253 / 287
253・噂
しおりを挟む聞き覚えのある声、いや嘶きか? 振り返ると其処には見知った二人組が立っていた。
「誰かと思えばピリルとバルボか。ーーんんっ? 何かピリル、顔違くない!?」
久々の再会したピリルの顔は俺の記憶とは違っていた。赤いモヒカン、黄色の嘴に小さくて鋭い目、最初に見たピリルの顔は鳥と言うよりは人に近く、そしてどちらかと言えば醜い部類だった筈だ。
しかしどうだろうーー、今のピリルは真っ白で細かい羽毛に覆われ、ふっくらとした愛らしい顔に……というか、より鶏じみた顔になっている。
「せや! やっと羽毛が生え揃ってな、元のワイのキュートなお顔に戻ったんや!」
ピリルはそう言ってその場でクルリと回り、小さな黒目をパチパチとあざとく瞬いて見せた。
「キュートねぇ……」
俺は動き回る小柄なピリルの顔面を両手で挟み込み顔を覗き込む。その掌圧にピリルは潰れた蛙みたいな声を上げた。
「ぎゅむッ!?」
(ふむふむ、細かな羽毛が生え揃う事で顔の輪郭が丸みを帯びたのか)
しかし、多少モフっとした見た目にはなったところで、どうにもその目付きの鋭さは変わらない。そういや鳥類の祖先って恐竜なんだっけ。
「鳥の目って、近くで見ると怖いね?」
率直な感想を述べて手を離すと、ピリルはプルプル首を振るって潰れた羽毛を直した後に、心外だとでも言う様に大きく溜息を吐いた。
「はぁー、ワイのキュートさが分からんとは……。兄さん、もう感性が死んでますわ。なぁバルボもそう思うやろ、兄さんの感性死んどるよな?」
「バフッモフ!」
「爬虫類系女子好きなお前達とは根本から感性が違うんだよ。それより噂って?」
先程、ピリルが俺の足元をチョロ付きながら言ってた「今えらい噂になってる」って言葉、実は気になってたんだよね。
まぁ、内容は聞かなくっても大体分かってる。
(十中八九、俺の筋肉の事だ)
昨日は大勢の住民の前で俺の筋肉美を披露してしまったからな。
現在、俺の体脂肪率は体感で5~6%。粗末な食事の所為で少し痩せてしまったが、無駄な脂肪が取れた筋肉は腹筋の凹凸で洗濯出来そうなぐらいにキレている。こんなバッキバキの筋肉を見ちゃったら、噂になるのも当たり前ってね!
「せや、それな! 兄さんがシルバのアホをぶっ倒して、見せしめに広場を引き摺り回したっちゅー噂な!」
それは一酸化炭素中毒で気絶したシルバ達を荷車に乗せて帰って来ただけの話なんだけど……。
引き摺り回したとか噂に尾鰭が付いてるのは、多分娯楽の少ない住人達が面白おかしく伝えたからかな?
「あれ、それだけ? もっと他に無かった? ほら、筋肉が凄かったとかさ」
「ブルッ? バルバッフッ バゥヒィン!」
「あーそやそや、シルバの嫁を寝取ったってヤツな、しかも二人も! いやぁ~さすが兄さん、ワイ達に出来ひん事を平然とやってのけるッ。そこにシビれる! 憧れるゥ!」
「は、はぁっ、シルバの嫁を寝取った!?」
知らぬ間にとんでもない話になってやがるッ!? 誇張され過ぎて、尾鰭どころか背鰭や脚まで付いてるじゃないか!
