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2レ 本線進行 速度110

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「あ、いけない」リサの見た駅の時計は
21時だった。


出発は5分。



「おじさん、ありがとう。また来るね」と、リサが言うと



お弁当売りのおじさんは「持って来へ」と

お弁当をいっぱい。





「そんな、売り物なのに」と、リサが言うと



おじさんは「この列車が出たら、もう売れん。6時間経ったら食べられないからの」と

規則で、賞味期限がある事を告げた。


コンビニのお弁当と違って、冷蔵庫じゃないから
作り立てしか売れない。



「うん、ありがとおじさん!また来るね」と言ってリサは
おじさんからお弁当を6つ、受け取った。


「あたし、Naomi、めぐ、れーみぃ、ミシェル、おじさん」



と、6つ。



7号車のドアから乗った。




リサは、ふと思う。




ーーこの列車が無くなったら、お弁当のおじさんも
困るのねーー。



お弁当、売れなくなっちゃう。





そんなふうに、ふと思って「やっぱり、無くしちゃいけないよ。」


両手のお弁当を抱えて。


14号車を目指した。




普通寝台車は、懐かしい匂いがした。


シャボン玉のような




清潔な香りも、仄かに感じられて

リサにとっては、夏休みになると
おじさんの家へ避暑に出掛けた、夏の
思い出の香りだった。


デッキを通り、洗面所を通ると
綺麗な洗面化粧台に作り替えられて
ピンクの洗面ボウルが、新しい雰囲気。

3面鏡に張替えられて
洗面台毎の仕切りに、鏡が貼られているのだけれど



それが、ピカピカに磨かれている。



子供の頃の記憶だと、白い、素っ気ない
洗面ボウルが3つ、仕切りもなしに置かれていて

手鏡くらいのものが貼られていた洗面台は

とても変わってしまって。


何か、違う列車のようだとリサは思う。









14号車のめぐは、そんなリサを気にして

「乗り遅れないといいけど」と、部屋を出て
廊下を歩き、デッキを見た。

ホームに出ると、自分が乗り遅れそうだから(笑)。



デッキから身を乗り出して列車全体を見た。


青い車体を、ドアから眺めていると
ながーい編成の列車に、赤いドアランプがずらり。


ところどころ、電球が切れてたりして(笑)


結構、荘厳だ。


リサの姿はホームになかったので
めぐは安心。

「列車に乗ってるんだ」と、思って

機関車の方を振り返ると

15号車、電源車の向こうの
赤い機関車の窓から、ミシェルが
頭を出して、めぐと同じように
列車を眺めていた。(笑)



「ああ、ミシェル。リサ見なかった?」



「さっき、7号車あたりから乗った」と、ミシェルは素っ気ない。

視線を合わさない。





ーーーやっぱ、恥ずかしいのかしら。あんな事言ったから。



めぐは、そう思った。





何か言ってあげようと思ったけど、列車を降りたらドアが閉じて(笑)



走り出しちゃって。


待って~~汽車(笑)になってしまうと困るから


下りるのは止めた。



でも。

めぐは思う。


好きな人だったら。



遠くから見てるだけで、胸いっぱいになっちゃうはずなのに。



と、めぐは

恋愛小説みたいな想像をした(笑)。


ミシェルを見ても、告白されても

やっぱ、弟みたいな気持ちにしかなれないもん。



かわいいけど、さ。





何が違うんだろ、恋人と?




そう考えたけど、よくわかんないから(笑)


デッキに戻って、リサの帰りを待った。


赤い機関車の中、通路から
前の運転席に移ったミシェルは


「それから、どうなったんですか?」と。


機関車乗りは、しばらく考えて

「ああ、あれか。襲われたって言うか、まあ
女子水泳部のエースだったのと、女子陸上のエースだったインテリ女の子がいてさ。そいつらふたりに襲われたけど。」

ま、エネルギー余ってたんだろな、と

機関車乗りは、わはは、と笑った。



「そういうもんですか?」と、ミシェルは驚く。




「そういう女の子もいる、って事さ。好き嫌いとは関係なく。征服したいんだろな。ま、男は別に妊娠する訳じゃないから、昔っからあったらしいよ。」と、時計を見ながら信号を見る機関車乗り。


21時を回ったが、信号は赤、対向列車も来ない。




ミシェルは絶句した。



女の子って、そういう事をするんだろうか?



機関車乗りは、ミシェルの表情を見て


「あ、でも君のお姉ちゃんは違うだろな。俺の話はさ、ま、オリンピックに行くような
女の子の話さ」と、機関車乗りは言う。



そのふたりは、オリンピックに出たそうだ。
そのくらいエネルギーが余って、征服欲があったんだろう。





ミシェルは、めぐお姉さんが
あの、ルーフィーを襲う事を想像した(笑)


