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第7話 隷従の鎖
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勝利宣言の後で、哲郎が休んでいた場所が国王の私室だった。そのことがエリーザの怒りの炎に油を注いだ。好んで哲郎が部屋を選んだ訳ではない。ただ、魔王という立場上の割り当てだったのだ。
完全無視を決め込んだエリーザとの会話を諦めた哲郎は、ミリーに話を向けた。
「他に聞きたいことがあったけど、その前にもう一つ疑問がわいた」
「このミリーに分かることでしたら何なりと」
魔王の質問に、背筋を正したミリーが小さな笑顔で答えた。
「別の部屋に軟禁状態だったエリーザがどうして俺の、いや我の所にいるのだ」
「あの魔王様・・・・・・、もうご自分のことは無理して我って言わなくていいですよ。俺でいいです。ズエデラ様や他の方も気にしてないようですから。勝利宣言の辺りから様子が変だとは言ってましたが」
なんだか、身バレした感じで気恥ずかしさを覚えた哲郎―――、いや魔王が顔を赤らめた。
「そ、そうか。なら遠慮なく俺で」
「はい。私もいまの魔王様には、俺っていう呼び方のほうが似合ってると思いますよ」
思い切ったミリーの提案に、本来の魔王を真似る努力をあっさりと捨て去った哲郎が頭を掻く。
「それで話を戻すけど、何でエリーザが俺の所にいるんだよ。誰か運んで来たのか?」
「誰も運んでいませんよ」
「じゃあ、エリーザが自分で?」
振り返った哲郎は、ベッドの端に座って明後日の方向に顔を向けているエリーザを見る。
「あり得ません」
哲郎の視線を受けたエリーザは、明後日の方向を向いたまま冷たい声音でポツリと一言。
「だよな。じゃあ、やっぱり誰かが運んできたんだ」
「運んできたのは正解です。ただ誰かがではなくて、何かがの方が正解ですね」
明後日の方向を向いていたエリーザが、意味深な言い方をしたミリーの方に顔を向けた。
「お忘れですか。隷従の鎖の事を―――」
ミリーの話に勝利宣言直後の時間へと記憶を巻き戻す。ズエデラから手渡されたのは、紫色の燐光を発する一本の禍々しい鎖だった。ズエデラは片方の端を魔王に握らせ、もう片方の端をエリーザの体に巻き付けたのだった。そして2人が繋がれた途端、眩い光を発した鎖は夢でも見ていたかのように消えて無くなってしまったのだった。
「あの鎖が原因なのか・・・・・・」
「ズエデラ様も説明されていたじゃないですか。あれは主と奴隷を繋ぐ隷従の鎖という魔道具です。奴隷を逃がさないためのもので、奴隷が主の元から逃げ出そうとすれば、たちどころにその体は主の元へ運ばれます。あと主が心の中で思うだけでも同じような結果になるそうですよ。だから今回は、奴隷の姫様が逃げ出そうとした結果か、魔王様が心の中で呼んだのかのどちらかではないですかね」
軽い口調で説明するミリーだったが、その内容のなんと恐ろしいことか。主が俺で、奴隷がエリーザ。隷従の鎖とは、なんと背徳な響きなのか。ポリスメンにあるまじき哲郎の想像はどこまでも大きく広がってゆく。
「な、なんと卑劣なことを! 私が奴隷? あなたは私の体に何をしたんですか! その鎖とやらを今すぐに外しなさい!!」
「俺じゃないって、ズエデラが勝手に―――」
「無理です。外れません」
「俺は奴隷なんて欲しいと思ってない。外す方法はあるんだろ?」
あるまじき想像を大きく広げていた哲郎の発言には、明らかな矛盾があった。しかし、内心の自由は異世界であっても尊重されるべきだろ。いくら奴隷といっても、鎖で縛ることをよしとせず哲郎は言った。
「ダメなんですよ。隷従の鎖で縛られた奴隷の開放条件は、奴隷の死、のみです。逆に主が死ねば奴隷も死にます」
「えっ!?」
絶望に歪むエリーザの綺麗な顔。想像以上の魔道具の効果に、哲郎も困惑を隠せない。
「ちょ、マジか・・・・・・ 魔王の俺でも外せないのか?」
「魔道具としての所以、古代魔法の施された道具の効力は魔王様であっても打ち消すことはできません」
断定的で容赦のないミリーの言葉に、エリーザは絶句する。
青ざめるエリーザをフォローしようと、哲郎は慌てて言葉を探した。
「なあミリー。俺とエリーザは目に見えない鎖で繋がれてんだよな。単純にどれだけの距離を離れることができるんだ」
