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2004年12月中旬の都内某所。
日曜の肌寒い昼下がり、マンション6階のベランダから、1人の少年が部屋の中へ駆け込んでいった。
「パパ!パパ!」
少年はリビングで呑んでいた父親の元へ走り寄った。
「パパ!ベランダの天井にお金みたいな物があるよ!」
父親は5本目の缶ビールが終わりかけていた。
「あ?ベランダの天井にカネ?何言ってんだ?」
「お札みたいな紙がね、挟まってるんだよ!」
父親は持っていたビールを飲み干し、鼻で笑った。
「フン…そりゃゴミか何かがお金に見えてるだけだろう」
「違うよ!あれは絶対お金だよ!」
失笑した父親に少年は少しムッとした。
「わかったわかった、見てやるよ。デカい虫とかだったら殺さなきゃあなんねーからな」
父親は気怠そうに立ち上がり、少年を連れてベランダへ歩いていった。
「ほら、あそこ!」
少年が指差した先には、雨樋と天井の隙間に刺さるように挟まった紙幣のような物が少しだけ見えていた。
「ほぉ…確かに金に見えるな。つーかどうやったらあんな所に挟まるんだ?」
父親は足元にあったコンテナに乗り、ベランダの柵へ片足を乗せて近づいた。
「おいおい本物かこりゃ…いつからここにあるんだ?しかも折ってあるぞ。…ってことは、誰かがわざわざここに挟んだってことなのか?」
父親は柱に手を当て、ゆっくりと柵の上に立ち始めた。
「おぉ危ねぇ…でも間違いねえ、こりゃホンモノの万札だよ。しかも3枚くらい重なってるぞ。…一体誰が、いつ何の為にこんな所に置いたんだ?」
すると少年はコンテナに登り、父親に囁いた。
「ボクだよ」
「………?」
父親はキョトンとして少年を見た。
「なんだって?」
ドンッ!!
その瞬間少年が両手で思い切り父親を突き飛ばすと、父親の身体は勢いよくベランダの外へ飛び出した。
「なッ!? ウッ…!ウワアアアァーッ!!!」
ーーーーー・・・
ドグシャッ…
マンションの下から鈍い音が響き渡った。
「パパを落とすためだよ」
そう言って近くに垂れていた細い糸を引っ張ると、上からポトリと紙幣が落ちてきた。
「仕掛けるの苦労したんだ。さようならパパ」
少年は紙幣を拾って部屋へ戻ると、父親の携帯を使って電話を掛けた。
「大変だよママ!パパがベランダから落ちちゃった!」
少年は電話を切るとベランダへ出て下を覗き込み、血の中で動かなくなっている父親をしばらく見つめていた。
酒を飲んで母親に暴力を振るう父親などいらない。
父親とは家庭に安心を与える存在であるべきだ。
この父親がいなくなることは家庭にとって平穏をもたらすものであり、家庭の平穏は自分の平穏でもある。それは自分の成長の過程に弊害がなくなったということだ。
少年はそう考えていた。
マンションの下に人が集まり始めると、少年は部屋に入って母親の帰りを待った。
少年の名はジュンといった。
その後マンションは物々しい雰囲気となり、サイレンと共にパトカーと救急車が駆け付け、警察による現場検証が行われた。
検死の結果、遺体からはアルコールの検出、転落前の部屋には子供と父親のみ、そして子供の証言などから、「被害者は酔ってベランダの柵に登り、足を滑らせて転落死」という結論に至った。
後日のニュースでは、「マンションで起こった悲しい事故」としてセンセーショナルに報じられたが、その事故が人々の記憶から消えていくのに時間はかからなかった。
ーそれから10年の月日が流れたー
「人間は人間が生きる為に、地球上のあらゆる物を犠牲にしている。そんな人間の過誤も自然の摂理というならば、人類は必然的に絶滅するだろう」