けれど、イメージできなかった。


そんな事をするんだろうか?と思って。










リサは、お弁当を抱えて
食堂車を通った。



営業していないから、お客さんはいないのに

キッチンからいい匂いがする。




カウンターから、ちょっと覗いて見ると



料理人さんのひとり、背が高くてがっしりとした
短髪の若者がひとり、スープの元になる
フォンを煮ていた。



オーブンできっちりと、焼きを入れてから
鍋で煮る。


出来たものが、スープの旨味になるのだ。





インスタントでも似たようなものは出来る。



でも、そうしないのは彼の良心だろう。



味、なんて見えないもので
おもてなしをするのは、解らない人には解らないけれど。




でも、彼なりにお客さんへの思いやりを
持って


その、フォンを作っている。




列車全体に何人乗るかを
車掌さんに聞いてから仕上げるのだけれど。
余ったフォンでも、ちょっと捨てる気持ちになれないだろうから



こうして、発車前にまで仕事をしている、のだ。

リサが、仕事ぶりに感動して

何か、労いの言葉を云おうと
思ったけど、言葉が見つからない。


それで、じっと
大きな鍋を見ていると、料理人の方が
気づいて。


眼光鋭く、リサを見た。



「ああ、バイトの」と、彼は表情を
和らげる。



「いえ、私は」と云おうとリサは思ったけど
言葉にならなかった。



「知ってる。機関車乗りのじ様の孫だってね。いいなぁ特待生かぁ」と、彼はさっぱりと笑った。



「いえ、あの」と、リサは少し、恵まれた自分の境遇を恥ずかしく思った。

そういえば、みんなおじいちゃんの業績で
私は何もしていないのに。



黙ってしまったリサを気遣って、料理人は



「俺は料理作るしか出来ないからさ。たとえ特待生になったって大学なんて無理さ。生まれが違うんだろな」と、笑う。

鍋に注意を払ったまま。
焦げつかないように、強火で煮るのだ。





「私、お料理は下手なの」と、リサは少しはにかんで。



「そっかぁ。ま、俺は勉強ダメだから、アイコだな。頑張って偉くなってくれよ。んで、食堂車が無くならないように頼むよ」





そういえば、食堂車も無くなる方向だ、とか
聞いた事のあるリサだった。



なかなか、列車で豪華な夕食を、と言う
習慣がないのだろうか


お弁当とか軽食で、済ませてしまう人も
多かった。



それなので、コンビニのお弁当の方が安い、と


駅のお弁当とか、食堂車の食事は

利用が減っていた。




「美味い物を食うってのは楽しい事なんだけどね」と



料理人は、ちょっと淋しい気持ちになったのか

カウンターの向こうを眺めて、そう言った。


その時、車内放送が流れる。

寝台特急Northstar、Uperfiedゆぎ、間もなぐ発車でス


と、訛った言葉で、リサのおじさんが
のんびりと。



料理人の彼は、ユーモラスなその声に和む。


笑顔を見せると、少年のような彼は

たぶん、リサより少し年上だろうか。



「叔父なの」と、リサは、お弁当を抱えたまま

そう言う(笑)。




「ああ。あの人も地上勤務断って乗りつづけてる」と、料理人の彼は言った。




楽な、管理職になれば
体も休まるのに、なぜか乗務員を続けて
出世も断ってる。



じ様とそっくりだ、と駅でも有名なんだと
料理人の彼にまで、伝わっている
鉄道好き(笑)の血統。





リサは、楽しくなって「私もたぶん」と言うと

料理人の彼は、無言でうなづいた。



自身も、料理をずっと作り続けるのだろうとでも
言いたげに。

ミシェルの愛も
鉄道職員たちの献身も
食堂車料理人の真心も
お弁当売りの優しさも。
リサの職業意識も。


みんな、心の中でその気持ちが生まれる。


人間だから、脳を持っている。
脳細胞は、夢を見る度にコピーされて
死んでいく。

もちろん、脳細胞も遺伝子があるから
遺伝子は、自分のコピーを残そうとして
神経細胞の接続で、記憶を残していく。



その時に、記憶を整理するために
夢を見るのだけれど


コンピューターとは違って、一旦イメージメモりに書き出して
から、書き込む。

それが、夢。



根本は、死に行く脳細胞がコピーを残したいと願う気持ちだから


国鉄職員たちの、去り行く列車を惜しむ気持ちや
食堂車料理人の、食堂車を残したい、と言う気持ちは


素直な気持ち。生き物らしい気持ちだろう。





でも、ミシェルのように

ひとりを愛して、排他的に囲いたいと言う気持ちは



他から囲う作業が必要だ。

争いが起こる事もある、のだけれどもーーー。





機関車の中で、出発を待ちながら
ミシェルは、自分に襲い掛かるめぐお姉ちゃんを夢想した(笑)けれど

なんの感慨もなく、絵空事にしか思えなかった。





別の人で想像してみると



クラスメートのセシルが、いつか


流れるプールで、水着で寄ってきた事を
思い出し



そのまま、ミシェルに襲い掛かって来る、そんな夢想をした。





プールサイドで眠っていたミシェルに


ぽよぽよのセシルが、黄色い水着のまま
のしかかる。



そんな事あったような気もするが(笑)



栗毛いろのショートボブのセシルは
楽しそうに笑い、ミシェルの上に寝そべって


唇を寄せるーーー。




それを想像すると、ミシェルは
なんとなエッチな気持ちになった(笑)。




不思議に、めぐお姉ちゃんには
感じなかった気持ちで

ミシェルは、自分がわからなくなった。



ーー僕は、誰を好きなんだろ?

対向列車がやってきた。


ヘッドライトの光が、機関車の中にいる
ミシェルを照らす。

眩しいな。


ミシェルは、目眩がしたと思った。


幼い頃から病弱だったので、それを
目眩だと、思っていた。




ゆら




足元の空間が揺らいだ。






model michelle_0d;


import modelica.SIunits;

parameter real SIunits mi= field.geometry.michelle[4];



equation;

E=mc^2;
F=mgh;

E=F;



ミシェルが見たこともない、呪文のような式が
魔法陣の中に煌めいたように、自身思えた。



その、ほんの一瞬。


対向列車のヘッドライトが通り過ぎる間、ミシェルは
めぐの側に意識が飛んだ。



「ごめんなさい、あなたを困らせてしまって。
でも、解らないんです。大切に思っているけど
これって、愛なんでしょうか?」





そのメッセージが、めぐの意識に向けて
発せられた(と、ミシェルには思われた。)


0次元に解放された質量モデル。
ヒッグス場からエネルギーを導き出すと
光速度一定なので、途方もないエネルギーになるから

それをセーブして(笑)