「私にも詳しいことはわかりません。でも、もともとの用途を考えれば、そんなに離れられないと思いますけど」
「嘘でも長い距離を言ってくれよ、ミリー・・・・・・」
フォローは失敗。エリーザを見れば、天井を見上げて何やらぶつぶつと呟いている。
寝て起きると、全てが夢もしくは元の世界に戻っていた、という淡い期待を裏切られた哲郎の横には、見えない鎖で繋がれた放心状態の奴隷の姫。
目まぐるしい展開について行けない哲郎は、いっそ引き籠ってやろうかと考えたりもする。しかし魔王としての立場と現状がそれを許さない。異世界でも明日がくる。腹が減る。
深い溜息をついてエリーザを視界から外すと、ミリーに向き直った。
「とりあえず鎖の話は横に置いといて、本題に入る。色々と教えてくれ」
「何なりと」
「まずは時間だ。今は何時だ? そもそも時計ってあるのか・・・・・・」
「時計ってものは知りませんが、今は天頂の月が少し傾いた頃ですね」
言葉通りの解釈ならば、月が頭の上にあるということから、ぼんやりと午前0時を過ぎた頃だと哲郎は理解した。
勝利宣言の後、簡単な食事をとった。何が出されるのかと内心ビビッていた哲郎は、パンと野菜のスープという質素な内容に安堵しつつそれをぺろりと平らげて元国王の私室で横になったのだ。
勝利宣言から半日以上が経過し、日が変わったところでエリーザの悲鳴に起こされた、という訳だ。
哲郎の質問は続く。
「魔王の俺が世界を征服したんだよな」
「はい。おめでとうございます」
「人間はどうなった?」
「どうなった?」
魔王として要領を得ない哲郎の質問が繰り返され、ミリーは返答に窮する。
そんなミリーの態度に、哲郎は苛立ちを覚え始めていた。
「俺が世界を征服した理由はなんだ」
「はい!?」
「なんで俺は世界を征服した」
目を丸くしているミリーに畳みかけて言う。この異世界で、いまのところ本音に近い部分を晒すことができるのはミリーとズエデラの2人しかいない。転生直後から心に秘めていた焦りや苛立ちを、哲郎はついつい従順なミリーにぶつける格好となった。
「征服した後はどうするつもりだったんだ。この後の俺はどうすればいい!」
困惑するミリーの目には、哲郎が気づけていない怯えが宿っていた。
「また・・・・・・ 試されているのですか? 答えが分らなかったら殺されますか・・・・・・」
「なっぬっ!? また? 殺される? 何の話だ」
ミリーの思わぬ返答に、興奮気味だった哲郎は冷静さを取り戻した。首を傾げて話の続きを促す。
「も、申し訳ございません。魔王様のご質問は、私を試されているように思ったものですから」
試すって何を、と哲郎は考える。まったく意味が分からなかった。いつの間にか放心状態から脱していたエリーザが2人のやり取りに割って入る。
「千人切りの晩餐会―――、悪名高き魔王の逸話。余りの醜悪さに人の世にも伝わっています」
「な、何なんだよ。そのおどろおどろしい名前の晩餐会って!?」
「張本人のあなたが聞きますか。そうですよね、命を乞う千の首を刎ねようと気にも留めていない・・・・・・ あなたが戦いを始める前のことです。あなたは自らが主催した晩餐会で、わざと弱きものの振る舞いで道化を演じ仲間を試したと聞きます。それは、あなたの立場を狙っていたものや、裏切り者を炙り出すための罠だったと。その罠に飛びついてしまったものたちの千の首を躊躇いもなく刎ねた――― それが魔王あなたです」
冷たい声音のエリーザの言葉が突き刺さる。俺じゃない、と言い掛けて魔王―――、哲郎は自分の青い両手を目にして言葉を飲み込んだ。
「大丈夫です。たとえ魔王様に試されようと、私の忠誠は―――」
「―――違う! そうじゃない。そんなつもりで・・・・・・」
もう言えないと思った。簡単に、魔王じゃない、と打ち明けられる状況にない。考えてみれば誰にでも分かる話だ。警察官の俺が職務質問した相手に、異世界から転生してきました、なんて言われて誰が信用できるものか。この世界でも同じだ。俺は魔王じゃない、中身が違う、そんな話を魔王軍や人間の誰が信じるものか。
「待ってくれ、本当に俺は―――」
「大丈夫です。ミリーは魔王様の忠実なる下部。ここで殺されたって文句はありません」
動揺を隠せない哲郎の言葉にミリーが優しく応じた。ミリーの優しさは、本心だろうか、それとも魔王への恐怖心からくる偽りの感情なのか。
