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173・バチャバチャ
しおりを挟む「あの娘、人魚なんだ?」
初めて見たが素晴らしいスタイル! 流石、御伽噺の主人公を張るだけはある。
顔は人並みではあるが、何せ今俺の周りには馬に鳥に蛙に蜥蜴しかいないーーと言うか、爬虫類と魚類しか居ないって……此処は熱帯魚販売店か何かなんだろうか?
「決めた! 俺、あの娘に浄化してもらうわ!」
「バルゥ!?」
(ふふん、その反応ーーバルボもあの娘狙いだったのかな?)
何せこの店の中じゃピカイチだもんな。だが世の中早い者勝ちなのだよ!
「ルドゥルフ、バッファムバルゥ!」
「いやいや、悪いけど譲る気は一切無いから!」
「はぁ~、いやまぁ、兄さんがあの娘がええっちゅうなら交渉してきますけど……」
ピリルはカウンターへと向かい、中にいる店主とボソボソ何事かを話し合った後、翼を器用に曲げてこちらへ来いと手招きする。
「良かったな兄さん、OKやて。普段は魚人しか相手にせん嬢らしいけど……まぁ、ちょっと多めにチップ渡す事で話が付いたわ」
チップ文化あるのか、日本人には馴染み無いチップ……相場が分からん。そういや、いくら支払えば良いのかも知らないな。
「ピリル、大事な事聞き忘れてたけど……お値段は?」
「せやった、値段は紹介料込みで6,000ニルスでどうや? チップは300くらい渡せばーーまぁ嫌な顔はされんやろ」
「全部で6,300ニルスか…………えぇ、6,300? 安いな!」
この手の店は安過ぎると地雷なパターンもあるのだが、あの娘が相手してくれるなら心配無い、お値段以上だ。
「よっしゃ決まりやな。じゃあ後はワイが支払いしとくよって、兄さんは二階へ行って楽しんでくるとええ」
「ワイらは下で待っとる」と言うピリルに金を渡し、高鳴る期待に胸を膨らませながら先程の人魚が待つ部屋へと向かう。
そんな浮ついた後ろ姿を見送った後、店員へ4,000ニルスを支払ったピリルは残った半分をバルボへと渡し、ついでにとエールを二人分注文してそのままカウンターへと座った。
「バルル、ブッファル?」
「ーーせや、紹介料や。店から25、残りは兄さんからや。最初はどうなるかと思ったけど意外とええ稼ぎになったな」
定職を持たぬ彼等に取って1,000ニルスの収入は実に大きい。普段であれば店への呼び込みで貰う紹介料やギルドからの一般向け依頼、たまの恐喝などで日に100ニルスも稼げれば良い方だ。
「ブルフッバルゥ、ブロゥブ!」
「いやいや、ちいとも騙してなんかおらんて。確かに他と比べれば、今回の紹介料は少しだけ高いかもしれんがーーまぁ、兄さんが相場を知らんなら気にしようが無いんやし、大丈夫やって」
「…………バルゥブ、アブルバルバスン?」
「ああ、そうやな。暫くはあの兄さんに稼がせてもらおうや」
二人は顔を見合わせニヤリと笑う、エールが入ったコップがガチンと鳴った。
◇
「えー、失礼しまーす」
(おぉ、意外と広いんだな)
おずおずと扉を開けると、中は20畳はありそうな細長い部屋になっていた。
勝手に五右衛門風呂かと思い込んでいたが、部屋の奥半分全てが浅い浴槽なっている。その長方形の浴槽を三つに仕切る様に天井から布が垂れ下がっており、中には三人の人魚が居るのが見えた。
どうやらこの布で囲われた浴槽が一部屋と言う事なのだろう。
浴槽に潜り水飛沫を上げている者、布の隙間から此方をコッソリ覗いている者ーーそんな中、窓際の浴槽の縁に腰掛け、長い煙管を使ってゆったりと紫煙を燻らす人魚が俺を見て手招きする。
ーーあの笑っていた人魚だ。
「さっき目が合ったから、きっと来ると思ってたの」
(人魚を見るのは初めてだけど、本当に下半身は魚なんだな)
だが、その艶のある銀色の鱗は妙に艶かしく全く嫌な感じはしない。
「ねぇ、あんまり見られると恥ずかしいんだけど?」
光を浴び銀色に輝いていた尻尾が隠れる様にチャプンと水に潜る。
「えっと、ごめん。実は人魚を見るのは初めてで……」
「ふ~ん、そうなんだ?」
「人魚だけじゃ無く、蛙人や蜥蜴人も初めて見たけどね」
「あぁ貴方、きっと街から来たのね」
爬虫類獣人や魚人の多くは、生活環境の好みが他の人種とかけ離れている為、街中に居る事は少ないらしい。
「そもそも人族がこの店に来る事自体が珍しいのよ? 私も人族は初めてだけど……大丈夫、ちゃんと教えてあげるから」
そう言って此方へ誘う彼女の手を取ると、俺は腰程の深さの浴槽へと足を踏み入れた。
「いい? 一番大事なのは尾鰭の動き。水の中では大袈裟なくらいバシャバシャ激しく動かないといけないの。貴方は体力有りそうだから大丈夫、きっと上手くやれるわ!」
「ーー尾鰭? バシャバシャ?」
「そう、バシャバシャよ!」
◇
「おぉ兄さん、どうやった? ず、随分と激しかった…………みたいやな」
「バ、バルゥ……」
エールが入ったコップへ嘴を突っ込んでいたピリルは疲れ切った俺の様子を見ると、何かを察した様に気の毒そうな顔をする。
「激しかったよ……あんなに激しいのは初めてだったわ!」
俺は鉛の様に重くなった足腰を地面に投げ出すように床へと崩れ落ちる。
ーーそう、俺は魚類の繁殖方法が「体外受精」だって事を忘れていたのだ!
人魚のお姉さんは水中でバチャバチャと身体をくねらせる。俺は隣で尾鰭代わりの足をバチャバチャと動かすーー水泳で言うバタ足だ。
魚の場合はこのまま両者が同じタイミングで放精放卵を行うのだが、人間の俺にそんな器用な真似は出来ない。
終わらないバタ足に、隣りの人魚達も「もっと両足を揃えた方が良い」とか「スムーズに力を足先へ」とか色々アドバイスを言い出した結果ーー
「凄いよ! 人族がこんなに上手くなるなんて!」
「そこらの魚人にも負けないんじゃない?」
「やったわね、貴方を誇りに思うわ……」
ーー俺は人魚直伝ドルフィンキックを習得する事が出来た。
俺の初めての娼館体験は、60分間ひたすらに人魚によるバタ足講座を受ける事で終わったのだった。
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