新人怪盗烈見参

りゅうな

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プロローグ

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 宝暦三年(一七五三年)江戸の深川は、七月の夜は明るい。陽が落ちるのは夜五ツを過ぎても、表店(おもてだな)の大通りの店は人が賑わっている。

 河岸沿いは、店を閉める所もあれば、お茶屋は客が途切れることなく商売をし、船乗りの何人かは客引をしている姿があった。

 巷では、数年前から出没している盗み稼業の『怪盗烈』という者が最近、頻繁に現れている。

 物騒な世の中になったと、嘆く者達は名門名家の大名、商家、金持ちの家の者達で『怪盗烈』をひどく警戒していた。何故なら、彼は金持ちの家しか狙わない。
 今まで盗んだ品々は、名刀・模型・絵・質の高い絵皿や、一目の引く宝物を盗む盗賊であるが、時には、無差別に人を傷つける者には、力づくで捕えて奉行所の横にある大きい木に罪人を括り付けて書状を添えたと言う説もある。
 街の人々は噂の一つとして怪盗烈に次第に関心を寄せていた。
 興味本位から、人々はたちまち彼の話をするのが多くなり、裏店(うらだな)には、長屋の前で遊んでいた子供達さえ小さい黒い兜頭巾に黒装束の格好で怪盗烈になりきって外で遊んでいる。


「やい、俺は怪盗烈だ。宝は、もらうぞ」

「これは、儂のものじゃ。宝を返せ!」
 
 一人の子供が怪盗烈役で、もう一人が城の殿様役をしていた。
 怪盗役の子供の手には巾着を持って振り回している。殿様役の子供は、巾着が頭に当たらない様に体を低くして前に進み、振り回している巾着を取ろうと手を差し伸べると、子供達の間に割り込み、薄青い着物姿の女性は仁王立ち姿で立っていた。
 
 子供の手は、女性の着物帯に手が当たり目の前にいる人物に眼を向けた。
「「母ちゃん!」」
 子供達が気まずい様子で、母親を見ていた。

『怪盗烈ごっこ』に割り込む母親が子供達のままごとを見て注意する。
「あなた達! なにしているの」
 
 母親が二人の襟首をつかみながら、自分の家に連れて行かれている子供の姿を見ていたお向かいの御爺さんは、やれやれという顔で酒の入っている徳利を御猪口に入れて飲む。
 縁側で酒を飲んでいた彼は、同じ長屋にいる友人達を呼んで集まった仲間と酒を飲みながら話をしていた。その話は、子供が黒装束になりきって遊んでいた怪盗烈の話題をしていた。

「この深川に怪盗烈が現れてから、長屋の子供の遊びは怪盗ごっこするようになったわい」
「彼は、生活が出来ない貧しい者に小判をバラまいているそうじゃないか。奉行所の者達は彼の姿を見てないそうだな。今では『風の大泥棒』と言われているではないか」
「そういや、岡引きの木之本様が怪盗烈を捕えてやる! って意気込んでいたな。町を守る木之本様でも奴に振り回されているようなもんさ」
「今じゃ素性の知れない男が、長屋の子供にまで人気があるとは……変わった世も中になった」
「いやぁ全く。この俺が怪盗烈にでもなろうかな。どうだい? 似合うだろう」
 悪戯心で、黒手拭を頭にかぶる男は笑いながら仲間達に言った。
「お前は、黒手拭を広げて頭に被せているだけじゃないか。よせ、よせ……子供達が見たら変なおじさんしか見られんぞ」
「おいおい、それは無いだろう」
 妙にムキになる友人のおふざけに、酒を飲みながら笑って話す大人達も、怪盗烈の話で盛り上がっていた。



 暁九ツの頃になると、街も静かになり町内を見廻りに来ている岡引きの木之本光安は下引きを連れて町内を駆けている。
 怪盗烈の後ろ姿を追いかける厳しい顔をしていた木之本は下引き達を左右の道に入れた。
 『奴』を捕える為の挟み撃ちを仕掛けた。
「奴を探せ! 見逃すな」
 木之本の一喝は下引き達の気を引きしめる。
 
