荒れる砂嵐の中を雷龍が閃光と共に駆け巡ったのはほんの一瞬……しかしその一瞬の破壊力は凄まじいものであった。
ーーバリバリッ! バリバリバリッ!!
雷帝は、砂塵嵐の中で一斉に散開、凡ゆる方向へと雷龍が分裂して行った。そして未だ靄に取り込まれていない建物にも、その放電により深刻なダメージを与え出した。
周囲には幾つもの火柱が立ち上がり、大地は震えた。
そんな最中、直ぐ側で電気を通す鉄鎧を纏い鉄槍を掲げたゾレイが無事な訳が無い。
「ーーッ!!」
自分自身が避雷針となったゾレイに雷龍が直撃するーー幾分か分裂した雷帝ではあるが、先刻の衰退の腕輪を装備していたナルの雷魔法をいなすのとは訳が違う。
更に言えば、今のゾレイは恐怖で冷静な判断力に欠けていたーーいや、例え冷静であっても結果は変わらなかっただろう。
「ーーオガガァアアッ!!」
雷の電圧は約一億ボルト、家庭用電圧の100万倍相当が一瞬でゾレイの身体を駆け抜けて行ったーー
鉄鎧はその余りの熱量にひしゃげ、赤く爛れてぽたりぽたりと垂れ落ちる。その中からは肉が焦げた臭いと燻んだ煙が漂う……唯一素肌が覗く目元は炭化し、川塩焼きにした川魚の目玉の様に白く濁った眼球が溢れた。
ーーガラッシャーン!
ゾレイの身体は燻りながら、力無く地下へと落ち崩れた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる