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春
密かに警戒する弟
あやめと大田原が出会ってから数日後。
昼休みの高校。あやめは紙パックジュースを手に満面の笑みで、恭のクラスを訪ねる。
「きょーうーくんっ」
「かーえーれっ」
リズミカルに断られたあやめは瞠目して言う。
「まだ何も言ってねぇ」
「こっちはお前の呼びかけだけで、用件の善し悪しが分かるんだよ。どうせその飲みかけのジュースを、マズいから飲んでくれとかだろ」
「すげー! そこまで察してるなら、ついでに飲んでくれ!」
姉はグイグイとジュースのパックを押し付けたが、弟は「やだ」と抵抗する。
「私は美味しくないものでカロリーを取りたくないだけだから! 普通の人には、そこまでマズくないはず!」
「俺だって体のために、余計な糖分は取らないようにしてんだよ。いらないなら人に飲ませようとしないで、水道にでも流して捨てろ」
「でもまだ1口しか飲んでないのに、全部捨てるのはもったいない……」
例によって廊下で言い合う姉弟に、ある人物が声をかける。
「あの……」
「わっ!?」
「どうしたんだ? 大田原」
「いや、お姉さんの声が聞こえたから。また何か揉めているのかと」
大田原の発言に、
(コイツの声がしたからって、なんで出て来るんだよ)
と恭は密かに引っかかった。
「そうだけど……お前は気にしなくていい。家族の問題だから」
友人と揉めたくないので、やんわり追い払おうとするも、あやめが代わりに事情を話す。
「家族の問題なんて大袈裟な話じゃないぞ。ただこのマズいジュースを代わりに飲んでくれって話だ」
「そんなにマズいんですか? そのジュース」
大田原の質問に、あやめは「いや」と首を振って答える。
「正確に言うと美味しくないだけ。ただ私も女なので、美味しくないものを摂取して太るのは嫌なんだ」
恭が嫌がるとおり、自分は口に合わないものをもったいないから代わりに飲めというのは、かなりワガママだ。
しかし兄として小1の妹の食べ残しをしょっちゅう食べている大田原には、よくあるお願いだった。
「じゃあ、俺が飲みましょうか?」
「いいの!? ありがとう! 優しいな~!」
「おい。よその男に飲みかけ渡すなよ」
注意する恭を無視して、あやめはキュルン顔で大田原に話しかける。
「気にしないよな? 君は柔道部だって話だし、男子は友だちと回し飲みとか慣れてるよな?」
「あっ、はい。お姉さんが大丈夫なら、自分は平気なので」
親切な大田原に、あやめもニコッとして、
「私も全然いい。じゃあ、悪いけど、これ代わりに飲ん」
とジュースを渡そうとした。しかし言葉の途中で、
「……やっぱ俺が飲む」
と恭が割り込む。
「なんで? あんなに嫌がってたのに」
「うるせぇ、いいだろ! お前と話してるうちに喉が渇いたんだよ!」
不思議がる姉から、弟は強引にジュースを奪った。
「悪いな、大田原君。ジュース、無くなっちゃった」
「あっ、いえ。俺は2人が困ってないなら別に」
いつ会っても善良な大田原に、あやめはすっかり心を許した。
「優しいな~、大田原君は。君に飲ませるジュース無くなっちゃったし、自販機で新しいの買ってあげようか?」
「いや俺は全然。理由もなく奢ってもらうわけには」
「でもわざわざ助けに来てくれて嬉しかったからな。ほら、お金をあげるから、これで好きなの飲んでおいで」
あやめは恭にもらった財布から200円出すと、大田原にあげた。
「あっ、ありがとうございます」
「じゃあ、私は帰るわ。恭もジュースを飲んでくれて、ありがとな」
あやめは2人にヒラヒラと手を振り、その場を去った。
大田原は硬貨を手に小さな背を見送りながら、笑顔で恭に話しかける。
「優しいお姉さんだな」
「どこが? マズいジュースを弟に押し付けに来るような姉なのに」
なぜか殺意の表情をする友人に、大田原は心配からこう申し出る。
「やっぱりマズいのか? 大変なら俺が飲むぞ?」
「……いい。そんなにマズくないから」
恭はそう言って再びストローに口をつけた。
「だったらマズいジュースを押し付けたことにはならないんじゃないか? とにかくお前が嫌なら、これからお姉さんの食べ残しは俺がもらうぞ?」
(だからなんでアイツの食べかけを欲しがるんだよ)
と恭はピリピリした。
それから数日後。恭の教室。
「恭~。このスナック菓」
「俺が食うわ」
まるで早押しクイズのような速さで反応する恭に、あやめは「判断が速い」と目を見張った。
「確かに食べてくれって話だけど、お前こういうの嫌じゃなかったっけ?」
「……ちょうど腹が減ってるから今日はいい」
「へぇ、そうなんだ? じゃあ、ちょうど良かった。後は頼む」
あやめは立ち去り、恭も自分の席に戻った。
着席と同時に、一緒に昼食を食べていた槇が話しかける。
「最近お姉さん、帰るの早いな~」
「俺がいちいち断らなくなったからだろ」
「そう言えばなんで? 前は取りあえず一度は断っていたのに」
首を傾げる槇から、恭は目を逸らしながらボソボソと答える。
「……どうせ同じ結果になるなら、せめて早く帰ってもらったほうがいいだろ」
「残念。お前とお姉さんの掛け合い好きなのに」
「見世物じゃねぇ」
昼休みの高校。あやめは紙パックジュースを手に満面の笑みで、恭のクラスを訪ねる。
「きょーうーくんっ」
「かーえーれっ」
リズミカルに断られたあやめは瞠目して言う。
「まだ何も言ってねぇ」
「こっちはお前の呼びかけだけで、用件の善し悪しが分かるんだよ。どうせその飲みかけのジュースを、マズいから飲んでくれとかだろ」
「すげー! そこまで察してるなら、ついでに飲んでくれ!」
姉はグイグイとジュースのパックを押し付けたが、弟は「やだ」と抵抗する。
「私は美味しくないものでカロリーを取りたくないだけだから! 普通の人には、そこまでマズくないはず!」
「俺だって体のために、余計な糖分は取らないようにしてんだよ。いらないなら人に飲ませようとしないで、水道にでも流して捨てろ」
「でもまだ1口しか飲んでないのに、全部捨てるのはもったいない……」
例によって廊下で言い合う姉弟に、ある人物が声をかける。
「あの……」
「わっ!?」
「どうしたんだ? 大田原」
「いや、お姉さんの声が聞こえたから。また何か揉めているのかと」
大田原の発言に、
(コイツの声がしたからって、なんで出て来るんだよ)
と恭は密かに引っかかった。
「そうだけど……お前は気にしなくていい。家族の問題だから」
友人と揉めたくないので、やんわり追い払おうとするも、あやめが代わりに事情を話す。
「家族の問題なんて大袈裟な話じゃないぞ。ただこのマズいジュースを代わりに飲んでくれって話だ」
「そんなにマズいんですか? そのジュース」
大田原の質問に、あやめは「いや」と首を振って答える。
「正確に言うと美味しくないだけ。ただ私も女なので、美味しくないものを摂取して太るのは嫌なんだ」
恭が嫌がるとおり、自分は口に合わないものをもったいないから代わりに飲めというのは、かなりワガママだ。
しかし兄として小1の妹の食べ残しをしょっちゅう食べている大田原には、よくあるお願いだった。
「じゃあ、俺が飲みましょうか?」
「いいの!? ありがとう! 優しいな~!」
「おい。よその男に飲みかけ渡すなよ」
注意する恭を無視して、あやめはキュルン顔で大田原に話しかける。
「気にしないよな? 君は柔道部だって話だし、男子は友だちと回し飲みとか慣れてるよな?」
「あっ、はい。お姉さんが大丈夫なら、自分は平気なので」
親切な大田原に、あやめもニコッとして、
「私も全然いい。じゃあ、悪いけど、これ代わりに飲ん」
とジュースを渡そうとした。しかし言葉の途中で、
「……やっぱ俺が飲む」
と恭が割り込む。
「なんで? あんなに嫌がってたのに」
「うるせぇ、いいだろ! お前と話してるうちに喉が渇いたんだよ!」
不思議がる姉から、弟は強引にジュースを奪った。
「悪いな、大田原君。ジュース、無くなっちゃった」
「あっ、いえ。俺は2人が困ってないなら別に」
いつ会っても善良な大田原に、あやめはすっかり心を許した。
「優しいな~、大田原君は。君に飲ませるジュース無くなっちゃったし、自販機で新しいの買ってあげようか?」
「いや俺は全然。理由もなく奢ってもらうわけには」
「でもわざわざ助けに来てくれて嬉しかったからな。ほら、お金をあげるから、これで好きなの飲んでおいで」
あやめは恭にもらった財布から200円出すと、大田原にあげた。
「あっ、ありがとうございます」
「じゃあ、私は帰るわ。恭もジュースを飲んでくれて、ありがとな」
あやめは2人にヒラヒラと手を振り、その場を去った。
大田原は硬貨を手に小さな背を見送りながら、笑顔で恭に話しかける。
「優しいお姉さんだな」
「どこが? マズいジュースを弟に押し付けに来るような姉なのに」
なぜか殺意の表情をする友人に、大田原は心配からこう申し出る。
「やっぱりマズいのか? 大変なら俺が飲むぞ?」
「……いい。そんなにマズくないから」
恭はそう言って再びストローに口をつけた。
「だったらマズいジュースを押し付けたことにはならないんじゃないか? とにかくお前が嫌なら、これからお姉さんの食べ残しは俺がもらうぞ?」
(だからなんでアイツの食べかけを欲しがるんだよ)
と恭はピリピリした。
それから数日後。恭の教室。
「恭~。このスナック菓」
「俺が食うわ」
まるで早押しクイズのような速さで反応する恭に、あやめは「判断が速い」と目を見張った。
「確かに食べてくれって話だけど、お前こういうの嫌じゃなかったっけ?」
「……ちょうど腹が減ってるから今日はいい」
「へぇ、そうなんだ? じゃあ、ちょうど良かった。後は頼む」
あやめは立ち去り、恭も自分の席に戻った。
着席と同時に、一緒に昼食を食べていた槇が話しかける。
「最近お姉さん、帰るの早いな~」
「俺がいちいち断らなくなったからだろ」
「そう言えばなんで? 前は取りあえず一度は断っていたのに」
首を傾げる槇から、恭は目を逸らしながらボソボソと答える。
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