 下引き達は、『怪盗烈を必ず捕えてみせる』という一念の想いだった。
 今回盗んだ物は、名刀と呼ばれる虎鉄を所有している地主である商家襟乃様の刀を奪って行ったのが怪盗烈だと火消しの人から聞いた話だ。
 
 必ず捕えてやる! 待っていろよ。怪盗烈。
 光安は獲物を狙うような眼で光らせていた。
 

 黒の兜頭巾と、黒衣装を身にまとっていた彼の姿は颯爽としていて後ろから追いかけてきた木之本、下引き達は奴の姿をちらりと見た。
「このままじゃ、まずいな」
 男は呟く。
 
 左右の道から下引き達の足音が近づいてきた。
 このまま立ち止まっていれば掴まってしまう。岡引きの木之本め……抜け目ない奴だ。
 あいつ等に、見つかるわけにはいかない!
 彼は助走つけて走り、屋敷の塀を飛び込み中庭におりた。走り出す彼は懐から縄を取り出し、屋根の壁にある尖った所を縄で引っかけた。引っかけた箇所から縄がほどけてないか確認し、怪盗烈は縄を持ち、壁をつたい上っていく。屋根まで上がれた彼は、素早く走り足音を立てずに進む。
 
 左右の道から走ってきた下引き達と、木之本と共に連れて来た下引きが居合わせるかのように合流してきた。
「怪盗烈はどうした?」

「我々も奴を追いかけて此処まで来たんです。木之本さん奴を見ませんでしたか?」

「あの野郎! 俺達を撒いたな。逃げ足の速い野郎だ」
 奴の俊足は相変わらず変わらない。追う側としては鈍足のほうが有りがたいが、怪盗烈は違った。何年経っても奴を逃げ足の速さは年々早くなっている。こんな所で立ち止まってなるもんか! 見つけ出してやる!
 
 岡引きの光安は行燈を手に持ち辺りを見廻りながら上を見上げる。偶然にも、屋根にいた怪盗烈を見つけだし、大声出して下引きに知らせる。
「怪盗烈は屋根にいるぞ!」
 光安と下引きは合わせて四人で、奴の姿を逃さない様に息せきって必死になり追いかける。
 
 光安は怪盗烈の次の行動を探っていた。
 此処の屋根にいても隣は道だ。奴は降りてこの道から逃げるしか無い。屋根から屋根に蔦って行くことはまず無い……家があれば別だが。これで終わりだ。怪盗烈
 光安は一人で小さく笑っていた。
 家の隣は道だと知っていた光安は、この先二十メートル走り右へ曲がった所には、怪盗烈が現れ捕えられると思い余裕がでたせいか光安は安堵する。
 走りながら右を曲がる光安は、怪盗烈の姿は無かった。
「これは、どういう事だ?」
 キツネに包まれた感じで光安は佇んだ。
 もしや、この家に入っているじゃ……
 光安は、家を見て思っていた。

 別行動で、怪盗烈の後を追い急ぎ足で戻って来た下引きのヤスが、光安の背後に向かって話しかけてきた。
「親分。怪盗烈は見つかりませんでした」
「ヤス。この家の主に家宅捜査をすると伝えよ」
「はい」
 ヤスが家の中に入る姿を光安は見守っていた。
 外はやけに不気味な程、静かすぎて物音も無い。外で待っていた光安はたった数分待っているだけでも焦りを感じ始めていた。
 何故すぐに返事が貰えない……グズグズしていると怪盗烈が逃げてしまう。
 両腕を組み苛立ち始めていた時にヤスが光安の元に走ってきた。
「家宅捜査は、家族が寝ているので静かにしてくれるなら良いと言っています」
 家主の許可で家宅捜査が出来る様になった事をヤスから聞き安堵した。
「まず、先に庭から調べよう。俺は南から西ヤスは北から東の方を探せ」
「はい」
 光安とヤスは、二手に分かれて怪盗烈を探した。
 南側の庭から見廻った光安は、ガタン、ゴトンと音が聞こえていた場所が気になり物音がした方へ向って行った。
「今の音は何だ?」
 さっきの音より小さくなっているが、怪盗烈がいるのではないだろうか。
 行燈を持つ光安は手を震わせる。
 歩き出した先は物置小屋だった。古びた屋根と、一部だけ壁もはがれ傷んでいた。真夜中に、物 置小屋の戸を開けるのも不気味で怖かくて光安には不安になっていた。
 戸を開けるといきなり黒い物が自分の顔にぶつかってきた。
「うわっ、何だ。今の?」
 自分の顔にぶつかり、外へ飛び出したのは黒い物体が空を飛ぶ。
(蝙蝠か)
 俺の顔に、蝙蝠がぶつかるとは間の抜けた蝙蝠だな。
 光安は右手で顔を触り、額の方も気にしていた。
 よろよろと、夜空に向かって飛んでいく蝙蝠を光安は見つめていた。
「もう、物置には寄らねぇ」
 不機嫌な顔で呟き、物置小屋から離れて行った。



