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後編
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「先生、新堂先生」
私を呼ぶ声に目を覚ました。
目を開けると、田村が目の前に見えた。
「田村…?」
……ハッ!
「鬼は!?稔はどうなったんだ!」
「落ち着いて下さい先生。ここは病院です。帰宅した母が救急車を呼んで、3人とも運ばれたんです。起こす気はなかったんですが、凄くうなされてたので…」
「病院…」
「私も先生も軽傷です。でも先生の左手首は挫傷してるらしくて、完治にはちょっと時間がかかるらしいです。兄はまだ手当てしてますが、命に別状はないと言っていました。母は家事があるのでもう帰りましたが、先生にお大事にと…」
「そうだったのか…稔君は完全に元に戻っているのか?」
「はい。先生が倒れた後、私が駆け寄ると兄の顔も普通に戻っていて、ここに運ばれるまでも妙なことは起こりませんでした」
「そうか…」
「先生、あの部屋で起こったことは一体何だったんですか?」
「ああ、おそらくだが原因はわかったよ。稔君が切ったのは神木と呼ばれる木だ」
私は鬼が災禍を振り撒いていたことを詳しく説明した。
一部始終を目撃し体験した田村は、疑うことなく私の話を素直に信じてくれていた。
「昔話に出てくるあの伝説の生き物が実在していたなんて…でも先生、どうやって鬼を鎮めたんですか?気を失う前、手首を切ってましたよね?あれは何か理由がーー」
ーコンコン
ーガチャリ
田村が話している最中、看護婦が入ってきた。
「新堂さん、気分はいかがですか?」
私は体を起こして笑顔を作った。
「お陰様で大丈夫です。色々とありがとうございました」
「院長が驚いてましたよ。Rh nullの血液型の人を初めて見たって。世界に数十人しかいないらしいですよ」
「Rh null?…そういえば子供の頃、祖父に珍しい血液だと言われたことがありましたが…」
「新堂さんの血液は"黄金の血"と呼ばれいて、抗原を一切持っていない血なんです。ですから誰にでも輸血できるんですよ。でも新堂さんに輸血できるのは同じRh nullだけです。新堂さんは手首を切ってたので危なかったんですよ?あなたと同じ血液なんてこの病院にはないですからね」
「そうですか…すみません。…田村、すぐに救急車を呼んでくれたお母さんに感謝だな」
「はい!」
田村が笑顔で応えた。
「じゃあ新堂さん、今日退院できると思いますので、後でまた来ますね」
「はい、お願いします」
そう言うと看護婦は私の点滴を確認して部屋を出て行った。
「でも、先生の血液がそんなに希少だったなんて…それを知ってるのに、なんで手首を切ったんですか?」
「私にもわからないんだ。ただ気を失いそうになった時、祖父の言葉が脳裏を走ってな」
"お前の血はさやけしの血。明鏡止水の血じゃ。邪気や物の怪の存在を調伏するじゃろう"
「そしたら無意識に手を…」
「そうだったんですか…黄金の血…先生の血は魔物を退治できる血でもあったんですね…」
「そうだったのかもしれんな」
「でも、鬼はどうなったんでしょう?」
「私にもわからない。稔君から去っていったのは間違いないと思うが、消え去ってはいないだろう。禍とは常に日常に潜んでいるものだ。人は生きていると、ちょっとしたことでケガをする。最悪命に関わる様な事故に巻き込まれたりと、時に大きな災難に見舞われる。社会のルールを守っていても、傷つかないとは限らない。それが禍というものだ。禍がある以上は鬼がいる。だが無病息災の祈願として鬼を祭っている地域もある。禍を運んでくるのも鬼、払ってくれるのもまた鬼ということだ。良い意味でも悪い意味でも、鬼は力のある者として扱われているんだ」
「鬼に撒かれる禍…でも怖いですね。普通に生きてるだけでいつどこでケガするかわからないなんて。鬼は適当に禍を振り撒いてるんでしょうか?」
「いや、運ではない。禍が降り掛かるのは禁忌を破った時だけだ」
「禁忌?」
「ああ。禁忌とは昔からやってはいけないと言われている事柄だ。今も身近で言われてるものと言えば、夜に爪を切る、茶碗に箸を立てる、夜に靴をおろすなど他にも沢山あるが、それらは破ると禍を招くと言われている禁忌だ。どんな禍が降り掛かるのかは誰にもわからないが、大きいものには前兆があると言われている。黒猫が横切る、鏡や食器が割れる、物が落ちるなど、古くからまことしやかに囁かれているものだ。兆しでもあり警告でもあるのだろう」
「あ、それは私も聞いたことあります。鼻緒が切れるっていうのもありますよね。じゃあ古くからの言い伝えって、意味があるものだったんですね」