重力波を超えるエネルギーを得る。

それは、電場に換算すれば
水素電子であってもー1TerraEV、である。



どういう訳か、それは
めぐの魔法そっくりだった。

「ただいまぁ」


14号車では、リサが
お弁当を抱えて、にこにこと入ってきた。


廊下を駆けてはいけないので、早足歩きで(笑)。


「競歩の選手みたい」、って

れーみぃが笑う。



大きな廊下の窓を、遅れていた下り電車がいっぱいにした。


クリーム色に赤い塗りわけの、国鉄電車だ。







「え!何?ミシェルなの?」めぐは声を出してしまったので


みんながびっくり。





「ミシェル?いないよぉ」れーみぃ。


「Stokerかいな」Naomiはおどける。



「弟はそんな事しません」と、リサは笑う。


そうだ、ミシェルのお弁当もあるんだ。と


リサは、寝台の窓際にあるテーブルに

6つのお弁当を載せた。




めぐは、ミシェルの心のメッセージを受け取って。


それに驚く。



直接、心に話ができるのは

魔法使い。


それか神様くらい。


魔法使いだって、同じ魔法でないとーーーー。




と、めぐは


それが自分の思い込みかしら、と



ちょっと、どっきりした。

「あー、お弁当!食べよ食べよぉよ」れーみぃは、嬉しそう。


Naomiは「夜遅いから、明日の朝にしよ」と、モデル体型らしい(笑)。


つまんないよぉ、ちょっとだけ?って


お弁当のふたを開けてるれーみぃに
「太るよ、れーみぃ」とか
笑いながら、めぐは

さっきのミシェルのメッセージが、もし
本当だったら。と



ミシェルの心に話し掛けようとして



parameter boolean detect=message.michelle;
algorhythm;


if detect=true then output message.michelle:= message.megu;




空間色彩の、魔法陣にそれを書き込む。


でも、返事はなかったので



else nowhere;



魔法は終了した。







「さあいくぞ」と、電気機関車乗りは

ミシェルに合図した。



一瞬の間、心を飛ばしていたミシェルは

「はい!」



列車無線で、リサのおじさんの
のどかな声。
「2れっさ、機関車、こちら2れっさ、さそー。2レッサー、はっさ、延発5分」



「えんぱつ5分、はっさ」と、機関車乗りが
訛ってしまったので
ミシェルは笑ってしまった(笑)。



機関車乗りも、ニタニタ、白い手袋を嵌めて

「信号、よし。構内速度40!」と、真面目に
呼称。

機関車単弁、機関車のみのブレーキを外す。

右手に二本出ている小さい方のハンドル。


続いて、編成空気ブレーキ、下の大きなハンドルを緩めて

空気圧力計を眺める。



しゅぅ、と
空気の漏れる音がして
圧力が下がった。


そこから3秒。

「なにをしてるんですか?」ミシェルには、訳がわからない。


「うん。編成の最後尾ブレーキが掛かってるうちに、ゆっくり引き出すと
連結器ばねがのびて、ショックがないのさ」機関車乗りは、楽しそうだ。


「前の方からブレーキが緩んでいくから、タイミングを見てね」と

機関車だけ緩くブレーキを掛ける。ふたつあるブレーキハンドルの上の
小さい方を、少し手前に引く。

釣合ブレーキ管圧力、と言う小さいメーターが少し、右に振れる。


そこで、マスター・コントロールで電力を少し掛ける。

電流計が、バネ仕掛けのように跳ね上がって、すぐに下がる。


機関車が、ずず、と動き出す。

ブレーキを掛けてあるので、飛び出しはしない。


「ここだな。腰で感じな。編成が引き出されるのを」と、機関車乗りは
ミシェルに言う。



軽く衝撃を感じ、15号車が引き出されれば
後は、密着連結器のバネが伸びつつ、編成が引き出される。
1号車が動く頃、ブレーキが全部緩むのが理想だが、なかなかそうは行かない。