高校3年、夏休みの課題である作文の最後を、ジュンはそう締めくくった。
「ジュン~、ご飯できたわよー」
母親の声が聞こえると、ジュンは作文を閉じて台所へ向かった。
ーガチャリ
「あら、一回呼んだだけで来るなんて珍しいじゃない。誕生日おめでとうジュン。ハンバーグ作ったわよ。あとでケーキもあるからね」
今日はジュンの誕生日であった。
「うん、ありがとう」
少年はチラリと料理を見た。
「バランスが悪いよ母さん。肉と野菜は1対2にしてっていつも言ってるじゃないか」
「ふふ…そう言うと思って、ハンバーグに玉ねぎをたくさん入れたわよ。だから1対2みたいなものなの」
ジュンは小さくため息をつきながら椅子に座った。
「合挽きされてる肉は好きじゃないんだ。あと野菜にはドレッシングはいらない。トマトにも塩やマヨネーズはいらないから」
「はいはいわかってます。合い挽き肉はちゃんと家で作ったものです。相変わらずねぇ。なんでそんなになっちゃったのかしら…」
今度は母親がため息混じりに言った。
「食材を食べたいんだよ。食品や調味料は薬の味がするんだ」
「はいはいそれもわかってます。野菜は無農薬でケーキは手作りですよ」
「ありがとう母さん。来月は母さんの誕生日だよね。プレゼントに靴を買ってあげるよ」
「えっ?どうしたの急に…あんたがそんなことしてくれるなんて初めてじゃないの」
「たいした物じゃないから気にしなくていいよ」
……
母さんが今気に入っているあの靴…
あのカツカツという音がとてもストレスなんだ。
だからスニーカーを買ってあげるよ…
ジュンは晩御飯を食べ終わると、ケーキを持って部屋へ戻っていった。
ーーー
今日で18…
やっと18歳か…
最初は自分が特別だとは思わなかった。
学校の授業や友達との会話がとてもつまらないのは、周りがおかしいのではなく自分が異常なんだと思っていた。
教科書に書いてある事を改めて黒板で説明する事に、一体何の意味があるのか?
昨日のテレビを友達同士で掘り下げる事に、一体何の生産性があるのか?
そう思う自分がおかしいのだと思っていた。
そう思えば思うほど、僕は孤立していった。
でもテストで100点を取るたびに、周りは僕を褒めてくる。
全国模試で1位と発表されると、僕を特別な目で見てくる。
先生も、親も、友達も、友達の親さえも。
逆に、周りはなぜこんな問題が解けないのか。
なぜこんな事が記憶できていないのか。
特別な目で見ていたのは僕の方だった。
でもある時わかった。
他の人間が劣っているんじゃない。
僕が圧倒的に優秀だったんだ。
ガリレオ、アインシュタイン、ニュートン。
歴史上で天才といわれている人物たちと、僕の挙動はとても似ている。
数分が限界といわれる幼児期の集中力を、僕は20時間以上維持することができていた。
絵本にパズル、クイズに知育教材まで、一日中続けられた。
そして強い好奇心と探究心。
初めて見る物から当たり前にある物まで、見る物全てに興味を持ち、それが何で、何のためにあるのかを追求し続けた。国外のニュースや討論を理解したくなった時期も、気がつけば7ヶ国語を覚えていた。
さらに突出した記憶力。
僕は目で見た物を写真のように記憶できる。どんな分厚い本だろうと、その全てのページを写真のように記憶しておくことができる。瞬間記憶能力、カメラアイといわれる才能だ。
そう、僕は類稀なる才能を持ち、凡人を圧倒的に凌駕して生まれてきた人間なんだ。
そして理由があるはずだ。
この時代にこの才能を持って生まれてきた大きな理由が。
決して哲学的な理由ではない。
何か決定的な事のために僕は生まれてきたはずだ。
それが何なのかはまだわからない。
今は自分ができる目の前の事をやっていくだけだ。
