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252・闇市の歩き方
しおりを挟む「もう寒いってのに人が出てるなぁ」
早朝にも関わらず沢山の人で賑わっている闇市。元より冬に備える秋は繁忙期らしいが、特に夜と昼の狭間である早朝と夕方は、夜行性と昼行性、両方の獣人が訪れて忙しくなる時間帯なんだとか。
「いらっさい、何でもあるから見てってよ。ほら、これなんかどう? 丘鯨の脂!」
「屑は屑でも街の八百屋と同じ畑で取れた屑野菜だ、味は保証すんぞ!」
「帝国製通信魔道具、250,000ニルスだよ」
それぞれの店主が競う様に声を張り上げる中、俺は初めて闇市へ来た時に見た魔道具売りの老婆の姿を見つけた。
(あれって紛い物の帝国製魔道具じゃん、まだ売ってたんだ)
偽物の癖に相変わらず高い設定金額だ。いや、敢えて高額にする事で本物感を出してるのかもしれない。ーーそんな事を考えていたら老婆とバッチリ目が合った。
「何だい、買うのかい? 買うってんなら特別にーー」
ふふん、その後の言葉を俺はもう知っている。
「半額だって言うんでしょ? 悪いけど、それでも要らないよ」
したり顔でそう言うと、老婆は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ーーふん、違うね。買うなら特別にコイツを付けてやってもいいって言おうと思ったのさ」
老婆は懐から真朱に光る親指大の石を取り出して俺に見せた。
「何それ、宝石?」
「いいや、これも帝国の魔道具さね」
半透明な六角柱。良く見ると水晶の様な石の中には小さな銀河が渦巻いて見える。老婆が皺だらけの指で石を朝日に翳すと、石の中の小さな銀河がゆっくり螺旋状に回転しているのが見えた。
(へぇ、こんな小さな魔道具もあるんだ)
何に使う物かは分からないが、ムーブメントが剥き出しになった高級腕時計みたいな精巧さと、その不思議な輝きに目を奪われる。気付けば俺は吸い寄せられる様に石へと手を伸ばしていた。
「おっと、買う気は無いんだろう? ほら、商売の邪魔さね」
老婆は意地悪くそう言うとサッと石を懐へ仕舞い込む。そうして俺に「さっさと失せな」と目線で伝えると、再び周りの店主に混ざって呼び込みを始めた。
「あっ、ちょっとぐらい見せてくれてもーー」
「そんな物よりうちの商品見てってよ」
「兄さん、一般にゃ出回らねぇ上モノもあるぜぇ? 好きだろ!」
俺は割り込む様にして商品を押し付けてくる獣人達に押され渋々その場を離れた。
まぁ、見た所で偽物と分かっている高額な魔道具を買う気も余裕も無いんだが、俺は異世界で初めて見た機械的な魔道具が妙に気になった。
◇
「だから、金持って無いんだって」
俺は強引な客引きの手を払うと歩みを早める。
物見遊山的に闇市を見ていると、あっという間に客引きが纏わり付いてくる。しかも隙あらば財布をスリ取ろうとするのだから質が悪い。まるで獲物に群がるピラニアみたいな奴らだ。
賑やかで活気がある一方で、常に周りに気を配らなくてはならない安閑出来ぬ雑然としたこの雰囲気に、俺はどこか懐かしい記憶を感じていた。
(あぁ、何となく歌舞伎町に似てる、……かな?)
多種多様の欲望が渦巻く歓楽街「歌舞伎町」。
尤も俺が行ったのは一度だけだが、様々な人種が入り乱れ、違法と合法が混合する独特な危機感は今も心に残っている。
『客引きの話には耳を貸すな』
これは当時の俺を歌舞伎町に案内してくれた村田君の言葉だ。
上京してから毎晩歌舞伎町で飲み歩くのが日課だと、自慢気に話していた同級生の村田君。彼は「歌舞伎町を歩く時は、例え決まってなくとも目的地がある様に振る舞え」と言っていた。
立ち止まったり、目移りしながら店先を彷徨く田舎者は、根こそぎ金を搾り取られるのだと。
勿論、闇市は歌舞伎町とは比較になら無いぐらい人も規模もずっと小さいが、雰囲気的にはかなり近い物がある。ならば客引きへの対処も同じに違いない。
俺は村田君の言葉に倣い、足は止めず脇見もせずに目の動きだけで目的の店を探す。ギョロ目の早足のマッチョに恐れを成したのか、強引な客引きは次第に減っていった。
「おや、兄さんやないですか! 何か入り用でっか?」
ーーしかし、それでも声を掛けて来る猛者はいる。
こんなにも近寄るなオーラを出していると言うのに……。全く、ちょっとお洒落な服屋の店員ぐらい空気が読めない奴である。
俺は馴れ馴れしく纏わり付く客引きを無視して更に足を早めた。
「なんや暫く顔見せんと思ったら、今えらい噂になって…………ちょ、ちょっと兄さん!? 何で無視しますの!」
「バルッブ、バルッフォッ!?」
(んん、バルッフォッ??)
聞き覚えのある嘶きに、俺は足を止め振り返る。そこには貧民街に来たばかりの時に出会った二人の獣人が立っていた。
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