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5話
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ーコンコン
ーガチャリ
美子が呆然としているとドアがノックされ、美子の弟が入ってきた。
「おかえりねーちゃん。これ面白かったよ。最後まで全く犯人がわからなかった。どこに戻しとけばいい?」
小学6年の弟が、美子から借りて読んでいた本を返しに来たのだった。
「え?あぁ…真ん中の1番下に入れといて…」
ーーーーー
大橋美子は1987年9月10日に生まれ、ごく平凡な家庭で育てられた。
よく笑う愛想の良い女の子として親にも周りにも可愛がられ、大切に育てられていた子供であった。
学校に入ってからは成績は普通だったが、愛想の良さと明るく気さくな性格で、人が寄ってくるタイプの人間に成長していた。
そして10歳の頃、たまたま家で観ていたミステリー映画で推理モノを好きになり、推理小説ばかりを読むようになった。
18歳になるまでに映画と本を合わせて900を超える作品を鑑賞し、気に入った小説やDVDは部屋にある3つの本棚に分けて置くようになっていた。
本棚はジャンル別で分けられており、殺人のないミステリー、殺人ミステリー、倒叙式(最初から読み手に犯人を見せている作品)の3つに分けられていた。
変化があったのは15歳の頃。
ある日いつものように推理小説を読んでいると、突然脳裏にそれまで既読した人物の言動が断片的に再生され、犯人が誰なのかわかってしまった。
その後、他の作品でも物語が後半辺りに差し掛かると、それまでのセリフや行動がカメラのフラッシュを焚いた様に連続で映し出され、頭の中で犯人を特定してしまうという現象が続き始めた。それは映画でも同じであった。
この記憶の再生はフラッシュバルブという現象だったが、美子自身はその存在を知らず、なぜそんなことが起こるのかもわかっていなかった。
本来フラッシュバルブは、心に刻まれるレベルの強烈な映像や言葉だけが脳裏に焼き付く。しかし美子は無意識のうちに登場人物の言動を脳裏に焼き付かせ、文脈の僅かな乱れから犯人を特定させるということを無意識下で行っていたのだ。
これは推理小説への集中力で開花したものなのか、もともとの才能なのかはわからない。
ただ、全ての作品の犯人が分かるわけではなかった。
作品の2割ほどはフラッシュバルブが起きないまま鑑賞し、フラッシュバルブが起きても2割ほどはハズれていた。
もともと推理小説とは読み手に犯人がわからないよう描写されているのは当然であり、ヒントとなる予定調和や小さな伏線は作者の技術によって確実に隠蔽されている。解決までは整合性を保ちながら物語が進行されていくが、後半までに手掛かりが全て示されている場合、美子のフラッシュバルブは高確率で起きる。
これは物語とは関係のない、小説を書く作者の癖のようなものも汲み取られており、犯人を隠そうとする行為そのものが美子の中で犯人を可視化させている特殊な能力であった。
しかし美子本人にはその能力の自覚はなく、なぜ起こるのかが全くわかっていない。そのためフラッシュバルブを嫌がって倒叙式の小説ばかりを読むようになっていた。
フラッシュバルブという存在を知らなかった美子は、この現象をフラッシュと呼ぶようになった。
ーーーーー
「本も映画も観ていないのにフラッシュが起きるなんて初めてのことだわ…そして私は今、ジュン君が犯人だと疑い始めている!…でも100%じゃない。彼がみんなを殺す理由なんてない…確かめなくては…」
ー翌日。
美子は遺体が発見されたそれぞれの場所へ行ってみることにした。
何でもいい。彼が犯人である証拠、もしくは犯人ではない証拠を見つけるためであった。
竹内真が発見された工場には入れないため、美子は残りの4人の現場をとりあえず調べることにした。
1件目の石井涼子の現場に着くと、まずは周辺を見渡した。
「街灯も監視カメラもない…夜はほぼ真っ暗ね。石井涼子…こんな所を歩いて一体どこに行こうとしてたの… 」
美子は足を踏み外したと思われる歩道脇の溝を見た。
「溝の深さは30㎝ほど…水は10㎝ほど溜まってる。彼は『あんな段差』と言った。あれは遺族を説得するためにわざと出した言葉とは思えない。自分の記憶から引き出したニュアンス…そうじゃなければ私のフラッシュは起こらないはず」
現場から一番近い家は100mほど離れていた。美子は念のため訪問したが有力な情報は得られなかった。
その後、松木典子、成田遼一の現場を調べ歩いたが、街灯も監視カメラもないという以外の決定的な情報は得られなかった。
そして15時頃、最後である真鍋一希の現場へ辿り着いた。
真鍋一希は橋の真下で発見されており、警察の調査では橋からの転落ではなく下の土手沿いからの転落ということであった。
美子は少し離れた場所にある土手へ降りることができるスロープから、橋の真下まで自転車で降りていた。
「うわ…なんて汚い川なの…ここは不法投棄の温床ね。こんなに不法投棄されてるのに、なんでカメラをつけないのかしら?」」
美子は現場周辺を見渡していた。
「警察の言う通り、橋の真下で見つかったということはこの土手沿いからの転落。彼は土手沿いを走っていた。こんな暗い場所へ何をしに…?」
美子はスロープを登り、橋の上からも見てみようと自転車を走らせた。
「あっ!」
橋に近づいたその時、美子は何かに気がついた。
「あれって、もしかして…」
美子は自転車のスピードを上げてそれに近づいた。
「やっぱり…間違いないわ。これをどうにかして確認しないと…」
美子はメモ用紙に何かを書き込み、早々と走り去っていった。
ー2日後。
「はぁ…。全く証拠にはならない物だけど、もうこれで問い詰めながら矛盾を見つけていくしかないわね…。でもジュン君の家でそれらしき何かが見つかれば、核心に迫ることができるかもしれない。そしてもし彼が犯人なら、聞いてみたい…なぜ殺さなければならなかったのかを…」
美子は今日、ジュンの家で会う約束をしていた。
そして5人を殺したのはジュンではないかと問い詰めるつもりでいた。
親しい仲でもない自分を家になど入れないとわかっていた美子は、嘆願書のこと、そして勉強も教えてもらいたいとしつこく迫り、さらに教室で話し掛けると脅し、ついにジュンの家に入れてもらえることとなった。
午前中は図書館に居るというジュンを、美子は少し離れた場所で出てくるのを待っていた。
「でも本当にジュン君が犯人だったら、私殺されちゃうわね…5人も6人も一緒だもの…。あ、お母さんがいるかもしれないし大丈夫かな。いざとなったらなんとかなるかもしれないし…」
不思議と美子に恐怖はなかった。
ー小説でも謎を解いた主人公は死んでいないー
そんな陳腐な理由が、無意識に美子を後押ししていた。
そして15分ほど経った頃、図書館からジュンが出てくるのが見えた。
「ジュン君!」
美子は明るくジュンの名を呼んだ。
「ああ、大橋さんもう来てたんだ。じゃ行こうか。あと前にも言ったけど、約束だよ。嘆願書の話5分、勉強55分、合計1時間。それで君は帰る。わかってるね?」
「わかってるって。私も用事あるから」
そうして2人はジュンの家へ向かった。
ジュンは昔のまま、マンションの6階に住んでいた。
図書館からは10分ほどの距離であった。
ーガチャリ
マンションに着いて玄関を開けると、ジュンは足元を見て不思議そうに呟いた。
「あれ?母さんがいないな。あ…そういえば近所のおばさんと出掛けるって昨日言ってたっけ」
「え、お母さん、いないの…?」
「うん、靴がないから。どうかした?」
「え?ううん、何でもない。いないんだーと思って…。あ、お邪魔しまーす」
……
お母さんはいないのか…
せっかく日曜日を選んだのに…
美子は少しだけ不安になった。
ーガチャリ
美子が呆然としているとドアがノックされ、美子の弟が入ってきた。
「おかえりねーちゃん。これ面白かったよ。最後まで全く犯人がわからなかった。どこに戻しとけばいい?」
小学6年の弟が、美子から借りて読んでいた本を返しに来たのだった。
「え?あぁ…真ん中の1番下に入れといて…」
ーーーーー
大橋美子は1987年9月10日に生まれ、ごく平凡な家庭で育てられた。
よく笑う愛想の良い女の子として親にも周りにも可愛がられ、大切に育てられていた子供であった。
学校に入ってからは成績は普通だったが、愛想の良さと明るく気さくな性格で、人が寄ってくるタイプの人間に成長していた。
そして10歳の頃、たまたま家で観ていたミステリー映画で推理モノを好きになり、推理小説ばかりを読むようになった。
18歳になるまでに映画と本を合わせて900を超える作品を鑑賞し、気に入った小説やDVDは部屋にある3つの本棚に分けて置くようになっていた。
本棚はジャンル別で分けられており、殺人のないミステリー、殺人ミステリー、倒叙式(最初から読み手に犯人を見せている作品)の3つに分けられていた。
変化があったのは15歳の頃。
ある日いつものように推理小説を読んでいると、突然脳裏にそれまで既読した人物の言動が断片的に再生され、犯人が誰なのかわかってしまった。
その後、他の作品でも物語が後半辺りに差し掛かると、それまでのセリフや行動がカメラのフラッシュを焚いた様に連続で映し出され、頭の中で犯人を特定してしまうという現象が続き始めた。それは映画でも同じであった。
この記憶の再生はフラッシュバルブという現象だったが、美子自身はその存在を知らず、なぜそんなことが起こるのかもわかっていなかった。
本来フラッシュバルブは、心に刻まれるレベルの強烈な映像や言葉だけが脳裏に焼き付く。しかし美子は無意識のうちに登場人物の言動を脳裏に焼き付かせ、文脈の僅かな乱れから犯人を特定させるということを無意識下で行っていたのだ。
これは推理小説への集中力で開花したものなのか、もともとの才能なのかはわからない。
ただ、全ての作品の犯人が分かるわけではなかった。
作品の2割ほどはフラッシュバルブが起きないまま鑑賞し、フラッシュバルブが起きても2割ほどはハズれていた。
もともと推理小説とは読み手に犯人がわからないよう描写されているのは当然であり、ヒントとなる予定調和や小さな伏線は作者の技術によって確実に隠蔽されている。解決までは整合性を保ちながら物語が進行されていくが、後半までに手掛かりが全て示されている場合、美子のフラッシュバルブは高確率で起きる。
これは物語とは関係のない、小説を書く作者の癖のようなものも汲み取られており、犯人を隠そうとする行為そのものが美子の中で犯人を可視化させている特殊な能力であった。
しかし美子本人にはその能力の自覚はなく、なぜ起こるのかが全くわかっていない。そのためフラッシュバルブを嫌がって倒叙式の小説ばかりを読むようになっていた。
フラッシュバルブという存在を知らなかった美子は、この現象をフラッシュと呼ぶようになった。
ーーーーー
「本も映画も観ていないのにフラッシュが起きるなんて初めてのことだわ…そして私は今、ジュン君が犯人だと疑い始めている!…でも100%じゃない。彼がみんなを殺す理由なんてない…確かめなくては…」
ー翌日。
美子は遺体が発見されたそれぞれの場所へ行ってみることにした。
何でもいい。彼が犯人である証拠、もしくは犯人ではない証拠を見つけるためであった。
竹内真が発見された工場には入れないため、美子は残りの4人の現場をとりあえず調べることにした。