「私が思うに、おそらく禁忌は無数に存在している。普段は全く気にかけない行為でも、実は禁忌だったりするのかもしれない。例えば虫を殺すことや、身に付けている服の色やアクセサリーなんかも禁忌に掛かっているのかもしれない。禁忌や禍は目に見えない概念だが、私達は常にその禍を受けながら生きているかもしれないんだ」
「はぁ…考え出したらキリがないですね。でも先生、禁忌というものがあるなら、その反対もあるんじゃないですか?例えばある行いや身に付けるもので、起こるはずの禍が消滅する…みたいな。あっても良いと思いませんか?」
「そうだな。良いこと言うじゃないか田村。私もあると思うよ」
「ふふふ…。あ、それより先生、この度はありがとうございました。ケガまでさせてしまってすみません」
「気にしなくていい。おかけで私も今まで信じてなかったものを信じれるようになった。そして切られた神木は神社の裏に新たに祭らないとな。いつか祖父がいなくなっても、私は神社と神木を管理していくつもりだ」
「はい。私にも何か手伝わせてください。お礼もしたいですし、これも何かの縁かもしれないですしね」
「ああ、その時は是非お願いするよ」
田村は私にペコリと頭を下げた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
………
「どうだい坊や。…怖かったかい?」
「う…うん。少しだけ怖かったけど、みんな死ななくてよかった。あ!おじいちゃん、だからさっき梯子の下を潜るなって言ったんだね!」
「ふふ…よく知ってるの。その通りじゃ。梯子の下を潜るのは不吉と言われてるからの…」
「うん…お話の神木はどうなったの?」
「今はこの神社の裏にある一番大きな木を神木として祭ってある。…これから一緒に見に行ってみるか?」
「うん!」
夕方の心地よい微風が、神社の境内に吹き込んでいた。
私を呼ぶ声に目を覚ました。
目を開けると、田村が目の前に見えた。
「田村…?」
……ハッ!
「鬼は!?稔はどうなったんだ!」
「落ち着いて下さい先生。ここは病院です。帰宅した母が救急車を呼んで、3人とも運ばれたんです。起こす気はなかったんですが、凄くうなされてたので…」
「病院…」
「私も先生も軽傷です。でも先生の左手首は挫傷してるらしくて、完治にはちょっと時間がかかるらしいです。兄はまだ手当てしてますが、命に別状はないと言っていました。母は家事があるのでもう帰りましたが、先生にお大事にと…」
「そうだったのか…稔君は完全に元に戻っているのか?」
「はい。先生が倒れた後、私が駆け寄ると兄の顔も普通に戻っていて、ここに運ばれるまでも妙なことは起こりませんでした」
「そうか…」
「先生、あの部屋で起こったことは一体何だったんですか?」
「ああ、おそらくだが原因はわかったよ。稔君が切ったのは神木と呼ばれる木だ」
私は鬼が災禍を振り撒いていたことを詳しく説明した。
一部始終を目撃し体験した田村は、疑うことなく私の話を素直に信じてくれていた。
「昔話に出てくるあの伝説の生き物が実在していたなんて…でも先生、どうやって鬼を鎮めたんですか?気を失う前、手首を切ってましたよね?あれは何か理由がーー」
ーコンコン
ーガチャリ
田村が話している最中、看護婦が入ってきた。
「新堂さん、気分はいかがですか?」
私は体を起こして笑顔を作った。
「お陰様で大丈夫です。色々とありがとうございました」
「院長が驚いてましたよ。Rh nullの血液型の人を初めて見たって。世界に数十人しかいないらしいですよ」
「Rh null?…そういえば子供の頃、祖父に珍しい血液だと言われたことがありましたが…」
「新堂さんの血液は"黄金の血"と呼ばれいて、抗原を一切持っていない血なんです。ですから誰にでも輸血できるんですよ。でも新堂さんに輸血できるのは同じRh nullだけです。新堂さんは手首を切ってたので危なかったんですよ?あなたと同じ血液なんてこの病院にはないですからね」
「そうですか…すみません。…田村、すぐに救急車を呼んでくれたお母さんに感謝だな」
「はい!」
田村が笑顔で応えた。
「じゃあ新堂さん、今日退院できると思いますので、後でまた来ますね」
「はい、お願いします」
そう言うと看護婦は私の点滴を確認して部屋を出て行った。
「でも、先生の血液がそんなに希少だったなんて…それを知ってるのに、なんで手首を切ったんですか?」
「私にもわからないんだ。ただ気を失いそうになった時、祖父の言葉が脳裏を走ってな」
"お前の血はさやけしの血。明鏡止水の血じゃ。邪気や物の怪の存在を調伏するじゃろう"
「そしたら無意識に手を…」
