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254・情けは人の為ならず
しおりを挟む「ーーそう言う事なら、ウチが取り引きしてる肉屋を紹介してあげよう」
「本当ですか!」
正直、此処が駄目ならもう打つ手が無いと思っていた俺は安堵感から思わず頬を緩めた。しかし、次いで発せられるケインの言葉に再び表情筋は硬直する。
「ーーだが、君が貧民街の者だと知れば嫌な顔をされるかもしれないな……。おい、そんな顔をするな。恩人を蔑ろにはしないさ、何とか私から話してみよう」
眉間に刻まれた深い皺を緩め、厳つめの顔に白い歯を見せるケインはそう言って力強く俺の肩を叩いた。
そう、元の世界でも異世界でも知り合いの少ない俺が頼ったのは、ルーナちゃんの雇い主である緑燕亭の主人ケインさんだ。
緑燕亭は貧民街に近い街外れに店舗を構える宿屋で、シェリー達が良く残飯を漁りに行っていたご飯の美味しい宿屋である。
尤もあの事件の後からは、店前の掃除や屋根上の簡単な修繕などを頼む代わりにパンを提供してくれているので、もう孤児達も悪さはしていない様だ。
(食事を提供する宿屋なら、馴染みの肉屋があるだろうって予想、大正解だったな!)
全く、世の中何がどう繋がるのか分からない。
あの時、ルーナちゃんを助ける事が無かったら、緑燕亭との繋がりも、ケインから信用される事も無かった筈だ、正に『情けは人の為ならず』ってヤツだな。
「さぁ、行こうか」
ケインはそう言って腰に纏った前掛けを外すと、誰も居ない食堂を通って外へ出る扉に手を掛けた。
「えっ、今からですか? だって、お店が……」
まさかそんなに直ぐに出るとは思っていなかった。
緑燕亭は人気がある宿屋だ。よくは知らないけれど、きっと主人がポンと抜けて良い仕事じゃ無い気がするんだけど……。
「何、丁度朝の食事の時間が終わったとこだ、問題ない。それに今日は秋にしては気温が高い、早くしないと肉が全部駄目になるぞ」
そうだった! 一角兎が死んでから既に2日目。初日に至っては灼熱の洞窟内に放置していたんだ、もういつ腐り始めてもおかしくはない。
「あっ、それは不味い。それじゃあ、お願いします」
恐縮してぺこぺこと頭を下げていると、背後から焼き立ての黒パンと共に奥さんの激励が飛んで来た。
「そんな簡単に頭を下げるもんじゃないよ! デッカい体してんだから、もっと堂々としてなっ!」
「うおっ! すいません、あざっす!!」
俺は焼き立てパンの匂いを吸い込みながら、気付けば再び頭を下げていた。奥さんは呆れて笑っていたけれど、これは日本人としての習性みたいな物だから仕方がないんだよなぁ。
こんなに染みついた日本人としての習性も、いつかは無くなるんだろうか? ーーふとそんな考えが浮かんだ。
異世界へ来てからもう随分経つ。このまま元の世界への帰還方法が分からず、この世界の住民として生きていけば、いずれはーー、
「ダメー、離して!!」
しかしそんな俺のおセンチな考えは、まだ幼さが残る悲鳴によって一瞬で掻き消される。
「マルリっ!」
店の外から聞こえた悲鳴に、体当たりする勢いでケインが扉を開ける。キャーキャーとした悲鳴と言い争う声はどうやら店のすぐ横の路地からだ。
場所を把握したケインは壮年とは思えぬ俊敏さで外へと飛び出した。
「俺が行きますかから! 奥さんは中に居て下さい!」
鍋を片手に一緒に飛び出そうとする奥さんを抑え、鬼の形相で走るケインを追って外へ出る。そうして急いで路地へと辿り着くと、其処には見たく無かった光景が…………。
「見てみいバルボ、この立派なキャブルの芯! 絶対良いとこの野菜やって。おっ、ボアの肋骨! まだ肉が付いてるやんけ!」
「汚しちゃダメー」
「バルッフォシ バルブッファ!」