「勘、だよ」機関車乗りは、にんまり。

機関車ブレーキを外して前に機関車を進めた。

衝撃なく、列車は動き出す。

「さあ、がんがんいくぜ!」機関車乗りは、やっと走れる、とばかりに。
「本線、速度70!」電力を加えてゆく。ハンドルを回すだけだが
都度、かるいショックと共に唐突に力が増す。

「こいつはね、旧式のタップ制御なんだ。まあ、変圧器のお化けだ。交流モータだし」

と、ミシェルにわからない言葉を発しながら(笑)、制限いっぱいの70km/hで
本線の、単線区間を進む。

機関車は、モーターの唸りと床下からの歯車の音が響いて、密林のようだ。
狼と虎を手なずけているような気がする、とミシェルは思う。

パワーは凄まじい。電磁気力と言うのは、6次元説のひとつのセグメントであるが
それを納得するようなトルク。


車庫のある、さっきまで居た隣駅を通過するが、感慨に耽る暇も無く。

「本線、速度110!」と、青信号と表示を確認して、電力を更に加える。

タップ制御なので、段階的に電力は増える。「3000kwさ」と、電流計を指差す。

それでも、フルパワーではなく、8割程度だ。

150Aである。20000Vであったとしても、対地電圧ではないから
それならトランジスタでも制御可能だろう。

「何馬力くらい出てるんですか?」意外に静かな機関室で、ミシェルは尋ねる。

「馬力かぁ。4000psかな」

モータとエンジンは違うけどね、と機関車乗りは言う。


モータは、ずっとそのままのトルクを出し続けられるが、エンジンは
そうでもない。


遥か昔、ディーゼルエンジンの特急列車を作り始めの頃、この線路を
最高速度で走り続けて、煙が出た事などはそのいい例だ。



ミシェルの見た目の印象だと、110km/hのスピード感はそれほどでもない。

でも、踏み切りや駅に近づくと速度を感じるから
高い位置から見下ろしているので、遠い地面が遅く流れて見えるだけ、のようだ。





「すごいパワーですね」



「そうだろう?」機関車乗りはご満悦だ。


寝台特急列車のエースナンバー、2列車を運転できるのは
やはり運転に長けた人物でないと無理だし

何があっても、冷静に対処できないとダメだ。


レールの上を走る列車は、逃げる事ができないから


例えば踏み切りに大きなトラックが居たり、人が倒れていたりしても
ブレーキを掛けるくらいしか方法はない。


そういう時、パニックになる人は不適格である。



「なあ、俺はさ。やっぱり運転士は男の君になって欲しいと思うさ」
と、機関車乗りは、意外な本音(笑)を言った。





「どうしてですか?」ミシェルは思うままに言う。


「うん、鉄道はレールを走るから、事故がある。避けられないからね。
そういう時、ホラー映画になっちゃうわけ」と、機関車乗りは、あくまで
前方を注視しながら。


暗い夜、レールの光だけは見えるけれども
確かに、遠い行く手は何も見えない。


「そういう事に女を巻き込ませたくないんだな。自分が運転した機関車が
人を殺めた、なんて思って心痛めたりする」


機関車乗りは、夏の夜だったら似合いそうなホラーを語った(笑)。





「いつも出るトンネルとかあるんだよな。ひとり乗務だと、機関車って、ほら
誰もいないだろう?誰も居ないはずなのに、物音がするとか」


にこにこしながら、あまり怖くは無いホラーを語った。


メーター照明で、顔の陰影が浮かぶ(笑)