 暗い物置小屋の中にいる怪盗烈は外の様子を窺っていた時、右腕から血が流れていた事に気付き左手で押さえる。
「行ったか」
 呟く彼は、物置の中の壁の隙間から外から見える為、人がいなくなった事に安堵していた。
「大丈夫ですか?」
 背後から子供の声がして、びっくりする彼は後ろを振り向いた。暗くて顔が見えないが少年で割と背の高い子供の様にみえた。
「なんで此処にいる?」
「此処が僕たちの住まいだよ。あっちで寝ているのが弟のキチだよ」
 俺の問いに、きょとんとしている。物怖じないし、はっきり言う子供だ。
 水が入っている桶を持っている少年は桶を地面におろし、指差して弟の場所を教えているが暗くて見えない。
 
 
 壁の隙間に光が射していたせいか少年は、男の顔が見えそうな感じがしたが右腕と左脚が出血している事に気付いた。
「腕から血が……出ている」
 布で水を浸してもう一枚は新品の布を男の腕と脚の部分に巻く。
「ありがとう。坊」
 

 物置小屋は何か所か壁の隙間があり二人の子供は此処で過ごしているとはな……怪盗烈は不憫な子供の手の平に小判を渡した。
「小僧。俺が、此処にいる事は秘密だぞ」
「おじさん。誰なの?」
「俺か。……俺は怪盗烈だ」
 

 えっ? この人が、噂になっている怪盗烈!
 少年は、この家で働きだしてから周囲の人達の噂話を何度か聞いている。
 驚きのあまり声を出せない少年はただ……じっと、目の前にいる怪盗烈の姿を見ていた。
 

 壁の隙間から外の様子を窺う怪盗烈は、誰かの足音が無いかの確認をしてから慎重に物
置小屋を出て行く。
 少年は、怪盗烈の顔を見る事が出来た。黒い兜頭巾を被っているが眼光が鋭く、勝気な顔をしているが怖い顔をした男ではなかった。

 走りだした怪盗烈は近くの塀を軽々と飛び越えて、小道を通り走ってゆく足音が聞こえた。

 裏庭の物置小屋の戸を開けて、佇んでいた汚い身なりをしていた少年の眼には、怪盗烈の姿が格好良く見えた。
(あんな高い所を軽々と飛び越えるなんてスゲェ)

「兄ちゃん。これ食えるのか?」
 物置小屋から出て来た弟は、兄が持っていた小判を取り小判を口に入れようとして
いた所で、兄の忠平が小判を取り上げた。
「やめろ! キチ。他人から物をもらったものは何でも口に入れるな。兄ちゃんの菓子でも食べろ。これは俺達のお守りだ。いいな。食べ物じゃないぞ」
「兄ちゃん菓子もらうよ」
「食べろ。食べろ」
 彼は古びた風呂敷をほどき弟に菓子を渡す。
 弟が、菓子をおいしそうにほおばって食べている姿を見つめ、布で小判をくるみボロボロの巾着袋に入れていた。
 怪盗烈から、貰ったものは俺達のお守りだ。


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