1件目の石井涼子の現場に着くと、まずは周辺を見渡した。
「街灯も監視カメラもない…夜はほぼ真っ暗ね。石井涼子…こんな所を歩いて一体どこに行こうとしてたの… 」
美子は足を踏み外したと思われる歩道脇の溝を見た。
「溝の深さは30㎝ほど…水は10㎝ほど溜まってる。彼は『あんな段差』と言った。あれは遺族を説得するためにわざと出した言葉とは思えない。自分の記憶から引き出したニュアンス…そうじゃなければ私のフラッシュは起こらないはず」
現場から一番近い家は100mほど離れていた。美子は念のため訪問したが有力な情報は得られなかった。
その後、松木典子、成田遼一の現場を調べ歩いたが、街灯も監視カメラもないという以外の決定的な情報は得られなかった。
そして15時頃、最後である真鍋一希の現場へ辿り着いた。
真鍋一希は橋の真下で発見されており、警察の調査では橋からの転落ではなく下の土手沿いからの転落ということであった。
美子は少し離れた場所にある土手へ降りることができるスロープから、橋の真下まで自転車で降りていた。
「うわ…なんて汚い川なの…ここは不法投棄の温床ね。こんなに不法投棄されてるのに、なんでカメラをつけないのかしら?」」
美子は現場周辺を見渡していた。
「警察の言う通り、橋の真下で見つかったということはこの土手沿いからの転落。彼は土手沿いを走っていた。こんな暗い場所へ何をしに…?」
美子はスロープを登り、橋の上からも見てみようと自転車を走らせた。
「あっ!」
橋に近づいたその時、美子は何かに気がついた。
「あれって、もしかして…」
美子は自転車のスピードを上げてそれに近づいた。
「やっぱり…間違いないわ。これをどうにかして確認しないと…」
美子はメモ用紙に何かを書き込み、早々と走り去っていった。
ー2日後。
「はぁ…。全く証拠にはならない物だけど、もうこれで問い詰めながら矛盾を見つけていくしかないわね…。でもジュン君の家でそれらしき何かが見つかれば、核心に迫ることができるかもしれない。そしてもし彼が犯人なら、聞いてみたい…なぜ殺さなければならなかったのかを…」
美子は今日、ジュンの家で会う約束をしていた。
そして5人を殺したのはジュンではないかと問い詰めるつもりでいた。
親しい仲でもない自分を家になど入れないとわかっていた美子は、嘆願書のこと、そして勉強も教えてもらいたいとしつこく迫り、さらに教室で話し掛けると脅し、ついにジュンの家に入れてもらえることとなった。
午前中は図書館に居るというジュンを、美子は少し離れた場所で出てくるのを待っていた。
「でも本当にジュン君が犯人だったら、私殺されちゃうわね…5人も6人も一緒だもの…。あ、お母さんがいるかもしれないし大丈夫かな。いざとなったらなんとかなるかもしれないし…」
不思議と美子に恐怖はなかった。
ー小説でも謎を解いた主人公は死んでいないー
そんな陳腐な理由が、無意識に美子を後押ししていた。
そして15分ほど経った頃、図書館からジュンが出てくるのが見えた。
「ジュン君!」
美子は明るくジュンの名を呼んだ。
「ああ、大橋さんもう来てたんだ。じゃ行こうか。あと前にも言ったけど、約束だよ。嘆願書の話5分、勉強55分、合計1時間。それで君は帰る。わかってるね?」
「わかってるって。私も用事あるから」
そうして2人はジュンの家へ向かった。
ジュンは昔のまま、マンションの6階に住んでいた。
図書館からは10分ほどの距離であった。
ーガチャリ
マンションに着いて玄関を開けると、ジュンは足元を見て不思議そうに呟いた。
「あれ?母さんがいないな。あ…そういえば近所のおばさんと出掛けるって昨日言ってたっけ」
「え、お母さん、いないの…?」
「うん、靴がないから。どうかした?」
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