日曜の肌寒い昼下がり、マンション6階のベランダから、1人の少年が部屋の中へ駆け込んでいった。
「パパ!パパ!」
少年はリビングで呑んでいた父親の元へ走り寄った。
「パパ!ベランダの天井にお金みたいな物があるよ!」
父親は5本目の缶ビールが終わりかけていた。
「あ?ベランダの天井にカネ?何言ってんだ?」
「お札みたいな紙がね、挟まってるんだよ!」
父親は持っていたビールを飲み干し、鼻で笑った。
「フン…そりゃゴミか何かがお金に見えてるだけだろう」
「違うよ!あれは絶対お金だよ!」
失笑した父親に少年は少しムッとした。
「わかったわかった、見てやるよ。デカい虫とかだったら殺さなきゃあなんねーからな」
父親は気怠そうに立ち上がり、少年を連れてベランダへ歩いていった。
「ほら、あそこ!」
少年が指差した先には、雨樋と天井の隙間に刺さるように挟まった紙幣のような物が少しだけ見えていた。
「ほぉ…確かに金に見えるな。つーかどうやったらあんな所に挟まるんだ?」
父親は足元にあったコンテナに乗り、ベランダの柵へ片足を乗せて近づいた。
「おいおい本物かこりゃ…いつからここにあるんだ?しかも折ってあるぞ。…ってことは、誰かがわざわざここに挟んだってことなのか?」
父親は柱に手を当て、ゆっくりと柵の上に立ち始めた。
「おぉ危ねぇ…でも間違いねえ、こりゃホンモノの万札だよ。しかも3枚くらい重なってるぞ。…一体誰が、いつ何の為にこんな所に置いたんだ?」
すると少年はコンテナに登り、父親に囁いた。
「ボクだよ」
「………?」
父親はキョトンとして少年を見た。
「なんだって?」
ドンッ!!
その瞬間少年が両手で思い切り父親を突き飛ばすと、父親の身体は勢いよくベランダの外へ飛び出した。
「なッ!? ウッ…!ウワアアアァーッ!!!」
ーーーーー・・・
ドグシャッ…
マンションの下から鈍い音が響き渡った。
「パパを落とすためだよ」
そう言って近くに垂れていた細い糸を引っ張ると、上からポトリと紙幣が落ちてきた。
「仕掛けるの苦労したんだ。さようならパパ」
少年は紙幣を拾って部屋へ戻ると、父親の携帯を使って電話を掛けた。
「大変だよママ!パパがベランダから落ちちゃった!」
少年は電話を切るとベランダへ出て下を覗き込み、血の中で動かなくなっている父親をしばらく見つめていた。
酒を飲んで母親に暴力を振るう父親などいらない。
父親とは家庭に安心を与える存在であるべきだ。
この父親がいなくなることは家庭にとって平穏をもたらすものであり、家庭の平穏は自分の平穏でもある。それは自分の成長の過程に弊害がなくなったということだ。
少年はそう考えていた。
マンションの下に人が集まり始めると、少年は部屋に入って母親の帰りを待った。
少年の名はジュンといった。
その後マンションは物々しい雰囲気となり、サイレンと共にパトカーと救急車が駆け付け、警察による現場検証が行われた。
検死の結果、遺体からはアルコールの検出、転落前の部屋には子供と父親のみ、そして子供の証言などから、「被害者は酔ってベランダの柵に登り、足を滑らせて転落死」という結論に至った。
後日のニュースでは、「マンションで起こった悲しい事故」としてセンセーショナルに報じられたが、その事故が人々の記憶から消えていくのに時間はかからなかった。
ーそれから10年の月日が流れたー
「人間は人間が生きる為に、地球上のあらゆる物を犠牲にしている。そんな人間の過誤も自然の摂理というならば、人類は必然的に絶滅するだろう」
高校3年、夏休みの課題である作文の最後を、ジュンはそう締めくくった。
「ジュン~、ご飯できたわよー」
母親の声が聞こえると、ジュンは作文を閉じて台所へ向かった。