青い両手を赤い双眸に収め、「殺さない。絶対に殺さない」と呟く哲郎。
両手を強く握り込んで―――、魔王の野郎~いつかぶっ飛ばしてやる、と心に誓う。
完全無視を決め込んだエリーザとの会話を諦めた哲郎は、ミリーに話を向けた。
「他に聞きたいことがあったけど、その前にもう一つ疑問がわいた」
「このミリーに分かることでしたら何なりと」
魔王の質問に、背筋を正したミリーが小さな笑顔で答えた。
「別の部屋に軟禁状態だったエリーザがどうして俺の、いや我の所にいるのだ」
「あの魔王様・・・・・・、もうご自分のことは無理して我って言わなくていいですよ。俺でいいです。ズエデラ様や他の方も気にしてないようですから。勝利宣言の辺りから様子が変だとは言ってましたが」
なんだか、身バレした感じで気恥ずかしさを覚えた哲郎―――、いや魔王が顔を赤らめた。
「そ、そうか。なら遠慮なく俺で」
「はい。私もいまの魔王様には、俺っていう呼び方のほうが似合ってると思いますよ」
思い切ったミリーの提案に、本来の魔王を真似る努力をあっさりと捨て去った哲郎が頭を掻く。
「それで話を戻すけど、何でエリーザが俺の所にいるんだよ。誰か運んで来たのか?」
「誰も運んでいませんよ」
「じゃあ、エリーザが自分で?」
振り返った哲郎は、ベッドの端に座って明後日の方向に顔を向けているエリーザを見る。
「あり得ません」
哲郎の視線を受けたエリーザは、明後日の方向を向いたまま冷たい声音でポツリと一言。
「だよな。じゃあ、やっぱり誰かが運んできたんだ」
「運んできたのは正解です。ただ誰かがではなくて、何かがの方が正解ですね」
明後日の方向を向いていたエリーザが、意味深な言い方をしたミリーの方に顔を向けた。
「お忘れですか。隷従の鎖の事を―――」
ミリーの話に勝利宣言直後の時間へと記憶を巻き戻す。ズエデラから手渡されたのは、紫色の燐光を発する一本の禍々しい鎖だった。ズエデラは片方の端を魔王に握らせ、もう片方の端をエリーザの体に巻き付けたのだった。そして2人が繋がれた途端、眩い光を発した鎖は夢でも見ていたかのように消えて無くなってしまったのだった。
「あの鎖が原因なのか・・・・・・」
「ズエデラ様も説明されていたじゃないですか。あれは主と奴隷を繋ぐ隷従の鎖という魔道具です。奴隷を逃がさないためのもので、奴隷が主の元から逃げ出そうとすれば、たちどころにその体は主の元へ運ばれます。あと主が心の中で思うだけでも同じような結果になるそうですよ。だから今回は、奴隷の姫様が逃げ出そうとした結果か、魔王様が心の中で呼んだのかのどちらかではないですかね」
軽い口調で説明するミリーだったが、その内容のなんと恐ろしいことか。主が俺で、奴隷がエリーザ。隷従の鎖とは、なんと背徳な響きなのか。ポリスメンにあるまじき哲郎の想像はどこまでも大きく広がってゆく。
「な、なんと卑劣なことを! 私が奴隷? あなたは私の体に何をしたんですか! その鎖とやらを今すぐに外しなさい!!」
「俺じゃないって、ズエデラが勝手に―――」
「無理です。外れません」
「俺は奴隷なんて欲しいと思ってない。外す方法はあるんだろ?」
あるまじき想像を大きく広げていた哲郎の発言には、明らかな矛盾があった。しかし、内心の自由は異世界であっても尊重されるべきだろ。いくら奴隷といっても、鎖で縛ることをよしとせず哲郎は言った。
「ダメなんですよ。隷従の鎖で縛られた奴隷の開放条件は、奴隷の死、のみです。逆に主が死ねば奴隷も死にます」
「えっ!?」
絶望に歪むエリーザの綺麗な顔。想像以上の魔道具の効果に、哲郎も困惑を隠せない。
「ちょ、マジか・・・・・・ 魔王の俺でも外せないのか?」
「魔道具としての所以、古代魔法の施された道具の効力は魔王様であっても打ち消すことはできません」
断定的で容赦のないミリーの言葉に、エリーザは絶句する。
青ざめるエリーザをフォローしようと、哲郎は慌てて言葉を探した。
「なあミリー。俺とエリーザは目に見えない鎖で繋がれてんだよな。単純にどれだけの距離を離れることができるんだ」
「私にも詳しいことはわかりません。でも、もともとの用途を考えれば、そんなに離れられないと思いますけど」
「嘘でも長い距離を言ってくれよ、ミリー・・・・・・」
フォローは失敗。エリーザを見れば、天井を見上げて何やらぶつぶつと呟いている。