「そうだったんですか…黄金の血…先生の血は魔物を退治できる血でもあったんですね…」
「そうだったのかもしれんな」
「でも、鬼はどうなったんでしょう?」
「私にもわからない。稔君から去っていったのは間違いないと思うが、消え去ってはいないだろう。禍とは常に日常に潜んでいるものだ。人は生きていると、ちょっとしたことでケガをする。最悪命に関わる様な事故に巻き込まれたりと、時に大きな災難に見舞われる。社会のルールを守っていても、傷つかないとは限らない。それが禍というものだ。禍がある以上は鬼がいる。だが無病息災の祈願として鬼を祭っている地域もある。禍を運んでくるのも鬼、払ってくれるのもまた鬼ということだ。良い意味でも悪い意味でも、鬼は力のある者として扱われているんだ」
「鬼に撒かれる禍…でも怖いですね。普通に生きてるだけでいつどこでケガするかわからないなんて。鬼は適当に禍を振り撒いてるんでしょうか?」
「いや、運ではない。禍が降り掛かるのは禁忌を破った時だけだ」
「禁忌?」
「ああ。禁忌とは昔からやってはいけないと言われている事柄だ。今も身近で言われてるものと言えば、夜に爪を切る、茶碗に箸を立てる、夜に靴をおろすなど他にも沢山あるが、それらは破ると禍を招くと言われている禁忌だ。どんな禍が降り掛かるのかは誰にもわからないが、大きいものには前兆があると言われている。黒猫が横切る、鏡や食器が割れる、物が落ちるなど、古くからまことしやかに囁かれているものだ。兆しでもあり警告でもあるのだろう」
「あ、それは私も聞いたことあります。鼻緒が切れるっていうのもありますよね。じゃあ古くからの言い伝えって、意味があるものだったんですね」
「私が思うに、おそらく禁忌は無数に存在している。普段は全く気にかけない行為でも、実は禁忌だったりするのかもしれない。例えば虫を殺すことや、身に付けている服の色やアクセサリーなんかも禁忌に掛かっているのかもしれない。禁忌や禍は目に見えない概念だが、私達は常にその禍を受けながら生きているかもしれないんだ」
「はぁ…考え出したらキリがないですね。でも先生、禁忌というものがあるなら、その反対もあるんじゃないですか?例えばある行いや身に付けるもので、起こるはずの禍が消滅する…みたいな。あっても良いと思いませんか?」
「そうだな。良いこと言うじゃないか田村。私もあると思うよ」
「ふふふ…。あ、それより先生、この度はありがとうございました。ケガまでさせてしまってすみません」
「気にしなくていい。おかけで私も今まで信じてなかったものを信じれるようになった。そして切られた神木は神社の裏に新たに祭らないとな。いつか祖父がいなくなっても、私は神社と神木を管理していくつもりだ」
「はい。私にも何か手伝わせてください。お礼もしたいですし、これも何かの縁かもしれないですしね」
「ああ、その時は是非お願いするよ」
田村は私にペコリと頭を下げた。
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………
「どうだい坊や。…怖かったかい?」
「う…うん。少しだけ怖かったけど、みんな死ななくてよかった。あ!おじいちゃん、だからさっき梯子の下を潜るなって言ったんだね!」
「ふふ…よく知ってるの。その通りじゃ。梯子の下を潜るのは不吉と言われてるからの…」
「うん…お話の神木はどうなったの?」
「今はこの神社の裏にある一番大きな木を神木として祭ってある。…これから一緒に見に行ってみるか?」
「うん!」
夕方の心地よい微風が、神社の境内に吹き込んでいた。
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早速厄払いに行かなければと思いました。
色々と負けてる(主にスロット)原因は厄のせいだと 笑
じゃぁ、ずっと厄だから厄払いの意味ないやんって言うツッコミはナシの方向で……
新堂先生シリーズで連載イケるんじゃないですか?
神社に古くから伝わる鬼を滅する刀が出てきて名を『鬼切丸』とか?
必殺技的な位置付けで血とか?
って、オマージュ?が過ぎますね 笑
いずれにせよ、またしても続きが気になりすぎて一気読みしてしまいました。
さすがの一言です。
次回作も楽しみにしています。
いらっしゃいませ笑
また読んでくださってありがとうございます(^^)
今回は僕自身がこの作品のような概念を持っているので、サクサク書けて楽でした。漫画のような描写をしたかったので、そんなイメージで読んでくれてましたら幸いです。
日常の中、誰もがちょっとは考えたことがあるかな?というような事柄を題材にするのが好きなので、また何か思いつけば。。。
話はガラリと変わりますが、6号機のリノ…
がっかりしました笑