ーガチャリ
「あら、一回呼んだだけで来るなんて珍しいじゃない。誕生日おめでとうジュン。ハンバーグ作ったわよ。あとでケーキもあるからね」
今日はジュンの誕生日であった。
「うん、ありがとう」
少年はチラリと料理を見た。
「バランスが悪いよ母さん。肉と野菜は1対2にしてっていつも言ってるじゃないか」
「ふふ…そう言うと思って、ハンバーグに玉ねぎをたくさん入れたわよ。だから1対2みたいなものなの」
ジュンは小さくため息をつきながら椅子に座った。
「合挽きされてる肉は好きじゃないんだ。あと野菜にはドレッシングはいらない。トマトにも塩やマヨネーズはいらないから」
「はいはいわかってます。合い挽き肉はちゃんと家で作ったものです。相変わらずねぇ。なんでそんなになっちゃったのかしら…」
今度は母親がため息混じりに言った。
「食材を食べたいんだよ。食品や調味料は薬の味がするんだ」
「はいはいそれもわかってます。野菜は無農薬でケーキは手作りですよ」
「ありがとう母さん。来月は母さんの誕生日だよね。プレゼントに靴を買ってあげるよ」
「えっ?どうしたの急に…あんたがそんなことしてくれるなんて初めてじゃないの」
「たいした物じゃないから気にしなくていいよ」
……
母さんが今気に入っているあの靴…
あのカツカツという音がとてもストレスなんだ。
だからスニーカーを買ってあげるよ…
ジュンは晩御飯を食べ終わると、ケーキを持って部屋へ戻っていった。
ーーー
今日で18…
やっと18歳か…
最初は自分が特別だとは思わなかった。
学校の授業や友達との会話がとてもつまらないのは、周りがおかしいのではなく自分が異常なんだと思っていた。
教科書に書いてある事を改めて黒板で説明する事に、一体何の意味があるのか?
昨日のテレビを友達同士で掘り下げる事に、一体何の生産性があるのか?
そう思う自分がおかしいのだと思っていた。
そう思えば思うほど、僕は孤立していった。
でもテストで100点を取るたびに、周りは僕を褒めてくる。
全国模試で1位と発表されると、僕を特別な目で見てくる。
先生も、親も、友達も、友達の親さえも。
逆に、周りはなぜこんな問題が解けないのか。
なぜこんな事が記憶できていないのか。
特別な目で見ていたのは僕の方だった。
でもある時わかった。
他の人間が劣っているんじゃない。
僕が圧倒的に優秀だったんだ。
ガリレオ、アインシュタイン、ニュートン。
歴史上で天才といわれている人物たちと、僕の挙動はとても似ている。
数分が限界といわれる幼児期の集中力を、僕は20時間以上維持することができていた。
絵本にパズル、クイズに知育教材まで、一日中続けられた。
そして強い好奇心と探究心。
初めて見る物から当たり前にある物まで、見る物全てに興味を持ち、それが何で、何のためにあるのかを追求し続けた。国外のニュースや討論を理解したくなった時期も、気がつけば7ヶ国語を覚えていた。
さらに突出した記憶力。
僕は目で見た物を写真のように記憶できる。どんな分厚い本だろうと、その全てのページを写真のように記憶しておくことができる。瞬間記憶能力、カメラアイといわれる才能だ。
そう、僕は類稀なる才能を持ち、凡人を圧倒的に凌駕して生まれてきた人間なんだ。
そして理由があるはずだ。
この時代にこの才能を持って生まれてきた大きな理由が。
決して哲学的な理由ではない。
何か決定的な事のために僕は生まれてきたはずだ。
それが何なのかはまだわからない。
今は自分ができる目の前の事をやっていくだけだ。
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