寝て起きると、全てが夢もしくは元の世界に戻っていた、という淡い期待を裏切られた哲郎の横には、見えない鎖で繋がれた放心状態の奴隷の姫。
目まぐるしい展開について行けない哲郎は、いっそ引き籠ってやろうかと考えたりもする。しかし魔王としての立場と現状がそれを許さない。異世界でも明日がくる。腹が減る。
深い溜息をついてエリーザを視界から外すと、ミリーに向き直った。
「とりあえず鎖の話は横に置いといて、本題に入る。色々と教えてくれ」
「何なりと」
「まずは時間だ。今は何時だ? そもそも時計ってあるのか・・・・・・」
「時計ってものは知りませんが、今は天頂の月が少し傾いた頃ですね」
言葉通りの解釈ならば、月が頭の上にあるということから、ぼんやりと午前0時を過ぎた頃だと哲郎は理解した。
勝利宣言の後、簡単な食事をとった。何が出されるのかと内心ビビッていた哲郎は、パンと野菜のスープという質素な内容に安堵しつつそれをぺろりと平らげて元国王の私室で横になったのだ。
勝利宣言から半日以上が経過し、日が変わったところでエリーザの悲鳴に起こされた、という訳だ。
哲郎の質問は続く。
「魔王の俺が世界を征服したんだよな」
「はい。おめでとうございます」
「人間はどうなった?」
「どうなった?」
魔王として要領を得ない哲郎の質問が繰り返され、ミリーは返答に窮する。
そんなミリーの態度に、哲郎は苛立ちを覚え始めていた。
「俺が世界を征服した理由はなんだ」
「はい!?」
「なんで俺は世界を征服した」
目を丸くしているミリーに畳みかけて言う。この異世界で、いまのところ本音に近い部分を晒すことができるのはミリーとズエデラの2人しかいない。転生直後から心に秘めていた焦りや苛立ちを、哲郎はついつい従順なミリーにぶつける格好となった。
「征服した後はどうするつもりだったんだ。この後の俺はどうすればいい!」
困惑するミリーの目には、哲郎が気づけていない怯えが宿っていた。
「また・・・・・・ 試されているのですか? 答えが分らなかったら殺されますか・・・・・・」
「なっぬっ!? また? 殺される? 何の話だ」
ミリーの思わぬ返答に、興奮気味だった哲郎は冷静さを取り戻した。首を傾げて話の続きを促す。
「も、申し訳ございません。魔王様のご質問は、私を試されているように思ったものですから」
試すって何を、と哲郎は考える。まったく意味が分からなかった。いつの間にか放心状態から脱していたエリーザが2人のやり取りに割って入る。
「千人切りの晩餐会―――、悪名高き魔王の逸話。余りの醜悪さに人の世にも伝わっています」
「な、何なんだよ。そのおどろおどろしい名前の晩餐会って!?」
「張本人のあなたが聞きますか。そうですよね、命を乞う千の首を刎ねようと気にも留めていない・・・・・・ あなたが戦いを始める前のことです。あなたは自らが主催した晩餐会で、わざと弱きものの振る舞いで道化を演じ仲間を試したと聞きます。それは、あなたの立場を狙っていたものや、裏切り者を炙り出すための罠だったと。その罠に飛びついてしまったものたちの千の首を躊躇いもなく刎ねた――― それが魔王あなたです」
冷たい声音のエリーザの言葉が突き刺さる。俺じゃない、と言い掛けて魔王―――、哲郎は自分の青い両手を目にして言葉を飲み込んだ。
「大丈夫です。たとえ魔王様に試されようと、私の忠誠は―――」
「―――違う! そうじゃない。そんなつもりで・・・・・・」
もう言えないと思った。簡単に、魔王じゃない、と打ち明けられる状況にない。考えてみれば誰にでも分かる話だ。警察官の俺が職務質問した相手に、異世界から転生してきました、なんて言われて誰が信用できるものか。この世界でも同じだ。俺は魔王じゃない、中身が違う、そんな話を魔王軍や人間の誰が信じるものか。
「待ってくれ、本当に俺は―――」
「大丈夫です。ミリーは魔王様の忠実なる下部。ここで殺されたって文句はありません」
動揺を隠せない哲郎の言葉にミリーが優しく応じた。ミリーの優しさは、本心だろうか、それとも魔王への恐怖心からくる偽りの感情なのか。
青い両手を赤い双眸に収め、「殺さない。絶対に殺さない」と呟く哲郎。
両手を強く握り込んで―――、魔王の野郎~いつかぶっ飛ばしてやる、と心に誓う。
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