筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

文字の大きさ
226 / 287

226・酸素残量

しおりを挟む

 沈むシェリーを追いかけ、再び冷たい湖底に向かった俺は、上からの水流が緩やかになった辺りでどんよりと不気味に浮かぶ魔獣人マレフィクスと向き合う。

 対峙した魔獣人マレフィクスからは、先刻までの獰猛さをまるで感じられ無い。幽鬼の様にボンヤリと漂いながら虚ろな目で此方を見ている。

 ーーその姿は酷いものだ。

 硬い水面に正面から突っ込んだ衝撃で、顔面はひしゃげて牙は折れ、胸元の毛皮は折れた肋骨に内部から押され歪に盛り上がっている。どう見ても重傷、魔獣人マレフィクスがいくらタフでも、もう長くは保たないだろう。
 そんな満身創痍でいつ死んでもおかしくない状況にも関わらず、魔獣人マレフィクスはしっかりとシェリーをその腕に抱えていた。

(もう死に掛けだろうに……執着力はヒグマ並みだな)

 一戦交えるには酸素の残量が心とも無いが、それはあちらも同じ筈。それにーー、

(どっちみち、もう上までは保たないんだ……それなら残った酸素、全部使うつもりでやってやる!) 

 俺が考えた計画は、先ずシェリーを取り返し限界まで浮上。その後は封印していた筋肉魔法「トルネード」を使いシェリーを水面に向かって投げ飛ばす。
 水中だとかなりの抵抗を受けるだろうが、そこはドルフィンキックのスピードを組み合わせて…………それでもシェリーが水面まで辿り着ける確率は1割も無いだろう。
 そして上手く水面まで出れたとしても、意識を失っているシェリーが自己呼吸出来るかどうか……こればかりは、獣人である肉体的アドバンテージに賭けるしか無い。

 乱暴で、負け確定のギャンブルじみた最低な方法だが、今の俺にはこれくらいしか思い浮かばない。

(よし、もう考えるのは止めだ。こっからは脳じゃ無く、筋肉に酸素を使う!)

 突っ込んで、ぶんどって、泳いでぶん投げるーーやる事はこれだけだ。

 そう腹を括った俺が魔獣人マレフィクスへと向かって泳ぎ出そうとしたその時、ーーブワッ!っと、周囲の水が一斉に動き始めたのを肌に感じた。

(風を……起こしたのか?)

ーー水中で風、その発想は無かった!

 風とは、つまり空気の流動である。もし風魔法が周囲の空気を動かす様な物では無く、風そのものを新たに生み出す魔法ならばーー、

(ま、まさか……出来るの!? 酸素の生成!!)

 水の中の空気は泡になり上へと登る筈だ。上手くいけば、その酸素を吸ってもう一度あの難所に臨む事が出来るかもしれない。

一呼吸ひとこきゅうで良いんだ! 頼むぞッ!!)

 祈る様な眼差しで魔獣人マレフィクスの動向を見守っていると、魔獣人マレフィクスの長毛が荒波の中で揺らめく海藻みたいに踊り出した!

(ーーおぉ!)

 全身の毛が逆立ち、膨れ上がった魔獣人マレフィクスはまるで違う生き物みたいだ。丸い毛玉の様なその姿は何処と無く住宅情報に詳しそうなキャラに見える。尤も、アレは全身緑色だったけど……。

 そして、その毛玉の中の虚な目がカッと見開く!ーー益々それっぽい!

ーーゴワッ!

 魔獣人マレフィクスを中心に四方八方へと水流が放たれる!

 ーー風では無い、水流だ。空気の泡が混じっている事も無い……ただの水である。

 真正面から顔面へと打ち付ける水流に髪をなびかせながら、俺は水中である事を忘れて思わず叫んだ。

「ゴボッバッーファッ!!」(風じゃないんかーいっ!!)