「やめましょうよ」と、ミシェルも笑った。

ちょっと怖かった(笑)。でも、
リサお姉ちゃんだったら怖がらないだろうし、事故起こしても傷つかないだろうな、と
思ったりする。


いつも溌剌としていて、真っ直ぐだもの。




「電車だったら怖くないですね」と、ミシェルは言うと



「ああ、そうだな。特急はこれと同じだけどな。通路から分かれてるし。
運転席は。それでも人の気配はするな。」


機関車は、ずっと110km/hのまま。
電流計の針は、左に傾いてゆく。

電球の、黄色い灯が
どことなく懐かしい。


「寝台電車も運転するんですか?」と、ミシェルは
車庫で見かけた、アイヴォリーとブルーの
スマートな電車を思い出した。


「ああ、あるよ。あっちの方が楽だな。連結されっぱなしだから
気を使わなくても揺れないし。」と、機関車乗りはそう言い
「ちょっと、ハンドル持ってみるか?」と(笑)



ミシェルはちょっと怖いと思ったけど、それでも好奇心で「はい」


助手席から、運転席へ歩いて。


ハンドルを持っている白い手袋に、手を差し出した

「それ」と、手袋がハンドルから離れると

その時、機関車が少し減速した。
ほんの僅かだけれども「おっとぉ。これでさ、連結器の隙間が当たると
客車が揺れるのさ」と、白い手袋で機関車乗りはハンドルを引いた。


客車の連結器には、1cmくらいの隙間があって、バネが付いている。
機関車が引いていると、隙間は前よりに出来ていて、バネも伸びているけど
減速すると、隙間が後ろよりにずれる。

両手を握手するような連結器だから、手のひらと指先にふたつ、隙間が
出来る。


「精密なんですね」と、ミシェルは
こんなに大きな列車が、1cmの隙間で揺れる、と言う事に感銘を受けた。

それを気にして走らせる機関車乗りって、すごい仕事。



「電車は楽って、その事ですか?」ミシェルは、ハンドルを持ったまま。


「ああ。電車はつながったままだから、揺れないんだな、あまり」と、機関車乗りは
答える。





対向する下り線を、白と青のスマートな
寝台電車が駆け抜けていった。



遠くに見えていた踏み切りは、意外に近くに来ていて。

その、下り寝台特急が通過したので
遮断機のない踏み切りを、気の早い人が
背中に籠を背負って、頬かむりをして渡ろうとした。


「危ない!」ミシェルは、ハンドルから手を離して叫んだ。

機関車乗りは、落ち着いていた。

警笛を断続的に鳴らして、ヘッドライトを点滅させると


その人は、気づいて線路外へ逃げた。


非常ブレーキはその間、踏まず。


「ぶつかるかと思いました」と、ミシェルが言うと


機関車乗りは「ああ。でも、あの距離だと非常ブレーキを掛けても停まらない。
カーブで非常すると、脱線するかもしれないから
まず、気づいてくれる事を願った」と、言って

安堵した。



「僕も、気づいて、って願ってました。」と、ミシェルは言う。








その時、踏み切りを渡っていた老婦人は、後ろを振り向いていた。

「誰もいないねぇ。『逃げてー!』って聞こえたと思ったけど。もののケかねぇ。」と


首を傾げて。

踏み切りを通過する、列車を見送った。




その時、ミシェルは無意識に、語りかけていたのだろう。

老婦人の心に。


model message.magic.michelle;

inport modelica.magic.messege;
inport modelica.messege;
parameter real message.magic.michelle;
parameter protected message.caution;

equation;

caution=michelle;


もののケも使える、と言う能力なのだろうけれど(笑)

虫の知らせ、なんて言ったりする。






めぐは、14号車”カルテット”で、みんなと話しながら。

下り列車が通過する。廊下の窓いっぱいに、ブルーと白の車体が広がって。


その瞬間、めぐの魔法使いとしての機能は、感じた。

さっきの魔法。ミシェルへのメッセージ。


algorhythm;

if michelle = open then sent messege;


のような論理回路が反応した。



-----ミシェル、やっぱり聞こえるのね?


魔法で作られたメッセージを。




でも、めぐはそんなに
深く、魔法の事を知らない。

なにせ、魔法使いになれたのも

ほんの少し前の事だし。



ミシェルが、なんとなく
魔法のメッセージを送れたとしても




めぐ自身が、自然に使えているものだから


鉄棒で逆上がりが出来るみたいに(笑)


誰でも、きっかけがあれば
出来るものだ(笑)と



思っていたりして(笑)。


ひょっとして、リサにも
同じ力があるのかな?とさえ思った


(天国のおじいちゃんに会わせた時に
気づきそうなものだけど、そんなものである。)(笑)








機関車のミシェルは、ちょっと落ち込んでいた。



ハンドルから手を離してしまって。

さっき、機関車乗りが言った


「パニックにならない奴が向いてる」の

正反対だったから。



そんなミシェルに、機関車乗りは言う。



「いきなり、あれはびっくりだよなー。俺だって、最初の乗務であれだったら驚くな」と。



それは、気遣いかもしれない。


まだ、中学生のミシェルにやっぱり運転は
ちょっと無理だ。



年若い程、エネルギーは余っているので


上手くやろう、失敗しないように。

そう考えるけれど、失敗してもいい、ってくらいの気持ちの方が上手く行くものだ。



考える力を、[上手くやろう]に取られている分、エネルギーが足りなくなるから、だ。




そういう事が解るには、ある程度の
経験も必要だ。



さっきのように、急ブレーキを踏むべきなのに
脱線の可能性、それと

急ブレーキしても止まる距離じゃない、と


瞬間に判断する能力が、運転士には必要で


もし、急ブレーキを掛けるのが遅かったら

責任を問われる事にもなる。


つまり、我が身の保身が目的ならば
乗客がどうなっても急ブレーキを掛けるべき。

でも、機関車乗りはそうしなかった




それが一番安全だから、である。



[淀みなく考え、一番安全な方策を取る]鉄則通りである、

「機関車の運転は無理です」と、ミシェルは落胆してる。


「今は、な」と、機関車乗りは、運転席のそばに立っているミシェルの左肩を叩き、
「中学生じゃ誰だってそうさ。俺だって中学の時はできなかったさ」と

暗い、メーターランプの照明に照らされた横顔で、にっこり。


「そうか、そうですよね!いつか、できればいいんだ!」と、ミシェルはにっこり。


そうそう、と

機関車乗りは「もうすぐEighthHousesさ、そろそろ寝たらいい。」と


運転台の右手に掲げてある仕業表を、指差して
メーターの間に置いてある鉄道時計と合わせた。


「よし、延発なし!」と、さっきの運転で5分の遅れを取り戻した事に
会心の微笑みを浮かべた。







モータは唸り、歯車は吠える。
機関車は風切り音を上げ、車輪はレールの継ぎ目を
ロック・ドラムの8ビートのように乗り越える110km/h。




空気バネ台車なので、乗り心地は良好だ。





ミシェルは、機関車の魅力がわかったような気がしたけれど
オトナ、になってみたいと
それまでの人生で初めて思った。













14号車では、めぐたち4人は
そろそろ、おねむ(笑)


明日早いんだもの(笑)。

そういう訳で、おやすみなさーいカルテット。


ガラスの扉を閉じて、内側からロックすると

個室なので、なんとなく安心する。


小柄のめぐ、れーみぃは上段へ、Naomiとリサは下段へ。

なんとなく、自然にそうなる(笑)。



でも、めぐはリサも魔法が使えるんじゃないか、なんて夢想に囚われてて

リサに、魔法メッセージを送ってみたものの

algorhythm;

if lissa=open then message.magic.lissa := message.magic.megu;

さっぱり返事が来ないので、「あれ?」とか思ってて。





「どしたの、めぐぅ、元気ないみたい」と、れーみぃが
向かい側の上段から、開いたままのカーテンから身を乗り出して聞くので

「ううん、ありがと、だいじょうぶ。それより、落っこちると痛いよ」よ

めぐは、にこにこ。




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