「待て待て、俺はそんな事してないぞ! あれはだなーー、」
「いやいや兄さん、真実なんてどうでもええんですって。重要なんは、あのシルバが大恥かいたっちゅう事やねん。くっふふ、あのアホ、暫くは恥ずかしゅうて外出れんのやろなぁ!」
バサバサと羽をはためかせながら上機嫌にクルクルと回り出すピリルに、側を歩く獣人達が一斉に距離をとる。そう言えばピリル達に会ってから煩かった客引きが全く近寄らなくなったな。
「あのアホってーー。ピリル、シルバと知り合いだったんだ?」
「知り合いっちゅうか……まぁ、喧嘩相手や」
「バルッフ ブルル!」
バルボが同意する様にシュッシュと拳を鳴らす。
どうやらピリルの羽毛を毟ったのはシルバだったらしい。一体何があったのかは知らないが、貧民街のヒエラルキーが少し分かった気がする。
「いやぁ、兄さんのお陰で今日は朝から気分爽快ですわ! せや、どうです、ワイが奢りますよって、これからパーっと娼館にでも行きまへんか?」
「バルッフ バルッフ!」
「い、いや、娼館はもういいかな。それよりピリル、お前、確かこの辺に詳しかったよな?」
◇
「うーん、それやったら街の肉屋がええやろな」
斯々然々と諸事情を話し、一角兎を解体してくれそうな肉屋を訪ねた俺は、ピリルから返ってきた予想外の答えに驚いた。
「街の? ここの肉屋じゃ駄目なの?」
「今の話やと、兄さんはなるべく高く売りたいんやろ?」
基本的に貧民街の肉屋は街の肉屋から卸してもらった屑肉を販売している。1~2匹なら兎も角、大量の獲物を一から解体する施設や人手は無いらしい。
また肉自体も貧民街では低価格でしか売れず、街で売ろうにも一度貧民街を経由した肉には買い手が付きづらいとの事。
「ーー成る程な。じゃあ悪いけど、その街の肉屋まで案内頼むよ」
「いやいや兄さん、ワイらの顔が効くのは貧民街限定なんですって」
「…………うん? いや、ピリルの顔が効くとかじゃなくてさ、街の肉屋に案内してくれればそれで良いんだけど?」
顔馴染みの方が融通が効くのは分かるが、その辺は俺が得意とする大人の話し合いでどうにかするつもりだ。ーーそう言ってムキっと力こぶを作って見せる俺に、バルボとピリルは顔を見合わせると、やれやれと言う様に肩を竦めて首を振る。
「あんなー兄さん、知らん顔が急に大量の獲物を持ち込んだところで、まともに相手してくれる店なんてありまへんって。門前払い、もしくは底値以下で買い叩かれるのがオチですわ」
「バルッフォ ブルッバフゥ」
そう……か、確かに誰かも分からないヤツが持って来た肉なんて警戒されて当然か。俺だってメルカリで大量のプロテインを買う時は、評価の無い出品者からは買わないもんな。
「商売っちゅうのは信用が大事ですねん。それにボア1匹程度ならまだしも、荷車一杯の一角兎を買い取れるっちゅうたらーー。まぁ、まず普通の肉屋じゃあきまへんやろなぁ」
「あー、そう言うのもあるか」
店側も買い取ったところで売れなければ意味が無い。腐る前に大量の肉を売り捌ける様な大きな肉屋じゃなければ買い取りは無理って事だ。
「すんまへんな兄さん。ワイらは街の連中に嫌われてるよって、伝手がある奴もそうおらへんのや」
「バルッフゥ」
「いや、街中の肉屋の方が高く売れるって情報だけでも助かったよ。しかし参ったなー」
肉屋を探すミッション、思ってたより難易度が高いな。数に関しては何店舗かに分けて買い取って貰う方法もあるが、どちらにせよ信用度が低いのがネックだな。
「フンッ、フンッ、フンッ」
二人が不思議そうに見守る中、例の如く、俺は軽くスクワットをしながら考える。
ヘイズならギルドの依頼絡みで街中の店にも伝手がある可能性もあるーーが、生憎今は療養中。普段出歩かないティズさんはきっと駄目だろう。一瞬、ウービンさんの顔が浮かんだが、今はまだ会いに行けない。
(後、知ってるのは串肉屋のオヤジぐらいだけど、たった一度買い物した事ある程度じゃ話にならないよな)
仕方の無い事だが、騎士団にいる時にもう少し人脈を育んでおくべきだった。
「フンッ、フンッ、フンッ」
額にじんわりと汗が滲み、大腿四頭筋に程良い張りを感じ始めた頃、俺はふとある人物を思い出す。
「そうだっ! あの人なら街の肉屋を紹介してくれるかも!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる