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第13話 対決、死霊術師

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 ダークエルフの女戦士ラ・エルの実力が知れた。まさかの。哲郎の立てた作戦が失敗に終わったことで、死霊術師ネクロマンサーが操るアンデット兵の前進が再開した。霊廟の入口付近まで後退を余儀なくされる哲郎たち。

死霊術師ネクロマンサーに魔法は届くか?」
 後ろを振り返った哲郎は、神妙な面持ちのエリーザに訊いた。
「遠すぎます。それに広い空間なので、避けられる可能性が―――」
 
 先のアンデット群撃退を思い返せば、広さに限りのある通路で、動きの遅い敵だったからこそ、エリーザの魔法は有効だったのだ。戦い序盤で、ラ・エルがど素人ということが判明し作戦は足元から瓦解した。
 
 涙目のラ・エルを後方へ下がらせた哲郎は、防衛線を考える。正面にボンダールとフランツ。その脇をゴブリン兄弟のパッタとジョロが固めた。その後ろにエリーザと並んで魔王が位置する。出血の酷い哲郎は、ふらつく足取りで防衛線の最前列に立とうとしてエリーザに止められた。

「あなたが前に出ても足を引っ張るだけです。何か打開策を考えてください」
 言い方は厳しいが、一応は体の事を気遣ってくれている、とふらつく哲郎は納得するしかない。
 
 防衛線を構築すると、一行はあっという間にアンデット兵に囲まれた。それぞれの手に持った獲物で、目の前のアンデット兵を粉砕する。
 体の小さいゴブリン兄弟は、ばねの効いた足で高く跳び上がり、落下する勢いに任せてアンデット兵の頭部を粉微塵にした。
 
 ボンダールは防衛線を一歩踏み出して両手持ち剣ツーハンドソードを振るい多くのアンデット兵を吹き飛ばし、ボンダールが討ち漏らしたアンデットの頭部をフランツの直剣が狙い打つ。
 
 防衛線のメンツが、あちらこちらで骨の山を築いてゆく。―――そして始まる、アンデットの再生。

「―――ホーリー・レイン」
 何度も蘇ってくるアンデット兵の進攻に防衛線が崩れかかると、エリーザの魔法の雨が目の前のアンデット兵を跡形もなく洗い流す。
 しかしすぐに両壁に穿たれた穴から湧き出すアンデット兵によって、霊廟は埋め尽くされる。
 
 後ろを石壁に遮られ、一行の防衛線は限界まで後退していた。
「―――糞っ! キリがねえ・・・・・・」
「どう、しますか」
 頭からの出血の影響で立っていられない哲郎は、片膝を地について吐き捨てるように言った。魔法を連撃するエリーザが、呼吸を荒くして訊き返した。

「さすがに無制限はないよな。あと、何発いける?」
「・・・・・・あと1回」

「そうか、よく頑張ってくれたな」
 力ないエリーザの言葉に、哲郎は心の内を正直に伝えた。すこし驚いて見開かれたエリーザの黒瞳が、真っ直ぐに魔王の顔を映し出す。

「俺が死ねば奴隷のお前も死ぬ」
「・・・・・・はい」

「じきに防衛線は崩れる。だが、早まるな。最後の一発は、俺が合図するまで封印だ」
「何か考えがあるのですか? ま、まさか一人で逃げるつもりですか!」

「あ、あのな・・・・・・ 魔王って、どこまでも信用がないんだな」
 頭を掻いた哲郎が続ける。
「聞いてくれ、エリーザ。ちょっと良いこと思い付いちゃったのよ。俺も体力的には限界だし、この作戦がダメならゲームオーバーだ。だから、最後の力を振り絞るよ」

 立ち上がった魔王の赤い双眸が、澄んだ黒瞳を見つめた。
「合図を待っています」
「信じて待っていてくれ」

「死にたくありませんから」
「もうちょっと、言い方あるよね」

 2人は前を向いた。ふらつく魔王の体を、横に立つエリーザが自然と支える。
 防衛線は崩れかかり、怪我を負ったミロも魔王から直剣を受け取り参戦した。後方にいる戦えないメンツは身を寄せ合い、固唾をのんで戦況を見守っている。

「じゃあ、ちょっくら、飛んできますかー」
 緊張すると、ついつい口を衝いて軽口を言う癖がある。しかしその言葉とは裏腹に、魔王の体は震えていた。
 
 世界を征服した魔王が震えているなんて、格好が悪いし情けない、と哲郎は思う。その震えはエリーザにも伝わっているはずで・・・・・・。魔王の体を支えているエリーザの手に力が加わった。優しく、強く支えてくれているような感覚。まるで、恐怖する心を真っ直ぐに受け止めてくれているような感覚に、体の震えが止まった。
 
