空は正直

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空は正直

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 彼女は佇んでいた。
 只々肌を刺す無情な風が吹きすさぶこの場所で、悲しげな瞳を涙で潤ませながら、寒さに体を震わせ無言で。

 目が合った時、俺とは違う生き物だと本能が察した。初心な白い頬、綺麗で白い指の先の爪、恐らく子供だろう。ただ俺とは違う。
 俺は肌の色も違えば、きっと生き方も違う。今までどれだけの命を自らの手で奪ってきたか、我ながら数えるだけでも身の毛がよだつ。何よりも恐ろしいことが俺は奪った命を宿していた時の彼らや彼女、言い換えれば生きていた時の彼、彼女達の生活を俺知らない。
 命を奪い続けて今日まで生きてきた俺だ。殺されてもかまわない覚悟くらいは出来ている。
 今日もこの彼女に会った瞬間、俺は目つきが変わったはずだ。本能は変えられない、俺はハンターだ。自らが生きてゆくことに手段は選ばない。自分より大きな大男、子供を抱えた女、感情を殺して殺してきた。もともと俺に感情などなかったのかもしれない。面白い話だ。
 だが今、自分が目の当たりにしている現実、状況、俺はどうすればいい。目を合わせたまま彼女も動かない、そして俺も動けない。
 命を殺める為の武器は常に持ち合わせている。ただ俺は思っている。

「この命だけは奪えない」

 俺は後ずさった。彼女と目を合わせながら。
 決して自分が生きる為では無い。何かの感情、本能、それ以外の何か、自分でもわからなかった。ただ気づいた時には再び彼女の元へ戻っていた。お腹を満たせる食べ物を持って。

「いらなかったら捨ててくれ、それくらいしかできないんだ。」

 彼女は無言で受け取った。そして俺はその場を立ち去った。何が俺をこんな行動に走らせた。感情を殺すと共に命を殺めてきた。何故命を助けた。
 俺には解らなかった。

 翌日俺は命を殺めた。
 そこに感情は無かった。首を裂いて声を奪い、誰にも知られることなく骨を埋めた。
 
 その後〝家〟に帰ると前日に会った女の子が居た。俺はすかさず彼女達に見えないように武器に手を掛けた。
「何しに来た」
 怯えた様子の彼女と、柱の影で見えなかったが女性が出てきた。
「昨日のことなんですが、娘に何かしていただけましたか」
 防衛本能が働いた。
「しました、彼女がお一人で寒そうにしていたのでごはんをお渡ししただけです。」
「ありがとうございます!」
 恐らく母親であろう女性は大声でそう叫び、勢いよく頭を下げた。俺にはこの状況が解らなかった。
「ごはん出しただけですよ、やめてください!」
 そう言うと俺は静かに殺すための〝爪〟を隠した。
「躾のつもりで家から出していたのにこんな優しくしてくれて本当にありがとうございます!」
 女性はそう言って再び頭を下げた。
「やめてください。もうここには来ないでください」
 俺はそう告げ、家に入った。彼女たちの表情を見ることなく。

 

「甘い物食べる」
 聞いたのは俺だ。数年後、隣にはその時の女の子。小さなその子の妹と一緒に遊びながら俺は野原を駆け巡っていた。

 彼女と付き合っている。
 初めて好きになれた。
〝命〟を殺めて生きてきた俺が誰かを好きになってはいけない。彼女が見せる笑顔、妹を思いやって抱き着く姿、「寒いね」と言いながら笑った表情を覗かせる横顔。
 そんな時間が続けばいいと願った。
 しかし現実がそんなに甘くないことを知った。



「次の相手だがお前でもしばし難しいぞ」
「何がですか」
 俺は尋ねた。俺は仕事で失敗したことはない。全て完璧にこなしてきた。
「最近この辺で珍しい奴らが居座っているみたいなんだ」
「それがどうしたんですか」
「お前と会っているところを見たって奴がいるから、お前含めたら手っ取り早いかなと思ってさ」
 甘くなかった。彼女達を逃がさないと。
「彼女達が何かしたんですか」
「〝彼女〟ってことは女か」
 動揺したのか迂闊だった。畳み掛けるように奴は言った。

「殺せ」

 頭が真っ白になった。殺せと言われて殺せなかった奴なんか俺にはいない。
「何のためですか」
「俺たちにも縄張りがある。邪魔されたくないんだよ俺らの〝ヒットマン〟よぉ」
 笑いながら奴は言った。
「女だったら美味しいだろうな」
 再び笑った。俺が笑えない状況でこいつが笑った。

 殺す。

「僕らの縄張り守らないといけないですもんね」
 俺も笑った。心の底の表情は察せられている。俺の周りには十数のハンター、俺も馬鹿ではない。この状況で迂闊に手を出せば殺される。俺が死ねば彼女達の命が危ない。ここは何を言われようが我慢しよう。そっと〝牙〟で感情を噛み締め我慢した。
 それでも俺は終われない。



「もうここに居ないで」
 俺はここでも心を殺した。
「何で」
「嫌いな奴がいるところでは住みたくないんだよ」
 無言の時間が時をずらしていった。
「二度とこの地に足を踏み入れるな」
 そう言った時俺は彼女を噛んだ、彼女の首を噛んだ。

 俺はオオカミ。

 彼女は真っ白なクマ。

 決して恋をしてはいけない、愛してはいけない仲。ただ俺は彼女を愛してしまった。だめだと知っていても好きになってしまった。
 一緒に遠くまで行った狩り。お互い怖いのに一緒に入った海。一緒に狩ったキツネを首の周りに塗りたぐった時の血の匂い。
 俺は忘れない、せかして縄張りを後にさせたあの親子の静かな後姿を。


「狩ったか」
 群れの頭はそう言った。
「これからな」
「じゃあ早く行けよ」
「来てるじゃねえか」
「何を訳の解らねぇ事ほざいてやがるんだ」
 
 だから群れるのは好きじゃない。

「ちゃんと犬歯使えよ、ワンちゃん共に後々遠吠えされたら気分悪いから、まあ遠吠えもできねえだろうけどな」

「面白い冗談じゃねえか」

「冗談だったら良かったな、ちゃんと笑えよ」
 俺は笑うと、奴らに飛び掛かかった。
 俺は〝一匹狼〟。群れを成して一匹では護れない縄張りを主張する〝羊〟ではない。多勢に無勢、そんなことは関係ない。

 全員狩る、笑える内に笑え。


 


 気がついた。何時間経ったのだろう。俺は大きな茶色い毛に覆われた何かの上に乗っていた。

「象…」

 俺は大きな変わった象のような動物の背中に乗っていた。
 そして再び気づいた時、知らない土地にいた。
 俺は生きていた。俺の相手になった他のオオカミはどうなったかはわからない。しかし俺は感情も何もかも殺していた、だから何も残っていない。
 そんなことを思って遠くを見つめた時真っ白で美しい〝動物〟の家族が見えた。楽しそうに野を駆け回っている。
 俺は今を生きていて、彼女達をただ見つめていた。
 額に雨が当たった。突然の雨に打たれた彼女たちは走ってどこかへ行ってしまった。
 もう会うことは無い、そんなことをふと思った時雨に紛れた涙が流れた。
 空は感情など殺す事なく泣いている。
 空は灰色、明日は何色になるのだろう。
 時には遠吠えもいいのかな。

 
 俺はオオカミ。
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