 残念ながら水中では酸素を含んだ風がワッと出る様な事は無く、ただ新たなる水流が生み出されるだけの様だ。いくら魔法といえど、それなりのルールがあると言う事なんだろうーー期待させやがって!

 勿論、魔獣人マレフィクスは酸素狙いで風を出した訳では無いのかもしれない。そんな知恵がある筈が無いし、単純に不遇な場面に陥った場合に風を出すのが身体に染み付いているだけで、謂わば条件反射みたいな物だったんだろう。

 ーー僅かな希望は打ち砕かれた。それどころか思わずツッコミを入れちゃった所為で、残り少ない酸素を吐き出してしまう始末だ。

(やってくれたな! 余計な体力酸素を使かっちゃったじゃないか!)

 俺が勝手に期待していただけなので魔獣人マレフィクスが悪い訳では無いのだが、それでもこの憤りをぶつけずにはいられない。

 シェリーを奪いに行くついでに一発殴ってやろうと、魔獣人マレフィクスに向かって泳ぎ出す。がーー、

(なん……だ? 押し戻される!?)

 身体に当たる水流の勢いが強くなっている!

 魔獣人マレフィクスがコントロールしているのか、どうやら彼方此方あちらこちらへと出鱈目に流れていた水流が次第に一つの方向へと指向性を持って流れ出したようだ。
 幾つもの水流が一つになり力強く俺の方へ…………いや、滝の水圧に逆らう様に上へと勢い良く流れ始める。

(まだこんな力を出せるのか!)

 今日一日で一体どれ程の魔力を使っているのだろう? 個体差は有るのだろうが、どうやら俺が考えているよりもずっと魔獣人マレフィクスには魔力量がある様だ。

(う、うおぉ? 駄目だ、まだシェリーが……)

 高まる水流の圧力、この場に留まり続けるのが難しくなってきた。このままでは再びシェリーとの距離が離されてしまうと、打ち付ける水流に目を細めながら必死に水を掻く。
 そんな俺の胸元に、急にドンッと何かがぶつかってきた……シェリーだ! 

(おっとっと)

 身体を擦り抜ける様に流されるシェリーを慌てて抱き抱えると、一体どう言う事かと魔獣人マレフィクスの方に目を向けた。

 ーー魔獣人マレフィクスは岩壁に縫い付けられた様に張り付いていた。

 作用反作用の法則で、強い水流を生み出せば出す程に発生源である魔獣人マレフィクスの身体は同等の力で逆方向へと流される。
 滝に負けぬ程の水流を風魔法で生み出した結果、魔獣人マレフィクスの身体は岩壁へ叩き付けられ、今もその尋常では無い圧が掛かり続けているのだ。

ーービキッ ビキッ!

 あまりの圧に、遂には魔獣人マレフィクスの背後の岩壁がヒビ割れ、小さな破片が湖底へゆっくりと沈んで行くのが見える。
 しかし、それでも魔獣人《マレフィクス》は風魔法を止めようとはしない。それどころか、水流の勢いは更に増していった。
 
(……混乱してるのか?)

 脳に酸素が足りなくなっての所業だろうか? リミッターが外れた様に魔法を出し続ける魔獣人マレフィクスーー今はこの力を利用させて貰おう!

 上手い事、上からと下からの水流同士がぶつかり合っているお陰で先程よりも泳ぐ時の抵抗が少ない。
 今なら全力でドルフィンキックを使えばあの難所を抜けれそうだ。

 しかし、無酸素で泳ぎ続けた所為で、俺の身体も限界を迎えようとしている。

(なんの、限界ここからが勝負だ!)

 筋トレでいつも限界以上の力を出す事を想定している俺にとって、限界とは超えるものである。限界まで追い込んでからの更なる一発が筋肉を強くするのだ。
 
 ふと下に目を向けると、苦しみに喘いでいるのか、此方を見上げながら僅かに口を動かす魔獣人マレフィクスが見えた。

 ーー俺はその口の動きに何だか既視感を感じながらも、空気を求めて我武者羅に水を蹴り続けた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...