「ちょっとぉーー、ゴミ箱から離れなさーい!」
体半分をゴミ箱へと豪快に突っ込み、残飯に舌鼓を打つの鳥と馬。食えない部分をポイポイとゴミ箱から放り投げる所為で辺りはゴミだらけになっている。
そんな二人をルーナとマルリが必死になってゴミ箱から離そうと奮闘しているのだが、如何せん地力が違い過ぎる。
バルボの尻を半泣きでポカポカと叩くマルリ、ゴミ箱に頭を突っ込んだピリルの両足を引っ張るルーナ。
鳥と馬と二人の少女がゴミに塗れになって揉み合う姿を俺とケインは暫し呆然と見ていたが、どうやら危険は無さそうだと互いに安堵の溜息を吐く。
「…………で、あれは君の知り合いかい?」
「いえ、全然知らない鳥と馬です」
どうしたものかと頭を掻いているケインの目線から、逃れる様に視線を落とした俺はそう即答する。
「あっ兄さん! この宿、めっちゃ上等な残飯ありまっせ!」
「ハグハグ ブルフォッ!」
あぁクソっ、よりによってこのタイミングで俺に話しかけやがった! なんて空気の読め無い奴らだ。
「向こうは君を知ってるみたいだが?」
「は、ははは、そういえば何処かで見た事ある気もしてきました」
ーーったく、何してくれてんだよ! 折角のケインさんからの信用度が駄々下りじゃないか。
「い、いい加減止めやがれ! ルーナちゃんも困ってるだろっ!」
ケインからの視線に居た堪れなくなった俺は、尚も残飯を貪る二人をゴミ箱から引き摺り出し、持っていた骨を容赦無く取り上げた。
「あぁっ、ワイのお肉っ!?」
「バルゥッ!?」
「お前達、帰ったんじゃ無かったのかよ!」
てっきり闇市で別れたと思ってたのに、こっそり付いて来てたとは!
「いやいや兄さん、何言ってますのん。こんな美味しそうな儲け話、付いていかん理由があるかいっ! ーーってのは冗談で、ワイらは不慣れな兄さんが心配で心配で。なぁバルボ?」
「バルッフォン、ブルブ!」
「嘘つけっ」
俺が拳に力を入れるのを見て主張を変えたが、どうやら金の匂いを嗅ぎつけたらしい。
大量の一角兎の売買だ、おこぼれでも狙ったんだろうが、生憎あれはヘイズのだからな。ーーしかしまぁ、事情を話した俺が迂闊だった。
「ほんとすいません! コイツらにはちゃんと言っときますから! ほら、謝れ!」
「あい、すんまへーん」
「ブルッ ブルゥー」
大して反省の色が無い二人の頭を鷲掴みにして下げさせる。メキメキと鳴る頭蓋骨の軋みに、「割れてまう! いや、もう割れて中身が出てますって!」と悶絶する二人を見て、ケインさんは若干顔を引き攣らせながらも快く許してくれた。
「ルーナちゃん、久しぶりなのに何かごめんね」
久しぶりに会う二人に謝りながら、路地に散った食べカスを拾う。勿論、汚した張本人には水汲みとブラシ掛けを命じておいた。
お揃いの緑色のエプロンをした二人の看板娘は出会った頃よりも随分としっかりして見える。マルリちゃんなんて泣いてるイメージしか無かったけれど、さっきはしっかりバルボを叩いてたからなぁ。
『男子三日会わざれば刮目して見よ』とはよく言ったものだ。…………まぁ、女子だけど。
「いいのいいの、シェリーちゃん達が来るまでは毎朝こんな感じだったんだから!」
「マルリもねー、お掃除手伝ってたんだよー」
そう言って手際良く片付けて行くルーナとマルリが言うには、以前は残飯荒らしが酷く、毎朝の掃除で学校に遅れる事もあったらしい。しかしシェリー達が店の周りの掃除を請け負う様になってからは、そんな事が嘘の様に無くなったとの事。
(まぁ、荒らしてたのがシェリー達なんだから、当然っちゃ当然の事なんだが……)
真相を知る俺は只々曖昧な笑顔を返す。シェリー達の信用は俺の信用にも関わるし、余計な事は言わないでおこう。
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