 ―――サンキュー、エリーザ
 口に出して言っても、どうせ無視される。心の中で哲郎は礼を言った。
 
 どうやって飛ぶのかは分からない。初めて飛んだ時は、落ちてくるエリーザへ必死に手を伸ばして、気が付いたら翼が生えて宙に浮かんでいた。
 
 祭壇の上に浮かぶ死霊術師ネクロマンサーを見据える。あの場所へ、と心で強く思う。目的の場所へ両手を伸ばした瞬間だった。

「―――待っています」
 気が付くと、エリーザの声を置き去りにして霊廟の中を飛んでいた。魔王の背中には猛禽を彷彿とさせる翼が生えている。

「にゃゃゃろぉーーーー!!」
 朦朧とする意識を、気力で立て直す哲郎。ぐんぐん大きくなる死霊術師ネクロマンサーの姿。

 魔王の思わぬ急接近に、素早く後方へ移動する死霊術師ネクロマンサー
「逃がさねー。喰らえええーーー、魔王パーンチ!!」
 突き出した右手を死霊術師ネクロマンサーの顔面に叩き込む―――、エリーザに後押しされた哲郎の渾身の一撃は、死霊術師ネクロマンサーの杖から展開した光の壁に弾かれた。

「ふぉ、ふぉ、ふぉ、ふぉ―――」
「―――笑えねえよ。俺じゃなく、お前がな!!」
 骨と骨を擦り合わせたような、不気味な笑い声を死霊術師ネクロマンサーは発した。
 悔しさを滲ませる表情から一転、不敵な笑みを浮かべて言った哲郎の言葉に死霊術師ネクロマンサーの頭蓋骨が傾いだ。

「冥途の土産だ。俺の可愛い奴隷に会わせてやるよ。エリーザ!!」
 哲郎の合図で詠唱に入ったエリーザの体の中心から紫色の燐光を発する鎖―――、魔道具『隷従れいじゅうの鎖』が出現した。
 隷従の鎖が真っ直ぐ伸びる先は、宙に浮かぶ魔王の体。
 魔王と王女を結ぶ隷従の鎖が可視化されると同時に、エリーザの体が眩い光に包まれる。

 一方、魔王の体の中心から突如出現した鎖を、死霊術師ネクロマンサーは驚きをもって凝視していた。そして目の前―――、正確に言えば魔王と死霊術師ネクロマンサーの間の空中に眩い光が生まれる。
 光は人の形を作り出し、瞬く間に両手を上方に掲げたエリーザが出現したのだ。驚愕する死霊術師ネクロマンサー―――、とは言っても表情はない。ただ驚きに満ちた感情が伝わってきた。

「―――迸る憎愛を以て境界を望む不浄の地に光の甘雨を」
 凛とした声音で詠唱を続けているエリーザの体を、落下する寸前で背後から抱き止める。一時は隷従の鎖を、とんだ置き見上げだと思っていた哲郎は、心のなかでズエデラに礼を言う。

「―――ホーリー・レイン、エンジェルフォーーール!」
 掲げられたエリーザの両手から眩い光が迸った。咄嗟に距離を取ろうとする死霊術師ネクロマンサーだったが、神聖魔法の使い手に距離を詰められては、もう手遅れだった。
 上方で生まれた光の雨は、降り落ちる途中から収束し、一本の滝のようになって死霊術師ネクロマンサーの体を直撃する。真っ白い光の滝に体を打たれて地面に落ち、そのまま光の中で消滅した。
 
 一か八かの『隷従れいじゅうの鎖』作戦は成功。空中に留まる2人の後方で、喜びの声が上がる。死霊術師ネクロマンサーを倒したことで、霊廟を埋め尽くしていたアンデット兵も土に還った。

「もう離してくれませんか」
「離したら落っこちちゃうよ」

「だったら下へ降りてから離してください」
「頭がクラクラして降り方がわからない」

「な!?」
がさぁ、隷従の鎖を使ってを呼び寄せたんだぜ。もう少し、このままでいいじゃんよ」

「ち、ちょっと、イヤ、離してーーー!!」
 静かになった霊廟に、エリーザの絶叫がこだました。
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みんなの感想(1件)

スパークノークス

おもしろい!
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リンゴと蜂ミッツ
2021.09.18 リンゴと蜂ミッツ

ありがとうございます_(._.)_

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