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174・コンビの絆
しおりを挟む「知ってたんならもっと早く教えてくれたら良かったのに!」
窓から手を振る三人の人魚達に笑顔を返し娼館を後にした俺は、道中全身の疲労感に身体を引き摺りながらピリルに不満をぶつける。
「せやかてなぁ? バルボがあれだけ言ったのに、あの娘にするって言いはったの兄さんやないですかー」
「ブルン、ブルムー」
「はぁ!? そうだったのかよバルボ有難う……でも、何一つ分かんなかったし、全然伝わってないからっ!」
「バルゥッ!?」
いやいや、「えぇ~!?」みたいな反応されても……ってこの件、前にもやったからもういいわ! そもそも何でバルボはこの世界の公用語を話さないのだろう?
この大陸は共通語って言ってたから……バルボのは馬獣人特有の方言みたいなものだろうか? 昔、飲み屋で会った東北の漁師だって男が喋る言葉が同じ日本語でも殆ど理解出来なかった事を思い出す。
そんな俺の疑問に答える様に、ピリルはバルボの過去を語り出した。
「バルボの親は闇奴隷やってん。そこの主人の息子っちゅーのがまたしょうもない奴で……まぁ、ざっくり言えばバルボは幼い頃に舌を切られて捨てたんですわ」
「舌を切られて捨てられる!?」
方言とか思ってた俺の平和的イメージが木端微塵に吹き飛んだわ。百歩譲って捨てられるのはーーまぁ分かる、でも舌を切るって何だ?牛なら兎も角、バルボは馬だろうに……。
(それか何か話されては困る事を見たか、聞いたかーーだな……それにしても酷い話だ)
過去に王国で常習化していた獣人への差別の話は聞いていたが、まさかこれ程とは。バルボという被害者が目の前に居る事で、この問題が現在もまだ根強く残っている事が理解出来る。
「ここじゃそんな奴がゴロゴロいてますし、そんな大した事じゃありまへん」
「ブルンッ、ブルッ」
「…………もしかして復讐とか、考えてたり?」
それ程の事をされたのだ、相手を恨んでいるのは確実だろう。獣人への不当な奴隷制度や差別を廃止したこのサーシゥ王国でさえバルボの様な者が居るとなれば、未だ差別し続けているパカレー共和国ではどれ程獣人達の恨みが募っているのかーー戦争になるのも分かる気がする。
不躾けな俺の質問にバルボはゆっくりと首を振ると、遠く浮かぶ雲を見つめ静かに語り出した。
「バルッ、ブバルゥッバッフ。ブルゥンバッファァル、ハルバゥルゥ、バルムゥンブルル……バルブルムン、ブロッファブルッフム!」
「うんうん、まぁそう言うこっちゃ」
「いやいや、俺にしてみりゃどう言うこっちゃなのよ?」
バルボは「良い事言った!」みたいな顔してるけど俺にはさっぱり伝わらんのよ。辛うじて首を振っていたから復讐を否定しているのは分かったけどさー。
「ピリルはバルボの言ってる事がちゃんと分かってるんだよな? 何かあの発音に規則性みたいなものがあるとか、それとも鳥獣人にしか聞こえない音が出てたりするの?」
「いやいや、正直ワイにも分かりまへん」
「バ、バルゥッ!?」
まさかの告白に驚いたバルボは目を剥きピリルを凝視して固まる。そんな周章狼狽、思考停止するバルボの頭をバシッと翼で叩くとピリルは言った。
「ワイらコンビ組んでもう長いですやん? バルボの言いたい事はちゃ~んとフィーリングで伝わるんですわーーそう、この心に!」
「バ、バァ……バファルゥ!」
「ーーあぁ、そうなんだ」
折角異世界語を覚えたのに貧民街では通じないのかと思って少し心配だったが、あの言語(?)はバルボ特有だった事が分かって少し安心した。
二人がヒシと抱き合う姿を若干醒めた目で見ながら、まだ続きそうな彼等の三文芝居を無視して俺はつい先程まで闇市だった道を進む。
気付けばもう夕刻であるーー商人達は既に店を畳み、闇市だった場所はガランとした空き地に変わっていた。今はもう、人々は一体何処へ行ったのかと思う程閑散としている。
「待ってや兄さん、貧民街には人族に対して敵意を持った奴等もおりますんや。気を付けなあかんで?」
慌てて追いかけて来たピリルが、道の奥で屯するガラの悪そうな獣人達を目で示して忠告する。
「う~ん、そうは言っても相手が人族に敵意を持ってるかどうかはどうやって判断すれば良いんだ?」
大きな口から剥き出す犬歯、ダラリと垂らした赤い舌。成る程、確かにピリルの言う通りこちらを見て下品に笑う彼等は好意的には見えない。
(だけど、俺が勝手にそう思っているだけで、彼にとっては普通の笑顔の可能性もあるんだよなぁ)
バルボの様に獣寄りの顔付きであれば、その表情から感情を読む事は難しい。身近だった犬猫ならば尻尾や耳の動きである程度は分かるかもしれないが、牛や馬、爬虫類なんてサッパリだ。
「簡単や、喧嘩売られたり、騙されたり、殺ろされたらソイツはきっと人族嫌いや!」
「ブバッ! バッハッハ」
「ーーでしょうねっ!?」
笑えない冗談を飛ばすピリルを肩で押し退け歩みを早める。相手が魔法を使うなら絡まれても切り抜ける自信はあるが、あの鋭い牙と爪は飾りじゃなさそうだ。俺は魔法無効の所為で治療魔法は効かないから成るべく怪我はしたくない。
「やだなぁ兄さん、ちょっとしたギャグやないですか!」
「俺、獣人に話かけるのやめようかな……」
「いやいや、何言ってますねん。ワイらを頼れば間違い無いですやん! もう実績も出来た事やし、貧民街で何かあったらワイらを贔屓に頼んますわ! 兄さんならお安くしときますよって」
「ブルルッゥ!」
二人は立ち止まると揃って頭を下げた。いつの間にか繁華街を抜け、先程の道まで戻って来た様で、ピリルが指すその大きな翼の直ぐ先には目指す教会の赤い屋根が見えていた。
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